邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第203話 風物詩(お祭り騒ぎ)開始──討伐戦の通達と魔術兵団

 

 

「エミリオ、魔術兵団から四十名を選抜しろ。そして、十名編制で四部隊を組め。それぞれの部隊長は、お前とミシェルで決めろ」

『──……』

「そうだ。風物詩(お祭り騒ぎ)に向けてのな。正確に言えば、対“滅甲虫(ドゥームボウル)”だ」

『……──』

「分からん。確信があるわけじゃないが、もし出現したならば、今現在ロングスウォード領にいる術士では不十分だ。無駄な犠牲が出る……そうだ、風属性の使い手を中心に選べ。お前は来るなよ?」

『……!……!?』

「駄目だ。遅くとも、明日の昼までには到着させろ。陛下には私から直に伝えておく。あと、ロングスウォード伯にもな……何? そんな事はお前が考える事じゃあない」

『──!?……!』

「通信、終了」

ピイィン、と微かな音が鳴った──片耳に装着している魔道具。通称、“魔導卿の携帯通信”──通信を切断した音だ。

 

この携帯魔道通信具は、ラーディスの発明品の中でも、極めて価値の高い物であり、従来の設置型魔道通信具を小型化したものとは、訳が違う。

この携帯型の通信具は革新的な物であり、これが広まれば、帝国が頭一つ以上は文化、経済(そして軍事的)に他国を凌ぐ事となる──が、ラーディスはこの通信具を(今のところ)広める気は無い。

 

理由は単純で、制作に時間と費用が非常に掛かる事。さらに生産となると、とても現実的(・・・)ではない予算(数字)になるとの事──これを所持しているのは、ラーディスを含む十名ほど。完全に個人専用で、他者が使用する事は出来ない。

“魔導卿の携帯通信”の通信範囲は、ほぼ帝国全域。各領の境界線に、携帯通信専用のための特殊な魔力を中継する、中継所が設けられていた──

これらの中継所は、ラーディスの自費で建てられ、維持費もラーディス持ちになっている。

 

通信範囲は帝国全域と広いが、通信状況は天候と距離に左右され、豪雨強風によって繋がりにくくなる可能性がある(度々の改良により、初期よりだいぶ改善されている)。

この携帯通信の真骨頂は、ダンジョン内からでも、通信が可能だという事なのだが……この機能の事は秘してある。

これが知られたら、各所から(特に冒険者ギルド)携帯通信生産の嘆願の声が煩わしくなるのは分かりきった事なので、この機能を知っているのは、本人以外では四人の弟子と、妹のレンディアだけだ──

 

 

ラーディスは今、ロングスウォード領での定宿である、剣と鉄拳亭(ソード&フィスト)のいつもの部屋にいる。

室内は、灯りを少し落としているので薄暗い。

部屋の内装は、他の部屋とはだいぶ趣が違っていた──配置されている家具類は、他の部屋とほぼ変わらないが、暗みを帯びた灰色の壁紙に、同色のカーテン。

特注品の、グレイオウル家の家紋である“闇夜の灰梟”を模した壁掛け時計に、金色で縁取られた黒い安楽椅子。

これらの内装は、無論ラーディスの自費で仕立てられている──このいつもの部屋は、ラーディスのために、常に空けてあった。

 

連絡を終えた後、ラーディスは安楽椅子に身を沈め、サイドテーブルに置いてある煙草盆に手を伸ばし、煙管を手に取った──すでに煙草葉は詰めているので、直ぐに吸える状態だ。

火をつける動きを全く見せる事無く、煙草に火がつき、ラーディスは煙管をゆったりと吸い、静かに吐いた。

 

ふわりと揺らめきながら、宙を漂う煙をぼんやりと、見る事なく見つめているラーディス。その表情からは、何も読み取れない──

「……何かあったか」

漂う煙を見つめながら、ラーディスが呟いた。

部屋のドアの下。僅かな隙間から“影”が室内に伸びていた──「……ロングスウォード領の北側、ダーンシルヴァス神王国との国境線近くに、拠点があるのをご存知ですか……?」

“影”の囁く様な、性別を感じられない声にラーディスが頷き、応える。

「ああ、と……暗黒都市と帝国領を行き来している隊商(キャラバン)が常駐している場所だったな。確、か──」

「人口が五百に達したなら、正式に村と認定されます。現時点で、四百を」

“影”の報告に、ふむ、と頷き煙管を吹かすラーディス。

 

「まあ、それはいい。何があった」

「その拠点の周囲。例年以上に冷え込んでいるとの事です……」

ぷかり、と煙を吐くラーディスの瞳に、金色の光が一瞬よぎった。

「風は出ているのか」

「はい。時おり強風が吹き付けています。これは……」

“影”の声に、少しばかりの緊張が滲んでいる。

すうっ、とラーディスが煙管を吸い、ふかあ、と煙を吐いた。

「ただの吹雪の予兆か、そうでなければ、“滅甲虫(ドゥームボウル)”の出現が近い、か……ふん」

ラーディスが、カン、と煙管で煙草盆を叩き、煙管の吸い殻を煙草盆に落とす。

「引き続き、隊商(キャラバン)の拠点を監視していてくれ」

「承知。では……」

部屋のドアの、僅かな隙間から室内に伸びていた“影”が静かに引いていき、その気配が消えると室内に静寂が戻った──

 

「……“滅甲虫(ドゥームボウル)”、か。ふん……」

ラーディスは、煙管に煙草葉を詰めながら、クローゼットに目を向けた。

僅かに開いたカーテンの間から、昼下がりの陽射しが薄暗い室内に射し込んでいる──

 

