武門街、冒険者ギルド内は今だ
神聖騎士団副団長ガーランドさんに、お付きの騎士ガルスさんと他の見習い騎士の姿は無い。
前に云っていた通り、俺達より一足先にダーンシルヴァス神王国に向かったとの事。ダーンシルヴァスでしばし過ごした後、海路で帝都に戻り神聖王国に戻るそうだ──
「ふん。何か、久し振りという感じね。ヒルダ?」
ヒルダを正面にして座っているレンディアが云った。テーブル左右に、俺とグランさん。シェーミィはヒルダの横に座っている。
「はい、お久し振りですね。皆さん」
声は少しばかり緊張で硬いが、物怖じしている風には見えない……以前より雰囲気変わっているな。
顔付きも、何か険が取れて穏やかというより、落ち着いた顔になっている。
体つきもだいぶ引き締まった様にみえるな……騎士の訓練と冒険者としての訓練とはまた違うのだろうな。
「冒険者見習いとしての日々はどうなの?」
ティーカップに手を付けながら、レンディアがヒルダに尋ねる。
レンディアがカップに手を付けたので、俺達も手を伸ばした。
ヒルダの冒険者ギルドでの近況報告を聞くと、中々に充実しているらしい。
他の冒険者見習い達との、戦闘訓練と座学。そして野外実習。同期の見習い達と日々過ごしている訳か。
懐かしいな。城塞都市グランドヒルで過ごした日々を思い出す……最も俺に同期は居なかったが。
二ヶ月の訓練期間内で、一人も志望者が来なかったんだよな。不自然な程に……。
「ふん。順調な様で何よりだわよ」
レンディアが笑みを浮かべ、皆のカップにお代わりを注ぐ。
「他の見習いさん達と同年代ってのはやりやすいよねー。すいませーん、焼き菓子とお茶のお代わりお願ーい」
追加の注文をするシェーミィ。
「良い同期に恵まれた様だな? ヒルダ」
グランさんが、少し温めの茶に口を付けながら云う。
皆がヒルダの事を相応に認めている。うん、良い事だ。
ふと、ヒルダと目が合う。金髪碧眼の貴族生まれといった容姿だが、以前にあった柔な感じは無くなり、活力に満ちた表情をしている……ふい、と目を逸らされた。何ぞ?
「さて。ヒルダ」
貴族然とした、優雅な手付きで焼き菓子を摘みながら、レンディアがヒルダに尋ねる。
「聞く限り、気心しれた同期達もいるみたいね。私達は、もう少しここ武門街で過ごしてダーンシルヴァスに向かうのだけれど──」
レンディアがカップに口を付け、続ける。
「前にも云った様に、私達“碧水の翼”に加わるのも、気心しれた同期達とパーティーを組むのも、貴方次第よ」
レンディアの言葉に頷くヒルダ。その表情は堅い。何かを考えている様が伺えた──俺も、グランさんもシェーミィも何も言わない。ヒルダから、それなりの葛藤が見えたからだ。さて、ヒルダ。どう応える?
「……確かに、ここで知り合った同期達と別れる、という事になったなら、正直つらく感じると思います……けれど」
ふう、と一息吐き、ヒルダははっきりと云った。
「“碧水の翼”に加わりたいと思っています」
ヒルダの言葉を聞いた瞬間、シェーミィが笑い声を上げた。
「でしょー? レンディアもくどいよー」
にっしし、と笑うシェーミィに対し、すまし顔でカップに口を付けるレンディア。
口の端が微かに上がっているのが一瞬見えた──
俺達は喫茶室から、常宿となっている“
食事と、少しの酒のためだ……少々で済むかな?
“
「クレイドルさん」
声を掛けられ、振り返るとラーシアさんだった……思わず椅子から腰を浮かして身構える。
前に、タックルをくらい椅子ごと倒された事があったからだ──だが……ラーシアさんは涙ぐんだ表情で、静かに云った。
「……おかえりなさい」と。
感情の昂りを抑える様な静かな声。そういう態度で来られるとなあ……どう反応すれば良いのか? と思った矢先──
「クレイドルさん!!」
昂りを抑えられず声を張り上げ、こちらに踏み出そうとしたラーシアさんをレンディアが静かに宥める。
「ラーシア、声が大きいわよ。クレイが驚いているじゃない」
「……はい」
落ち着いたラーシアさんを見るグランさんとシェーミィは、微笑みを浮かべる。
ヒルダは、何が起きているのかよく分からず視線を左右にしていた……何かすまんね。うん。
改めて、食事と酒の注文をする事にした。
まだ日は高いが、ゆっくりと楽しむ事にしよう。先ずは食事だ。
「ヒルダ、今日は好きなだけ頼むといいわよ。たまの贅沢というやつよ。見習い生活中には口に出来なかった食事を楽しむと良いわ」
レンディアの言葉に、ヒルダがぎこちなく頷く。
「ラーシアー、注文お願ーい!」
「はい! 何なりと!」
シェーミィの声に、俺の直ぐ傍に控えていたラーシアさんが即座に応える。今日は長くなりそうだな……。
「ヒルダ、同期の連中とは上手くやれている様で何よりだわよ」
オウルリバー炭酸割りを片手に、レンディアは機嫌良さそうに云う。
食事を終えて、今は酒の時間になっているのだが、俺としてはもう少し食事を楽しみたいんだよな──
「ラーシアさん。ええと、この海鮮焼きそばというのは?」
質問しながらも、それがどんな料理かは目処はついているんだが──
「炒めた麺に、イカと小エビと貝の剥き身を具にしたものですよ。味付けは塩と鶏ガラのスープです。今日のオススメですよ?」
自慢気にお勧めしてくるラーシアさん。尻尾がパタパタと揺れている。
うん、思った通りのやつだ……この世界に、俺の知る犬印ソースとかは無いのだろうか? まあ、いい。塩焼きそばも美味いからな。よし。
「じゃ、海鮮焼きそばお願いします」
「何か美味しそー! 私にもお願ーい!」
俺の注文に、シェーミィも乗った。美味いぞ?
