‘’赤輪車の伝承‘’
幽かに瞬く 導く火は 死体沈む沼地へと
‘’屍火の沼地‘’
静寂の祠、二階。一階と雰囲気は変わらず。
広場両側の壁際には、骨壺と遺灰壺。少し違うのは、広場のあちこちに小部屋がある事だ。
「ああ、礼拝室だね。もっとも今は、ただの小部屋だよ。昔は棺が安置されていたけれど、皆、撤去されてる」
「半々の確率で、アンデッドの巣窟になっている。いなければ、そこは安全地点だ」
レンケインさんとジャンさんの説明を受ける。
そういえば、異世界知識の発動は無かったな。発動の規則性が分からん。
今現在、一階を繋ぐ階段近くで、待機中。
斥候のミルデアさん待ちだが……少し、遅い気がする。
「妙な、雰囲気ですね」
スンスンと、鼻を鳴らすレンケインさん。獣人特有の嗅覚が効いたのか……。
「だ、な……静かすぎる」
チキ、とレイピアの鯉口を切るジャンさん。
「ちょっと面倒だ。
戻ってきたミルデアさんが、いかにも面倒そうにいい、ごきり、と首を鳴らし、ふんすっ、と鼻も鳴らす。
「二階で出現かあ、珍しいな……クレイドル君は後方に回して、ジャンさんとミルデアさんが前衛に立って、一気に潰すのがいいと思いますが」
レンケインさんの意見。まあ、陣立てには口を挟まないけど……俺が後衛なのは何ゆえ?
「他の気配は感じない。おそらく、炎渦車を始末したら、この階層は安全地帯になるだろう」
ミルデアさんがいう。ジャンさんが、しばし考える──。
「レンケインの意見、良しだな。クレイドル、俺達の後ろに付け。レンケイン、クレイドルの側についてやれ。補助を頼む」
頷くレンケインさん。ジャンさんとミルデアさんが、横並びになる。
「クレイドル君、僕の後ろに付いて。あと、フェイスガードはしっかり下げておいて。理由は後から話すから」
改めて、フェイスガードを引き下げる。ついでに、フードを目深に降ろす。
しばし進むと、ガラガラガラと音が聞こえてきた。同時に、熱気とともに明るさ──大袈裟にいうなら、キャンプファイヤーの様な炎の熱気と明るさ──。
ちらりと顔を上げ、熱気と明るさの元を見る。
うおおぉぉ──見なければよかった。
炎を纏った大きな車輪。体高二メートル近くはある車輪。
それだけならともかく─車輪の上に、半裸で、髪を振り乱す女性。下半身は炎の車輪。
炎の車輪がガラガラと、円を描きながら広場を回っている。
ジャアッ、とジャンさんがレイピアを振るい、旋風を送り込んだ。
強襲。渦巻く旋風に車輪の炎が散る。ミルデアさんが即座に駆け寄り、炎が消えた車輪に短槍を叩き付ける。
ぐらり、と車輪が傾く。ジャンさんが再び、旋風をまとわせたレイピアで突き、裂く。
半裸の女体が、もがきながら逃げ出そうとするも、ミルデアさんがそれを許さないかのように攻め立てる──唐突に、車輪が沈んだ。車輪が半分ほど地に沈む。レンケインさんの土魔術か。
がくん、と女の体が前のめりになった、瞬間。ミルデアさんが、槍の穂先を胸に突き立て、素早く引き抜く、と同時にジャンさんのレイピアから放たれた、疾風の刃が女の喉を深く切り裂いた。
女がグニャリと前のめりになり、ガダンと車輪ごと横倒しになった──。
女の体と車輪が、ボソボソと崩れさっていくのを、ぼんやりと見つめる。
速攻戦、だったな……連携、凄いな。さすがベテランやでぇ。
炎渦車、なかなかに厄介なアンデッドらしい。
本来なら、五階層で出現する事があるらしく、二階で出現するのは、珍しいとの事だ。
いや、それより何故、俺が後方に下がらなければいけなかったのか、知っておきたいが……。
レンケインさんは、炎渦車の灰塵をバサバサと漁っている。よく触れるな……。
「そういえば少年。何故君を背後に下がらせたか、説明しようか?」
「あ、はい。ぜひ良ければ」
「うむ。さっきの炎渦車だがな、あれは子供を拐うアンデッドだ。人里近くに出現しようものなら、土地を治める領主がすぐさま、討伐依頼、もしくは衛兵を出動させるほどだ」
干し果物を、口に放りこむミルデアさん。
「特に、見目麗しい子を好んで拐うそうだ」
ジャンさんの補足……。
「そういう事だ。少年を見たら、真っ先に向かって来たろうな」
ヒィッ……怖い……。
「そうなったら、君を守りながら戦う事になっただろうからね。それだと難易度が上がる」
炎渦車の残骸から回収した魔石を、嬉しそうに掲げながら、レンケインさんがいう。
火属性と土属性の魔石、二つ入手したと喜んでいた。なんだかなあ……。
アンデッドが居ない礼拝室で、しばしの休息。 回収した魔石を選り分けながら、軽食を取る。
干し果物、干し肉。レンケインさんが、小鍋で湯を沸かす。小型の魔道具コンロ。便利だな。
「少し温めがいいんだよ。温かい食事は気力を保つからね。特に野営はね」
沸く直前の鍋に、乾燥豆と野菜のスープを放り込むレンケインさん。基本的な野営食のやり方らしい。
木の小皿に、一口大のビスケット八枚。一人二枚。これも栄養食。薄甘い味。
干し果物、干し肉、ビスケットに乾燥スープ。
こういうのでいいのか。うん。悪くない。
木のカップによそわれた乾燥スープを、ゆっくりと啜る。乾燥スープとビスケット。皿とカップは、レンケインさんが人数分持ち込んだものだ。
それらはレンケインさん担当だといってたな。
「さてと、どうする? 五階踏破するか、それともキリの良いとこで、引き返すか?」
ジャンさんが、懐から懐中時計を確認しながらいう。おお、懐中時計なんて持っているのか。
ジャンさんらしいな……この時代、懐中時計あるのか……先人か、先人の転生者の仕業か!
