“冬の悪意”──
吹雪を起こし、無数の雪甲虫を従え悪意を持ってやって来る“悪魔”、
「……吹雪、か?」
遠目に見える風景。逆巻く風雪を目にした、斥候隊の一人が呟く。
「……その数、約二百!! 更に増える可能性有り!!」
「急ぎ、注進! 滅甲虫出現の可能性有り!! 繰り返す、滅甲虫出現の可能性有り!!」
「馬を使え! 急げ!!」
曳かれて来た馬に斥候隊の一人が跳び乗り、指示を復唱して勢い良く駆け去って行った──
それを見送り、改めて吹雪に目をやる斥候隊の面々。
「“最悪を想定せよ”……か」
誰というとも無い呟きに、斥候隊の面々は厳しい表情で遠くの吹雪を見る。
「撤収の準備、始めるぞ」
第二波の襲来が報告された後、更に広場が慌ただしくなった。
ジェロームが民の避難指示と共に、ロングスウォード伯への注進を急がせて、大勢の衛兵達が素速く民達を避難場所へ誘導している──注進を受けた衛兵が馬上の人となり駆け出して行くのを横目に、“碧水の翼”と冒険者達は速やかに北門から外に出た。
「……シェーミィ、何か見える?」
レンディアの言葉に、夜目と遠目の効く猫族のシェーミィが前方に目を凝らす──「……吹雪が近付いてるねー。衛兵さん達も、向かって来てるよー。斥候隊かな?」
シェーミィの発言に、周囲の冒険者と衛兵達に緊張が走る。
「吹雪、か……雪甲虫はまだまだ増えるだろうな」
側にいたジェロームが、前方を見つめながら呟く様に云う。
「ジェローム隊長、雪甲虫の数はどれくらいになると思います?」
グランの質問に、ジェロームが微かにため息を吐く。
「正直なとこ、分からん……今言えるのは、
グランとジェロームの会話を、緊張の面持ちで聞いている冒険者と衛兵達──「ふん。何にしろ、
身じろぎ一つせず、前方を見つめているクレイドルにレンディアは不穏な雰囲気を感じた──
ヘルマスターには、傲慢ともいえる“誇り”があった──
ヘルナイトには、戦いに臨む“覚悟”があった──
だが、
“悪意”と“害意”の破滅をまき散らす存在、
「──クレイ?」
レンディアの声に、我に返る……周囲を見回すと、冒険者と衛兵達が妙に緊張した面持ちで身構えている。
何かあったのだろうか? いや、そんな事より緊急な事がある。
「レンディア、
「……ええ、
「滅甲虫が来る」
クレイドルの言葉に、“碧水の翼”の面々は何の疑問も挟まない──来る、と云うからには来るのだろう……“冬の悪意と害意”──
「……再度、ロングスウォード伯に注進!! 滅甲虫、出現!! 民の避難急げ!!」
ジェロームの大音声の指示に、衛兵達が動き出す。その動きには何の迷いも無い──
衛兵達への指示を済ませたジェロームが、冒険者達に向き合い、云った。
「よし、皆聞いてくれ。南側の防衛を受け持っている“
南側の防衛は大丈夫か──と冒険者の疑問。
「ああ、最低限の戦力は残している。
「ジェローム隊長。帝都兵には独特の言い回しがあったわよね。確か……“今日死ぬにはいい日じゃない”、だったわよね?」
ジェロームの発言に被せる様に、レンディアが云った。その言葉に、ジェロームが目を見張る。
“今日死ぬにはいい日じゃない”──覇王公時代から連綿と続くこの言葉。帝都兵が新人の頃から叩き込まれる言葉だ。
戦い、殺し続ける。生き死には天に委ねるだけ──今日まで続く、帝都兵の心構え。
──“今日死ぬにはいい日じゃない”──
「……ああ、云いたい事は分かったよ」
つるりと顔を撫で、ジェロームが再度冒険者達に向き合い、云った。
「待たせたな。
ノースヒル衛兵隊長の言葉に冒険者達が力強く応え、思い思いに持ち場に戻って行った──
冒険者達を見送りながら、ジェロームが息を吐く。
「……すまないな」
「まあ、いいわよ。君らは
気品ある微笑みを浮かべながら、レンディアはジェロームに応えた。
