目を覚ますと同時に、寒さを感じた。
厚手の毛布にくるまっていたが、それでも冬の冷気が肌に触れて来ていた──何となく暖炉に目をやると、熾火がほとんど消えかかっている。
「……通りで寒いはずだ」
身を起こし、体を毛布で包みながらベッドに座り、少しぼんやりする。
向かいのベッドで、頭まで毛布にくるまっているグランさんは、寒さで縮こまっているみたいだ──下に行ったら、暖炉に薪を頼もう……ちょっと部屋を暖めないとな。
明け方前の薄暗い部屋。目が冴えてしまったので、二度寝は無いな……よし、魔力制御といくか。
「……クレイドル、唇青いぞ」
魔力制御を終え、部屋に戻って来た早々にグランさんに云われた。
宿の裏庭で、いつものベンチに腰掛け、魔力制御に入ろうとした、が──石造りのベンチの冷たさに、思わず腰を上げてしまった……。
寒風に吹き付けられつつ、魔力制御を済ませたものの、なかなかの寒さに集中出来ず、早めに切り上げた。
そういえば、素振りが日課となっているガーランドさんも裏庭で見かけなかったな……。
「暖炉の近くに来い。さっきリーライが薪をくべてくれて、部屋が暖まり始めている」
よほど俺の様子が悪く見えたのか、起きて身支度を整えていたグランさんに、暖炉側に誘われた。
そういえば、裏庭に向かう時にリーライに薪を頼んだっけな……。
暖炉側のテーブル席に座り、暖炉に手をかざす。直ぐに、冷えた指先から手のひらに熱が伝わるのを感じる……。
「ほら、お茶だ」
リーライは茶の用意もしてくれたようだ。礼を云い、グランさんが差し出して来たカップを受け取る。
茶の温もりがカップを通じて伝わって来た……。
朝食までまだ早いので、茶を飲みながら部屋でのんびりする事にした。
暖炉の暖かさが充分に部屋に行き渡り、だいぶ快適になっている……。
「
グランさんが茶を啜る。昨日のヒルダとの話し合いの時に、ダーンシルヴァス行きの話が出たのだ。
グランさんはその時の事を、改めて尋ねてきた。
「ええ、そうです。レンディアが云うには、ダーンシルヴァスでどれぐらい過ごすかは分からないけど──」
冒険者ギルドでの、レンディアとヒルダの会話を思い出す。
「あなたの初級訓練が終わるまで、ロングスウォード領に逗留する事も考えたのだけれど、暗黒都市に行く事が決まったのよ」
ティーカップに口を付けるレンディア。
俺が“碧水の翼”の、今後の予定をヒルダに伝える。
「“碧水の翼”が、どれくらい暗黒都市で過ごすかは未定。多分、一、二週間くらいだと思うが、向こうの冬の状況次第で、逗留期間は長くなるかもしれない」
ダーンシルヴァスの冬は、ここロングスウォード領よりも長く、大雪や吹雪も珍しくないそうだ……冷え込みも強いらしいな。
同席しているガーランドさんは、口を挟む事なく俺達の話を聞いている。
……少し気になるのが、ヒルダはギルドマスターの部屋に来てから、俺と顔を合わせようとしていないんだよな。
今も、俺の話を聞いている様ではあるが顔を合わせようとしない……前に立ち合いで叩きのめした事を根に持っているのだろうか?
