“冬の悪意”──
季節に悪意も何も無い、とは“魔導卿”の言葉だが──
ゼぇ、ハぁ……と荒い息を吐きながら、今だ地で蠢いている雪甲虫の止めを刺すかのように、その頭部を踏み潰して回っている赤闇色の戦士──クレイドル。
その様子を、穏やかな微笑みを浮かべながら見ている冒険者──“碧水の翼”のリーダー、レンディア。
赤闇色の戦士が、ただ一人で群れ成す雪甲虫を“虱潰し”にしたという現実。
この場いる若手の衛兵達からしたなら、冒険者とはこういうものか?という思いがあったが──勿論、誤解だ。クレイドル以外に、
「……落ち着いた様ね、クレイ」
穏やかな声が、心地良く耳を通ってゆく──レンディアの声だ……。
一息付き、ふと周囲を見回すと、雪甲虫の残骸が無数に散らばっているのが確認出来た。
改めて雪甲虫の姿形を見ると……体色は、薄汚れた雪の様な灰色がかった白といったらいいか?
形は、そうだな……テントウ虫に近いか。最も、あんな風な愛嬌みたいのは全く無いが。あとデカい。
いつかのピックホッパー(クソデカイナゴ)ほどではないが、それでも四、五十センチはあるだろう。
なら、滅甲虫の大きさはどれ程あるものか……?
「騒ぎがあったと聞いていたが……何があった、と聞くまでもねえか」
数名の
「若手連中は……ふん。右往左往ってとこか?」
ちら、と若手の衛兵達に目を向け、レンディアに声を掛けるジェロームさん。
「ま、そうね。蟲は一匹残らず、“
「……クレイドルだっけか、本当に一人で虱潰しとはな」
呆れと感心が混ざった様な口調のジェロームさん。
「そういえばクレイ、雪甲虫の冷気はどうだった?」
冷気? ああ言われたらそうだな……うん。
「今、少し、感じている……」
レンディアとジェロームさんが、呆れ顔で俺を見た。
「やっぱり、“虱潰し”中は感覚が鈍くなっている様ねえ」
レンディアが云う───何ぞ?
古参の衛兵達が、若手達に雪甲虫の残骸を片付けるよう指示を出している。
恐る恐るといった風に、残骸に手を付ける若手達を叱咤する古参の衛兵達。
その様子を横目で見ながら、ジェロームさんが云う。
「ここの片付けは任せてくれ。若手連中をこき使うさ」
若手達を急かす様に、古参の衛兵達が声を張り上げていた──
俺が虱潰しにした雪甲虫の数、二十六──
その魔石は若手の衛兵達に回収させて、後から届けてくれるとの事。
若手達は、群れ成す雪甲虫を前に何も出来なかった事を、古参の衛兵達にだいぶ絞られるらしい。
若手連中については、正直眼中に無かったな。ただ、邪魔だけはしないでくれと微かに思ったくらいか……というか、我ながら意識飛び過ぎだな。
ろくに記憶が無い──あと、痛みやら何やらの感覚も薄いみたいだ……虫を前にすると、どうもな。
もし、虫相手に“
「ここは俺達に任せて、持ち場に戻ってくれ。もう夜になる……
ジェロームさんの言葉に、レンディアが頷く。
もう日は暮れて、夜。篝火と焚き火が盛大に村中を照らしていた。
雪甲虫の時間という事か……ふん、上等だ。何度でも“虱潰し”にしてやる。
フェイスガードを上げて兜を脱ぎ、夜空を見上げるクレイドル。
星々が散る冬の夜空──前世の星空と、違いはあるのだろうか?