覚悟を決めるのは、衛兵も冒険者も同じなのだ。
──クレイドルが異様なほど静かなのに、誰も気付いていなかった。
フェイスガードから覗く瞳が赤く瞬いている事。
“
冬の夜空。雲一つ無い空に、星々が瞬いている──
平時ならば、衛兵達は交代の時間まで、茶でも飲みながら報告書でも書いている時間帯。
だが、今は“戦時”だ──衛兵達は皆、ノースヒルの防衛線の最終確認を終えようとしていた。
間もなく、
迫り来る吹雪は、
「……“冬の悪意”とは、よく云ったものだな 」
遠くの吹雪を見つめながら、
「ふん……数がどうあれ、関係無いわよ。」
同じく、遠目に見える吹雪を見ながらレンディアが云った。
「アンタら“碧水の翼”の云うところの、虱潰し、だったな?」
ヴァルガスが前方に目をやったまま、レンディアに聞くともなく云う。
「ま、そういう事よ……ああ、そうそう、
「……冷気対策の補助? それは──」
どんなものだ、と言いかけたヴァルガスにレンディアが応える。
「風よ。疾風で、雪甲虫の纏っている
兄、
「ま、期待していて。雪甲虫を多少は潰しやすくなると思うわよ」
じゃ後で、と深緑色のケープを翻して仲間の元に戻って行くレンディア。
「……そういや彼女、風属性の魔術持ちだったか……」
その背を見送りながら、ヴァルガスが呟く。
「水の精霊とも、契約を交わしていると聞いた事があるな」
いつの間にか音もなく、次兄オルヴルが側に佇んでいた。
「ああ……底のしれない人だ。まあ、頼りにさせてもらおうか」
ヴァルガスの言葉にオルブルが頷き、云った。
「兄貴、俺達もそろそろ術師を入れた方がいいか……?」
「そうだな……冒険者として、今よりも“上”を目指すなら、考える必要があるな」
今よりも“上”──その言葉に、オルブルが頷く。
「それよりも、目の前の
長兄と次兄の会話を聞いていたのか、仏頂面の長女ミーシャが不機嫌そうにやって来た。
「ずいぶん、ご機嫌ナナメだな? どうした」
「また
長兄、次兄の呆れ半分、窘め半分の言葉に、ミーシャが仏頂面のまま首を振る──
「そんなんじゃなくて……とてもじゃないけど、近付ける雰囲気じゃなかったわ……」
妹の言葉に、うん?、と首を傾げる兄二人。
「とても、怒っていたのよ。ただ静かに吹雪を見つめながらね」
獣人特有の嗅覚。特に狼族の嗅覚は、他の獣人族より優れている。
その嗅覚で、強い感情の昂りを感じ取る事も出来るのだ──
「吹雪を見ながら、な……」
ヴァルガスは改めて、吹雪に目をやる。先ほどよりも、その規模は大きくなっている様に感じる。
「……この
長兄に応える様に、オルブルが呟いた。
ミーシャはただ無言で、吹雪を見つめている──
「民の避難、完了。避難場所の防衛準備も直に終わります」
部下の報告を受けたジェロームは、僅かな安堵を感じたが、直ぐに気を引き締める。
「良し。村から避難するルートも確保出来ていると報告を受けている。後は──」
迎撃準備の最終確認を、と指示を出そうとした所──
「隊長、ロングスウォード伯の先触れからの報告です!!」
慌てた様子の部下が、やって来て告げる。
「魔術師兵、十名を向かわせた、との事! 十名はジェローム隊長の指揮下にせよとの事!!」
報告を復唱した部下に、分かったと応えるジェローム。
次いで、魔術師兵が来る事を前線で待機している冒険者と衛兵達に伝える様、指示を出した。駆けてゆく部下を見送ると、改めて指示を出す。
「各所の迎撃準備の最終確認に入れ!! 冬の嵐が来るぞ!!」
ジェロームの指示の下、衛兵達が速やかに、方々に駆けて行った。
「帝国魔術兵団か……」
帝国に属している魔術師の精鋭達が動いた。
「よし……!」
“冬の悪意”を向かい撃つ用意はすでに整っている。
“碧水の翼”の云うところの──
「虱潰しだ」
ジェロームの顔付きが、強かな“
間もなく、