ちょーと、遅れましたな。
(-。-)y-゜゜゜
──クレイ。
「オオォォォアァァァッッ!!!」
バトルアクスを、振る──粉砕された数匹の
振る──さらに、雪甲虫が砕け散る。
振る、再度振る──雪甲虫の残骸が、大地に灰色を染み込ませていく。
振る、振る、振る、振り続ける──「死ねえぇぇぇえぇぇッッええぇぇえっ!!」
群れ成す雪甲虫に、怖気付く事無く向かって行くクレイドル。
その身に、どれだけの雪甲虫が纏わりつこうがお構い無しに、バトルアクスを振る。振り続ける──
鍛冶・スティールハンド印のバトルアクス──城塞都市グランドヒルの名工、ストルムハンドさんが鍛え上げた業物。雪甲虫程度、どれだけ殺そうが何の支障も無い。
そして同じく、ストルムハンドさんとその妻、スウィトフィンさんが俺専用に造ってくれた、
全く、問題は無い──ならば、やる事は一つ。
「オォオオォッアァァッ! 死ねっッ、死ねぇッッ!」
赤闇色の旋風が、戦場を蹂躙していた──
クレイドルは、止まらない。
群れ成す
相手がオークやコボルト、あるいは他の魔獣、魔物ならばクレイドルの異様な戦意を前に、怖気付く事もあるだろう……だが、相手は虫。精神性無く、本能だけの生物。
どれだけ仲間が(仲間意識があるかは分からないが)潰されようが、次々に押し寄せて来る──
「クレイドル、引くぞ!!」
戦場に通る声に、意識が戻る──グランさんの声──
バトルアクスを振り、飛び付いて来ようとした
「体半分、霜が張っているぞ」
グランさんの苦笑交じりの声。そういうグランさんの漆黒の鎧も、半分以上、霜で白くなっていた。
「寒いよー、早く戻ろー」
少し離れた所で、シェーミィが寒さに身震いしながら訴えている──よし、少しばかり暖まってから、仕切り直しだ……そういえば──
「レンディアは?」
さっきから見かけなかったレンディアの事を、グランさんに尋ねる。
「ああ、レンディアなら──」
グランさんの話によると、レンディアはロングスウォード伯から派遣されて来た魔術兵の半数、五名を借りて、
「クレイドルは、雪甲虫相手に忙しかったからねー、伝える暇無かったんだよー」
にっしし、と笑うシェーミィの声は、寒さで微かに震えていた。
体を暖めるための焚き火と、夜を照らす篝火が用意されている広場──そこでは、大勢の衛兵と冒険者達が束の間の休息を取っていた。かじかむ手指を焚き火にかざし、配られる茶で体を暖めている。
「あまりノンビリとはできん。暖まったなら、再出動だ」
グランさんが俺とシェーミィに、茶の入った使い捨てのカップを渡してくれた。
早速口を付けると、茶は少し温め。だが、スパイス入りで体が直ぐに温まる様になっている──良い感じだ。
「矢の補充してくるねー」
茶を飲み終えたシェーミィが足取り軽く、臨時に設営された武器庫に向かって行った。
防衛のための物資は、衛兵や冒険者に全て開放されていて、急拵えの鍛冶場まであった──
「……最前線の拠点、という感じですね……」
「まさしく、だな」
グランさんと焚き火に当たりながら、シェーミィを待つ。俺達の準備は特に必要ない。
グランさんの武装はいつも通りで、俺はバトルアクスとハンドアクスだけを身に付けている──
さっき飲んだスパイス入りの茶と、焚き火が体をじわりと暖めてくれる──シェーミィが戻って来次第、出陣だ。
「おう、“碧水の翼”も休憩か」
“
「ああ、直ぐに再出撃だ。前線の状況はどうなっている?」
「一進一退、と言った所だったが……お前らのリーダーのレンディアと魔術兵達の──」
長兄ヴァルガスとグランさんのやり取りを聞くに、遊軍として動いたレンディアと魔術兵の働きは凄まじく、無数の
「それがきっかけになって、一気に押し込める事が出来た……魔術というは、凄いものだな……」
次兄オルヴルは、感に堪えたように呟く。
長兄、次兄の言葉をよそに、長女ミーシャがじりじりと俺に近付いて来ようとしていた……何ぞ?
