遅い朝食となってしまったな……昨夜の、寝る前のちょっと一杯は、一杯では済まなかった……。
オウルリバーの小瓶を空けた後、黒ワインのボトルを追加で頼み、二人で三本を空けた。
結果、寝落ちしたグランさんをベッドに押し込み、毛布でくるんだ後はよく覚えていない……幸いというか、俺もグランさんも二日酔いは免れたものの、体が怠く、頭はスッキリしない……いや、二日酔いか?
俺達はノロノロと身支度を終えると、食堂に降りる事にした。
その前に自分とグランさんに“浄化”を使用する──
「……助かる。少しは楽になったか……」
頭を軽く振りながら、グランさんが云う。
“浄化”は清潔さを保つだけではなく、多少は心身をスッキリさせる助けにもなると実感した……やっぱり、二日酔いだな……。
まだスッキリしない頭と、怠さの残る体を引きずりながら食堂に降りる。
思った通り、いつもの“碧水の翼”の指定席にはレンディアとシェーミィはいなかった。
その代わり、と言っては何だが、ラーディスさんが煙管を吹かしながら、座っていた。
「おはよう……と言うには、少し遅いか」
今日のラーディスさんは、ローブ姿。その金色に縁取られた漆黒のローブ姿が、周囲の雰囲気に
「……レンディとシェーミィは相変わらずか」
空いた席を見ながら、苦笑するラーディスさん。多分、二人はとても朝食どころでは無いだろうな……。
「朝食を取れそうには見えないが、軽くでも腹に入れておいた方が良いぞ?」
ラーディスさんは、いつの間にかテーブル近くにいたラーシアさんに注文をしてくれた。
「濃い目の香草茶と野菜スープ。あと、酢漬け野菜を彼らに出してやってくれ」
ちらりと俺を見て、はーい! と明るく応えたラーシアさん。その元気な声が頭に響いた……。
濃い目の香草茶を二口ほど飲むと……頭がすっきりとし、思わず瞬きをする──目が、完全に覚めた。
同じ茶を口にしたグランさんも目を見開き、ふう、と息を吐き出している。
「少しはマシになっただろう。濃いやつは二日酔いに良く効くんだ。気付け薬の様なものだな」
コン、と煙草盆に煙管の吸い殻を落とすラーディスさん……いつ、煙草盆を出したんだ?
「キャベツと玉葱のスープに、キュウリの酢漬けでーす!」
嬉しそうに尻尾を振りながら、ラーシアさんが野菜スープと酢漬け野菜を運んで来た。
スープは食欲をそそる何とも良い匂いで、キャベツと玉葱がたっぷりと入っている──これなら、今の体調でも食べられそうだ。
まずは、キュウリの酢漬けから……確かシェーミィが、酢は酔い醒ましに良いとか云っていたな……シェーミィの様に、酢を飲む気は無いが。
スープを飲み終えた頃には、怠さはだいぶ軽くなった。
少しでも腹に入れると、良くなるものだな。わがままというか贅沢をいえば、味噌汁なら、なお良かったな……そういえば、朝陽食堂で定食を頼んだら味噌汁が付いてきていたな……大将、元気だろうか──
今は酢漬けを摘まみながら、新しく入れ換えてもらった香草茶を飲んでいる。
濃い目では無く、普通の濃さだ。さっきよりだいぶ、頭がスッキリしてきたな──
「今日の予定は決まっているのか?」
煙管に煙草を詰めながら、ラーディスさんが尋ねてきた。午後は決まっているんだけどな……。
「午前中は自由行動ですね。午後は昼食後に、ヒルダの様子を見に行く予定です」
今日の、俺達の予定を答えるグランさん。
「ヒルダ……? ああ、クレイドル君が叩きのめした……ええと、神聖騎士見習いか」
ラーディスさんは、火の気を見せも感じさせもせず、いつの間にか煙管に火をつけていた。
「ラーディスさんは、今日は何か予定はあるんですか?」
「アルバートさんの所に顔を出して……そうだな、その後、ロングスウォード領の大雪の前の
大雪の前の風物詩で、お祭り騒ぎ?いったい何だろう……?
「風物詩……そうか、そんな時季ですね」
グランさんは、風物詩が何なのか分かっているみたいだが……妙に気になるな。何ぞ?
「ロングスウォード領の風物詩って、何ですか?」
何気無く、ラーディスさんとグランさんに尋ねる。そして、帰ってきた二人の答えは──
「「ああ、毎年恒例の“蟲退治”だ」」
なるほどな。“蟲退治”、か……。
それがどんなものか知らないが、冬季のロングスウォード領には、二度と来ない……二度とな!
