“血と魂の試練”を通過した者よ。その心身、魔道の深淵に踏み込んだ事となった。心せよ。
そして、四柱神の加護あらん事を──
魔導士の塔四老師の一人、カーヴァ・モギアの言。
ロングスウォード領の中心部。武門街の出入り口、通称──“龍虎の門”。
睨み合う虎と龍が装飾された、巨大な鉄城門。帝都の門に負けず劣らずの頑丈さを誇ると共に、観光名所の一つでもある、領民自慢の門だ──
門の前には、来訪者の確認の為の衛兵達が常駐しているが、その雰囲気が妙だった──
普段より衛兵の数も多く、いつも以上に緊張感に満ちており、門を通過していく人々の中には衛兵達に、何か異常でも? と尋ねる者もいるほどだ。
その都度、衛兵達は「
早朝、衛兵達の詰め所にロングスウォード伯からの通達があった──『今日の昼頃に、帝国魔術兵団四十四名が到着する。“魔導卿”が出迎えるので、優先して通すように』、と。
時刻は、とうに朝方を過ぎ、昼に差し掛かろうとしていた。
衛兵達はいつもより手際よく来訪者をさばいている。
四十四名の魔術兵達が来るとなれば、馬車だろう……それに備えて、道を空ける必要がある──そう考えての現場の動きだった。
間もなく、帝国魔術兵団が到着する──
「……おい、あれ見ろ……」
衛兵の一人が、街道を指差す。他の衛兵達だけでなく、通行許可を求める来訪者達もまた、街道を見た──
街道からやって来るのは、三頭の巨馬。並の馬では無い事は一目瞭然だった。
魔獣めいたその巨駆が牽くは、これもまた巨大な馬車。
普通の馬車よりも全体的に大きく、何人乗りか見当もつかないほどの、金色で縁取られた巨大な黒い馬車の側面には、灰色の片羽根が装飾されていた──帝国魔術兵団の馬車だ。
それがゆっくりと、速度を落としながらこちらに近付いて来る。
その後ろにも、同じ馬車が三台。それらを牽く馬も、魔獣めいた巨馬だ。
この巨馬達は、覇王公ミルゼリッツの愛馬グリンゼリドの血筋に連なる、帝国の固有種だ。国外にその血統が出る事は無いが、ダーンシルヴァス神王国産の種と、血統の交流がある。
民間には出回らず、一部の貴族のみが保有。気性が荒く扱いづらい、飼育員泣かせの馬というのも、出回らない理由の一つでもある──ミルゼリッツとグリンゼリドの、初対面時の殴り合いは有名な逸話だ。
衛兵、来訪者達も、この異様な巨馬と馬車に目を奪われ、身じろぎ一つ出来なくなっていた……。
異質な冷気が流れるまでは──
「……ふむ。丁度いい時間だな」
静かな声が、その場に響く……と同時に、冬の冷たさとは別種の冷気が、周囲に漂った。
誰が言うともなく──“魔導卿”、と呟く声が聞こえた。
「少し、邪魔するぞ……失礼」
“魔導卿”の一声。衛兵が、街道脇に身を寄せる様に来訪者達に指示を出す。
苦情一つ発する事無く、速やかに衛兵の指示に従い道を空ける来訪者達──
衛兵や来訪者達を何ら気にせず、巨大な馬車に歩み寄って行く、“魔導卿”。
先頭の馬車に歩み寄る“魔導卿”に、三頭の巨馬が頭を擦り付ける。
その首に触れながら、御者を見上げて云う。
「ご苦労だったな……いや、降りないでいい」
身軽に、御者の隣に飛び乗る“魔導卿”。
「……さて、ロングスウォード伯の元に──」
「“魔導卿”、少しばかりお待ち頂けませんか。これらの馬車が通るにあたって、少々道を整理しないといけません。道を空ける様に先触れを出しますので……」
“魔導卿”は衛兵の言葉に、ふむ、と頷き応える。
「頼む。不便をかける」
いいえ、と衛兵の言葉。他の衛兵達がそれぞれの仕事に素早く取りかかる。
衛兵達の無駄の無い行動を、馬車の座席から見る“魔導卿”。
「さすがロングスウォード領の衛兵達だ。動きが効率的で無駄が無い……こういう兵は手強いだろうな」
巨大な馬車を通すための交通整理をしながら、来訪者のチェックに周囲の警戒等を、淀み無い動きでこなしている衛兵達を、“魔導卿”は──微かな笑みを浮かべながら眺めていた。
衛兵に先導され、魔術兵団の馬車は武門街を進んで行く。先触れのお陰で、進行は速やかだ。
最も、街の住人達からは畏怖めいた目で見られ、注目を浴びているが──
すでにロングスウォード伯には到着の報せは伝わっているので、取り立てて急ぐ必要は無い。
「ジェド、お前以外の三人は誰が来た」
巨大でありながら、揺れは
三人、というのは、ジェド以外の部隊長三人の事だ──側で聞くと、分かりにくい会話だが、ラーディスと魔術兵同士での会話はこんなものである。
余計な会話無く、意思の疎通が充分出来る関係性が築かれているのだ──
ジェドという名の魔術兵、歳は二十代半ばといった感じの、優しげな顔付きをした細面の男。
兵士らしい引き締まった体に、黒灰色の魔術兵のローブを羽織っている。
その左胸には、灰色の片羽根の刺繍。ローブの下は、帝国兵の鎧。
──魔術師である前に、兵士である事を忘れるな──
魔術兵に対しての、魔導卿の言葉だ。
帝国魔術兵団の総数、三百名。その内の二十五名は、魔導卿から直に鍛えられた魔術兵であり、魔術兵団の“核”となっている。
ラーディスは
