「ダルガンさん、少しお願いしたい事があるんですが」
「ううん? 娘達は紹介しねえぞ」
「ダルガンさん、結婚でき……していたんですか?」
「おめえ……今、なかなかに失礼な事、言おうとしてなかったか?」
正面受付カウンターで業務をこなしているダルガンに、相対するクレイドル。そのやり取りに吹き出す職員、冒険者達。
周囲に睨みを効かし、黙らせるダルガン。クレイドルを連れ、自室に向かう。
当たり前のように、気配を消して後を付いていくジェミア。二人は、気付かない。
「んで、頼みってのは何だ?」
てきぱきと、お茶の準備をするジェミアを横目で見ながら、ダルガンが訊ねる。
「訓練の事なんですが、もう一月、延長って出来ませんか?」
「もちろん、出来ますよ。何ならずっと訓練でいいと思いますよ?」
ジェミアが、クレイドルの前にティーカップを置きながら、にこやかに言った。
「まてこら。勝手にぬかすな……俺にも茶をよこせや」
しょうがない……といった感じで、ジェミアがダルガンの前に、ティーカップを置く。
「まったく……訓練延長したいってなら構わねえが、理由があるんなら、聞いときてえな?」
「本人がやりたいと言ってるんです!延長したらいいじゃないですか!それでもギルドマスターですか!!」
「いや、何で俺怒られてんだよ……何か理由があるのか?」
早口で捲し立てるジェミアに閉口しながら、ダルガンが再び、訊ねる。
「え……ええ、せっかくベテランの人達に教わってるんです。まだ、学べる事があると思いまして」
ジェミアの、妙な熱意に引いているクレイドルが答えた。
「ふ~ん……確かにな、連中から教わる機会てのは、なかなか無いからな。構わねえよ。正直、願ったりなんだよな」
何か嬉しそうに、ダルガンは茶を啜る。
「と、言うのもな、おめえ、魔術にちっと興味ねえか?」
「魔術……です、か」
ニヤリと笑うダルガンに、クレイドルが答えた。
「魔術ですか……僕も魔導院で基本を学んで、生活魔法、浄化、治癒に初級の土属性を身に付けたけど、専門とは言い難いからねえ。君に教えられるほどの技術は、無い」
レンケインさんに、キッパリと言われてしまった。曰く、魔術は専門家に学んだ方がいいとの事だった。ダルガンさんはそこの所を考えているから、魔術訓練は少し待った方がいいよ……との事だ。
そういえばダルガンさんから、心当たりと連絡ついたから楽しみにしてろって言われてたな。
まあ、ギルドマスターの言う通り、待とうか。
魔術訓練か……どういうものか、楽しみではあるな……。
「クレイドル、新しい装備を見たいと言っていたな。スティールハンドに行かないか?」
午後の訓練を終え、シャワー後、座学の復習をしていると、ジャンさんから声をかけられた。
そういえば、かのスケルトンキラー(鋼造りのショートソード)を予備の武器にして、本武器を何にしようかと、ジャンさんとミルデアさんと話しをしたんだっけか……。
「それとだな、先日に仕留めた、魔獣化しかけてた猪の毛皮。あれどうしたものかってミルデアが言ってたが、どうする?」
ジャンさんがいうには、あの毛皮はミルデアさんが綺麗に
「装備品としての加工ですか。あの毛皮、どういう装備になるんですか?」
「う~ん。そうだな……俺が思い付くのは、マントに、鎧の繋ぎ目ってとこかな。あとは、防寒具としての装備には、悪くないってとこだなあ」
ジャンさんが、考えながら言う。今の季節は防寒を考えなくていいし……う~ん、鎧の繋ぎ目にマント、かあ……。
「ここで悩んでもしょうがない。スティールハンドに行って、アドバイスを貰えばいいさ」
「そう……ですね。スティールハンドに行きましょう。あ、ミルデアさんにも声を掛けてください」
鍜冶スティールハンド──相変わらずの達筆の看板。
「なるほどねえ、旦那の言った通りさね。女の店員、雇ってなくて良かったよ!」
あっははは、と笑う。女性ドワーフ。豊かな髭には、旦那である、ストルムハンドさんとお揃いの銀色の髭輪。髪には、精緻な装飾が施された髪飾り。ストルムハンドさんは、商工会議に出席しており、留守だという。
「初めましてだねえ。私はスウィトフィン。ストルムハンドの女房さね。スウィンと呼んでくんな」
おお……この世界の女性ドワーフは、男性と見た目がほとんど変わらないのか……これぞって感じだな。ロリでは無いとこに、現実味を感じる。