冒険者ギルドに行くラーディスさんと別れ、グランさんと午前中の予定を話し合う。
「まずは、携帯食と備品の補充。武具の手入れはそれぞれでやるだろうし……後は何だ?」
「そうですね……特に補充するとすれば、個人の物ですかね」
オウルリバーをピックマンに進呈したから、買っておきたい。後は……まあ、商店街を見て回るか。
「ここ“武門街”に来て商店街巡りはしていなかったな。補充ついでに回ってみるか?」
グランさんにそう云われてみれば、武門街では露店と屋台を少し回ったくらいだな。
ああ、そういえば、レンディアと露店巡りをした時、精霊関係の道具諸々を売っている、奇妙な婆さんの店に立ち寄ったっけか……よし、グランさんと商店街巡りといくか。
「よし。行きましょう」
「うん、行くか。戻る頃にはレンディアもシェーミィも起きているだろう」
商店街巡りをする──そういう事になった。
まずは商店街通りに出向く。大小様々な店が通りに建ち並んでいるが、“武門街”の名の通り、やはり武具やそれに関連した雑貨店が目に付いた。
自分達が、単に武芸者か剣士なら少々浮わついた気分になっただろうが。
「武芸者、剣士で賑わっているが……ふむ。俺達が見る様な品は無いだろうな」
「ですね。そもそも俺達の装備は──」
グランさんの装備。全身を覆う漆黒の防具は、暗黒神の加護を受けた、ほぼ金属製のプレートアーマーと騎士の象徴であるカイトシールド。
それらは加護によって、頑丈さと軽快さを両立させた暗黒騎士の標準装備。
そして、今使っている剣は、前にダンジョンで手に入れた剣。
薄く灰色に輝く刀身をした、衝撃属性と刺突強化の二属性持ちの名剣だ。
わざわざ鞘を黒塗りに注文したんだよな……。
俺の鎧は、赤闇の凶殼(悪魔属性の蠍)の素材から造った特製品。そして、凶殼素材で強化された黒鷲の兜とラウンドシールドに、バトルアクスにハンドアクス。
いずれも、城塞都市の名工、ストルムハンド夫妻が手掛けた自慢の逸品だ……後はまあ、魔剣やら呪物。あまり人に言える様な代物では無いな……。
「──だな。俺達の装備は充分整っている。店先を冷やかすくらいでいいだろう」
「そうですね。雑貨屋で補充品を買うくらいですか」
グランさんと、ぶらぶらと武具店の店先を見ながら、冒険者御用達の雑貨店を目指す。
携帯食は、まず干し果物に乾燥スープを補充。あとビスケットか……ロングスウォード領には、何か独特な携帯食があるんだろうか?
後は、魔道コンロ用の魔石か。これは新品に替えておこう。コンロが充分に使えないと、茶もスープも飲めないし、何より温かい食事が出来ないからな……。
補充品を揃えて宿に戻る頃には、すでに昼になっていた。
干し果物やビスケット等は他所と変わらない物だったが、豆と野菜の乾燥スープの他に、海草と干しエビの乾燥スープとやらがあった。
漁師が船上で食事をする際のお供としても、一般家庭でも、よく飲まれているそうだ。
試食させてもらったが、即席のスープながら海鮮の風味がしっかりと味わえ、何とも贅沢な気分になった。
店の人が言うには、冒険者の携帯食として、もっと広まってほしいとの事。
俺もグランさんも気に入ったので、これを豆と野菜の乾燥スープと入れ換える事にした──
「取り合えず、携帯食と備品の補充は済んだ。他にあるならロングスウォード領から出発する前に揃えておこう」
“碧水の翼”の指定席に着いているレンディアとシェーミィに、グランさんが告げた……が、身だしなみはちゃんとしているものの、二人共に今しがた起きたかの様な顔付きで、野菜スープを啜っていた。
「……シャワーはちゃんと浴びたわよ」
レンディアは、よく分からない言い訳をしながら、スープを啜る。スープのおかげか、顔色は悪くはない。
シェーミィは、スープと酢漬け野菜をすでに平らげており、またも酢漬け野菜の酢をクピクピと飲んでいる……胸焼けしないのだろうか?
軽く食事をした事で、レンディアとシェーミィの顔色は先程より、良くなっていた。
「補充品の確認は、改めて後からするわよ。午後はヒルダの事もあるから、冒険者ギルドに向かいましょうか」
頭をスッキリさせるためか、炭酸水を呷るレンディア。炭酸の刺激に、ふう、と息を吐いた。
昼にはなっているが、昼食には少し早い時間帯だ。昼食はギルドで時間を過ごしてからだな……。
「冒険者ギルドに行くんだったらー、ロングスウォード領の
俺の虫嫌いを知っているはずのシェーミィが、にっしし、とわざとらしく笑った──猫め!