武門街の北東──イーストウィンドの村。他の周囲の村と同じく、人口二千人ほどの中規模の村。
雪甲虫対策として、やるべき事は多い。
防備のための逆茂木や、夜に備えての篝火。雪甲虫の侵入を知らせる鳴子等を、村の周囲四方に設置。
家畜や子供、老人等の避難経路の確保。農作物や食料の物資等の保管諸々──
衛兵隊の協力の下、男衆や女房衆への雪甲虫対策の指示を終え、ベンチで一服している老人。
他の村人とは、明らかに雰囲気が違っていた──
長の肉体労働、おもに農作業で灼けた肌。老年で細身になっているが、頑健さが見てとれる引き締まった体付きをしている。だがその体付きは、見る者が見れば、農作業だけで出来上がった体ではない事が分かるだろう。
穏やかな顔立ちの中に、強い意思を宿した目付き。それが威厳となって、老人を並の村人とは一線を画していた。
その並みならぬ雰囲気の老人に、イーストウィンドに派遣されていた冒険者が声を掛けて来る──
「よお、相変わらず元気そうだな」
歴戦の雰囲気を纏った、三十代中頃といった風体の男。強かな面構えの中に、人懐こさが見える──
前面を、金属で覆われた革製の胸当て姿。胸当て以外の部位は、魔獣の素材を使用した特殊な合皮製で、頑丈さと柔軟さを両立させた特注品。
両腰には黒鞘の短剣。鞘には何の装飾も無い、実践拵えの業物──武装に金を掛けている事から、見る者が見れば、中級クラスの冒険者だと一目で分かる装いだ。
「誰かと思えば……ウォンとこのハナタレじゃねえか。いつ戻った?」
老人は、ゆったりと煙草の煙を吐きながら云った。
「今日の朝方だよ。それより、三十越えた男にハナタレは無えだろ」
冒険者は、老人の隣に腰を下ろす。
「ふん。儂ぐらいの歳になるとな、この村出身のガキどもは皆、ハナタレよ」
まあそれより、と老人は携帯の灰皿に煙草の灰を落とし、云った。
「親父さんとおふくろさんの墓参りは済んだのか?」
「ああ、さっき花を供えてきたよ。妹も来たがったけど、今の時期、村は安全とは言えねぇからな」
「そう、だなあ……
優しげな笑みを浮かべながら、懐から巻き煙草を取り出し、生活魔法で火をつけ、煙草を吹かす老人。その煙を目で追いながら、冒険者が云う──
「じいさん……いや、村長」
かしこまった冒険者の物言いに、村長と呼ばれた老人の顔付きが引き締まったものに変わる。
「何かあったか、ルゥエン?」
ルゥエンと呼ばれた冒険者が、物見櫓を眺めながら独り言の様に云った。
「……“魔導卿”から、“
それを聞いた老人──村長が唸り声を上げる。
「滅甲虫が現れるのが決まったわけじゃねえ。もしそうなったらって事らしいけどな」
ルゥエンが、村長を安心させる様に穏やかに云う……だが。
「滅甲虫、か……儂がお前さんぐらいの年頃、親父とじいさんが滅甲虫の事を話していたな……もう三、四十年くらい前になるか……」
「何を聞いたんだ、ラウ村長?」
改まった態度のルゥエンの質問に、ラウ村長と呼ばれた老人は、ふむ、と頷く。
「ちいっと、昔話になるぞ。いいか?ルゥエン」
ふん、と煙草を吹かすラウ村長。
「ああ、
「うむ。ハナタレの奢りでな。バーナスの店でいいじゃろ」
「あの婆さん、まだ元気かよ……」
呆れた様に云うルゥエンに、ラウが笑って応える。
「儂より長生きするぞ、あのババア。よし行こうかい」
村長の悪態に、ルゥエンが苦笑する。
二人がベンチから腰を上げた──
街の雰囲気が慌ただしくなってきた。
行き交う人々の表情に、緊張感の様なものが浮かんでいる。最も、その緊張感を浮かべているのは地元の人間と衛兵がほとんどだ──そうでは無い者達は、不意の慌ただしさに戸惑っている。
「ふん……いよいよ
レンディアが、グラス片手に云う。グラスの中味はオウルリバーを果実水で割ったもの。
「街が騒がしくなってるねー。特に地元の人達は忙しいだろーね」
シェーミィは他人事の様に云いながら、果実酒炭酸割りをクピクピと飲んでいる。
「領内の巡回の割り当てがそろそろ決まるだろうから、一杯済んだら宿で待機していよう」
黒ワインからお茶に代えたグランさんが、穏やかに云った──
今俺達がいるのは、“
ウィンクをしているツインテールのドワーフ(女性)が描かれた看板が中々のインパクトだ……ツインテールを纏めている髪飾りには、鈴が付いていた。
それで
落ち着いて酒を飲める所は無いか?、とレンディアが女将のイーライさんに尋ねたら、この店を教えてくれたそうだ。
酒場、というよりテラス席のある洋食店の様な雰囲気の店。
