邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第30話 さざ波の洞穴 祭壇の主と祭壇の石碑

 

 

体高、優に百センチ越え。幅は百四十センチは越えている……ハサミを広げると、二メートル越えるんじゃないか?!

ガチガチとハサミを鳴らしながら、ゆっくりと後ろに下がっていくヤシガニ。だが、その雰囲気に怯えは見えない。むしろ、戦意に満ちている──「よし、やるぞ。クレイドル、右に回れ。ミルデア、正面頼む。俺は左。レンケイン、補助頼む」

 

 

ジャンベールの指揮の元、速やかに動く三人。

流れるような動き。巨大ヤシガニは、周囲の動きに戸惑うように身じろぎする──ゴゴンッ、と打撃音。ヤシガニの頭上から降り注いだ、レンケインの土属性魔術。‘’石塊‘’

これが、戦闘開始の合図になった。

 

 

「クレイドル、背後は危険だから、回り込むなよ!」

ジャンさんの声。返事をする間もない。巨大ヤシガニの、振り払う様なハサミ。距離を取る。

「まともに盾で受けるな! 受け流せ!」

巨大ヤシガニの頭部を叩きながら、ミルデアさんが言う。苦戦──というより、有効な攻撃をいまいち見いだせない、といった感じだ。

甲殻を見る。細い隙間はあるんだが……そこにスケルトンキラーを突き込んで、いいものか?

「少年、隙間は突くな! 食い込んだら抜けなくなるぞ! 叩け!」

ミルデアさんの声。やはりな、斬るよりも叩くイメージで攻撃した方がいいのか。

ハサミに気をとられがちだが、こいつ小回りが意外ときくんだよな! ハサミの振り払いがなかなかに油断ならない──ジャウッ、と空を切り裂く音。ジャンさんの風属性の魔術。

「くっそ、硬い! 削るしか出来ない!」

ジャンさんの罵声。それに被さるように、レンケインさんの声。

「十秒、稼いでください!」

誰も、何故、どうしてとは聞かない。俺もだ。

「十秒だな。その後、猛血を使うぞ」

ここで異世界知識発動!──リザードマンの種族特性。‘’強血‘’ 一定時間の身体強化。状態異常に対しての強い耐性。体力増加。疲労回復上昇。副作用として、効果が切れた際には軽度の疲労に、見舞われる──なるほどな……だが、強血? ミルデアさんは猛血といっていたが……。

うおっと! ヤシガニのハサミが眼前に迫って来ていた。意外と速いな! バチン、と目の前でハサミが閉じる。ヤシガニのハサミの力って、野獣並みだと聞いている……レンケインさんの十秒で何が起こるのかは分からない。

だが、信頼しかないんだよなあ。予想外の事など、いくらでも起こるからな……「離れて!!」

レンケインさんの声。即座にヤシガニから離れる。石塊ならぬ‘’石槍‘’が降り注ぐ。大量の石槍を受け、ヤシガニが沈む。

瞬間──「かぁぁあっ!!」

ミルデアさんが叫ぶ。その体が、一回り大きくなっている。猛血の効果、なのか……。

「死ねぇ! 死ねっ死ねっ死ねぇ!!」

ミルデアさんが、ヤシガニを叩く叩く。刺す刺す、刺し続ける。

 

 

──風は鳴る 静かに 嘯々(しょうしょう)と 逆巻く風は やがては 旋風になりて 刃となり剣と化す 荒ぶる風 来たれ──

 

詠唱。シィッ、とジャンさんが剣を振るう。

キィン─と金属音に続いて、ガリガリと削れる音。

ズンッ、と重量のある何かが、落ちた──ハサミだ。ヤシガニの右腕が、バッサリと斬り落とされた。最初の金属音か。そして、いまだ鳴っている金属音──ヤシガニの体が、ズシンと沈む。腕に続いて、脚を削り落としたのか……ヤシガニの体が、右側に傾くように沈んだ……チャンスだ。

 

 

やはり、詠唱有りと無しでは、威力が大分に変わるな。ごっそり魔力を使ってしまったが、多少の目眩だけで済んだ。だが、それに見合う効果はあった。右腕、右脚を失ったエビ蟹を、どう始末着けるか──猛血状態のミルデアが、エビ蟹を狂った様に叩き、突き続けている。

まだか。しぶとい。エビ蟹のタフネスぶりは普通じゃない。頭部の半分は砕け、青黒い血を噴き出しながらも、ミルデアに咬み付こうとしている。うん? クレイドルが……盾を落とし、エビ蟹の左腕を駈け、背に上がる。ショートソードを逆手持ちにして──思いきり、背に突き込むのが見えた。

 

 

沈んだ左腕を踏み台に、ヤシガニの背に駈け上る。ヤシガニの体が沈んだ時、見えた。胴と頭の中間部分にヒビが入っていたのが……レンケインさんの‘’石塊‘’と‘’石槍‘’のおかげだろう。そこに、逆手に持ったスケルトンキラーを突き入れる……柄頭に力を込め柄を強く握り、両手で思いきり、押し込む──死ね!!

