邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第207話 風物詩(お祭り騒ぎ)開始──この先は通さないと言っておこう

 

 

 宿舎から出ると、すでに陽が暮れかけていた。

風物詩(お祭り騒ぎ)のために、衛兵達が慌ただしく往来している。

村の中にはすでに等間隔で、焚き火と篝火の準備が整えられていて、陽が暮れるとこれらが盛大に灯るのだろう。

魔道灯は早くも起動していて、明るく村内を照らしている──“虱潰し”の時間は近いな。

 

「さっきの一悶着だが……その後も中々に面倒だったな」

ふと、グランさんが思い出した様に云った。

ああ、あの一悶着の続きか……疾風の牙(ゲイル・ファング)の長女ミーシャが、俺に顔を見せろと迫って来た時の事だ。

次兄オルブルに速やかに抑えられながら、せめて匂いを嗅がせなさい、と長女ミーシャが喚いていた事に対し、長兄ヴァルガスが謝罪した。

「ああ、気にしないでいいわよ」とレンディアが笑って応え、そのまま疾風の牙(ゲイル・ファング)と別れた──

 

 

「俺の匂いを嗅いで、何の意味があるんだ?」

言いながらも、少し覚えがあった……いつだったか……ああ、あの時だ。

荒野の髭(ビアードオブワイルドネス)”で、狼族のラーシアさんに不意打ち気味のタックルをくらい、そのまま拘束(ホールド)されて、猛烈に匂いを嗅がれた事があったな……。

「匂いを覚えるためだよー。狼族は一度匂いを覚えたら、まず忘れないからねー」

にっしし、と笑うシェーミィ。

匂いを覚える……なぜそんな事を、とは聞かないでおこう。何となく想像出来るからな……まあ、いい。それよりこの後の、“虱潰し”の事を考えよう──

 

 

 慌ただしさを増していく往来を進み、碧水の翼の持ち場である、北側に向かう。

往来を行き交いながら、焚き火と篝火に火を灯していく衛兵達。村の中が、だいぶ明るくなっていく──

 

「もう直ぐ陽が暮れるわね……聞いていた通り、夜になる頃には雪甲虫が湧くのでしょうね。ああと、クレイ……一つ言っておくわよ」

レンディアが、俺に向き合いながら云ってきた。

「雪甲虫戦に対しては好きにしていいけれど、“流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”の使用は控えて。あれは、ここぞという時に切り札として使って……いいわね?」

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”の使用後は、疲労で半日寝込んだりするからな……。

「分かった。流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)取って置き(切り札)にしておくよ」

ん、と笑みを浮かべるレンディア。優しい慈母の微笑み。

 

 だが──その後の発言が、何とも言えないものだった。

 

「あれ、見ていて痛々しいというか、それ以上に気持ち悪いのよ。あの血塗れ」

心底嫌そうに云うレンディア。

「……もう少し、言い方ってものが無いかな?」

気持ち悪いって……まあ、そう言われたら返す言葉も無いが。

ちょっと傷付いたぞ…… 邪神(父上)のせいだ! 邪神(父上)め!!

 

 

 ノースヒルの村。北側の門近くに俺達碧水の翼は待機している。雪甲虫(スノーボウル)が村の中に侵入して来るのを、衛兵達と共に防ぐのが基本的な役割だ。

街道に出現する雪甲虫は、パーティーを組んでいない冒険者達と衛兵達が合流して、街道を巡回しつつ討伐するとの事。

連中が湧くのは、村の外にある畑や、ノースヒル近郊にある森からだそうだ。

村の中に湧く事は、ほぼ無いらしい。その理由は──

 

「村の中は舗装されているからな。村の中にも多少の畑はあるが、その周囲を舗装されている土地を、雪甲虫どもは抜けて来られないのさ」

長年、雪甲虫を相手取っているベテラン衛兵の言葉だ。

侵入して来る雪甲虫どもを始末していけばいい、との事──要するに、だ。

片っ端から虱潰しにしていけばいいんだろう?

