やっと更新出来た……。
_〆(。。)
霊廟脇の管理小屋が、レイノルズ・ピックマンの住処だった。
簡素な造りの小屋の室内は、“碧水の翼”の面子が入っても充分な広さで、妙に生活感のある部屋だ。
窓から射し込む朝陽に照らされる室内には、ホコリ一つ無い古いテーブルに、椅子。
テーブルの上には、一輪挿しの花瓶に活けられた白い花……
身綺麗な、一人暮らしの部屋という感じだ──といっても、あくまで“生活感”というだけであって、人の生活に必要な日用品といった物はほとんど見当たらない。
それ以外には、古びた本等が収められた棚。洗いざらしの、色褪せたシーツが敷かれたアンティーク調のベッドの橫に、ランプが乗ったサイドテーブル。
不死者に睡眠は必要なのだろうか……?
立ち話も何だから、とピックマンの招待を受けて住処に誘われたのだ。
「まあ、もてなそうにも、お茶の一つも出せ、ないが、ね」
申し訳なさそうに、ピックマンが肩を竦めた。
シェーミィは、猫族特有の好奇心でキョロキョロと小屋内を見回している──
「まあ、構わないでいいわよ。それより、
来客用の椅子に腰掛けながら、レンディアが云う。
俺達はレンディアの背後に立ち、ピックマンとレンディアのやり取りを聞く事に専念する事にした──座る椅子が、来客用の一脚しか無かったからだ。それについて、ピックマンは申し訳無いと謝った。まあ、それは苦にはならないが──ピックマンを訪ねてくる人物がいるのか?
「生存……と、云うのはおかしいけれ、どね」
自嘲気味に、画家ピックマンは笑う。妙に、しんみりとした雰囲気になった──が。
「だって、
と、シェーミィの言葉。さすが猫族。雰囲気知らずだ。
「……あなたが、私達に友好的なのは、何か理由があるの?」
「いいや、特に理由は、無いよ。あえて云うならば、私を見た時に、敵意を向けてこなかったから、かな」
ニコリ、笑うピックマン。ミイラとしか見えない風体にも関わらず、妙な愛嬌を感じる……
いや、違うな。元人間だから、今だ理知的なのだろうな……元人間という表現も、変か?
ピックマンの話は、中々に興味深いものだった──この霊園に魅せられ、足しげく通い(最初は、
「霊園に、惹かれ、た理由かい……う~ん、しいていえ、ば──」
ピックマン曰く、死は本当に“終わり”なのか? 死の先には何も“無い”のか?
生死について、そんな事を考え始めた頃からだそうだ。
「ふん……それで何故、そんな
一通り話を聞いたレンディアが、俺達の疑問を代弁する様に、ピックマンに尋ねた。
「ああ、その事、かい……う~ん」
何とも説明し難いという様に唸るピックマン。
「言いにくいなら、別に構わないわよ」
レンディアが肩を竦めて云う。
確かに、好きで
「いや、せっかくだか、ら話しておくよ。でもね。少しばかり、妙な話に、なるよ──」
──身内しか知らない事だったんだけど、私は生まれつき心臓がよくなくてね。いや、虚弱体質という訳ではなくて、ただ心臓が悪かっただけだったんだよ。四、五十才くらいまでしか心臓は持たないと言われていたんだ。
うん? いや、兄と姉がいてね。家の事は二人に任せて、好きに生きなさいと、両親からは云われていたので、その言葉に甘える事にしたんだよ。
私の家は商家で、装飾品や絵画といった芸術品も扱っていたんだ。その影響を子供の頃から受けていたんだろうね。それで、画家を目指したんだ──
ピックマンの、ちょっとした身の上話は中々に興味深く、退屈しなかった。
聞き手を飽きさせない様な、気遣いがあったからだろう。さすが、芸術家。
最初の作品(普通の風景画)が、「平凡な絵だが、見る者を穏やかな気持ちにさせない事もない」という妙な評価を受けて微かにイラついた事や、画壇、画家達から絶縁を言い渡された時、私の絵を理解出来ない連中との付き合いは、こっちから願い下げだと啖呵を切った時、少しばかり後悔した事等──そして、話は佳境に入る。
霊園のスケッチを終えて、ベンチから立ち上がろうとした時だね、倒れたのは。
前兆は何も無かったね。いきなり心臓が止まったんだ。人は心臓が止まっても、直ぐには死なないもんだよ……私は倒れたまま、色々な事を思ったね。
家族の事、画壇から追放されてもなお、付き合いを続けてくれた少数の友人達の事……不思議なものでね、死後の私の評価だとか、遺した絵達がどう扱われるか、そういう事は何も思い浮かばなかったなあ……苦しくも無い、穏やかな気持ちだったよ。
