早朝。魔力制御を終えた頃に、ラーディスさんがやって来た。メイギスさんと一緒だ。
「ふむ、魔力制御を終えたばかりか。朝食後に、最終指導をするんだが、少々変わった訓練をする。まあ、シャワーでも浴びて来なさい」
朝食。少し焦げ目の付いた、半身の干し魚。
刻んだベーコン、玉葱、キャベツのスープ。丸パンとチーズ。半熟の目玉焼き。そして、酢漬け野菜。ご機嫌な朝食。
「今日の最終指導は、私の経験の追体験をしてもらう……と言っても、一部だがな」
朝の食卓が、静まり返る……魔導卿の追体験、かあ……〈いい経験になると思うよ~んふふっ魔導卿によろしくね~ふふっ〉……このタイミングで、邪神の言葉! 激励のつもりか?!
「経験の……追体験って、そんな事出来るのかよ」
ダルガンさんが、呆れたようにいった。
「出来ますよ。ただ、俺の消費も尋常じゃないですがね」
茶を美味そうに啜る、ラーディスさん。ジャンさん達もまた、困惑顔だ……。
「それをもって、俺からの訓練は終了だ」
ニイッ、と微笑むラーディスさん。その横で、メイギスさんが何か複雑な表情をしていた。
椅子に腰掛ける。前に立つラーディスさんが、俺の額に手を当ててくる。ひやり、とした感触。
「よし目を閉じろ……少々、刺激的かもしれないが、耐えろ……〈
頭に、何かが、流れ込んで……来た……。
巨人。三メートル……いや、それ以上。外見が異常だ……全身に灼熱の炎を纏い、黒焦げになったかの様な身体。歪にネジくれた両角が、焦げた頭部から生えている。
巨人は、目の前に立つ、ローブ姿の男を睨み付けていた……燃え盛る灼熱の目からは、怒り、憎悪、狂気の視線……左手はねじ切れんばかりに、折れ曲がり、青白い体液を滴れせている。胸元からも、同じく……右手に持つは、赤く輝く大剣。
「とうとう、一匹だな……ケリを着けるかね」
濃い藍色のローブ姿の男。そのローブは、あちこちが焦げ、血すら滲んでいた。
手には濃い灰色の杖を構えている……この人、ローブの色は違うがラーディスさんだ。
巨人の周囲には、黒焦げ、凍り砕かれた悪魔の死体が、数十ほど転がっている……。
ゴオオォォ、と巨人……悪魔が叫んだ、が……「遅いなあ」
─極獄の 氷雪 集いて 氷結の獄と化す 獄は魂砕くなり─
ラーディスさんの、朗々とした詠唱が響き──巨人の身体が、蒼白に凍り始める。
慟哭。悪魔が絶望の叫びを上げる。悪魔の絶望──死を自覚しながら、死に抗う慟哭──
だが……「魂、砕いてやる……魔界には戻させないからな」
頭部まで、蒼白に染まった悪魔は、もう動かない……ラーディスさんが、蒼く凍りついた悪魔の胴体に、灰色の杖を叩き付けた。
ガシャリ、とガラスが砕けた様な音。凍った悪魔の破片が、地面に散乱した──「素材と、魔石の回収が、面倒だな……」
杖に寄り掛かりながら、ラーディスさんがポツリと、呟いた──
場面が変わった……ダンジョン……いや、遺跡といった方がいいか。壁、床、天井にびっしりと、象形文字のようなものが、刻み付けられている。
やけに明るいのは、魔力で造られた光源が、バランス良くあちこちに配置されているからだ。
「なるほどな。奥に進むにつれ、魔力の揺らぎが強くなる」
濃い藍色のローブ姿。焦げ目も滲んだ血の跡も無い。ラーディスさんだ。
周囲を見回し、コンコン、と壁や床を叩く。
「少しずつ、結界を拡げながら進むしかないが……」
様々な色の、ローブ姿の魔術師達が、数人。
その前方に、戦士然とした冒険者達……うん?
先頭にいるのは、ダルガンさんか?
見るからに、重装備。胴鎧の上から、派手な陣羽織の様なものを羽織っているが……明らかにチェインメイルを仕込んでいるのが分かる。
両手持ちのツーハンドソードを肩に担いでいた。百八十センチ近いか……ダルガンさん、若く見えるな……これ、いつの映像何だろうか?
「ラーディス! お出でなすったぞ!! やっぱり、悪魔系だ!」
ダルガンさんの声。前衛がさっ、と横に広がり陣形を構えた。その中央に、ダルガンさん。
その背後に、ラーディスさん。他の魔術師達は後方に下がった。戦闘に向かない人達なんだろうか。
「耐性強化、耐魔力強化……五秒」
ラーディスさんの声。それに呼応したダルガンさんが叫ぶ。
「応!! てめえら、聞いたな?!」
他の前衛に言い聞かせる、ダルガンさん。
応!と答え、前衛達がそれぞれ武器を構えた。
奥の通路から、蠢く影が湧いたように現れ──「強化、終了しました。何時でも、どうぞ」
ニイッ、と笑うラーディスさん。それに答えるかのように、ダルガンさんが叫ぶ。
「蹴散らすぞ! ラーディス、頼む!」
「了解」
ダルガンさんが頷き、両手剣を肩構えにしたまま、直進して行く。
「おおおぉぉおぉぉっっ!!」
何の躊躇も無く、蠢く影の先頭に斬り込んで行くダルガンさん──
「ラーディス様。まだ、続けるのですか……?」
メイギスが問う。その顔には、困惑が浮かんでいる。
「まだだ、深淵を見せる。彼は無関係では無いからな……」
場面は色々と、変換し続けた。学生時代のラーディスさん。魔導院といってたか……教師らしき人に、他の生徒と共に叱られている姿。
自分の指を折り、それを後輩に治癒させているラーディスさん……「治癒の訓練は、これが手っ取り早い」といい放つ……前々から、こんな人だったんだな……遺跡。迷宮。地下道。知られざる土地を巡るラーディスさんの、様々な追体験。
鉱山跡地に住まう、黒鱗の竜。灼熱の火山口に住む、赤鱗の竜との出会い。
吹雪く大雪山を悠々と歩み行く、白鱗の竜。
蒼空を悠然と羽ばたく、青き鱗の竜。豊穣な大地に根差すかのように、泰然と横たわる黄鱗の竜──竜種との出会い。
自分の目で直接、見る事が出来るかどうか……。
場面が変わる……ここは……朧な風景。霧がかった景色。何もかもが朧気で、実感が湧かない。
いや、足元はしっかりとしているが……見渡す限り、曇天の荒野。周囲には何も無い。
何だろうな、この朧気で霧がかった風景は……?
朧な土地。霧がかった妙な風景。何だろうな、ここは──強い視線を感じた……振り返る間もなく引っ張られる感触。抗う事も出来ないほどの強さ──何ぞ!?
玉座に座る白い人影。その前に、いつの間にか、膝を付いていた──純白のドレスに身を包み、白いベールを顔に下ろしている女性。
ベール越しから届く視線。顔を上げるな……直感が、いう。
「ふむ。弟の子だな……つまりは、妾の甥という事だ」
頭に直接、響いて来る声。ただ、顔を伏せる。
「謁見は済んだ。弟と、ラーディスによろしゅう、伝えておけ……甥よ……ふふっふっ」
意識、が……「ああ、妾は深淵の女王。詳しくは、ラーディスに聞け……ふふふっ」
妖艶な笑い声を、最後に、意識……が……きついな……駄目だ……これ、は、恐怖、畏敬、畏怖 が……耐えられ、無い……深淵の、女王──