シェーミィが戻って来たので疾風の牙と別れ、早速前線に戻る事となった。
その際、長女ミーシャが俺にゆっくりと掴みかかろうしたのを、次兄オルブルが引きずる様に連れ戻して行った……。
「矢筒二つか。重くないか?」
グランさんの言葉に、改めてシェーミィを見る。その腰回りに、いつもの矢筒と武器庫から借りてきた矢筒を下げていた。
「少しねー、まあ想定内だよー」
にしし、と笑うシェーミィ。矢筒一つに付き、確か二十本だったか。計四十本の矢を持ち運ぶ事になる。
「私のは短弓で、矢も普通のより短めだからそんなに負担かかってないよー」
言いながら、くるりと身軽に回るシェーミィ。
「ふむ。問題は無さそうだな……よし、行くか──」
グランさんは漆黒の
「害虫共を虱潰しにな」
にやりと笑う顔には、頼もしさが浮かんでいた。
群れが、押し寄せて来る──どれだけの数を撃破しただろうか? 無数の
次々と押し寄せて来る雪甲虫を前に、衛兵が前線を一段下げるのも時間の問題と思われた矢先──
背後からの急な疾風は不思議な事に、衛兵や冒険者達の戦闘の妨げになる様なものでは無かった……。
その凄まじい
「……押し込めッ!」
誰かが、叫ぶ。冷気という
応ッ! と衛兵、冒険者達がその声に応え、冷気無き雪甲虫恐れるに足らずとばかりに、突き進んでいく。
「……ふん。さすが兄上直属の魔術兵達ね」
魔術兵達の放つ疾風は、戦闘の妨げになる事無く雪甲虫から冷気の鎧を引き剥がした。
鎧が消えた雪甲虫は明らかに動きが鈍くなり、衛兵と冒険者達に一気に押し込まれていく──
「ここはもういいでしょう。衛兵達のこの勢いなら、一気に
衛兵、冒険者達が上手く連携を取りながら、雪甲虫を蹴散らして行くのを、レンディアと魔術兵達が見届ける。
「……この後は、如何します?」
魔術兵の一人がレンディアに尋ねる。この丁寧な態度は、レンディアが“魔導卿”の妹だからというだけでは無かった。
先頭を切って、雪甲虫の群れに浴びせたレンディアの
「……まだ数を減らさないと、
「やる事、とは?」
「……害虫共を虱潰しよ」
尋ねる魔術兵達に、レンディアが不敵な笑みで答えた。
虱潰し……なるほどな、と魔術兵達が頷く──
──ォオオォォオォォォアァァッ……
不意に、遠くから叫び声の様なものが聞こえた。
「ふん。
声が聞こえた方角を、ちらと見やり、深緑のケープを翻すレンディア。
「今のは……!?」
唐突に聞こえた叫び声に、魔術兵達が動揺する。
「ああ、仲間の声よ。大の蟲嫌いのね」
何でも無い事の様に、魔術兵に応えるレンディア。
──ォォァァッアアオォォ……
再び、遠吠えが聞こえた。魔術兵達には、その叫び声は人の発する様には思えなかった……。
「今は気にしないで。さっさと行くわよ」
言い放つレンディアの後を魔術兵達は急ぎ、追った。
「オアァァッッッ!!」
バトルアクスが振るわれた先に、空間が出来る。
その間は直ぐに埋まるが、また空間が出来る──空間を埋めるは
群れ成す雪甲虫を、片っ端から蹴散らし粉砕して行くクレイドルに、衛兵と冒険者達が一定の距離を取りながら追随して行く──
「クレイドルから離れろ! 巻き込まれるぞ!!」
暗黒騎士が叫び、漆黒の
カイトシールドで押し込まれ、態勢を崩した雪甲虫を容易く斬り捨て、暗黒騎士は戦場を突き進む──
「こんなに群れてれば、狙いは楽だねー」
軽口を放ちながら、猫族の狩人が矢を放つ。
その度に、ピッキィィン──と金属音に似た風切りの音が鳴り、その度に雪甲虫が数匹まとめて貫かれていく。猫族の狩人の速射に、雪甲虫が次々と散る──
「死ねッ! 死ねぇぇッッ!!」
オオォォォアァァッッアアァァァッ!!
赤闇の戦士、クレイドルが激昂の雄叫びを高らかに叫び、雪甲虫の群れを片っ端から虱潰しにしていく。
手にしているバトルアクスが振られる度に、群れ成す雪甲虫が砕け散っていき、灰色の体液と死骸が大地を汚す──
いつの間にか、雪甲虫の群れが退いていた……。
──ふと我に返り、周囲を見渡すと、あれだけ群れ成していた
ただ周囲には、俺が
「クレイドル、随分に無茶をしたものだな」
半身を霜で覆われたグランさんが、笑みを浮かべながらやって来た。俺の姿も同じ様なものだろう……それはともかく、急ぎ伝えないといけない事がある──
「グランさん、吹雪が止んでいます」
俺の言葉にグランさんの笑みが消えた。吹雪が止んだ意味が分かったのだ。
そして、雪甲虫が退いた意味も──
「グラン、クレイドルー、ちょっ〜と
軽口を叩きながらシェーミィがやって来た。
口調とは裏腹に、いつもの明るい表情は無く、引き締まった顔付きになっている。
シェーミィも、俺とグランさんと同じ様に今の不穏な雰囲気を感じ取っていた……雪甲虫が姿を消し、吹雪が止んだ。
この状況は、嵐の前の静けさに似て──
「気を抜くんじゃねえ! まだ
気が抜けかけた衛兵、冒険者達にジェロームの叱咤が飛ぶ。まだ、
来る、と“碧水の翼”が云った以上、来るのだろう──滅甲虫は。
「負傷者は下げろ! 補充が必要なら急げ!」
ジェロームの指示に、衛兵と冒険者達が慌ただしく動き始めた。
(……
クレイドルにはっきりと分かっていた。間もなく滅甲虫との決着をつける時が来るのを──
間もなく滅甲虫との決着をつける時が来る──クレイドルの瞳が赤く瞬いている……その赤の瞳は、父である邪神にそっくりだった。
俺達は、
「二人とも聞いてくれ。今、
グランさんは歩みを止めず、俺とシェーミィに伝えてきた。
備えよ──俺とシェーミィにも、その意味は分かった。
「やっーと、来るんだねー、滅甲虫が」
にしし、と笑うシェーミィ。その笑みにはいつもの愛嬌では無く猛々しさが浮かんでいた。
滅甲虫がやっとお出ましか……ならば、
対