ジャンさんの言った通り、夕方には宿に到着した。さすがベテランの感覚。
だが、帰還早々──「クレイドル様!」
宿の玄関で待機していたメイナーラさんが、飛び付く様に駆けて来た。淑女らしからぬ振舞いだ。ジャンさん達は、俺から距離を取った……ええ……。
「心配していたのですよ! 何も怪我は無いのですか? 大丈夫ですか!?」
涙目で、訴えるメイナーラさん。
ふふっ、ぶっ……聞こえているぞっ! レンケインさん! ハルベルトリバーを眺めるミルデアさん。 髭を丁寧な仕草で撫で付けているジャンさん。 知らんぷりしすぎじゃないですかね?
しがみつかんばかりのメイナーラさんをミルデアさんが、丁寧に引き剥がし、俺は拘束から解かれた。冷静さを、何とか取り戻したメイナーラさんが直ぐに食事を御用意します、と言ったが、ジャンさんが先に荷物を置いて、身仕度を整えてきますといってくれた。
部屋に戻る前に、レンケインさんが浄化で清めてくれた。少々気になっていた磯の匂いと、体の汚れが、綺麗に消えた。ホント便利だな……早く覚えないとな。
「さて、戦利品の整理をするか」
ジャンさんが、回収品を、布を広げた床の上に並べる。男性陣の三人部屋だ。ミルデアさんは一人部屋。四人部屋でいいとミルデアさんがいったが、メイナーラさんが難色を示したのだ。
「不思議なものだな。原石ではなく、加工された状態の宝石とは」
宝石を摘まみ上げながら、ミルデアさんが言った。宝石の大きさ、約五センチほど。結構大きい。それが、五つ。
「まあ、大きさで価値はあまり決まらないからねえ。それより、腕輪と剣は城塞都市で、鑑定を済ませるまでは放って置きましょうか」
レンケインさんが、腕輪を手のひらに乗せる。
「エビ蟹の鋏と甲殻は……スティールハンドに持ち込むか。装備を新調出来るかもな」
ジャンさんがいうには、これほどの鋏と甲殻は、加工でかなりの強度を発揮するらしく、武具に加工するのが普通との事だ。
ドアがノックされたので、俺が出る。
メイナーラさんだ。食事の準備をしていいかとの事。ジャンさんが、お願いしますと返答。
「承知しました……あの、クレイドル様? 何か食べたいもの等、有りませんか?」
妙に上目遣いをするのは、止めて欲しい……食べたい物、か……ああ、あれだ。
「その、生魚が食べたいのですが?」
マリネだ。ラーディスさんがいっていた。マリネ……。
「もちろん、ございます! いい魚が入っているのですよ! マリネにして、出させて頂きますわ!」
何か、滅茶苦茶に嬉しそうなんだが。何ぞ?
「他にも、魚介類の煮付け等、料理人に腕を振るわせますわ!!」
用意が出来たらお呼びいたします、と言い残し去っていった……。
「夕食は期待できるな。さすが少年だ」
ミルデアさんが、ポンッと肩を叩いてきた。
何ぞ?!
食卓。最初に目に入ってきたのは、大輪の花。
大皿に盛られ並べられた生魚。赤身と白身の刺身が、交互に花びらの様に並べられ、その上には生玉葱と、刻まれた香草が敷き詰められている。赤身と白身の花の中央には、山盛りの……生姜、か。
煮付け、といっていたな。大きな、鮮やかな赤い皮の魚。切り込みがされている煮魚。魚の周囲を白い長葱が囲み、甘めのタレが薫る。
絶対、美味いやつだコレ! そして白いスープ。貝とジャガイモを具にした物。刻んだキノコ類も入っているみたいだ。クラムチャウダーか?
後はパンとチーズ。おお、サラダは海藻とキャベツのサラダ。なるほどな、海の幸と川の幸が両方味わえる街かあ……よし、早速味わうとしようか。
美味い……いや、美味いな。新鮮なマリネ。赤身と白身の歯触りがそれぞれ違うんだよなあ。玉葱の歯触りと、香草の仄かな香りが美味さを引き立てる。マリネに、たっぷりとかけ回された酢と薄口のタレが、美味い……酢とタレの混じり具合が、なんとも言えない。
大きな魚の煮付け。レンケインさんが切り分けてくれた。
「骨が丁寧に取られているねえ。うん、さすがだよ」
「ふむ。普通なら骨を取りながらの食事になっても、おかしくないのだが、さすが老舗」
「さすが港町。新鮮で引き締まった、美味い魚だ」
三人とも、新鮮な魚介類に目を細め、舌鼓をうっている。前世、日本人の俺として、やはり魚介だな。クラムチャウダー風のスープを啜る──
あ~美味い。少しのトロミと濃い味。そして貝のぷりぷり具合……たまらない。美味い。
「あの、皆様方。お酒の方はいかがいたしましょう?」
メイナーラさんが、尋ねてきた。酒か……あるなら飲む。て感じだな。俺としては、酒より食事かなあ。
「ああ。そうですね、頼もうと思っていたのですが、料理が美味しくて、忘れてました」
レンケインさんが、ジャンさんとミルデアさんを見る。そして、俺も。
「お願いします」
レンケインさんの視線に、思わず言っていた。
「分かりましたわ! いいお酒を、各種取り寄せてありますので、何かお望みの物でもございますか?」
「果実酒ありますか? できれば炭酸も」
反射的に言ってしまった。
「そういえば、少年は果実酒の炭酸割をよく飲んでいるな」
「僕達は、酒の種類には、あまりこだわりは有りませんから、お任せします」
ミルデアさんとレンケインさんが言う。
何か、俺が酒にこだわりのある奴みたいな言い方、止めて?
「ええ。すぐに準備致しますわ!」
メイナーラさんは、俺をチラリと見て、弾む足取りで厨房へと向かって行った。
「この、海藻とキャベツのサラダ。いいぞ、海藻の歯触りと、キャベツのしゃきしゃき感が絶妙だ。塩ダレが、合っている」
我関せず、のようにジャンさんがサラダを、モシャモシャ食べている。
まあ、いい。煮付けを食べよう……細く刻んだ白葱とともに、白身を口に入れる──ふっくらと仕上がった、魚の身。甘めのタレが染み込んでいる。美味いな、うん美味い。いいな、港町。
皆様にお酒と追加の料理を運んだ後は、宴会のようになりました。冒険者の方々は、旺盛な食欲で料理を楽しんでいます。食事を楽しんでいる様で、何より。さざ波の洞穴での出来事を、狐族のレンケイン様が、身振り手振りを交えながら、楽しく話しています。
クレイドル様を見ると、追加のマリネをとても美味しそうに口に運びながら、果実酒の炭酸割をゆっくりと楽しんでいる様です……ほんのりと紅色に染まる目元が、何ともいえず艶やかで……そして、形のいい薄紅色の唇からは、とても眼が離せるものではありません……ああ、もう。冒険者稼業なんていう危険な仕事なんて、似合いませんわ!
ああ、クレイドル様……輝くような金色の髪。整ったお顔立ちに、白磁の肌。もう本当に……薄紅色の唇で、私に笑いかけないで下さいまし……。
いけませんわ……ああ……もう……。