武門街、冒険者ギルドの一室。ギルドマスターの部屋で、アルバートとセリオスが机を挟んで向かい合っていた。
アルバートの使用している机と椅子は、無骨な頑丈一辺倒の造りで、“丸く”そして“太い”体格のアルバートに良く似合っている──
「セリオス、
ギルドマスター、アルバートがセリオスに伝える。
「分かりました。通知内容は例年通りでよろしいですか?」
アルバートに応えたのは、スーツ姿の清潔感のある身だしなみをした副ギルドマスター、セリオスだ。
「おう……ああ、いや。“魔導卿”からの依頼を追加だ。“
「“魔導卿”直々の討伐依頼ですか……雪甲虫の特殊個体というと、指揮個体……出現率は低いでしょうが、もし現れたら面倒な事になりますね」
眉をひそめながら、セリオスが云う。
「だ、な……冒険者連中だけでなく、ロングスウォード伯にも通達しておくか……セリオス、諸々の手配を頼む。それと、“魔導卿”の報酬については、後から話し合う事になっている」
「承知しました。では、手配は直ぐに」
アルバートに一礼し、ギルドマスター室から退出するセリオス。
その背を見送り、ふむ、と太い息を吐くアルバート。
(特殊個体か……もし出現するとなると、今年の
アルバートは、椅子から立ち上がり、窓辺に立つ。
活気に満ちた街並みは、雪がちらちらと降っていて少しばかり灰色に染まっている様に見える。降り積もれば、街は白く染まるだろう──ぼんやりと街を眺めていると、街を行き交う武芸者や武術者達が、遠目からでも何となく分かった。
『我、腕に覚え有り』──といった風体の武芸者や武術者達。そのほとんどがその雰囲気をかもし出しているのだ。
冒険者達とはまた違った物々しさと派手さに溢れている。
つまりは──立身出世の為の
目立つ事で、有力者達に対して自己主張をしているという事だ。
(……何だかなあ。俺のガキの頃は、武芸者だとか武術者。剣客ってのは……)
街並みと武芸者達を見ながらアルバートは思う。
まあ、いい、と武芸者達の事を頭から振り払い、アルバートは現実を思う。
(“
通称── “
破滅を意味する“ドゥーム”と、
通常の雪甲虫は体長約四、五十センチほど。それに対し、滅甲虫は二メートルから三メートルと約五倍の大きさ。最早、別種と言ってもいい。
それもそのはずで、
滅甲虫の指揮下に組み込まれた雪甲虫は、ただ群れをなすだけでなく、連携を持ち、組織だった動きをする様になり、甚大な被害をもたらす事になる。
それを防ぐには、一刻も早い滅甲虫の討伐が必要になるのだが……“
「ま、出たら出たでやりようはあるわな」
大きな独り言を呟き、アルバートは窓辺から離れて椅子に座る。
「……ちっと、忙しくなるなあ」
ため息混じりに呟くアルバート。
その姿は、妙に浮き浮きとした雰囲気に満ちていた──
「お祭りの通知が出てたよー」
“
昼食の前に、冒険者ギルドの様子を見に行っていたシェーミィが戻って来て、
「ふん。やっぱり早めに通知を出してきたわね」
レンディアが、トト、トンと指先でテーブルを叩く。
「シェーミィ、通知の内容はどうだった?」
グランの質問に、えーとねー、とシェーミィが答える──
通知内容は、以下の通り──
“
領内を守る衛兵の補助のため、冒険者達は村等を巡回。村を防衛地点と認識する事。
巡回の際に、雪甲虫を見かけた場合、速やかに駆除する事。
駆除を終えた後も、再度湧く可能性があるため、衛兵達と連携を取りながら備える事。
風物詩終了の報が通達されるまで待機、または巡回を続ける事──等。
要は、
衛兵にとっては任務。冒険者には討伐依頼という事になる。
「あ、あとねー。“魔導卿”からの依頼も出ていたけど、これって特殊依頼になってて、特殊個体の討伐とその魔石の回収の依頼だそうだよー」
シェーミィが事も無げに云う。そして、指定席側に待機している従業員、ラーシアに果実水を頼んだ。
「ふん……兄上の特殊依頼ね。さぞや報酬を弾んでくれるでしょうねえ……ラーシア、私達にも果実水お願いよ」
「ああ、私には黒ワインを。少し早いかな?」