もし、そうならば面倒だな……。
ガーランドは、ヒルダとの会話を済ませた後、“碧水の翼”とヒルダの話し合いには口を出さないと決めていた。
少し前。初級訓練の休日、冒険者ギルドに併設された喫茶室でヒルダに会った際、“碧水の翼”についての話をした時の事を思い出す──
「碧水の翼は、すでに中堅のパーティーとして名が通っています」
と前置きをし、碧水の翼と共に対悪魔戦に臨み、その戦いぶりと連携の見事さを目の当たりした事を、ヒルダに話した。
「君が一ヶ月の初級訓練を終えた後、碧水の翼に加わるという話になっていますが──」
ヒルダは、ただ黙って話を聞いている。茶を飲むよう促すと、思い出したかの様にティーカップに口を付けた。
「初級訓練を受ける中で、気心知れた人達が出来たならば、その人達とパーティーを組む事も選択の一つとして、考えるのもいいと思います」
茶に手を伸ばしながら、ヒルダの様子を伺う。 ヒルダは、カップの中を見つめながら、微かに頷いた──
迷いがある、か……“碧水の翼”と、初級訓練で知り合った
ヒルダがカップから顔を上げ、云った。
「……副団長の仰る事は、分かります。初級訓練を受けて、知り合った人達とはそれなりに上手くやれていると思っています……でも、私は……」
迷いながらも、ぽつりぽつりと話すヒルダ。
その様子からは、かつてのヒルダ──ヒルデガルドの面影はもう無い。
角が取れ、以前の様に狷介と高慢さを感じさせる雰囲気は無くなっていた。
先輩や同期からの、頭が堅い。他者の意見を聞かない。我が儘──という評価を受けていた頃のヒルデガルドは、もういない。
初級訓練を受けるなかで変わったのか……いや、違うな。
その前、クレイドルとの立ち合いが、ヒルデガルドを変えたのだ。
鼻っ柱を折ってほしいとの依頼を“碧水の翼”が受け、その立ち合いの相手がクレイドルだった。
結果、呆気なく打ちのめされた経験が大きいのだろう──
「……一ヶ月の冒険者訓練で、自分がどれほど学び、成長出来るか分かりませんけれど──」
静かに語るヒルデガルド。そして、はっきりと云った。
「“碧水の翼”に加わりたいと、思っています」
ヒルデガルドが、私の顔を真っ直ぐに見つめてきた。迷いを吹っ切った、良い面構えだ──うむ。
「その答えを聞きたかった……もう、この話はお仕舞いにしましょうか」
ヒルデガルドの今後の事が、決まった。彼女にはもう言う事はない……今は。
茶がすっかり覚めてしまったので、温かい茶を再度注文するため店員に声をかける。
茶が運ばれて来る前に、ヒルデガルドには伝えておきたい事があった。
立ち合いの相手をした、クレイドルという男について──「ヒルデガルド。少しばかり、注意事項があります。碧水の翼の一員についてですが……」
「“碧水の翼”が、どれくらい暗黒都市で過ごすかは未定。多分、一、二週間くらいだと思うが、向こうの冬の状況次第で、逗留期間は長くなるかもしれない──」
私を立ち合いで叩きのめした、クレイドルという男が碧水の翼の今後の予定を話してくれているけれど、彼の顔立ちを直視した時から、鳥肌が立っている……。
輝く金色の髪に、透き通る様な白い肌。整った目鼻立ちと漆黒の瞳……そして、深紅に濡れた唇──
そうか、副団長の忠告はこの事を云っていたのか……。
その忠告を思い出しながら、クレイドルを目の前にして、自分の動悸が強くなるのを感じていた。
『あなたを立ち合いで叩きのめした、クレイドルという男ですが、気を付けて下さい』
『気を付ける……とは?』
『ふむ……顔です』
『顔……ですか』
副団長、曰く──
美貌、という表現は適切では無い。
妖艶、というのも違う。
『──つまり、顔を直視しない事です。特に唇には……引き込まれますよ。気を付ける事です』
副団長はそう云い、何か夢見る様な表情でティーカップに口を付けていた──
クレイドルを顔をまともに見てはいけない、というガーランドの忠告を思い出し、少しうつむき加減にクレイドルの話を聞いているヒルダ。
そんなヒルダを、怪訝な面持ちで見るクレイドル。
二人のその様子を、同席しているギルドマスターのアルバートは妙な気分で見守っていた──
(……この状況、一体何だろうな?)
碧水の翼の今後の予定を話すクレイドルと、話を聞いているのかいないのか、顔を伏せがちのヒルダ。
クレイドルとヒルダのやり取りには、我ら関せず、とばかりに、静かに茶を啜っているガーランドとレンディア。
(……そろそろ止めるか)
話を終えた後、怪訝な面持ちでヒルダを見つめるクレイドルに、顔を赤くして俯いているヒルダ。首筋まで赤くなっている……。
クレイドルからしたなら、「俺の話を聞いているのか?」という思いでヒルダを見つめているだけなのだろうが、ヒルダとしてはクレイドルの
「話はもう──」
済んだろ、とアルバートが言いかけた先に、レンディアが云う。
「クレイ、話はお仕舞いよ。ヒルダ、分かったわね。私達は
その前に、一度様子を見に来るわよ──話し合いを締める様にレンディアが云い、ティーカップを置いた。
その様子を見たアルバートが、この場にいる面々見て、改めて云った。
「……よし、話はもう済んだな。解散としようか」
アルバートの言葉に、皆が頷く。
「──まあ、こんな所ですね」
グランさんに、冒険者ギルドでの事を話終えた。なるほどな、とグランさん。
「何にしろ、
グランさんの言葉に、舌打ちしそうになるのを何とか堪える。
風物詩という名の、“蟲退治”か……くたばれ、