祠のある地下湖から、グランさんとシェーミィの所に戻る途中、
「ソウルリーパーと、地下湖の事は驚いたわよ」
「そうだな。ピックマンは洞窟の中には入れなかったと言っていたから、ソウルリーパーと地下湖、祠の事も知らないだろう」
「ふん、そうね。帰りにピックマンの所にでも寄って、見聞きした事を話すのもいいかもね」
地下湖と洞窟を繋ぐ橋を渡り、洞窟内の通路に足を踏み入れる──「うん?」
先に気付いたのは、レンディアだった。
「空気が、澄んでいるわね……」
深呼吸を深々とするレンディア。
カタコンベの厳かさと静寂の中に、澄んだ爽やかな風が、静かに漂っているのを確かに感じた……グランさんが“
「どうやら、グランの“浄化”も終わった様ね……合流しましょうか」
レンディアが云う“浄化”とは、“
グランさんとシェーミィと合流する。
小山の様に積み上がっていた灰は綺麗さっぱりと無くなり、白い砂の様な物が床に少し広がっていた。
「お帰りー、奥はどうだったー?」
“浄化”中のグランさんの護衛をしていたシェーミィが、陽気に声を掛けてきた。
当のグランさんは、少し離れた場所で岩に腰掛け、革の水筒を口に含んでいる。
恐らく中身は黒ワインだろう──
グランさんの顔には、少しばかり疲労の色が見えた。
洞窟奥の事を説明する──奥の空間には地下湖があり、その中央に小島。小島には石造りの祠。祠とその周囲はソウルリーパーの影響で穢れているが、地下湖にはその影響は及んでいない事──
「少し休んだあと、改めて小島に戻って再調査するわよ。祠をもう少し見てみたいのよ」
レンディアの提案に、否は無い。
早速、キャンプの準備に取りかかる事になった──
休憩用のマットを床に敷き、魔道コンロを取り出して、お茶の準備を始める。
レンディアが生活魔法で鍋に水を満たし、魔道コンロの火にかける。
お茶はシェーミィに任せ、俺とレンディアは軽食の準備をする。
グランさんは、先ほどの“浄化”で疲労が残っているだろうから、ゆっくり休んでもらう事にした。
「ああ……少しばかり横になるよ。食事の用意が出来たら、起こしてくれ……」
そう云うと、壁際に寄りかかり、そのまま目を閉じた。
寝ようと思えば、すぐに寝られる──冒険者の能力の一つだ。実戦に身を置く者の常識とも云える。
早くも、グランさんの静かな寝息が聞こえて来た……。
シェーミィが用意したのは茶ではなく、豆と野菜の乾燥スープだった。
冒険者向けの携帯食の一つで、栄養もあり、腹持ちの良い携帯食だ。
冒険者活動中に、野営、ダンジョン内に関わらず、温かい食事を取る事が出来るというのは、パーティーの士気に大きく影響する。
乾燥スープの他には、薄い塩味のビスケットに干し果物。共に、冒険者御用達の携帯食とも言える物だ──
「まあ、こんな所ね」
食事の準備を終え、レンディアが云う。
食事の内容は、乾燥スープとビスケット。そして干し果物の三種類。キャンプ中の食事は、こういう物で充分なのだ。
グランさんを起こし、早速食事にする。
その後、小島の再調査だ……さて、あの祠の事で何が分かるかな?
「穢れた祠と土地か……見てみない事には何とも言えないが──」
改めて、小島の話を聞き終えたグランさんが、茶を啜る。
「私の“浄化”では、手に負えないかも知れないな」
「ふん……ソウルリーパーの穢れは、尋常では無いでしょうからね。まあ、とりあえず見てみるといいわよ」
茶の時間を終え、早速皆で小島に向かう事になった──
地下湖の畔。小島に向かうための古びた橋を渡りながら地下湖を改めて見ると、最初に来た時よりも澄んでいる様に見えた。
大きな違いは、水中に様々な生物が群れ成している事だ。レンディアの放った水の精霊の働きの成果だろうか?
「……これは凄いな。水の透明度が普通じゃない……底まで見えるとはな」
「お~、魚が群れてるねー。あ、でっかいエビと蟹!」
感に堪えない様子で地下湖を眺めるグランさんに、橋の欄干から身を乗り出して、地下湖を覗き込むシェーミィ。
短時間で、地下湖の雰囲気が一変していた。
レンディアの使役する水の精霊の力なんだろうか……?
