邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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 ちょーと、遅れましたな。  

  (-。-)y-゜゜゜


第211話 風物詩(お祭り騒ぎ)の終わりの始まり②──激昂のクレイドル

 

 

 ──クレイ。流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)なんだけれど、それ(・・)を使うタイミングを間違えないでよ……?──

 

 

 「オオォォォアァァァッッ!!!」

バトルアクスを、振る──粉砕された数匹の雪甲虫(スノーボウル)が、灰色の体液をまき散らしながら大地を汚していく。

 振る──さらに、雪甲虫が砕け散る。

 振る、再度振る──雪甲虫の残骸が、大地に灰色を染み込ませていく。

 振る、振る、振る、振り続ける──「死ねえぇぇぇえぇぇッッええぇぇえっ!!」

群れ成す雪甲虫に、怖気付く事無く向かって行くクレイドル。

その身に、どれだけの雪甲虫が纏わりつこうがお構い無しに、バトルアクスを振る。振り続ける──

 

 鍛冶・スティールハンド印のバトルアクス──城塞都市グランドヒルの名工、ストルムハンドさんが鍛え上げた業物。雪甲虫程度、どれだけ殺そうが何の支障も無い。

 そして同じく、ストルムハンドさんとその妻、スウィトフィンさんが俺専用に造ってくれた、赤闇の兇殻(ダークレッドスコーピオン)を素材にした“赤闇の鎧”──雪甲虫の攻撃程度、何も通らない。連中の纏う冷気は、レンディアが突風で吹き飛ばした。

全く、問題は無い──ならば、やる事は一つ。

 

 「オォオオォッアァァッ! 死ねっッ、死ねぇッッ!」

赤闇色の旋風が、戦場を蹂躙していた──

 

 

 

 クレイドルは、止まらない。

 群れ成す雪甲虫(スノーボウル)を斬り潰し、断ち割り、踏み潰していく──重く、疾風(はや)く、そして止まる事無く、クレイドルは雪甲虫を蹂躙し続けている……。

 相手がオークやコボルト、あるいは他の魔獣、魔物ならばクレイドルの異様な戦意を前に、怖気付く事もあるだろう……だが、相手は虫。精神性無く、本能だけの生物。

どれだけ仲間が(仲間意識があるかは分からないが)潰されようが、次々に押し寄せて来る──

 

 

 「クレイドル、引くぞ!!」

戦場に通る声に、意識が戻る──グランさんの声──

バトルアクスを振り、飛び付いて来ようとした雪甲虫(スノーボウル)を斬り散らす。

 「体半分、霜が張っているぞ」

グランさんの苦笑交じりの声。そういうグランさんの漆黒の鎧も、半分以上、霜で白くなっていた。

 「寒いよー、早く戻ろー」

少し離れた所で、シェーミィが寒さに身震いしながら訴えている──よし、少しばかり暖まってから、仕切り直しだ……そういえば──

 「レンディアは?」

さっきから見かけなかったレンディアの事を、グランさんに尋ねる。 

 「ああ、レンディアなら──」

グランさんの話によると、レンディアはロングスウォード伯から派遣されて来た魔術兵の半数、五名を借りて、雪甲虫(スノーボウル)の群れを少しでも減らすために遊軍に回ったという。

 「クレイドルは、雪甲虫相手に忙しかったからねー、伝える暇無かったんだよー」

にっしし、と笑うシェーミィの声は、寒さで微かに震えていた。

 

 

 体を暖めるための焚き火と、夜を照らす篝火が用意されている広場──そこでは、大勢の衛兵と冒険者達が束の間の休息を取っていた。かじかむ手指を焚き火にかざし、配られる茶で体を暖めている。