「他の三名は、スティーブ、エスター、シェリルです。それと、馬の世話係りも四名連れて来ています」
ジェドの応えに、ふむ、と頷き、いつの間にか火をつけたのか、煙管をゆるりと吹かすラーディス。煙を目で追いながら云った。
「悪くない人選だ。それと、エミリオは大人しくしていたか?」
「……ああ、団長ですか。ええ、ひと悶着ありました……」
ジェドが困惑ぎみに、そのひと悶着の事を話す。
「来るなと言われたけど、自分を必要とするに決まっている等と言って、支度をしようとしたのですが、ミシェル副団長とギルバート殿が止めたんです──」
揉めた挙げ句、副団長のミシェルとラーディスの執事、スケルトンのギルバートに押し込めにあったそうだ──
「……押し込め、か。たわけが。魔術兵団団長の立場を、まだわきまえていないと見える」
ふん、と笑い、煙管を吹かすラーディスにジェドが苦笑を浮かべる。
「それより、馬の世話係りも連れて来たか。気が利いたな」
「はい。ロングスウォード伯の厩舎担当に、余計な手間をかけさせるのはよくないと思いましたので」
ジェドの言葉に、ラーディスが頷く。
「気性が気性だ。慣れた奴等じゃなければ扱いは、まず難しいからな」
はい、とジェドが頷く。
ラーディスとジェドの会話を聞いていたのか、巨馬がブルゥッ、と軽くいなないた──
冒険者ギルド内の雰囲気が、妙に物々しく感じられてきた──今、俺達はギルド内の喫茶室で待機中だ。
冒険者達に出発の指示が出るまでの自由時間を、喫茶室で過ごしている。
俺達以外の冒険者達も、何処かで束の間の時間を過ごしているのだろう……。
「んー、ざわついてきたねー、
シェーミィが、温めた果実水を啜りながら云う。
俺達“碧水の翼”は、遊軍として巡回ルートをたどりつつ、武門街の北西に位置する、ノースヒルという村に向かう事になっている。
レンディアの話だと、人口二千人の中規模の村だそうだ──他のパーティー達も同じ様に、各村に派遣されるのだろう。
「ふん。ノースヒルは、武門街から休憩を挟みながらだと、徒歩で一、二時間といったところね。今から出れば……そうね、夕方前には着くわよ。最も──」
レンディアが茶を啜り、続ける。
「
レンディアが、俺をチラ、と見て微かに笑った。
雪甲虫ねえ……見た事も無い虫を心配する必要は無い、か……虫め!
「待機中の皆様ー、出発の用意お願いしまーす!」
ギルド職員が、喫茶室に呼び出しにやって来た。
それに応じた冒険者連中が席を立ち、にわかに喫茶室が騒がしくなった。
「さて。行くわよ」
レンディアが茶代を置き、それが合図となったかの様に俺達も席を立つ。
よし、
「お出ましね、帝国魔術兵団。まあ歓迎するわ」
“魔導卿”率いる魔術兵団を出迎えるは、武装状態のロングスウォード伯。
ウェーブがかった深紅の髪を結い上げ、美麗な顔立ちに不敵な笑みを浮かべている。
帯剣こそしていないが、頑丈そうな赤い革鎧の上から、チェインメイルが編み込まれている、派手な柄の陣羽織を羽織っていた──直ぐにでも前線に出る事が出来る、臨戦態勢だ。
衛兵に案内された場所は、ロングスウォード領の訓練場。四台の巨大な馬車を停めるには、この訓練場が適切だった。
巨馬達は、世話係りに厩舎に連れて行かれ、馬車だけが訓練場に停められている。
「魔術兵、四十四名はロングスウォード伯の指揮下に入れて下さい」
乱れなく整列している魔術兵を前に、“魔導卿”ラーディスが、ロングスウォード伯に云った。
「……分かったわ。四十四名、しかと預からせてもらうわ」
曲者揃いの魔術兵──戦力として、何ら申し分は無い。
ある意味、ラーディスから試されているのだと、ロングスウォード伯は思った。
この曲者連中を使いこなせるか、と──ネイ・ロングスウォードの顔に、強い笑みが浮かんだ。
魔術兵四十四名の待機場所、というより宿泊場所は野営と決めてある。基本は兵士なので、野営は慣れているのだ。
「野営地なら武門街を北に出てすぐ、西側の草原にするといいわ」
騎兵の訓練場に場所を借りる事となり、ラーディスは礼を云い、すぐに指示を出した。
野営具、糧食を積んだ馬車二台が早くも出発の準備を始める──
「
ラーディスの質問に、そうね……とロングスウォード伯。
「大体……三、四日といったところかしらね」
出発の準備を終えた魔術兵達を横目で見ながら答えるロングスウォード伯。
「三、四日ですか……ふむ。よし、行け」
ラーディスはロングスウォード伯の言葉に頷き、魔術兵達に出発の合図を出す。
整然と隊列を整え、先を行く二台の馬車に追随する魔術兵を、ラーディスとロングスウォード伯は眺める。
「相変わらず、独特の雰囲気ね……あなたこの後は?」
「一度宿に戻って、支度を整えてから連中と合流します……ああ、そうだ。一つ報告が」
ラーディスが、ロングスウォード伯を見る。その瞳が一瞬、金色に瞬いたのをロングスウォード伯は見逃さなかった。
「……報告、ね。中で聞きましょうか」
訓練場から屋敷に足を向けるロングスウォード伯。
ラーディスは、魔術兵達と馬車に一度目をやり、ロングスウォード伯の背を追った。