取り合えず、鎚矛の大河亭に宿を取り荷物を置いた。その時に、ジャンさん達は防具を脱ぎ、普段着に着替えた。
ジャンさんは、いつも通りの伊達姿。橙色を基調とした貴族風の衣服。派手ではあるが、似合っている。
レンケインさんは、いつもの深緑色のローブ。
その下は普段着だろうという事は、音で分かる。
んで、ミルデアさんなんだが……黒のタンクトップに黒のショートパンツ。グラマー体型でムチムチしている。胸元すごいな……港町の人達の目の毒にならないだろうか。
ジャンさんとミルデアさんは、帯剣していて、レンケインさんは杖ならぬ、棒を突いている。
俺は、投擲兼近接の手斧を、腰の後ろに回している。
取り合えず、昼食まで港町を観て回る事に決まる。先ずは、港町の名前の元になったハルベルトリバーを観る事に決まった。
「うむ。いい水の香りだ。潮風もいい」
大河を前に、ミルデアさんが大きく背伸びをする。一瞬、胸が跳ねた。
ハルベルトリバー。レンケインさんの説明によると、淡水と海水が入り交じる汽水だそうだ。
汽水は、河口や湖に見受けられるが、これほどの規模は珍しいらしい。
「だから、大河の箇所によって採れる魚介類が違うんだそうだ。海の幸、川の幸が両方味わえるのは、ここハルベルトリバー以外には、そうは無いと思うよ」
ううむ。海の幸と川の幸、両方味わえるのは魅力的だ。しかし、大きく広いな。ハルベルトリバー。大河の名に恥じぬほどに。
何となく濁った河と思っていたのだが、意外とそうじゃないんだな。所々は多少の濁りは見えるが、全体的には、海の蒼と川の蒼、双方の色で別れているのが特徴的だ。
「あの濁った場所が、いい釣り場になっているみたいだな。大物狙いの釣り人が、漁師に頼んで釣り船を出してもらうそうだ」
ジャンさんがいう。ううむ。やはりこの世界にも釣りバカはいるのか……転生者ではないよな。社長と平社員とか……。
昼食後。ここ港町近くのダンジョン。さざ波の洞穴。
どちらも油断はならないが、それほどの難易度ではないとの事だ。実入りの良さを考えれば、五分五分だそうだが……さざ波の洞穴の奥まで行けば謎の祭壇部屋があり、運が向けば宝箱が出現する可能性があるとの事。ううむ……そういえばダンジョンの宝箱、見た事ないな。
蠱虫の洞窟に関しては、虫系の魔物が出現。宝箱等のお宝は望めないとの事。ただ、質のいい虫素材が入手できる可能性があるらしい──。
「さざ波の洞穴は水棲系の魔物、魔獣。蠱虫の洞窟は虫系。手強さで言えば……まあ、どちらも変わりませんね」
「どちらにしろ、少年には初めての相手だろうからな。私としては、二つの経験をしてもらいたいな」
願ってもない。ジャンさん達と行動している今、経験出来る事はするべきだ──よし。
「いい機会なので、両ダンジョンを経験したいのですが」
俺の発言に、ふむ。と頷くミルデアさん。
「どっちのダンジョンも深い場所じゃない。往復で、数時間ほどで踏破出来る。この面子なら、大丈夫だろう……二人とも、どうだ?」
ジャンさんの発言に、ミルデアさんとレンケインさんが頷く。皆、賛成ならば問題はない。
「日のあるうちに、出向きましょう。近い所から順に」
レンケインさんの発言。よし、早速準備するぞ。とのジャンさんの声に俺達は部屋に戻った──。
まずは、近場のダンジョン。大河沿いを一時間足らず移動した場所にある、さざ波の洞穴。崖沿いを下り坂気味に降りた場所、大河近くにぽっかりと大きく開いた洞穴の入り口。潮の香りが、奥から漂って来る──。
