武門街に到着したのは、昼を少し過ぎたばかりだった。早く街に着けたのは、霊園からの帰り道、運良く馬車に出会い、乗せて貰ったのだ。
ほんの少しの距離だから、代金は入らないと云う御者に、レンディアはそうはいかないわよと、銀貨一枚を握らせた。
「有り難く頂戴しときます。銀ベロで軽く飲ませて貰いますよ」
御者はそう云うと、頭を下げて去って行った……銀ベロ?
街の門を潜る頃には、雪はゆっくりとだが降る勢いを増していた。
この世界に来て、初めての雪か……何か感慨深い物があるな……。
すぐにでも
ゴネるシェーミィを宥める時間がムダと感じたレンディアが、ため息混じりに云う。
「分かったわよ、良い屋台に案内して」
「やった、こっち!」
勢い良く、屋台通りに走っていくシェーミィ。屋台飯は、店の食事とはまた違う風情と味があるからな。
「……全く、あんなに急ぐ事あるかね?」
苦笑を浮かべ、歩き出すグランさん。
軽く温かい物を腹に入れて、さっさと宿に戻るとするか……。
屋台飯は、立ち食いソバに決まった。手早く済ます事が出来て、暖まるには一番良い。
食べたのは、甘く煮たアサリの様な貝とワカメが具の、コシのあるソバ。魚介の出汁が効いたさっぱりとした塩味のスープが体を温め、小腹を満たしてくれた。
麺好きのグランさんも気に入るほど味も良く、二杯目を注文しようとしたシェーミィを止め、
「今帰りかい。朝から出て、結構時間掛かったね。遠出してたのかい?」
宿に入ると、女将のイーライさんが、早速出迎えてくれた。
「遠出というほどでも無いけど、ピックマンの霊園にちょっとね」
応えるレンディアに、へーえ、わざわざあんな所にね、と云いながら、イーライさんは“碧水の翼”の、いつもの“指定席”に案内してくれた。
宿内の全てが見通せるテーブル席には、早くも一人の先客がいた──魔導卿ラーディスさんだ。
「ああ、そういや魔導卿が少し前に来てたね。構わないだろ?」
イーライさんの言葉に、レンディアが頷く。無論、俺達も否は無い。
「よう、邪魔しているぞ。イーライさん、茶のお代わりを頼む。レンディ達にも茶を」
ラーディスさんの注文に、あいよと応え、イーライさんは厨房に向かって行った。
茶の前に、まずは身支度を整えるか……俺達は、一旦部屋に戻る事にした。
「兄上、後でね」
レンディアの言葉に、手を振るラーディスさん。
「ピックマンの霊園に行って来たのか……あの風変わりな
ラーディスさんは、煙管に煙草葉を詰めながら尋ねてきた。
いつもの漆黒のローブ姿ではなく、灰色の無地のシャツを着ている。
下ろし立ての様に、襟や袖がパリッとした長袖のシャツ。
その袖口は、金色のカフスボタンでキッチリ留められている──精悍さと気品が合わさった、貴族然とした容姿と佇まいをした、ラーディスさん“らしい”装いだ。
「ええ、会ったわよ。ずいぶん話好きの、変わったグールだったわよ」
レンディアの答えに、ふむ、ピックマンと会ったか……と云いながら、煙管をゆったりと吸い始めるラーディスさん。
「彼とは、芸術関連の話でもしたか?」
「いいえ、
レンディアが、運ばれて来たお茶をカップに注ぎ、グランさんが俺達に配ってくれた。
「ふーん、私も前に聞いたな。なかなかに興味深い話だったと覚えている」
ふう、と煙管を吹かすラーディスさん。何か感慨深そうに目を細めている……ピックマンとの会話を思い出しているのだろうか?