 「あまりノンビリとはできん。暖まったなら、再出動だ」

グランさんが俺とシェーミィに、茶の入った使い捨てのカップを渡してくれた。

早速口を付けると、茶は少し温め。だが、スパイス入りで体が直ぐに温まる様になっている──良い感じだ。

 「矢の補充してくるねー」

茶を飲み終えたシェーミィが足取り軽く、臨時に設営された武器庫に向かって行った。

防衛のための物資は、衛兵や冒険者に全て開放されていて、急拵えの鍛冶場まであった──

 

 「……最前線の拠点、という感じですね……」

 「まさしく、だな」

グランさんと焚き火に当たりながら、シェーミィを待つ。俺達の準備は特に必要ない。

グランさんの武装はいつも通りで、俺はバトルアクスとハンドアクスだけを身に付けている──魂食み(ソウルスレイヤー)の出番はまだ先だ……武器棚に立て掛けている魂食み(ソウルスレイヤー)に目をやると、微かに震えた様に見えた。

 

 さっき飲んだスパイス入りの茶と、焚き火が体をじわりと暖めてくれる──シェーミィが戻って来次第、出陣だ。

 「おう、“碧水の翼”も休憩か」

疾風の牙(ゲイル・ファング)”がやって来た。三兄妹共に武装の半分を、霜で覆われていた。

 「ああ、直ぐに再出撃だ。前線の状況はどうなっている?」 

 「一進一退、と言った所だったが……お前らのリーダーのレンディアと魔術兵達の──」

長兄ヴァルガスとグランさんのやり取りを聞くに、遊軍として動いたレンディアと魔術兵の働きは凄まじく、無数の雪甲虫(スノーボウル)を撃破し、前線の衛兵と冒険者達の士気を多いに上げたそうだ。

 「それがきっかけになって、一気に押し込める事が出来た……魔術というは、凄いものだな……」

次兄オルヴルは、感に堪えたように呟く。

長兄、次兄の言葉をよそに、長女ミーシャがじりじりと俺に近付いて来ようとしていた……何ぞ?

 

 

 シェーミィが戻って来たので疾風の牙と別れ、早速前線に戻る事となった。

その際、長女ミーシャが俺にゆっくりと掴みかかろうしたのを、次兄オルブルが引きずる様に連れ戻して行った……。

 「矢筒二つか。重くないか?」

グランさんの言葉に、改めてシェーミィを見る。その腰回りに、いつもの矢筒と武器庫から借りてきた矢筒を下げていた。

 「少しねー、まあ想定内だよー」

にしし、と笑うシェーミィ。矢筒一つに付き、確か二十本だったか。計四十本の矢を持ち運ぶ事になる。

 「私のは短弓で、矢も普通のより短めだからそんなに負担かかってないよー」

言いながら、くるりと身軽に回るシェーミィ。

 「ふむ。問題は無さそうだな……よし、行くか──」

グランさんは漆黒のカイトシールド(騎士の盾)肩担ぎにしながら、続けて云った。

 「害虫共を虱潰しにな」

にやりと笑う顔には、頼もしさが浮かんでいた。

 

 

 

 群れが、押し寄せて来る──どれだけの数を撃破しただろうか? 無数の雪甲虫(スノーボウル)は殺しても殺しても続々と押し寄せ、湧いて来る……この蟲共の行進はいつまで続く?

 次々と押し寄せて来る雪甲虫を前に、衛兵が前線を一段下げるのも時間の問題と思われた矢先──疾風(かぜ)が吹き抜けて来た。

背後からの急な疾風は不思議な事に、衛兵や冒険者達の戦闘の妨げになる様なものでは無かった……。

 その凄まじい疾風(かぜ)が、群れ成す雪甲虫(スノーボウル)を直撃したのを目の辺りにした衛兵や冒険者達は、その意味を即座に理解した──雪甲虫の纏う冷気(・・)がかき消されたという事に。

 「……押し込めッ!」

誰かが、叫ぶ。冷気という(・・)を失った雪甲虫(スノーボウル)を一気に迎撃する機会(チャンス)を逃すなとの意味を込め──

 応ッ! と衛兵、冒険者達がその声に応え、冷気無き雪甲虫恐れるに足らずとばかりに、突き進んでいく。 

 

