邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第206話 風物詩(お祭り騒ぎ)開始──対雪甲虫の打ち合わせと一悶着

 

 

シェーミィの鼻が効いた食堂で食事を済ませた。

さすがシェーミィと云ったところで、鶏料理を中心としたメニューが自慢の店での食事。

鶏の燻製サラダ、鶏と野菜煮込み等の料理が特に良かった。

ロングスウォード領の野菜類は、地産地消が基本だと、レンディアから教えてもらった。

「なかなか質が良いらしいのよ。特に冬野菜は他領より味が良いそうなのよ」

とはレンディアの言葉だ。他領から仕入れに来る商人も珍しくないそうだ──

 

食事を終え、茶の時間の碧水の翼。

あくまで休憩中なので、武装をほとんど解かないままでの食事だったが(さすがに武器は預けてある)、店側からの苦情は無い。

風物詩(お祭り騒ぎ)の為に、冒険者達が来る事は領内に住まう領民は承知しているからだ。

それに、金払いの良い冒険者達は歓迎されるのだ──

「クレイの一服が済んだなら、戻りましょうか」

少し離れた席で、ゆったりと煙管を吹かしているクレイドルを横目に、レンディアが云った。

なぜかクレイドルは食事の後で一服する際に、離れた席で煙管を吹かす。

ギルド内の喫茶室でも、少し離れた席に着く──

 

男女関係無く、遠巻きにチラチラとクレイドルの様子を伺う食堂の客達。

「さすがに目立ってるねー」

シェーミィが、店内の様子を見回しながら果実水を啜る。

「まあなあ。あの顔立ちだからな」

グランは、温めに頼んだ茶を口に含む。

「ふん……休憩時間は終わりよ。クレイ、戻るわよ」

レンディアが店内の時計を見ながら、クレイドルに声を掛けた。

 

 

レンディア達から少し離れた席。二人掛けのテーブル席で、一人一服する。

ここで吸っても構わない、とのレンディア達だったが、受動喫煙の事をこの世界風に説明した所、そんなの気にする人いないわよと云われた。

ふむ。前世の記憶を引きずってしまったか。前世では喫煙者は弾圧されてたからなあ……まあ、俺個人が気になるので、離れた席で一服する事にしたのだ──

 

前世に思いを馳せながら、ぼんやりと煙管を吹かすクレイドル。

特に大した事は何も考えていないクレイドルだったが、物憂げに(客からはそう見えていた)煙管を吹かしているその顔は、他の客達から見たなら、妖艶な顔立ちに浮かぶ物憂げな雰囲気は、どうにも魅惑的であり、目を離しがたいものだった。

客の中には、その物憂げな様子に何か感極まったかの様に目を潤ませている者もいる……最も、勝手な思い込みに過ぎないのだが──

 

 

「──クレイ、戻るわよ」

レンディアの声に我に帰る。前世への思いがさっぱりと消えた……何を思い出していたっけか?

食堂から借りていた煙草盆に、煙管の吸い殻を落とす。

休憩時間も終わり、風物詩(お祭り騒ぎ)の再開だ……雪甲虫の再出現の知らせはまだ来ていないが、前準備は必要だ。

すっかり温くなった茶を干し、席を立つ。

何故かテーブル近くに控えていた店員さんに、借りた煙草盆の礼を云い、心付けの銅貨五枚を渡した。

「あ、あのいえ、ありがとうござい、ます」

純朴そうな街娘、といった感じの可愛い店員さんだ。

素直に受け取ってくれて良かったが、ほんの一瞬触れた手のひらが妙に熱かった。顔も赤いし、風邪気味なのだろうか?

 

まーた女殺し──という声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

 

 

外は相変わらずの忙しなさだが、緊張感はまだ感じられない。

「ふむ。雪甲虫(スノーボウル)はまだ涌いていないようだな」

グランさんが、何となくといった感じで剣の柄に手を掛けている。

ダンジョン産の、衝撃属性に刺突強化が付与された二属性持ちの灰色の業物。すっかり手に馴染んでいるみたいだな。

「腹拵えも済んだしー、直ぐに衛兵さん達と合流するのー?」

「……そうね。これからの打ち合わせをしないとね。できれば、もう一つのパーティーの疾風の牙(ゲイル・ファング)ともね」

シェーミィに応えるレンディア。疾風の牙の受け持ちは、確か南側だったな。

「合流するとしたなら、衛兵の詰所だろうな。今直ぐ向かうか?」

グランさんの言葉に頷くレンディア。

 

村の中央に位置する衛兵詰所は、宿舎も兼ねていて、村内の建物では一番大きな建物に見える。

詰所であり、宿舎であると同時に、役所としても機能する施設になっていた。

衛兵だけでは無く、職員も宿舎として利用しているそうだ。

「通りで大きいはずだ。裏手には訓練場まである。なかなか広いな」

グランさんの視線の先を見ると、訓練場で走り込みや、剣や槍の訓練に励んでいる衛兵達に、ベンチに腰掛け、談笑している衛兵達もいる。

結構な賑わいを見せる訓練場。風物詩(お祭り騒ぎ)に向け、士気は充分なんだろうな──

 

「ふん。いざという時のための、避難場所の一つになっているんでしょうね」

「村の人達、みんなは無理だろーけど、宿舎まで使えば一時的には大丈夫かなー?」

レンディアとシェーミィは、訓練場を眺めながらそれぞれに感想を述べる。

色々と話をしていると、声を掛けられた。

「よお、碧水の翼。魔石の回収は済んだぜ。ほら」

衛兵隊長ジェロームさんだ。雪甲虫の魔石が詰まった革袋を差し出してきた。

穏やかな笑みを浮かべ、レンディアが礼を云いながら革袋を受け取る。中々な重さが見てとれた。

 