「
煙管をくゆらせながら、ラーディスさんが俺達に尋ねてきた……微かな冷気とともに、威圧感を感じる……。
「具体的も何も、言った通りよ。私達に出来る事をやっただけよ」
ラーディスさんから漂って来る、冷気の様な威圧感を、レンディアはさらりと受け流す──
ふーむ、とラーディスさんは背もたれに身を預け、煙管を吹かす。
先ほどまでの冷気は引き、威圧感は消え去っていた──後から、レンディアから教えてもらう事だが、ラーディスさんの冷気を伴うあの威圧感は、強い好奇心の現れだそうだ──
「出来る事をやっただけ、か……ソウルリーパーの討伐は、本来それなりの人員と前準備が必要なんだがな。さすが“碧水の翼”と言っておくか……レンディ、ソウルリーパーの大きさはどれほどだった?」
そうねえ……とお茶のお代わりを注ぎながら、ソウルリーパー戦を思い出しているレンディア。
「体格的、というか大きさは、グランより一回り以上はあったかしらね。とはいっても、物質的にいまいち安定しない存在だったから、よく分かりにくかったわよ」
レンディアの言葉に、ソウルリーパーの姿を思い出す──
俺がソウルリーパーの事を思い出している最中にも、レンディアとラーディスさんの会話は続いていた。
「ふーん、聞く限りでは……小型だな。さっきも言ったが、ソウルリーパー討伐戦は前準備が必要な大物だ」
ラーディスさんは、ぷかり、と煙管を吹かす。
「ソウルリーパーは、地下でやりあう様な存在じゃない。陽の当たる場所、地表に引きずり出して、短期決戦で仕止める相手なんだ」
「……小型という事は、さらに大きくなっていた可能性があった、という事ですか?」
ラーディスさんに、グランさんが尋ねる。
「左様。霊園に巣くう
いつの間にか注文していた、黒ワインに手を伸ばすラーディスさん。
「……そうなったらー?」
塩味の焼き菓子を手に、シェーミィがラーディスさんに尋ねる。
ふむ、とラーディスさんが頷き、応えた。
「緊急の討伐依頼が発生して、大騒ぎになっただろうな。
煙管をくゆらせながら、ラーディスさんは事も無げに云う。
「デモンズゲート並みの脅威になる可能性もあったのですか……」
グランさんが呟く様に言い、冷めた茶を飲み干す。
「ああ、そうだ。だが、そうなる前に始末する事が出来たんだ。この事はギルドに報告した方がいい。手柄になるぞ……ああと、今日の昼食は何だっけか?」
ラーディスさんが、いつの間にかテーブル側に控えていた狼族の従業員──ラーシアさんに昼食のメニューを尋ねた。
「今日は、肉ジャガイモ煮込みに貝と根菜のクリームスープ。酢漬け野菜は玉葱です。肉ジャガイモはよく煮込まれていて、お勧めですよ!」
肉ジャガイモ煮込みか……肉じゃがっぽいな。この世界に、しらたきあったっけか?
「寒い時期の煮込みって良いよねー。いいくらいにお腹空いてきたから、ご飯にしよーよ」
先ほど食べたソバの事が、頭から消え去ったシェーミィが浮き浮きと云う。
「ふん、そうしましょうか。ラーシアさん、昼食お願いよ」
かしこまりましたー!と、レンディアの注文にラーシアさんが明るく応え、厨房に行く。尻尾がパタパタと揺れていた。
「昼食の後に、ヒルダの様子を見に行きましょうか。その時にでも、ソウルリーパーの事をギルドに報告しましょうよ」
レンディアが、ヒルダの事を口にする。そういえばヒルダの事があったな……さて、彼女はどんな調子だろうか?
「霊園奥に地下湖。離れ小島に古い祠……ふーん。興味深いな……」
食後の茶の時間。霊園での出来事で、ソウルリーパー戦以外の事をラーディスさんに俺達は話した。
「ふむ……ピックマンに会いに行くついでに、その祠を見に行ってみるさ。地下湖も興味深いしな」
ラーディスさんが、煙管をぷかりと吹かす。
「あの地下湖は、なかなか見応えあったわよ。あと古い祠だけど、妙な雰囲気があったわよ」
レンディアの言葉に、ふむ、と興味深そうに頷くラーディスさん。
ピックマンの霊園の話を少しした後、ラーディスさんは自分の定宿、
もうしばらくロングスウォード領に滞在するそうだ。
ちなみに、肉ジャガイモ煮込みは、ほぼ肉じゃがで、しらたきでは無く、蒟蒻。お勧めというだけあって、なかなかに美味かった。
俺とグランさんは米で、レンディアとシェーミィはパン。意外とパンも合いそうだった。
「……さて、改めて今日の午後の予定ね。冒険者ギルドでヒルダの様子を見て、霊園奥の地下湖と祠の存在と、ソウルリーパー討伐の報告をしましょうか……ええと、ソウルリーパーから回収した魔石は?」
「ああ、それならクレイドルが持っている」
レンディアとグランのやり取りを聞いたクレイドルが、何か
「魔石なら……あれは……」
云いながら、クレイドルは思い出す──
お茶の前に身支度を整えるため、部屋に戻った際、
一時、側に置いておけば落ち着くだろうと判断しての事だった──が、その結果。
「……ソウルリーパーの魔石は、
何でも無い事の様に云うクレイドル。
「何て?」
レンディアが首を傾げながら、不審げに云った。