それぞれの注文に、はーい、と明るく応え、厨房に戻ろうとしたラーシアだったが、ふと立ち止まり、“碧水の翼”の指定席を見回して云った。
「あの……クレイドルさんがいないようですが、また何かあったんですか?」
スピスピと、心配そうに鼻を鳴らす狼族のラーシア。心なしか尾がペタリと垂れている。
クレイドルが、また疲労で寝込んでいると思っている様だ……。
「ああ、クレイドルはねえ──」
レンディアが、涙目のラーシアを安心させる様に、クレイドルの事を伝える。
「あだだだだっっ!!」
「ダメだなあ。クレイドル君」
今俺は、ラーディスさんに腕を捻り上げられている。
手首から肘、そして肩。俺からは全く見えないが、たぶん俺の左腕は、ほぼ真上を向いているだろう──腕一本を完全にきめられている。
今の俺は、地面に片膝を付いている状態だ……。
場所は、冒険者ギルドの訓練場。ラーディスさんに体術の指導を受けている。
ラーディスさんは、
という事なので──
「君が稽古をつけて貰いたいと云ってきた時には、嬉しかったものだ。少しばかり退屈していたからな……よし、立て」
ラーディスさんが、俺の手首から手を離す。と同時に、腕のみならず全身が楽になった……一息付き、立ち上がる。
腕の痛みはすでに消えていた──あれだけの痛みが、あっさり消えたのが妙に恐ろしい。関節技ってこういうものか?
「で、まだ続けるかね?」
シャツの袖を直しながら聞いてくるラーディスさん。その姿は、黒の革ベストに濃い灰色の長袖のシャツ。シャツと同色のズボン──
漆黒のローブは、近くのベンチに無造作に畳んで置かれているが、いつも携えている黒灰色の杖は見当たらない……ここに来る時は確かに持っていたよな?
ちなみに俺は、見習いが着る洗いざらしの訓練着姿だ。頑丈で軽く、七分袖で動きやすいんだよな。
「へっ、元気一杯ですよ?」
よし、ラストラウンドといくか──
やや前傾姿勢を取り、腰を軽く落とし、拳を額の高さまで上げる。ボクシングの構えに近いといえばいいか?
「ふむ。では──」
ぺきり、とラーディスさんが指を鳴らす。
「私から行こうかね」
すうっ、と自然な足取りでラーディスさんが歩を進めて来る──散歩にでも行く様な雰囲気……。
ラーディスさんは、どうという事もない顔付きで、ゆったりと近付いて来るのだが……うわ、怖えぇ……。
蹴りの間合い──いや、まだだ。膝──まだだ。拳──何をどうするか、考えていなかったな……さて、どうする?どうすりゃいい?
ラーディスさんが立ち止まり、ふむ、と軽く頷いた。
「私から行くと云ったからには、だな」
ラーディスさんが、ごく自然な動きで俺の襟を掴んだ──ここだ!
ラーディスさんの手首を掴み、肘に手をかける。
同時に、腰を浮かせながら右足を跳ね上げて跳び付き、右膝裏をラーディスさんの後頭部、首筋に巻き付ける──よし!
ここから左膝を、その顔面、顎に向けて跳ね上げる……!
“獲物の首を、獣が顎で、挟み込むように”──曰く、獣王。
落下。左膝が、ラーディスさんの顎に届くと思った瞬間、
何故!? 俺は今、ラーディスさん目掛け浮き上がっているはずなのに、落ちる感覚を感じている──肩越しに、地面が見えた……あ、まずい。
このままだと、地面に叩き付けられ──受け身!?……無理、だ──
クレイドルが幸運だったのは、叩き付けられる衝撃を感じる前に、気を失った事だった──
獣王。完成、成らず(二回目)……。
「何故失敗したか? 簡単だ。力を抜いたんだ。私の頭部と首を右足で固定して、左膝で私の顎を狙っただろ? 抱えられた腕、というより全身を脱力した。それだけだ」
ラーディスさんに、獣王を返した方法を改めて聞いた……脱力された結果、そのまま地面に頭から落とされたのか。言うは簡単だけどなあ……。
「戦いの最中に力を抜くのは容易くないからな。ま、慣れればどうという事はないが……出来る様になれば、闘い方が変わるぞ?」
脱力、か。覚えておこう……そして、いつか必ず、“獣王”を完成させてやる。