「いい、時計ですね」
思わず言っていた。銀細工の品のいい感じの時計。渋いな。
「うん? これか。中級に上がった時、記念に買ったんだ。安くなかったがな」
「ふむ。霊体と今だ対峙していないからな。少年に対アンデッドを経験させるのが、今回の目的だからな。対霊体を経験させねば」
対霊体か……ここに来る前に、ラーディスさんに所持武器に、一時的な魔力属性を付与してもらったんだった。効き目は、約一日だそうだ。
術を使用出来ない俺とミルデアさんの武器に、単純な魔力属性を付与してくれた。
ジャンさんとレンケインさんは、術を行使できるからな。
「対霊体には、これで充分だ。普通にバッサリ斬ったり叩いたり、突いたり出来る」
とは、ラーディスさんの言葉。
「まだ時間は早いな。昼前といった所だ。夕暮れ前には、出る事を考えておこう」
懐中時計をしまうジャンさん。城塞都市を出たのが、夜明け丁度。いいくらいの時間だったのかな。
「礼拝室、片っ端から開いて霊体を引きずり出すというやり方もあるが、災禍車倒した影響で下級のアンデッドは、この階層ではしばらく出現しないぞ」
「もう少し休んで、三階に降りましょうか」
レンケインさんの発言に、頷くジャンさんとミルデアさん。
「俺も、大丈夫です」
「そうするか。各自、装備の再確認。急ぐ理由はないからな」
三階に到達。ここからは基本、体無きアンデッドの巣窟だそうだ。階層の造りは同じ。壁際の骨壺、遺灰壺。各所にある礼拝室。
「五階までの造りは同じなんですか?」
「変わらないね。ただ一つ違うのは、五階の奥に、礼拝室よりも一回りほど大きな部屋があるんだよ。ただそれだけ。強力なアンデッドなんか居ないんだよね」
体無きアンデッド、霊体かあ……水を叩いたような感触だと、ギルドの先輩達から聞いたな。
物理のみで倒すには、ひたすら斬り、叩き続ける。対策が無ければ、ただただ面倒──。
「霊体との戦い次第で、引き上げようと思うんだが、どう思う?」
ジャンさんが言う。この静寂の祠、大した回収品は見込めないとの事。各所の礼拝室も、他のダンジョンとは違い、たまに出現する宝箱も、確率がかなり低いとの事らしい。
「そう、ですね……あくまで今回の目的は、クレイドル君の経験のためですからね」
ベテラン三人組。俺の訓練に長々と付き合わせるのは、少々心苦しいんだよな……でもそれを言ったらどうなるか易々と想像はつく……ううむ。
「少なくとも、霊体戦は経験しておきたいと思います」
「確かに。本来の目的は、それだからな……少年、何か遠慮してないよな?」
うっ……勘長けているなミルデアさん……。
「いえ、違います。その、アンデッドが、少し苦手になりそうなので」
「まあ、いい。さっきも言ったが、夕暮れ前に出る事を考えて、さっさと済ませよう」
礼拝室を片っ端から開いてみようというミルデアさんの提案を、ジャンさんとレンケインさんがやんわりとたしなめた。
取り立てて、急がなくともいいというのが二人の意見だった。
そして、いつも通りというべきか、ミルデアさんが斥候に出向く。
ミルデアさんが戻ってきた……何か、妙にうきうきしてないか……?
「居たぞ! 珍しいのが! 屍鬼火だ!」
し、しきび? なにそれ、何か怖い!
ミルデアさんの背後から、ゆらりゆらりと、一抱えほどの火の玉が近付いてくる……。
「珍しいな、ここで出現するのか……」
ジャンさんが、驚きと呆れ半分の声を上げる。
「へ~え……ここで、かあ……」
レンケインさんも同様の声を上げる。
「何で、ミルデアさん喜んでいるんです?」
「あの火の玉、屍鬼火といってね、複数の属性持ちなんだ。つまり魔石を沢山落とす。場合によっては、宝石類もね」
「要するに、儲け話がやって来たって事で浮かれているんだ」
「少年、しっかり始末するんだ。君なら出来るからな」
むふう、と鼻息荒くミルデアさんが言う。
ゆらり、ゆうらりと近付いてくる屍鬼火。
何か、釈然としない……大丈夫だ。やれる。落ち着いて対処するんだ……ジャンさん達の声援を受け、ゆらゆら揺れる屍鬼火の前に立つ。
手にするはバトルアクス──よし……。