「ありがとう。風物詩(お祭り騒ぎ)が終わったら、皆に一杯奢るわよ」

「ああ、期待してるよ」

レンディアの言葉に、ジェロームさんが笑って応える。

社交辞令でも嬉しい、と──だが後日、ノースヒル村の衛兵達に行き渡るには充分過ぎる酒樽が届けられる事になるが、それはまたの話。

「呑みきるのに、何日かかるかな……」とは、食堂に運び込まれる酒樽を前にした、ジェロームの言葉だったという──

 

これからの打ち合わせのため、俺達碧水の翼と疾風の牙。そして衛兵達は宿舎に集った。

打ち合わせ場所は食堂の一画。食堂には、遅めの昼食を取っている衛兵や職員達がまばらにいる。

俺達は挨拶もそこそこに、衛兵隊長のジェロームさんと早速打ち合わせに入る。

食堂の従業員が人数分の茶の入ったカップと、お代わり用のティーポットを置いてくれた。

「そろそろ陽も暮れるが、雪甲虫(スノーボウル)は時間関係無く涌いて出てくるんだ」

従業員に礼を云い、ジェロームさんが茶を啜る。

「お前さん方、疾風の牙と碧水の翼が雪甲虫をだいぶ減らしてくれたので、再び湧くのは……そうだな」

カップを置き、続ける。

「陽が暮れて後、夜にはまた湧くだろうな」

長年、ここノースヒルで過ごして来たベテランの言葉──疾風の牙と碧水の翼の面々は、その重みに頷く。

「雪甲虫が湧くのは、一昼夜続く事があると考えた方がいいのか?」

疾風の牙、次兄オルブルがジェロームさんに尋ねる。

「そう思っていてくれ。すでに焚き火と篝火の準備に入っている」

なるほどな、と頷く長兄と次兄オルブル。

 

焚き火と篝火、か。群れをなせばなすほど周囲の気温を下げる、雪甲虫対策だったな。

雪甲虫を相手にし続けると、低体温症になるので、その前に速やかに後衛と交代し、冷えた体を暖める──対雪甲虫戦は、その繰り返しになると聞いた。

 

「雪甲虫の討伐戦が本格的になったら、住民達はどうするの?」

レンディアがジェロームさんに尋ねる。

「もし雪甲虫の数が想定以上に多い場合は、訓練場を避難所にするんだ。そして、いくつかある広場に雪甲虫を誘導、もしくは追い込む」

「広場に集めた雪甲虫を包囲の上、それを殲滅するんだ」

ジェロームさんの言葉を次いで、同席している年かさの衛兵が答えた。

ふむ、と頷くレンディアに、ジェロームさんが云う。

「質問があるなら、何でも言ってくれ」

同意する様に、年かさの衛兵が俺達を見て頷く。

レンディアと、長兄ヴァルガスが互いに顔を見合わせた。では先に、とヴァルガスが尋ねた。

「雪甲虫を誘導すると言ったが、住民達は安全なのか?」

長兄ヴァルガスの質問に、年かさの衛兵が答える。

「もちろんだ。前もって風物詩(お祭り騒ぎ)の事は伝えてあるし、住民も慣れたものだよ」

「雪甲虫の誘導は、どうするの?」

レンディアの質問に、長兄ヴァルガスが頷く。同じ事を考えていたみたいだ。

「食料さ。肉、野菜、何でもな。もちろん、ここは食べないといった部分だ。切れ端とか残飯だとかな」

「それと、広場に誘導した雪甲虫は俺達衛兵が始末する。あんたら冒険者は遊軍として立ち回ってくれ」

ジェロームさんと、年かさの衛兵が俺達に答える。

分かった、とレンディアと長兄ヴァルガス。

 

碧水の翼は北側を。疾風の牙は南側に位置すると、改めて決めた。

夜まではまだ時間があるので、持ち場で待機となった。ちなみに、夜を照らすための魔道灯が風物詩(お祭り騒ぎ)の期間中は、盛大に灯されるそうだ。

「ふん。聞きたい事は、以上よ」

長兄ヴァルガスを見やるレンディア。

「そうだな……俺達からも、特にない」

長兄の言葉に頷く次兄オルブル。

これで、対雪甲虫の打ち合わせは終わりとなった。

ジェロームさん達は、雪甲虫が湧くまで村を見て回るといいと云って、食堂から出て行った。

 

 

さっきから気になっていたんだが……テーブル越しに席に着いている、疾風の牙の長女ミーシャだっけか?

彼女が俺を、じっと見つめているんだが……何ぞ?

「クレイドル、だったわね……何で兜を取らないの? せめてフェイスガードくらい上げたらいいんじゃない?」

今まで一言も発していなかった長女ミーシャが、妙に興奮して早口で捲し立ててくる……というか、兜を着けっぱなしな事に今気付いた。

下ろしているフェイスガードからの視点も、すっかり慣れたもので、今や兜を着けている状態がごく自然なものになっているのを自覚する──まあ、それはともかく。

 

「ねえ、何で顔を見せないの? 見せてもいいんじゃない?」

興奮を隠そうともせず迫ってくる長女ミーシャを次兄オルブルが抑える──

「ああ、と……変な所を見せたな。前にあんたの顔を見たこいつが、ちょっとな……」

申し訳なさそうに、長兄ヴァルガスが云う。

俺としては、そんな事言われてもなあ、といった感じだが。

「分かるわよ。大概の獣人族はこうなるから」

からりと笑うレンディア。

次兄オルブルに抑えられ、むぐぐと呻く長女ミーシャ。

 

 俺が長女ミーシャに絡まれる一悶着が終わった後、それぞれの持ち場に付くため食堂から出る。

雪甲虫、か……くたばれ、風物詩(お祭り騒ぎ)!!

 

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