 「……ふん。さすが兄上直属の魔術兵達ね」

魔術兵達の放つ疾風は、戦闘の妨げになる事無く雪甲虫から冷気の鎧を引き剥がした。

鎧が消えた雪甲虫は明らかに動きが鈍くなり、衛兵と冒険者達に一気に押し込まれていく──

 「ここはもういいでしょう。衛兵達のこの勢いなら、一気に雪甲虫(スノーボウル)を押し込んで前線を押し上げるでしょうよ」

衛兵、冒険者達が上手く連携を取りながら、雪甲虫を蹴散らして行くのを、レンディアと魔術兵達が見届ける。

 

 「……この後は、如何します?」

魔術兵の一人がレンディアに尋ねる。この丁寧な態度は、レンディアが“魔導卿”の妹だからというだけでは無かった。

先頭を切って、雪甲虫の群れに浴びせたレンディアの疾風(かぜ)が凄まじく、冷気を剥ぐどころか雪甲虫を砕き散らしたのを間の辺りにした魔術兵達は、“魔導卿”から聞いていた──実戦(・・)という点では、レンディアはお前達を凌ぐ──という言葉以上の事を見せつけられたからだった。

 「……まだ数を減らさないと、滅甲虫(ドゥームボウル)は姿を現さないでしょうね。なら、やる事は一つよ──」

 「やる事、とは?」

 「……害虫共を虱潰しよ」

尋ねる魔術兵達に、レンディアが不敵な笑みで答えた。

虱潰し……なるほどな、と魔術兵達が頷く──

 

 ──ォオオォォオォォォアァァッ……

不意に、遠くから叫び声の様なものが聞こえた。

 

 「ふん。向こう(・・・)でも始まった様ね……さあ、次の場所に行きましょうか」

声が聞こえた方角を、ちらと見やり、深緑のケープを翻すレンディア。

 「今のは……!?」

唐突に聞こえた叫び声に、魔術兵達が動揺する。

 「ああ、仲間の声よ。大の蟲嫌いのね」

何でも無い事の様に、魔術兵に応えるレンディア。

 

 ──ォォァァッアアオォォ……

再び、遠吠えが聞こえた。魔術兵達には、その叫び声は人の発する様には思えなかった……。

 「今は気にしないで。さっさと行くわよ」

言い放つレンディアの後を魔術兵達は急ぎ、追った。

 

 

 

 「オアァァッッッ!!」

 バトルアクスが振るわれた先に、空間が出来る。

その間は直ぐに埋まるが、また空間が出来る──空間を埋めるは雪甲虫(スノーボウル)。空間を作るはクレイドル。

 群れ成す雪甲虫を、片っ端から蹴散らし粉砕して行くクレイドルに、衛兵と冒険者達が一定の距離を取りながら追随して行く──

 

 「クレイドルから離れろ! 巻き込まれるぞ!!」

暗黒騎士が叫び、漆黒のカイトシールド(騎士の盾)を構えつつ、群れる雪甲虫を押し込みながら進んで行く。

カイトシールドで押し込まれ、態勢を崩した雪甲虫を容易く斬り捨て、暗黒騎士は戦場を突き進む──

 

 「こんなに群れてれば、狙いは楽だねー」

軽口を放ちながら、猫族の狩人が矢を放つ。

その度に、ピッキィィン──と金属音に似た風切りの音が鳴り、その度に雪甲虫が数匹まとめて貫かれていく。猫族の狩人の速射に、雪甲虫が次々と散る──

 

 「死ねッ! 死ねぇぇッッ!!」

オオォォォアァァッッアアァァァッ!!

