「城塞都市から、南西に港町がある。馬車で小一時間ほどの距離なんだが、行ってみないか?」
魔力制御の訓練を終えての、食事中。ジャンさんが聞いてきた。
「ハルベルトリバーか。少年、あそこの大河は見る価値あるぞ」
ザクバリ、と唐揚げを噛みながらミルデアさんがいう。豪快に食べるな……いや美味い、この鶏唐揚げ。下味を丁寧に付け、二度揚げしたとの事だ。タレは、控え目のニンニクソース。
付け合わせは、玉葱と大根のサラダ。汁物はニンジンとキャベツのスープ。そして、米。
いや、ホント美味い。恵まれてるな、俺は。
「ハルベルトリバー、か。あそこのダンジョン何といったか……さざ波の洞穴だっけか?」
食事を終えたラーディスさんが、茶を啜る。
「もう、一ヶ所、
二杯目のスープを飲み終えたメイギスさん。
ラーディスさんとメイギスさん、かなり食べるんだよな。マーカスさん曰く、一流の魔術師は食う、相当に食う、との事だ。
「さざ波が水棲の魔獣系で、蠱虫が虫系でしたね」
レンケインさんが、上品に口を拭いながら言った。レンケインさんのカップに茶を注ぐ、マーカスさん。
「行くんだったら、魚介料理食ってきな。城塞都市じゃ、そうは味わえないぞ」
「何か、依頼が出ていたらついでに済ませてもいいな」
ジャンさんがいう。それを聞いたマーカスさんが、言った。
「依頼ってほどにはならないが、ちょっと頼みたい事がある。魚の干物を買ってきてくれないか。ちゃんと報酬は出すからよ」
魚の干物か。そういえば、ここ城塞都市で魚を食べてないな……前世、日本人としては魚を食べたい。鳥刺しは食べたが、やはり魚だ。
「その港町で、生魚食べられます?」
思わず、聞いていた……一瞬の沈黙。ふふっ、とメイギスさんが笑う。何ぞ?
「生魚が食べられる場所は少ない。近隣では……ハルベルトリバー、グレイオウル領、そして帝都ぐらいかな。それ以外では暗黒都市ダーンシルヴァス、くらいか」
ラーディスさんが、何か嬉しそうにいう。
「帝都の港区の食堂には、いい生魚料理を出す所がある。赤身魚、青魚、タコ、イカ、たっぷりの玉葱、大根の生野菜を乗せ、甘酢をかけ回した物が絶品だ」
おお……いいな。マリネか! 港町ハルベルトリバー、行くべしだな。
「嬉しそうだな、少年。私達リザードマンは、体質的に魚介類を普通に生で食えるが、やはり味気無い。生料理を試行錯誤している料理人も、少なからずいるんだ」
ミルデアさんの発言には、説得力があった。ワサビや生姜は、流通しているのだろうか?
ワサビは、欲しいなあ……。
「山葵がもう少し、生産出来ればいいんだが。グレイオウル領で香草として、試行錯誤中でね」
ワサビあった!! ラーディスさんの言葉に食い付いてしまう。抑えろ、抑えるんだっ!ワサビ欲を……くっ。
「ワサビ……というのは、高いんですか?」
「高いというより、あまり一般的じゃないな。一部の好事家と料理人が、執着しているという感じだ。私の父上が領の特産品にするべく、頑張っているがね」
ワサビについては、綺麗な水は必須だと思います。等の助言をしようかな、と思ったのだが、ラーディスさんのいうグレイオウル領は、名水で有名な観光名所だと聞いて、余計な事をいうのは止めた。いつかは、ワサビの生産地になって欲しいものだ……ちなみに、生姜は普通に出回っているそうだ。ふむ。
結局、明日はハルベルトリバーに向かう事になった。面子は俺、ジャンさん、ミルデアさんにレンケインさんだ。ラーディスさんとメイギスさんは、用があるからと、参加しなかった。
飯を作る相手が、いなくなるなあとマーカスさんが落ち込みそうになったが、ラーディスさんが食事を頼みますといい、気分が回復していた。
早朝、顔を洗い。身支度をする。相変わらず、自分の顔には納得いかない──邪神め!