「ふうん、魔獣化寸前の毛並みねえ……防寒具がいい使い道だけど、今の時季だと必要性は低いし……ふむ、これは売った方がいいね。防具としては、中途半端な使い道しかないよう。売るなら、装飾品扱っているとこがお勧めさね」
スウィトフィン、スウィンさんが言う。
売るとしたなら、メルデオさんのとこに持っていこうかな……。
「そうさね。メルデオ商会に持っていきな。あそこは大概の物は買い取ってくれるからねえ」
あっはっはっ、と豪快に笑うスウィンさん。
結局、購入したのは片手武器としても扱える、投擲用の手斧。
盾の購入を考えたのだが、何故か、ジャンさんとミルデアさんに止められた。
という事でメルデオ商会。中々の賑わいだ。市民に冒険者や、身なりのいい裕福そうな人。
日用雑貨、衣服、装飾品、冒険者用の道具類。
前に来た時も思ったが、賑わってはいるけどうるさくは感じないんだよな。心地いい喧騒というか。
ジャンさんが毛皮を小脇に抱え、買い取り受付カウンターに向かっていく。ミルデアさんは真っ直ぐに、装飾品コーナーに行った。
そして、一人取り残される俺。さて、何を見るかな……服は前に買ったしな。冒険者用の道具でも見るか……いや日用雑貨、自前のコップでも見てみるか? いいな、自前の食器──陶器、木、金属……。
「あ、あのう」
うん? 声をかけられた。自分と……同年代、いや少し下くらいだろうか? 今の自分の年齢はたぶん、十七くらいだったか……?
それより下くらいの、少女がいた。十四、五くらいか。身なりから見るに、裕福な感じだ。丁寧にしつらえた薄青のドレス姿。派手ではない、落ち着いた意匠が施されているドレスだ。
薄化粧の可愛らしい顔立ち。明るい栗色の髪を一つの三つ編みのお下げにして、右肩から前方に垂らしている。
「何です?」
声を掛けると、モジモジしだした。何ぞ?
「ええ、と……前に、服をお買い求めに、来てらしてました、わよね?」
あ、思い出した。この娘、服を買いに来た時に他の従業員と一緒に、キャッキャと俺を着せかえ人形にした娘さんだ。いい思い出じゃない……。
「まあ、そうです……じゃあ」
面倒事を感じ、ここから離れるべく、日用品コーナーに向かう……向かえなかった。
がっしり、と腕を掴まれていた。強い。力が強い……! 何ぞ!?
「是非、お茶でも御一緒に……!」
ええ……怖っ。ここは穏便に済ませるべきだろうな。ここメルデオ商会には、これからもお世話になる予定だからな……。
結局、通りがかったメルデオさんに救われた。
彼女はメルデオさんの娘さんだった。普段は店の手伝いをしているのだが、俺が店に来たので、急ぎおめかしをして、一般客を装い近づいたのだという。
怖い……いや、止めて……。
「いやはや……申し訳ない。まさか、娘がここまで積極的になるとはね」
応接室には、ジャンさん、ミルデアさん、俺。
向かい側には、メルデオさんと、その娘のメジェナさん。
「……あの、本当にごめんなさい。つい……」
心底済まなさそうにいう、娘さん。いやあ、どうかな……。
「少年もよくないな、その御面相だからな」
静かに茶を啜る、ミルデアさん。
んっふっ、と吹き出しそうになるジャンさん。
ぽっ、と顔を赤らめるメジェナさん。
メルデオさんも笑いを堪えるように、カップに口を付ける。
俺、何も悪くないよな……毛皮はなかなかに高値で売れた。メルデオさんがいうには、装飾品として加工したなら、貴族に高値で売れるとの事だった。
「クレイドル君、何時でも来てくれ。大概の物は用意出来るからね」
「はい。改めて、色々見させて貰います」
「クレイドルさん! いいお菓子とお茶を出してくれるお店があるんです! ケーキが─むごごご!」
メルデオさんに、丁寧に口を抑えられるメジェナさん。
頭を下げ、店から離れる。さて、ここからどうするか……。
「一度、ギルドに戻るか。レンケインと毛皮の売却値を配分しないとな」
ミルデアさんがいう。
「よし戻るか。その後、オーガの拳亭にでも行くか?」
ジャンさんがいう。だが……。
「嫌です。他のとこにしませんか?」
「ああ、まだ根に持ってるのか……じゃあ、煮鍋亭か、
「鶏源亭に行こう。あそこの鶏そばを久しぶりに食べたい」
ミルデアさんが楽しそうに言う。鶏そば! 心踊る響きだ。
ラーメンか、ラーメンなのか!!