少しずつ目の前が暗くなっていってね、完全に闇が来た時、私は死ぬのだろうと思ったんだけど──
ふと気付くと、いつの間にか私は、純白のテーブルクロスをかけた、金縁の漆黒のテーブルの前に腰掛けていたんだ。
状況がよく分からず、呆然としている私に声を掛けてきたのは、テーブルを挟んだ向こう側に腰掛けている、白を基調とした貴族風の服を身に着けた、金髪で白磁の様な色肌をした少年だったよ。
異様な程に美しく整った目鼻立ちと、妖艶さを漂わせる朱い唇。
美貌という言葉で表すのは、あまりに陳腐過ぎる容姿だったね。
何より、一番目を惹き付けられたのは、その瞳だった。真っ赤に輝く、無邪気さを浮かべた赤い瞳──
「レイノルズ・ピックマン! いやあ、初めましてだね!!」
ニコニコと、明るい笑みを浮かべながらはしゃぐ美貌の少年は、今だ呆然としている私にそう話し掛けてきた。
一目見て、彼は人では無いという事が直ぐに分かったよ。
「自己紹介しておこうか。僕は君らからは、“邪神”と呼ばれているよ! うん、まあそうなんだけれどね。名前はちゃんと有るんだけれど……まあいいや、知らない方が良いね。神の名をはっきり口に出すのは、特別な日以外は良くない事だから──ええと、何の話だっけか?」
一気に、畳み掛ける様に話し掛けてきた少年には、少し閉口したよ。
彼が云うには、私はやはり死んだそうでね、私の“魂”の
「それで……どうする? 君の魂の行ける場所は三ヶ所あるよ。一つは、僕の領域、“
彼はそう言うと、いつの間にか運ばれて来ていたティーカップに口を付けていた。
テーブル橫には執事姿の、燃える様な真っ赤な髪の間から短い角が覗いている、大柄の魔族が控えていたよ……全く気付かなかったね。
その魔族に勧められるまま、私もお茶を御馳走になったよ。
私は少し考えてね……三つ目の選択肢、現世に生まれ変わる事を申し出たよ。
生まれ変わっても、私は私として生きたいと思ったからね……ただね、あんな形で生まれ変わるとは、思ってもいなかったね──
この後、ピックマンが語ったことに対して俺は妙に居たたまれない気持ちになった。
ピックマン曰く、「邪神が言うにはね──君の魂は霊園と繋がりが出来ていたんだ。それに、生死を考える時間が欲しいと、常日頃思っていただろう?──との事で、永く考える事が出来る身体に
ピックマンは、遠い目でそう語った……さすが、
恐らく、良かれと思ってやったんだろうな……はあ。
「ろくでもないわね……邪神って」
レンディアが、ウンザリした様に云う。
「まあ、驚いたは、驚いた、けど、直ぐに慣れたよ。オマケのつもり、なのか、管理小屋の裏手、にアトリエが、出来ていて、ね。気が向いた時、には使わせて貰って、いるよ」
笑みを浮かべながら、ピックマンは肩を竦めた。
「ああ、そう、だ。君らはこの、後、霊園探索、をするのかい?」
ピックマンの質問に、レンディアが答える。
「もちろん。そのつもりでここに来たのよ」
ピックマンは、ふむ、と頷き上着の内側に手を入れ、何か首飾りの様な物を差し出してきた。
「これ、を君らに譲るよ。私、にはもう、必要無い、物だから、ね」
首飾りは、黒い紐が通された、手のひらに収まる大きさの金属製の札だった。
「それ、を身に付けていた、なら
首飾りを受け取り、眺めるレンディア。札は楕円形で何の装飾も無い。
「他の
「ふん……ありがたく貰っておくわ。何か礼が出来れば良いけど……」
肩掛けの鞄を漁るレンディア。あ、待てよ……。
「ピックマン、これを礼に。まだ一、二杯しか飲んでない」
俺は鞄から取り出した、オウルリバー5年物を差し出した。棚の中に、ウィスキーグラスが二つ納められていたのを見ていたのだ。
ピックマンが、嬉しそうにニコリと笑う。
「これは、嬉しい、ね。こんな身体になって、も酒の味、だけはちゃんと、分かるん、だよ」
瓶を大事そうに抱えるピックマン。気に入って貰えた様で何よりだ。
「たまに訪ねて、来る友と、一杯やる、さ」
「訪ねて来る人がいるの?」
レンディアの質問に、ピックマンが答えた。
「ああ、たまに、ね。ラーディス、という魔導、士何だけどね」
俺達は、皆、顔を見合わせた。どうした?という様に首を傾げるピックマンに、レンディアが言った。
「ラーディスは、私の兄なのよ」
妙な縁もあるものだな……邪神の息子と、魔導士との縁、か……。