夜空を見上げながら、クレイドルはしばし前世を思った。
黒鷲の兜を脱ぎ、夜空を見上げるクレイドル──輝く様な金髪と白磁の美貌が、篝火の灯りに照らされた……。
作業の傍ら、何気なくクレイドル達とジェロームのやり取りを見ていた若手達がクレイドルの素顔を見てしまい、息を飲んだ。
性別不明の、クレイドルの美貌と金髪が灯りに浮き上がり、幻想的な雰囲気を醸し出していた──
「
若手達と同じく、クレイドルの美貌を見た
古参の直感が、その美貌に何かしらの“壮絶”さを感じたのだ──
(あの
ジェロームは遠目に、クレイドルの妖艶ささえ感じる美貌を見ながらぼんやりと思った。
「クレイ、戻りましょうか」
レンディアの声にクレイドルは頷き、黒鷲の兜を被りフェイスガードを下ろした。
その瞬間、妙なため息が周囲から湧き上がった──
(……まあ、気持ちは分からないでも無いな)
ジェロームもまた、クレイドルの異様な妖艶さから、中々目を反らせなかったのだ。
「ジェロームさん、またね」
手を振り、ひらりと身を翻すレンディア。深緑のケープが揺れた。
「夜明けにでも、会いましょう」
バトルアクスを担ぎながら、クレイドルが云う。その声に、強かな響きがあった。
「おう。充分気を付けてな」
ジェロームの声に、レンディアは後ろ手にひらりと手を振り応え、クレイドルは右手を軽く上げた……。
「……よし、気張らないとな」
レンディア達の背を見送りながら、ジェロームはピシャリと両手のひらで顔を叩き、気合を入れた。
「
応!!、とジェロームの声に応える衛兵達──これから本格的に、
レンディアと共に北側広場に戻って来ると、静張感が周囲に満ちていた──嵐の前ならぬ、
臨戦態勢のグランさんとシェーミィが出迎えてくれた。
「ああ、戻ったか」
「今さっき、衛兵さん達が村の人達に家に戻る様、指示してたよー」
シェーミィが、広場周辺を油断無く見回しながら云った。確かに、周辺を行き来しているのは衛兵や冒険者達だけだ。
「まだ、雪甲虫は湧いて来てないみたいね」
「それ何だがな、俺達の役割は門の外に出て、雪甲虫が侵入して来るのを防ぐ事だそうだ」
「私達だけじゃなくて、衛兵さん達と、他の冒険者達と連携しながらの防衛になるみたいよー」
なるほどな。門の外に出る面子は、雪甲虫を防ぐ第一の防壁ってやつか。
数が数になるだろうし、どうしても抜ける奴はいるだろう……俺一人で虱潰しにしてやりたいが、流石にそうはいかないかもな……。
この後の行動を話し合っていると、衛兵がやって来た。ジェロームさんと同じ雰囲気を持つ、古参の衛兵だ。
「“碧水の翼”、門の外に待機頼む。他の冒険者連中にも通達済みだ。斥候の報告では、数十の雪甲虫が向かって来てるそうだが、ただの前触れだろうな。これからどれだけの数が来るかは不明だ」
端的に、分かりやすく報告してくれる衛兵。ここらが、さすが
「ふん、了解よ。門の外では、私達の自由にしてもいいわよね?」
「勿論だ……とは言え、他の連中との連携を多少は頭に入れていてくれ」
何故か、チラリと俺を見た衛兵さんとレンディア……何ぞ?
篝火と焚き火。そして魔道灯の明るさの中、俺達は広場を通り北門に向う。昼間となんら変わらない明るさだ。
そして、篝火と焚き火でかなり周辺は暖かい──
「取り合えず、数十か。どれほどの数が来るか、はっきりとは分からないと言っていたが……さて、どんなものかな?」
珍しく、軽口めいた口調のグランさん。
「
にっしし、と笑うシェーミィ。
「ふん……冷えた体を暖めながら戦うというのは、こういう事なのね」
戦いに備え、燃料の薪木を運んでいる衛兵達を眺めるレンディア。
冷えた体を暖めつつ、待機組と入れ替わりながら戦う事になる雪甲虫戦。
聞いていた以上に、長い戦いになりそうだ……確か、一昼夜の戦いになる事も珍しくないと、ジェロームさん達が言っていたな。
上等だ……やれるだけ虱潰しにしてやる。
「……そういえば
シェーミィが、何となくといった感じで云った。その言葉にレンディアが応える。
「うん? 確かねえ……“冬の悪意”とか云っていたわよ」
まあ、
「季節に、悪意も何も無いとの事よ」
ふん、と鼻で笑う様に云った。
「季節ごとに襲来して来るんだ。悪意とも言いたくなるんだろうな」
「まあ、ねえ。気持ちは分かるわよ。グレイオウル領でも同じ様な風物詩あったなら、それはイヤだもの」
グランさんの言葉に、同意するレンディア。
「もしグレイオウル領に
そう云って、レンディアが楽しそうに笑う。
そんな会話をしている内に、俺達は北門の外側に出た。
すでに数名の冒険者と衛兵達が、雪甲虫を待ち構える様に臨戦態勢に入っていた──だが、冒険者達はともかく、衛兵達は皆若手の様に見えた……少し、気になるな。
「来るぞ! その数、六十!!」
斥候に出向いていた衛兵が、戻って来たと同時に報告する。
応!、と気合を入れる冒険者達。だが若手の衛兵達は、ただ緊張した面持ちで剣を固く握っていた──
「クレイ、私達に出来る事をするだけよ」
レンディアの声。余計な事は考えない様に、と聞こえた。
「……大丈夫だ」
ガン、と兜を叩く。よし……虱潰しの時間だ。
感想あれば、どぞ。
( ´ー`)y-~~