ブツリと突き抜ける感触。ぐうっと捩じ込むようにスケルトンキラーを捻る。

それと同時に、猛血状態のミルデアさんが、ヤシガニの頭部に短槍の一撃を、突き入れた──

 

ギッギギィ……ギッ……微かな断末魔。ヤシガニが、その巨体を地に沈める。

 

「ずいぶんに、タフでしたねえ……魔獣化した野性動物の耐久力は、尋常じゃないですね」

「同感だ。少し休憩しよう。久々に、魔力を多く使った」

レンケインさんが水を飲み、干し果物を口にする。ジャンさんは、静かに息を整えている。

一気に消費した、魔力の回復をしているのだろうか……猛血終了後のミルデアさんは、ボンヤリと宙を見つめている。

 

「魔石を回収しましょうか。それと、素材を剥ぎ取りましょう」

「おう。甲殻と鋏を回収するか。クレイドル、レンケインを手伝ってくれ」

今だボンヤリしているミルデアさんは、休ませておこうと、何となく決まった。

 

「うん。切れ目、関節の部分に刃先を沿わせながら、円を描くように切り取るんだ。甲殻と肉の間に刃を滑らせて……そうそう。ゆっくりとね」

「回収出来るのは、甲殻の一部に、鋏だな。肉はさすがに、食えないか」

「毒を含んでいる可能性も、あるらしいですからねえ。毒抜きしてまで、食べるほどの味では無いらしいですよ」

なるほどな。ヤシガニは食わないか。一部で食べられているらしいが──

 

 

祭壇部屋。ヤシガニを討伐した奥に進むと、祭壇の様な物と石碑が見えた。祭壇上には、何もない。石碑に刻まれた文字は、風化してまったく読めない。石碑自体も、形を辛うじて残している程度だ。

 

ジャンさん達が、石碑裏に回る。

「おっ。レンケイン、調べられるか?」

ジャンさんの声。ふむ、と頷き、レンケインさんが石碑裏にしゃがむ。

そこにあったのは、何の飾り気もない長方形の鉄製の箱。宝箱なのか……?

 

 

「ええと……罠の様子はない、ですね。このタイプの鍵なら……」

鉄製の箱をなで回し、色々な角度から確認したレンケインさん。鍵穴を調べた後、腰のポーチから、巻かれた布を取り出し、広げた。

様々な形をした、手のひらにすっぽり収まる道具が数種類──鉤爪状の棒。先端が尖った棒。他にも多数──。

「クレイドル君。これはね、解除ツールだよ。罠や鍵を解除するための物さ。そういえば使い方、教えてなかったね。今度、教えよう」

何か嬉しそうなレンケインさん。是非とも。

 

少し時間がかかるので、休憩していて下さいと言われた。ジャンさんが魔道具コンロで湯を沸かし始め、復活したミルデアさんが軽食の準備をし出す。いつものメニュー、と思いきや。

「あれ? その干し肉、豚じゃないですよね?」

「うん? ああ、これは魚だ。豚とはまた一味違うぞ」

色味が白っぽく、若干厚みがある。ミルデアさん曰く、これは冒険者用で一般的な物とは、多少違うのだそうだ。

ジャンさんが入れたのは、スープではなくお茶だった。これ……紅茶か。いい香りだな。

「ううむ……いい具合の温さだな。美味い」

ミルデアさんが目を細めながら、言う。

確かに、美味い。この紅茶は、温めが一番香り良く、味がいいそうだ。

「無事、解錠出来ましたよ」

レンケインさんが戻って来た。嬉しそうだ。

「中身は何だった?」

レンケインさんにカップを渡しながら、ジャンさんが聞く。ニヤリと微笑むレンケインさん。

「まあ、楽しみにしていて下さい」

「よし、さっさと食事を済ませよう」

どこか、ウキウキしながらミルデアさんが言った。

 

ギギッ、と箱が鳴る。小袋一つに、腕輪一つ。

そして、一振りの剣が、箱に収められていた。

「小袋の中身は宝石だよ。腕輪には何らかの魔力を感じるけど、効果は不明。剣も同様だね」

薄茶色の袋。銀細工が施された細目の腕輪。鮮やかな青色の鞘に収められたロングソード。

宝石袋はともかく、腕輪とロングソードは鑑定に出さないと、効果は分からないらしい。

効果不明の物を身に付けるのは、あまり感心しない行為だそうだ。

「ふむ。充分な稼ぎだと思うが?」

「だな、引き上げか」

「そう……ですね。もうやる事は皆済みましたから」

引き揚げる事が決まった。俺も充分だと思う。

「ジャンさん、今、時間は?」

「夕方まで、時間はあるな。宿に戻るころには夕食に間に合うだろう……よし、引き上げだ」

「ふむ。ええと、女将のメイナーラも少年の事を、心配しているだろうしな」

ふふっ……レンケインさんが吹き出す。

何が可笑しいか!




ヤシガニは、稀少種。保護対象の所もあるそうです。
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