そこらの酒場よりも、いいお値段の店で、店内は落ち着いた大人の雰囲気といった感じだ。
例えると、それなりに名の知れたホテル内のバーといったところか──
テラス席から街の慌ただしさを眺めながら、俺達はのんびりと酒を楽しんでいる。
テラス席は、冷温陣でほどよい暖房が効いていて、居心地が良い……何より、昼の
罪悪感と、シェーミィが頼んだ、ほぐした鶏ささみと白菜の和え物を酒の摘まみにオウルリバーのロックを口にする。
和え物は、塩ダレに山葵を混ぜたもので味付けされ、山葵の風味がさっぱりとした味わいをもたらしている……うむ。美味い。
「そういえば、“魔導卿”の依頼について、レンディアは直接には聞いていないのか?」
グランさんがレンディアに、“魔導卿”の出した依頼の事を尋ねる。
ん~、そうねえ……とレンディア。グラスを一息に干し、店員を呼んだ。
「兄上からは、“
注文を聞きにやって来た店員に、酒のお代わりを頼みながら云った。
「局地的な吹雪の後に、多数の
……なるほどな、と俺達は頷く。
まあ、それよりも、とレンディアが続けて云う。
「兄上が云うにはね──」
『
「纏っている冷気を、風で吹き飛ばす事らしいのよ。いきなり火属性での攻撃だと、抵抗されて、どうしても時間が掛かるし、何より無駄に魔力を消費する事になるとの事よ。だから──」
『お前ならば、広範囲の突風を吹かせる事が出来るだろう? 突風で冷気を散らせば、奴等は目に見えて弱体化する……奴等にとって冷気は鎧であり、生命線だからな。風でそれを散らせば、雪甲虫ごときは楽に殺せる……だが、
「まあ、こんな所よ……兄上はこの事をちゃんと冒険者ギルドに伝えていると言っていたわよ──ああ、ありがと」
店員から、オウルリバー果実水割りを受けとるレンディア。
「へー、だったら風属性持ちの魔術師は引っ張りだこだねー」
いつの間にかお代わりを頼んでいた果実酒炭酸割りを片手に、シェーミィが云う。
「“魔導卿”の云った事だから、そう簡単な事では無いのだろうな……」
今はお茶ではなく、黒ワインを手にしているグランさんが呟く。
もう一杯飲むんだな……さて、俺はどうするかな。
グラスに目をやると、オウルリバー炭酸割りはもう残っていない。氷が全部溶けかかっている……。
滅甲虫、か……悪魔属性だとラーディスさんの依頼には追記されていたな。
滅甲虫は悪魔の眷属、と思えばどうという事は無い……雪甲虫が嫌なんだよな。虫、虫かあ……よし、飲もう。
「今から虫の事考えても仕方ないでしょうよ」
グラス片手のレンディアが、俺の気持ちを見透かす様に云った。
“
“
値段もお安くは無かったが、レンディアは、たまにはいいでしょうよ、との事。
ちなみに、飲食費は
「イーライさん、冒険者ギルドから何か通達はあった?」
果実酒炭酸割りを片手に、レンディアが尋ねた。まだ飲むんだな……。
「はいよ、炙り鶏のチーズ乗せお待ち──ギルドから? いいや、まだだねえ」
シェーミィの注文した品を運んで来たイーライさんが、レンディアに応える。
炙り鶏チーズ乗せか。美味そうだな。
シェーミィが素早くフォークを伸ばし、器用にチーズを絡めて炙り鶏の一片を口に運んだ──もっくもくと、目を細めながら何とも美味しそうに食べている。
これは、試さねば──
料理に舌鼓を打っているシェーミィとクレイドルを横目に、レンディアとグランは
「領内の巡回か……これは街道沿いに、各村を廻るという事になるのかな」
黒ワインを傾けるグラン。ふん……とグラスを揺らすレンディア。からん、と氷が鳴った。
「私も
──巡回中、雪甲虫を発見次第、殲滅。そうしながら各村を廻り、村が襲われていたならば、その防衛に加わる事。拠点防衛と心掛けて行動するように──
「冒険者ギルドの、
グランが黒ワインを啜る。
まあ、とレンディアが云い、グラスを干す。
「何にしろ、
干したグラスを見つめながら、レンディアが云う。滅甲虫か……とグランが呟く。
「兄上が云うには、滅甲虫は術士無しで戦うには、かなり危険だと云っていたわよ。現状、ロングスウォード領には腕の立つ術士はいない……だから──」
「……だから?」
グランの言葉に、グラスを口に運ぼうとするレンディアだが、空なのに気付き、お代わりを頼むため、店員を呼ぶ。
そして、グランに改めて向き合い、云った。
「帝国魔術兵団から、人員を呼ぶと言っていたわよ」
「帝国魔術兵か……」
「シェーミィ、鶏肉だけ食うなよ。チーズも一緒に食べろ!」
「……むー!」
感想あれば、どぞ。
(´ー`)y-~~