 

冒険者ギルドから各所に、風物詩(お祭り騒ぎ)の開始が通達された。

そして、武門街中央広場に立て札が立てられる──

 

『本日より、雪甲虫討伐を開始する。現時点では雪甲虫は発生していないが、時間の問題である。討伐戦に参加する者は、冒険者、武芸者問わず報酬を出す。──詳しくは冒険者ギルドまで──』

 

立て札を囲むは、武門街の市民よりもロングスウォード領外の人間が多かった。

領外から来た、冒険者や武芸者に商人、旅人等──風物詩(お祭り騒ぎ)の事を知らない、もしくは話には聞いていただけの者達だ。

それらの連中、特に冒険者や武芸者達は勇み立ちながら、冒険者ギルドへと向かって行った。

 

 

風物詩(お祭り騒ぎ)の巡回ルートなのだけれど、“碧水の翼”のルートが決まったわよ」

レンディアが、優雅な仕草でティーカップを手に、云った。

場所は、冒険者ギルド内に併設されている喫茶室。それほど人は入っておらず、落ち着いたざわめきが心地良い。

レンディアによると、各パーティーのリーダー達はギルドに呼ばれて、巡回ルートの割り当てについて話し合いをしたそうだ。

「まあ、話し合いといっても巡回ルートの説明と、巡回ルートを頭に入れて行動して欲しいとの話よ」

今回呼ばれたパーティーリーダーはレンディア含め五名。それぞれ名の通った、中級クラスのパーティーだそうだ。

「それと、中級以下のパーティーと、パーティーを組んでいない冒険者は、衛兵達と一緒に巡回。そう決まったわよ」

レンディアはカップに口を付けた。

 

「……なるほどな。では私達や他のパーティーは遊軍扱いという事か?」

グランさんがレンディアに尋ねる。

「そうなるわね。衛兵達と行動する連中は街道沿いを巡回しながら、雪甲虫を討伐という事になるでしょうね」

ふむ、とグランさん。俺達は遊軍か。状況に応じて動く事になるんだろうな……そういえば、武芸者連中はどんな扱いになるんだろうか?

「武芸者連中は、どうなるのかなー」

果実水を啜りながら、シェーミィが云う。武芸者か……聞く限りでは、我の強い連中らしいからな。

 

「ああ、武芸者連中ね。ロングスウォード伯の指揮下に入れるらしいわよ。いくら我の強い連中でも、ロングスウォード伯には睨まれたくないでしょうよ」

レンディアが、カップに茶のお代わりを注ぐ。

「……指揮下に入れる、という事は、ロングスウォード伯は前線に出るのか?」

レンディアに尋ねながらも、答えは分かっていた……ロングスウォード伯なら──

「ま、そうね。この風物詩(お祭り騒ぎ)の陣頭指揮を取るのは、ロングスウォード領主の勤めらしいのよ」

今だ湯気の立つカップに、口を付けるレンディア。

「武芸者連中を目の付くとこに置けば、そうそう勝手をさせる事は無いでしょうからね」

「仕官を匂わせ、制御するという事か……」

レンディアの言葉に、納得がいったとばかりに頷くグランさん。

 

仕官、なあ……戦国乱世ならともかく、そういう口あるかね?

今の時代なら、仕官というのは……。

「仕官といったら、ロングスウォード領の衛兵になるって事なのか?」

「そうなるわね。基本、衛兵になるには募集時期に応募して、基礎訓練でふるいに掛けて後、合格者を見習いとして衛兵隊に加える……というのが流れよ。基本的にはね」

俺の疑問に応え、カップを口にするレンディア。

「……ただ、『腕に覚えあり』の連中だ。一衛兵として仕える事を、よしとしないだろうな」

グランさんが、何か呆れたように云い、砂糖まぶしの焼き菓子を摘まむ。

 

まあ、確かに……武芸者連中の、妙な自信というか何なのか……そういえば、ギルドマスターのアルバートさんが前に云っていたな……一騎当千気取り、と──

「そんな人達がー、衛兵なんて真面目な仕事、出来ないよねー」

皮肉めいた言い方をするシェーミィ。

「宿に戻りましょうか。少し遅くなったけど、昼食にしましょうよ」

レンディアが、喫茶室の時計を見る。

つられて時計に目をやると、とうに昼を過ぎていた。

席を立ち、お代は置いておくわよ、と銀貨数枚をテーブルに置くレンディア。

いつもありがとうございます、との従業員の声を背に俺達は喫茶室から出る──

 

さて、遅い昼食の時間だ。何が食べられるだろうか……。

 

 

 

 

「ロングスウォード伯にお目にかかりたい。取り次ぎ、頼みます」

ロングスウォード邸に訪れて来た、漆黒のローブ姿の魔導士。

フードの影に隠れた顔に、微かな金色が瞬く──

「ようこそ、“魔導卿”。お久しぶりですな……御領主に、何の御用でしょう?」

五十をいくつか越えている、淡い青色のスーツ姿の男が対応する。

灰色の髪を丁寧に撫で付けた、穏やかな雰囲気の壮年だ。

「今日は、冒険者では無く──」

魔導士は間を置き、言葉を続けた。

「帝国魔術兵団永代団長、“魔導卿”ラーディスとして、ロングスウォード伯に伝えたい事があり参りました、と伝えてくれませんか」

 

「承りました。どうぞ、こちらへ」

壮年の男が、穏やかな笑みを浮かべながらラーディスを先導し、主の執務室へと向かう──

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