朝食後に、ハルベルトリバーに出発する事になった。
パン、焦げ目の付いたソーセージ、半熟目玉焼きに、玉葱のスープ。酢漬け野菜は白菜。
文句の無い朝食。皆で食べる食事は、美味い。
ハルベルトリバーに向かう馬車の中。六人掛けの馬車の車中は、思ったより広い。余裕を持って造られているんだろうか。
馬車に乗るのは初めてなんだが、意外と悪くない。街道が舗装されているからだろうか。
それと馬車も、何かしらの改良がされているのだろうな……いや、快適といってもいい。
「あの」
同乗していた客に話し掛けられた。妙齢の淑女然とした、身なりのいい女性。お付きの人だろうか、同じく妙齢の女性が付いている。
「あの……ハルベルトリバーに向かっているのですか?」
おずおずとした感じで、話し掛けてきている。
「ああ……はい、そうです」
「あの……お見受けした、ところ」
ちらり、ジャンさん達の様子を、伺うような素振りを見せる、淑女さん。
「あなたも、冒険者なのですか?」
うん? 何だろうな、その質問。ジャンさん達の様子といえば──レンケインさんは本を読んでいるし、ミルデアさんは首飾りを磨いてる。
ジャンさんは、窓に寄りかかり寝ている。額を引っ付けて。首痛くなりますよ……。
「ええ、そうです。と言ってもまだ、見習いですが」
何故そんな事聞くのか? と思ったが、ああそうか。俺、普段着だ。メルデオさんとこで購入した。濃い朱色の上下だ。七部袖に長ズボン。
ジャンさん達は、防具を着込んでいる。それでそんな質問か。バトルアクスとスケルトンキラー(鋼造りのショートソード)。武器と防具は、馬車の荷台に置いている。
「まあ……そう、ですの。お宿の方は、もう決まって?」
宿、か。中宿の……どこを取ると言ってたっけか?
「聞いてはいたのですが、ちょっと、忘れまして……」
「
レンケインさんが本から顔を上げ、答える。
「いい宿だ。伊達に老舗では無い。少年が興味を見せた、生魚の料理も幾つか扱っていたはずだ」
磨いた首飾りを眺めながら、ミルデアさんがいう。黒い革ひもに括られた、手のひらに乗るくらいの鱗状の物。
窓に、額を引っ付けたまま寝入っているジャンさんが、ふぐう、と鳴いた。
「あら、まぁまぁ、鎚矛亭へのお泊まりなのですか!?」
淑女さんが声を上げる。ビクッ、とジャンさんが肩を動かした。
淑女さんは、その鎚矛の大河亭のオーナーらしい。四人分の部屋を取る事は簡単だと言ってくれた──だけではなく。何と招待客として迎え入れてくれるという。いや、それはさすがに……。
「本当に、いいのですか?」
レンケインさんがいう。ええ、ええ。と淑女さんが微笑みながらいう。
「これもご縁というものですから是非とも」
早口で捲し立てる、淑女さん。俺をチラチラ見るのは、止めて頂きたい……。
「お言葉に、甘えておこうか少年。本当にいい宿だぞ、鎚矛の大河亭は」
お、おおう……ミルデアさんまで。
淑女さんの名前は、メイナーラさんとの事だ。結構早くに旦那さんを無くして以来、女手一つで子供を育てた人だそうだ。ご年齢は三十と少し、との事……ちなみに、これらの話はレンケインさんの会話術で、引き出されたものだ。
レンケインさんの話術、恐るべし……!
ちなみに、このやり取りの間、ジャンさんはずっと寝ていた。
「よっし……着いたか。首が凝ってるな」
首筋を揉みながら、ジャンさんがいう。あんな態勢で寝ていたら、そうだろうな。
「ジャン、鎚矛亭は取れたぞ」
ミルデアさんが、荷台から荷を下ろしながらいう。
うん? という表情のジャンさんにレンケインさんが言い放つ。
「たまたま乗り合わせた鎚矛の大河亭のオーナーがクレイドル君に魅入られて、招待客として招いてくれたのですよ」
言い方ぁ! 誘惑したみたいに言わんといてくれ!!