邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

238 / 245
第208話 風物詩(お祭り騒ぎ)開始──冬の悪意

 

 “冬の悪意”──雪甲虫(スノーボウル)滅甲虫(ドゥームボウル)。これらの存在はそう呼ばれている。

季節に悪意も何も無い、とは“魔導卿”の言葉だが──

 

 ゼぇ、ハぁ……と荒い息を吐きながら、今だ地で蠢いている雪甲虫の止めを刺すかのように、その頭部を踏み潰して回っている赤闇色の戦士──クレイドル。

その様子を、穏やかな微笑みを浮かべながら見ている冒険者──“碧水の翼”のリーダー、レンディア。

赤闇色の戦士が、ただ一人で群れ成す雪甲虫を“虱潰し”にしたという現実。

この場いる若手の衛兵達からしたなら、冒険者とはこういうものか?という思いがあったが──勿論、誤解だ。クレイドル以外に、こういう事(虱潰し)をする冒険者はいない。

 

 「……落ち着いた様ね、クレイ」

穏やかな声が、心地良く耳を通ってゆく──レンディアの声だ……。

 一息付き、ふと周囲を見回すと、雪甲虫の残骸が無数に散らばっているのが確認出来た。

改めて雪甲虫の姿形を見ると……体色は、薄汚れた雪の様な灰色がかった白といったらいいか?

形は、そうだな……テントウ虫に近いか。最も、あんな風な愛嬌みたいのは全く無いが。あとデカい。

いつかのピックホッパー(クソデカイナゴ)ほどではないが、それでも四、五十センチはあるだろう。

なら、滅甲虫の大きさはどれ程あるものか……?

 「騒ぎがあったと聞いていたが……何があった、と聞くまでもねえか」

数名の古参(ベテラン)と共に駆け付けて来たのは、ノースヒルの衛兵隊長ジェロームさんだ。

 「若手連中は……ふん。右往左往ってとこか?」

ちら、と若手の衛兵達に目を向け、レンディアに声を掛けるジェロームさん。

 「ま、そうね。蟲は一匹残らず、“碧水の翼(うち)”の蟲嫌い(クレイドル)が虱潰しにしたわよ」

 「……クレイドルだっけか、本当に一人で虱潰しとはな」

呆れと感心が混ざった様な口調のジェロームさん。

 「そういえばクレイ、雪甲虫の冷気はどうだった?」

冷気? ああ言われたらそうだな……うん。

 「今、少し、感じている……」

レンディアとジェロームさんが、呆れ顔で俺を見た。

 「やっぱり、“虱潰し”中は感覚が鈍くなっている様ねえ」 

レンディアが云う───何ぞ?

 

 古参の衛兵達が、若手達に雪甲虫の残骸を片付けるよう指示を出している。

恐る恐るといった風に、残骸に手を付ける若手達を叱咤する古参の衛兵達。

その様子を横目で見ながら、ジェロームさんが云う。

 「ここの片付けは任せてくれ。若手連中をこき使うさ」

若手達を急かす様に、古参の衛兵達が声を張り上げていた──

 

 

 俺が虱潰しにした雪甲虫の数、二十六──

その魔石は若手の衛兵達に回収させて、後から届けてくれるとの事。

若手達は、群れ成す雪甲虫を前に何も出来なかった事を、古参の衛兵達にだいぶ絞られるらしい。

若手連中については、正直眼中に無かったな。ただ、邪魔だけはしないでくれと微かに思ったくらいか……というか、我ながら意識飛び過ぎだな。

 ろくに記憶が無い──あと、痛みやら何やらの感覚も薄いみたいだ……虫を前にすると、どうもな。

もし、虫相手に“流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”を使用したならどうなる事か……?

 

 「ここは俺達に任せて、持ち場に戻ってくれ。もう夜になる……雪甲虫(スノーボウル)の湧く時間だ」

ジェロームさんの言葉に、レンディアが頷く。

もう日は暮れて、夜。篝火と焚き火が盛大に村中を照らしていた。

雪甲虫の時間という事か……ふん、上等だ。何度でも“虱潰し”にしてやる。

 

 フェイスガードを上げて兜を脱ぎ、夜空を見上げるクレイドル。

星々が散る冬の夜空──前世の星空と、違いはあるのだろうか?

夜空を見上げながら、クレイドルはしばし前世を思った。

 

 

 黒鷲の兜を脱ぎ、夜空を見上げるクレイドル──輝く様な金髪と白磁の美貌が、篝火の灯りに照らされた……。

作業の傍ら、何気なくクレイドル達とジェロームのやり取りを見ていた若手達がクレイドルの素顔を見てしまい、息を飲んだ。

 性別不明の、クレイドルの美貌と金髪が灯りに浮き上がり、幻想的な雰囲気を醸し出していた──

 「あれ(・・)を見るな! さっさと仕事を済ませろ!!」

若手達と同じく、クレイドルの美貌を見た古参(ベテラン)達は即座に顔を背け、叱咤を飛ばす。

古参の直感が、その美貌に何かしらの“壮絶”さを感じたのだ──

 (あの面構え(美貌)……“疾風の牙(ゲイル・ファング)”の長女ミーシャだっけか? 彼女がちっとばかりおかしくなるのも無理ないか)

ジェロームは遠目に、クレイドルの妖艶ささえ感じる美貌を見ながらぼんやりと思った。

 

 「クレイ、戻りましょうか」

レンディアの声にクレイドルは頷き、黒鷲の兜を被りフェイスガードを下ろした。

その瞬間、妙なため息が周囲から湧き上がった──

 (……まあ、気持ちは分からないでも無いな)

