ジャッジャッ(ふるいにかける音)
ゴッ─ギルド内に響く音。濃い灰色の杖がギルドの床を叩く。
金の縁取りがされた、漆黒のローブを身にまとった男が、ギルドに足を踏み入れて来た。
ギルド内の温度が、下がったような──もちろん、気のせいではあるのだろうが──
「魔導卿……」
喧騒静まる沈黙の中で、誰が言うともなく呟いた。職員達も、身動き一つしない──ギルド内の異様な空気を察したのか、奥の喫茶室からのそりと、喫茶室亭主のマーカスが姿を現す。
「おう。いったい何が……おお? ラーディスかよ。久しぶりだなあ。来いよ、一杯飲ませてやるよ」
ローブ姿の男が、フードを取り払う。
精悍さと気品さが合わさった、整った目鼻立ち。ローブと同じく、漆黒の豊かな髪を、丁寧に後ろに撫で付けている。
「マーカスさん、久しぶりですね」
よく通る声がギルド内に響く。同時に、何かに安堵したかのような、ほっとした雰囲気が流れ始めた。
「ダルガンがよ、やっとお前と連絡ついたって喜んでたぜ」
「新人、見てくれって事でしたが、魔術師志望なんですか?」
茶を美味しそうに啜る、ラーディス。
「いや、特にそういうわけじゃない。色々、学べる時に学びさせてえって事よ」
「ふ~ん……これ、新茶ですか。薫りが良い。うん、美味い」
「おう。昨日、仕入れたばかりでなあ……うちの連中も茶の入れ方、上手くなってるぞ」
しばし、二人で茶を啜る。
訓練所。ジャンベールとクレイドルが打ち合っている。なかなかの体捌きで、ジャンベールの攻撃を、上手く盾で捌いてるが……少しの間を置いての、ジャンベールの体当たりを受け、クレイドルの体が揺らぐ。ジャンベールが、体を入れ換えながら足払いをして、クレイドルを倒そうとしたが……踏ん張るクレイドル。
「ほう」
見学しているラーディスが呟く。
クレイドルは、片足飛びでジャンベールから距離を取った。仕切り直しだ。
「ジャンベール、代わろうか」
訓練用の短槍と盾のミルデアが、クレイドルの前に立つ。
「ふ~、ふっ……お願いします」
深呼吸一つ。クレイドルが盾と剣を構え直し、ミルデアに向き合う。
鷲の頭部を模した兜を被っている新人。
クレイドルといったか。中々の体幹をしている。
足払いを受けて踏ん張り、仕切り直しに持ち込んだ。普通なら、倒れてもおかしくなかった。
ふ~ん。訓練をつけている冒険者……疾風ジャンに、猛血ミルデアか。贅沢な新人だな。
ミルデアが背を向け……ああ、ダメだ。新人。
尻尾は来ないぞ。ほらな、背を向けた一瞬。短槍と盾の持ち手を入れ替え、お前の左側面から、短槍の薙ぎ払いが……直撃。
横倒しに倒れる新人、クレイドル……。
「そこまで」
思わず、言っていた。ふ~ん……なかなかに、面白そうな新人だな。なるほどな。ダルガンさんが面白がる理由が分かった気がする。
「魔導、卿……」
ジャンさんが、息を飲みながらいう……ミルデアさんは、身動き一つせずに立っている。
金縁の漆黒のローブ。濃い灰色の杖。
気品と精悍さを備えた、整った目鼻立ちの貴族風の男性……うん? 一瞬だが、その目が金色に瞬いた気がする。
ローブの男性が手を伸ばして来たので思わず、握る。ぐうっ、力強く引き起こされた。
引き起こされ、目が合う──漆黒の瞳が一瞬、金色に光った。
「初めまして、だな……私は、ラーディスだ」
にいっ、と形のいい唇がつり上がった。
邪神の言葉が唐突に思い浮かんだ──なんと言っていたか──“神々に杖を向けられるほどの魔導士。公平にして混沌。自由にして秩序”──
「魔術の基本は魔力制御だ。それが基本にして全てだ。君が、魔術師を望んでいない事は分かるが、クレイドル君。言っておく、望もうと何だろうが……魔力があるにこした事は、無い」
力。ラーディスさんの声には力がある。
「私が今、教えられる事は魔力制御に生活魔法に浄化……ああ、それと体術も少々ってとこか」
体術……う、頭が……。
「……レンケイン君、彼はどうした?」
「え~と、マダムミランダに体術訓練を受けた時、ちょっと痛い目に合わされて……」
体術と聞いて、思わず頭を抱えた俺に代わってレンケインさんが、説明する。
「馬鹿力で痛い目に合わされたか。柔心流の名が泣くな。クレイドル君、心配するな。アレよりは、マシに教える事が出来るからな」
「期待します……」
ラーディスさんの講義は午前中に決まった。
レンケインさんの授業との時間は半々となったのは、レンケインさん曰く、教えられる事は一通り教えたので、あとはおさらい程度にしようと言われ、それに賛同した。
ちなみに、レンケインさんもラーディスさんの講義を受ける事にしたそうだ。
「魔導卿から教えを受けられるなんて、そうは無いからね!」
興奮したレンケインさんの姿は、日頃からは想像つかないものだった……。
「まあ、今日の所は……そうだな、魔力制御のコツを少し、教えておこうか。手を出せ」
すっ、と手を出してくるラーディスさん。
釣られて手を出すと、ふわりと握られた。
「う、おおっ」
何かが……体の中に流れ込んで来た……何だ?
「ふ~ん。今まで魔力を感じた事が無かったんだな……クレイドル君。今感じているもの、それが魔力だ」
何だこれ。不快ではないんだけど……何か、ふわふわした気持ちになる……おおっ……。
「クレイドル君。この感覚を掴むイメージをしろ。ぐっ、と掴んでみろ」
ぐっ、と掴むイメージ……掴むというより、手の中で何とか包む……という、感じ、だ。
目眩を感じ、膝が落ちそうになる……。
「よし。いいぞ」
すっ、と手を離された。
「ふ~ん……今、目眩を感じたな? それは魔力枯渇の症状だ。ほんの少し魔力を流されて、こうなるという事は、ほとんど魔力が無いという事だ……ある意味、魔力の器が小さいから、拡げやすいって事だな」
ラーディスさんの言葉を継ぐように、レンケインさんがいう。
「つまり、魔力制御の訓練の際、魔力の許容量が少ない時は、魔力枯渇が起きやすいけれど、その分魔力の増加が、早まるって事だよ……そうですよね? ラーディスさん」
「その通り。今感じた、その感触は覚えておくんだ。クレイドル君。いずれ、私の手助けなくても、自分で魔力制御出来るようにしてやるさ」
微笑む、ラーディスさん。やる事が増えたな。
「体術訓練は、午後にするか」
ああ……体術……訓練もかあ……。