「階層というより、奥までという感じだね。魔物、魔獣との遭遇次第だが、奥に到達するまでには一、二時間という感じかなあ」
と、レンケインさん。うむ、と頷くミルデアさん。
「さざ波の洞穴と蠱虫の洞窟、二つを踏破するなら、今日明日で済むな」
「急ぐような事じゃないですからね。滞在が延びても、いいじゃないんですか」
ジャンさんに俺はいう。急ぎの用なんかないからな──そういえば、メイナーラさんが騒いでたんだよな……ダンジョンに行く事について……。
「そんな……危険では? クレイドルさんは、まだ見習いなのでしょう!?」
俺の腕を取りながら、メイナーラさんがジャンさんに訴える。上品な顔立ちに、困惑と微かな怒りが見えていた。
「大丈夫です。実戦経験もしていますし、ちゃんと訓練をこなしていますから。そいつ、見かけ以上にタフですよ」
「でも……私どもの宿から死人を出すわけにはいきません!」
ジャンさんの説得に、涙を浮かべながら抗議するメイナーラさん。いや、なんで俺が死ぬ前提で話す? 腕を掴む手の力が、少しずつ強くなってくる……ちょっと、いい加減に──「痛っ!」
俺の腕を掴むメイナーラさんの腕を、ミルデアさんが、ビシリと叩き払った。
「では女将さん。行ってきます。夕方前には、戻ってきますから」
レンケインさんが、穏やかに言う。メイナーラさんの拘束から解き放たれると同時に、俺は宿から静かに出た。
「クレイドルさん! どうか、ご無事で!!」
涙ながらのメイナーラさんの大声。うわ……恥ずかしい……。
ふっ、ぶふっ……レンケインさんの笑い声。何が可笑しいか!
さざ波の洞穴、入り口。奥から漂って来る潮の香りからは、何の嫌悪感も感じない。
「もう少し奥まったなら、潮の匂いが強まるだろう。魔物が出現するのは、まだまだ先だ」
先導する、ミルデアさんが言う。
「足下に気を付けろ、少年。こういう自然の洞穴は、普通のダンジョンや迷宮と比べて足場がよくない。戦闘に入る事を、常に想定しながら足場の状況を意識しろ」
なるほど、な……平易な足場ではない。重心を把握しながら、慎重に歩む。
「山野とは、また違うからね。歩く先を確認しながら進むといいよ」
レンケインさんの歩みを見ると、何の苦もなく進んでいく。あの足取り、すごいな。
先頭を行くミルデアさんが止まった。屈み込んで何かを拾っている。
「ふむ。蟹だ」
ミルデアさんにつまみ上げられた蟹。赤茶色の手のひら大の蟹。なかなか可愛い感じの蟹だ。
ミルデアさんは、ひょいと口に放り込み、バリバリと食べた……前にリザードマンは体質的に生魚を食べるとか言ってたが……ええ……。
「少し、しょっぱいが……うん、悪くない」
ミルデアさんの喉が、ぐうっと波打つ。リザードマン、かあ……。
慎重に進む。足場にも慣れつつある。滑るかもしれないと思ったが、意外とそうでもない。
ブーツのおかげだろうな。金属部が多いが、軽量で静かなんだよな……素材は何だろうか?
ぴたり、と皆の動きが止まる。隊列の並びは、斥候を兼ねたミルデアさん。ミルデアさんから少し距離を取るジャンさん。その後ろから、俺とレンケインさん。レンケインさんは殿で、背後からの気配を探っている。
ミルデアさんが戻って来た。何かあったか?
「少し先、ちょっとした広場だ。サハギンどもが三匹。食事中だ……殺そう」
おおう……いきなり、ヘヴィだぜ……。
異世界知識発動──サハギン。半魚人とも。知能は高くないが、独自の生態系を確立している一種の亜人。単純な武器、道具を使用する。ある種族からは、忌み嫌われている──
ある種族から……うん。リザードマンか。