ジェロームもまた、クレイドルの異様な妖艶さから、中々目を反らせなかったのだ。

 「ジェロームさん、またね」

手を振り、ひらりと身を翻すレンディア。深緑のケープが揺れた。

 「夜明けにでも、会いましょう」

バトルアクスを担ぎながら、クレイドルが云う。その声に、強かな響きがあった。

 「おう。充分気を付けてな」

ジェロームの声に、レンディアは後ろ手にひらりと手を振り応え、クレイドルは右手を軽く上げた……。

 「……よし、気張らないとな」

レンディア達の背を見送りながら、ジェロームはピシャリと両手のひらで顔を叩き、気合を入れた。

 「雪甲虫(スノーボウル)が直に湧いて来るぞ、お前ら抜かるなよ!!」

 応!!、とジェロームの声に応える衛兵達──これから本格的に、風物詩(お祭り騒ぎ)が始まる……。

 

 

 

 レンディアと共に北側広場に戻って来ると、静張感が周囲に満ちていた──嵐の前ならぬ、風物詩(お祭り騒ぎ)前の静けさといったところか……。

臨戦態勢のグランさんとシェーミィが出迎えてくれた。

 「ああ、戻ったか」 

 「今さっき、衛兵さん達が村の人達に家に戻る様、指示してたよー」

シェーミィが、広場周辺を油断無く見回しながら云った。確かに、周辺を行き来しているのは衛兵や冒険者達だけだ。

 「まだ、雪甲虫は湧いて来てないみたいね」

 「それ何だがな、俺達の役割は門の外に出て、雪甲虫が侵入して来るのを防ぐ事だそうだ」

 「私達だけじゃなくて、衛兵さん達と、他の冒険者達と連携しながらの防衛になるみたいよー」

なるほどな。門の外に出る面子は、雪甲虫を防ぐ第一の防壁ってやつか。

 数が数になるだろうし、どうしても抜ける奴はいるだろう……俺一人で虱潰しにしてやりたいが、流石にそうはいかないかもな……。

 

 この後の行動を話し合っていると、衛兵がやって来た。ジェロームさんと同じ雰囲気を持つ、古参の衛兵だ。

 「“碧水の翼”、門の外に待機頼む。他の冒険者連中にも通達済みだ。斥候の報告では、数十の雪甲虫が向かって来てるそうだが、ただの前触れだろうな。これからどれだけの数が来るかは不明だ」

端的に、分かりやすく報告してくれる衛兵。ここらが、さすが古参(ベテラン)て感じなんだよな。

 「ふん、了解よ。門の外では、私達の自由にしてもいいわよね?」

 「勿論だ……とは言え、他の連中との連携を多少は頭に入れていてくれ」

何故か、チラリと俺を見た衛兵さんとレンディア……何ぞ?

 

 

 篝火と焚き火。そして魔道灯の明るさの中、俺達は広場を通り北門に向う。昼間となんら変わらない明るさだ。

そして、篝火と焚き火でかなり周辺は暖かい──

 「取り合えず、数十か。どれほどの数が来るか、はっきりとは分からないと言っていたが……さて、どんなものかな?」

珍しく、軽口めいた口調のグランさん。

 「風物詩(お祭り騒ぎ)なんて、初めてだねー。どんな騒ぎになるかなー」

にっしし、と笑うシェーミィ。  

 「ふん……冷えた体を暖めながら戦うというのは、こういう事なのね」

戦いに備え、燃料の薪木を運んでいる衛兵達を眺めるレンディア。

冷えた体を暖めつつ、待機組と入れ替わりながら戦う事になる雪甲虫戦。 

聞いていた以上に、長い戦いになりそうだ……確か、一昼夜の戦いになる事も珍しくないと、ジェロームさん達が言っていたな。

上等だ……やれるだけ虱潰しにしてやる。

 

 「……そういえば古参(ベテラン)の衛兵さん達、風物詩の事なんて云ってたっけー?」

シェーミィが、何となくといった感じで云った。その言葉にレンディアが応える。

 「うん? 確かねえ……“冬の悪意”とか云っていたわよ」

まあ、兄上(魔導卿)が云うにはね、と言葉を継ぐレンディア。

 「季節に、悪意も何も無いとの事よ」

ふん、と鼻で笑う様に云った。

 「季節ごとに襲来して来るんだ。悪意とも言いたくなるんだろうな」

 「まあ、ねえ。気持ちは分かるわよ。グレイオウル領でも同じ様な風物詩あったなら、それはイヤだもの」

グランさんの言葉に、同意するレンディア。

 「もしグレイオウル領に雪甲虫(スノーボウル)滅甲虫(ドゥームボウル)やらが出現しても、兄上が一人で片付ける(・・・・)わよ」

そう云って、レンディアが楽しそうに笑う。

 

 そんな会話をしている内に、俺達は北門の外側に出た。

すでに数名の冒険者と衛兵達が、雪甲虫を待ち構える様に臨戦態勢に入っていた──だが、冒険者達はともかく、衛兵達は皆若手の様に見えた……少し、気になるな。

 「来るぞ! その数、六十!!」

斥候に出向いていた衛兵が、戻って来たと同時に報告する。

応!、と気合を入れる冒険者達。だが若手の衛兵達は、ただ緊張した面持ちで剣を固く握っていた──

 「クレイ、私達に出来る事をするだけよ」

レンディアの声。余計な事は考えない様に、と聞こえた。

 「……大丈夫だ」

ガン、と兜を叩く。よし……虱潰しの時間だ。

 

 





感想あれば、どぞ。

( ´ー`)y-~~
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。