 

 

 俺達が待機している場所は、門の内側。つまり前方に門を見る、村の中だ。

今いる場所は広場になっていて、普段は村を訪れる多数の人々が行き交う場所だが、今は訪れる人もほとんど無く、衛兵や自分達冒険者といった、風物詩(お祭り騒ぎ)の関係者以外はほとんど見当たらない。

家に籠っている間の物資を、急ぎ買い求めている住民がちらほら見受けられるくらいだ。

今の内に、装備を見直すか。バトルアクスもあった方がいいだろうな……。

 

 広場内、門の直ぐ側には、常時五、六名の衛兵が控えている衛兵詰め所があり、普段は村を訪れる人々の身分や来訪の理由を確認する事に従事しているのだろうが、現在は対雪甲虫のための準備に忙しなく立ち働いている──

「……私達は、こうのんびりしていていいのか?」

剣の柄に手を掛けたグランが、忙しなく働いている衛兵達を見やりながら云う。

「陽が暮れて、夜になったら忙しくなると言っていたわよ。それまでは、私達の時間じゃないわよ。ジェロームさんもそう言っていたでしょう?」

グランの言葉に、レンディアがのんびりと応えた。

レンディアの視線は、焚き火や篝火に灯火して回る衛兵達に向けられている。

衛兵隊長のジェロームは、雪甲虫が湧いたら、休む間も無くなるのでそれまで充分に休息を取っといてくれと、冒険者達に通達していた──

 

 焚き火と篝火の熱気で、広場周囲はほど良い気温になっている。

シェーミィはその気温の中、広場に備えられているベンチに身を縮めながら横になり、静かに寝息を立てていた。

「休める時に、休んでおきましょうよ。一晩中、雪甲虫の始末に駆け回る事もあり得るみたいよ」

レンディアはベンチに腰掛け、すよすよと気持ち良さそうに寝息を立てているシェーミィを撫でる。

「んうぅぁぁ~」

喉を鳴らして、さらに身を縮めるシェーミィ。

(呑気なものだな……)

その様子を見たグランは、思わず笑みを浮かべた。そして、少々気が逸っていた様だと自覚する。

ふう、と息を吐き、常備している革の水筒を口に含んだ。中身は黒ワイン。

ワインの味が、逸る気持ちを落ち着かせる──

「うん? クレイドルは?」

グランの言葉に、レンディアが周囲を見回しながら云った。

「……確か、バトルアクスを取ってくると云って、宿に戻って行ったけど……?」

「“魂食み(ソウルスレイヤー)”と戦鎚(メイス)に、ハンドアクスまで持っていただろうに……まだ武装するのか」

グランが、 呆れた様に云う。 

 「“虱潰し”にするには、両手武器が効率的だとか云っていたわよ……ん?」

シェーミィを撫でる手を止め、ベンチから立ち上がるレンディア。

エルフの血が流れるレンディアの聴覚が、何かに反応しているかの様に、その耳が微かに動く──

 

 

 「……グラン。ノースヒルの門は西側と東側にもあったわよね」

西に目を向けるレンディアに、同じく目をやりながらグランが応える。

 「ああ、確か……市民や衛兵、ノースヒルの関係者達の通用口として使われている小さな門があると聞いていたが……どうした?」

 「私達の宿は、西側だったわよね……多分、クレイが騒ぎを起こしているかもしれないわよ」

レンディアの確信めいた言葉に、ふむ、とため息とも納得とも付かない声を漏らすグラン。

不意に、広場周囲の衛兵達が騒がしくなり始めた。

慌ただしさを見せる衛兵に、何の騒ぎだとグランが急ぎ尋ねる──

 「西門で、おたくらの仲間(冒険者)が大立ち回りをしてるんだよ!」 

若い衛兵はそれだけ云うと、慌てながら去って行った……。

 「ふん。まあ、何があったか想像出来るわよ」

衛兵の云う仲間は、クレイドルの事では無く、冒険者という意味だろう。

 