「ふん。ここの地下湖、水の精霊達と相性が良いみたいね。結構はしゃいでいるわよ」
優しい眼差しで、地下湖を見つめるレンディア。
改めて地下湖を見ると、心なしか水草がさっきよりも増えている気がする。
「エビ!でっかいエビ!」と欄干から体を落とさんばかりに興奮するシェーミィを、橋から引き離すのに少々手間取ったが、小島に無事到着。早速、祠を再調査する事になった──
瘴気に侵食されて、穢されたかの様な色合いになっている石造りの祠……だったのだが、少し離れていた間に、少々祠の雰囲気が変わっていた。
嫌な色合いに染まっていた地面の色も、不快な感じが弱まっている様に感じる。瘴気が薄まっているのか……?
「ふうん……
祠の前にしゃがみこみ、まじまじと観察するレンディア。
改めて祠を見ると、堅牢で時代を感じさせる造りになっているのが分かる。
何か、厳かささえ漂わせている様だ……。
「……ふむ。妙な気配だな。神を祀っている、という感じはしない……どちらかというと、精霊関係じゃないか?」
石造りの祠を見つめながら、グランさんが云うと、その言葉にレンディアが首を捻る。
「そうねえ、言われてみれば……ふん、どうかしらね?」
グランさんとレンディアの会話。訪う者無く、長く放棄されていた祠か……そういう祠に対しては、そう気安く手を合わせたり、捧げ物をしない方がいい──
そう聞いた事があるんだよな。何が祀られているか分からない祠に、気安く関わらない方がいいと……とはいえ、捧げ物や奉納品が納められた形跡も最早無く、長く放棄されていた祠はあまりに悲しすぎるよな……。
クレイドルは肩掛けの鞄を探ると、干し果物と干し肉を取り出し、祠の前に恭しく捧げると、瞑目し一礼して、手を合わせた。
「ん?……クレイドル、それは……」
グランの声に、クレイドルは我に帰った様に顔を上げる。
「……正直、何が祀られているか分からない祠に手を合わせるのは、あまり良くないな」
グランが呆れ顔で、クレイドルに云う。
「ふん……まあ、悪い気配は感じないから、大丈夫でしょうよ。水の精霊も警戒態勢では無いし」
やはりか……“
「さて、もうここでやる事は無いわね……精霊を戻すわよ」
レンディアがパチンと指を鳴らすと、地下湖から小さな水流が這い出て来て、スルスルとレンディアの足下で消える。
「ああ、そうだ。
グランさんが、握り拳大の魔石を俺達のに差し出す──鈍く光る、黒と銀色の色合い。正直、見ていて気持ちいいものでは無い──うん? ソウルリーパーの魔石に、
「グランさん、その魔石、俺が預かっていいですか?」
「……よし、いいだろう。ほら」
グランさんから魔石を受け取ると、あからさまにソウルスレイヤーが自己主張し始めたが、この場では無視だ……大人しくしなさい。
「シェーミィ、戻るわよ。弓を仕舞って」
何を狙おうとしていたのか、地下湖に弓を向けていたシェーミィに声を掛けるレンディア。
あーい、と手早く弓を仕舞うシェーミィ。まだ未練があるのか、地下湖から目を離さないシェーミィ……何を狙いたかったんだ。
霊園から出る前に、ピックマンに会いに行こうとしたが、どこに出掛けたのやら、ピックマンは不在。アトリエにも居なかった。
ちなみに、地上に戻るまでに
「まあ、ピックマンには何時でも会えると思うから、またにしましょうよ。武門街に戻るとしましょうか……うん?」
レンディアが、空を見上げる。釣られて空を見ると、雪だった。
ハラリと、一片の雪が手のひらに落ちて来る。
「あー、寒くなりそうだねー。早く帰ろうよー」
手を擦り合わせながら、シェーミィが云う。
「そうね、さっさと戻って温かい物でも食べましょうか……帰り道に馬車でも通ればいいけどね」
云いながら、レンディアが先を行く。
さて、霊園から武門街まで歩きでどれくらいだろうか?