赤闇の戦士、クレイドルが激昂の雄叫びを高らかに叫び、雪甲虫の群れを片っ端から虱潰しにしていく。

雪甲虫(スノーボウル)への殺意を撒き散らしながら、荒れ狂うクレイドル。

手にしているバトルアクスが振られる度に、群れ成す雪甲虫が砕け散っていき、灰色の体液と死骸が大地を汚す──

 いつの間にか、雪甲虫の群れが退いていた……。

 

 

 ──ふと我に返り、周囲を見渡すと、あれだけ群れ成していた雪甲虫(スノーボウル)が姿を消していた……。

ただ周囲には、俺が散らかした(虱潰しにした)雪甲虫の残骸が多数転がっているだけ……そして、もう一つの事にも気付いてしまった──

 「クレイドル、随分に無茶をしたものだな」

半身を霜で覆われたグランさんが、笑みを浮かべながらやって来た。俺の姿も同じ様なものだろう……それはともかく、急ぎ伝えないといけない事がある──

 「グランさん、吹雪が止んでいます」

俺の言葉にグランさんの笑みが消えた。吹雪が止んだ意味が分かったのだ。

そして、雪甲虫が退いた意味も──

 「グラン、クレイドルー、ちょっ〜とマズい(・・・)感じだねー」

軽口を叩きながらシェーミィがやって来た。

口調とは裏腹に、いつもの明るい表情は無く、引き締まった顔付きになっている。

シェーミィも、俺とグランさんと同じ様に今の不穏な雰囲気を感じ取っていた……雪甲虫が姿を消し、吹雪が止んだ。

この状況は、嵐の前の静けさに似て──

  

 

 雪甲虫(スノーボウル)が退いた──その事に湧く衛兵と冒険者達。撃退に成功し、勝ったとまで云う者達もいるが……。

 「気を抜くんじゃねえ! まだ滅甲虫(ドゥームボウル)が来てねぇぞ!!」

 気が抜けかけた衛兵、冒険者達にジェロームの叱咤が飛ぶ。まだ、(いくさ)は終わっていない。

来る、と“碧水の翼”が云った以上、来るのだろう──滅甲虫は。

 滅甲虫(ドゥームボウル)を討伐するまで、今回の風物詩(お祭り騒ぎ)は終わらないのだ……。

 「負傷者は下げろ! 補充が必要なら急げ!」

ジェロームの指示に、衛兵と冒険者達が慌ただしく動き始めた。

 (……雪甲虫(スノーボウル)どもが姿を消して、吹雪も止んだ……嫌な感じだな)

古参(ベテラン)の直感──ジェロームは、何故か“碧水の翼”の面々と顔を合わせたいと思った……。

 

 

 クレイドルにはっきりと分かっていた。間もなく滅甲虫との決着をつける時が来るのを──

 滅甲虫(ドゥームボウル)の気配が、はっきりと強くなってきているのを感じる……。

 間もなく滅甲虫との決着をつける時が来る──クレイドルの瞳が赤く瞬いている……その赤の瞳は、父である邪神にそっくりだった。

 

 

 俺達は、滅甲虫(ドゥームボウル)との戦いに備えるため、焚き火と篝火が用意されている広場に急ぎ戻る。

 「二人とも聞いてくれ。今、大いなる父君(暗黒神)から報せがあった……〈備えよ〉、との事だ」

グランさんは歩みを止めず、俺とシェーミィに伝えてきた。

 備えよ──俺とシェーミィにも、その意味は分かった。  

 「やっーと、来るんだねー、滅甲虫が」

にしし、と笑うシェーミィ。その笑みにはいつもの愛嬌では無く猛々しさが浮かんでいた。

 滅甲虫がやっとお出ましか……ならば、魂食み(ソウルスレイヤー)の出番だ。 魂食み(ソウルスレイヤー)に、悪魔(滅甲虫)を喰わせてやろう──

  

 

 対滅甲虫(ドゥームボウル)戦を間近に、高揚が静かに満ち始めているのを、クレイドルは感じていた……。

 

 

 

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