レンディアとグランさんは適当に酒のツマミを頼み、追加の酒も注文する。
焼きそばを食べてから、本格的に飲むとするか……。
「……今日の予定は──」
グランさんが言いかけ、こめかみを揉む。
“
部屋に備え付けの時計を見ると、昼前になっている。
明け放したカーテンから、冬の陽射しが爽やかに射し込んでいる。外は快晴ぽいな……ふう。
「食堂に、行きましょうか」
「……だな」
グランさんが、コップの水を一息で飲み干す。二日酔いには、水が一番だからな……俺も充分に飲んだ。
気休め程度に、“浄化”もやっておこうか──
俺とグランさんで食堂に降りる。昼前という事もあり、中々の盛況だが、“碧水の翼”のいつもの席はあいている。
レンディアとシェーミィの姿は無い……二人共、相当に飲んでいたからな。
「さっきの“浄化”で、少しはマシになったかな……助かる」
グランさんが俺に礼を云う。さて、食事はどうするかな? 多少マシになったとはいえ、二日酔いの身体に優しい物を腹に入れたいんだが……食堂の盛況振りを見るに、細かい注文は気が引けるな。まあ適当に、軽めの物を頼むか。スープ系? そんな事をぼんやりと考えていると、声を掛けられた。
「おはよう、ってのは遅いかなー!?」
この大声は、“
二日酔いの頭にいやに響く声だ……グランさんが顔をしかめて目をつむる──
「何かお勧めのスープとかあるか?」
「二日酔いにお勧めのね……じゃ、貝出汁のスープかな。具はネギだけが良いだろうね」
「じゃあ、それを二人前。あと炭酸水も」
「私は温かいお茶を」
俺達の注文に明るく応え、厨房に戻って行くリーライ。
「……ドワーフの声は、二日酔いに優しくないな……」
グランさんの意見に、俺は頷く。
俺達がスープを飲み終えた頃に、女性陣二人がやって来た。身支度はちゃんとしているものの、酷い顔をしている。
「……あなた達、早いわね」
席に着いたレンディアが、掠れ声で囁く様に云った。うん、早くはないな。もう昼になっている。
シェーミィは席に着くなり、無言で突っ伏した。
「まだ、酒は抜けてないみたいだな……」
「やっと、おきれたのよー。頭いたーい」
俺の言葉に、突っ伏したままのシェーミィが云う。この二人にも、“浄化”をやっておくか?
「今日の予定何だけどね──」
俺達と同じスープを飲み終えたレンディアが、予定を告げる。
貝出汁のスープは二日酔いの身に沁み込み、頭をスッキリさせるらしい。顔色は大分良くなっていた。
シェーミィはスープの後に酢漬け野菜を頼み、いつもの様に野菜を平らげると、残った酢をくぴくぴと飲み干していた……。
「昨日、酔ったヒルダをちゃんと送り届けたんだろうな?」
二日酔いから復帰したグランさんが、レンディアに尋ねる。
昨日の酒の席で、ヒルダは飲みに飲んだ。単に酒好きなのか、飲む
とにかく飲んだ。止めようかと思った時点で、ダウンしたのだ……そのヒルダを、冒険者ギルドに送ったのがレンディアとシェーミィだった。グランさんはその時の事を云っているのだ。
「もちろんよ。ちょっと遅かったので、心配していた
レンディアが云う。ヒルダは同期達から、頼りにされているみたいだな……同期達との別れの時はどうなる事か?
「さて、今後の事だけど──」
レンディアが、ダーンシルヴァスに向かう前の予定を、俺達に伝えた。
ピックマンに会いに行く。冒険者ギルドで、霊園地下の調査報告を聞く。そして、ロングスウォード伯に会う──
「こんな所かしらね。ロングスウォード伯に挨拶が済んだなら、用意出来次第、出発しましょうか」
「なるべく早い方が良いかもな。今の時期、ダーンシルヴァス付近は吹雪になる可能性もある」
グランさんの提案に、俺達は同意した。ここ武門街では色々あったな……忌々しい
あの