 「グラン、私が行くわ。私とクレイが戻る前に雪甲虫(スノーボウル)と戦闘になったら、構わず衛兵達と協力して」

レンディアの指示に、承知と頷くグラン。

 「シェーミィ、起きなさい」

すぴすぴと寝息を立てているシェーミィを、優しくレンディアが叩く。

うぅぅ〜ん、と唸りながら大きく伸びをするシェーミィ。

 「じゃ、頼んだわよ」

 「気を付けてな」

グランに見送られ、レンディアは深緑のケープを翻しながら一陣の疾風となり、西門に向う──

 

 (やれやれよ……全く)

胸中とは裏腹に、レンディアの顔には笑みが浮かんでいた。

蟲相手に荒れ狂っているであろうクレイドルの事が想像出来て、レンディアはさらに笑みを強くした。

 「まあ、リーダーは楽じゃないって事よね」

深緑の疾風が、ノースヒルを駆け抜けて行く──

 

 

 西門。関係者以外はほぼ通らない、ノースヒルの通用口に待機している衛兵は少数の若手達。

西門の外側に、雪甲虫(スノーボウル)が不意打ちの様に湧いて出て来たのだ。

そして、混乱(パニック)が起きた──若手だけでは無く、古参(ベテラン)がいたならば速やかに対処していただろうが、今いる若手達は風物詩(お祭り騒ぎ)の事は話には聞いているものの、西門の外側に群れを成し始め、直に村の中に殺到して来るだろう雪甲虫を前にして、ただ慌てるだけでしかなかった。続々と、その数は増え続けている──そこに、黒灰色の塊が飛び込んで来た。

 

 雪甲虫の群れに、その身を投げ出す様に飛び込んだ黒灰色の塊が、群れ成す雪甲虫を蹴散らす。

散らばる雪甲虫を尻目に、素速く体勢を立て直した黒灰色の塊は──黒鷲を模した兜。赤闇色の鎧。黒灰色のマント姿の戦士(若手の衛兵達曰く、冒険者には見えなかったらしい)だった。

戦士は、肩担ぎにした両手持ちのバトルアクスを振りかぶり──「おおおぉぉあぁっっ!!」

雄叫びをあげながら、群れ成す雪甲虫目掛けバトルアクスを薙払う。

雪甲虫が切り裂かれ、砕かれ、断ち割られていく。

衛兵達は、ただ呆気に取られ、赤闇色の戦士が荒れ狂うのを見ているしかなかった……と、一人の衛兵が我に返ったかの様に云う。

 「加勢する──」「止めた方がいいわよ」

云いかけた矢先、背後から声を掛けられる。

振り返ると、銀髪のエルフが立っていた。深緑色のケープコートを羽織った女性のエルフだ。

ケープの間から、 流線形の藍色の鎧と籠手を身に付けているのが見えた。見るからに冒険者だ──

 

 「巻き込まれるから、近付かない方がいいわよ」

銀髪のエルフが、穏やかに云う。

 「ああ、と……あんたは──」 

 「私は“碧水の翼”よ。彼は私達の仲間。あの状態になった彼は止まらないわよ。目の前の雪甲虫(蟲ケラ)が一匹残らず居なくなるまでね……最も、キリのいい所で止めるけどね」 

クスクスと笑う、銀髪のエルフ。その美貌に、つい見惚れそうになるのを何とか堪え、目の前の荒ぶる戦士に目を向ける……。

 

 「お前ら、通さんからな(虱潰しだ)……死ねっ!!」

仁王立ちで外門に立ち塞がり、雪甲虫の群れを前に叫ぶ赤闇色の戦士──バトルアクスが、雪甲虫を薙ぎ払っていく。

 

 

 




ちと、間が空きましたな。
まあ、コンゴトモヨロシク。
( ´ー`)y-~~
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