邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第38話 次なる拠点 帝都領内のいずこか

 

絶叫。クレイドルの叫び声が、訓練場に響き渡る──弾かれた様に、クレイドルが椅子から転がり落ちた。そのまま地面に横たわり、身動き一つしない……「ふむ。ちと、刺激が強すぎたか」

 

「昼くらいには、目を覚ますだろう。全身、汗だくだ。浄化して、宿舎で休ませておくといい」

ラーディスの言葉に、ミルデアがクレイドルを担ぎ上げ、のしのしと宿舎に向かう。その後を、レンケインとメイギスが着いていく。

「ラーディス、あの〈映像〉とやら、何を見せたんだ? おめえの記憶の、追体験とか言ってたが」

運ばれて行くクレイドルを見ながら、ダルガンデスが聞く。

倒れた椅子を直し、腰掛けるラーディス。

「何を見たかは、分かりません。ほぼ、ランダムなので……ただ、深淵は見せましたが」

何処からともなく取り出した、煙草盆。煙管の準備をする。

「深淵、なあ……それで絶叫か……?」

「……深淵の女王と、謁見したかもしれませんね」

煙管に火をつけ、パッパッと吹かすラーディス。

「女王と謁見って……おい、ラーディス。覚悟しとけ、受付嬢三人組が凄え形相で、やって来るぞ」

ダルガンデスの言葉に、顔を上げるラーディス。

視線の先に、激昂した三人の獣人が砂塵を舞い上げながら、疾走してくる。

「止めて下さいよ」

「無理だな。まあ、諦めろや」

ラーディスの肩を、軽く叩き、ギルドに戻っていくダルガンデス。

煙管を吸い、大きく吹かす。煙が、宙を流れて行く。

 

 

 

「ヒッ……」

危うく、悲鳴を上げるところだった。

朱いローブのメイギスさんが枕元に立ち、俺を見下ろしていた……無言、無表情。フードの奥から、銀色の瞳が微かに覗く……何か言ってくれ。

「体調は、どうかしら?」

微かな微笑みを浮かべながら尋ねてくる、メイギスさん。

「少し、ダルいくらいですね。魔力制御を終えた後、という感じです」

ベッドから身を起こし、首を鳴らす。

「そろそろ、お昼だから、顔を洗うといいわ」

それだけ言うと、静かに宿舎から出ていった。

朝方に〈映像〉を受けて……そうか、その直後に気を失ったのか……よし、昼食だ。

 

 

昼食のメニュー。野菜たっぷりの鳥雑炊と、ほどよく焦げ目のついた、皮付き鶏肉の塩焼きと青菜の炒めもの。厚めに切ったチーズ、そして酢漬け。

やっぱり、ここの鳥料理は美味い。塩の効いた雑炊が、身に染みる……。

 

 

「君が追体験した、私の記憶の内容が、どういったものかは、私にも分からん。ただ、その内容は胸にしまっておけ……いいな?」

茶を啜りながら、ラーディスさんがいう。

「……分かりました」

特に、深淵の女王の下りは……あれは、邪神がらみになるからなあ。

「クレイドル、お前が気を失ったあとの受付嬢三人組は、酷かったぞ……」

ジャンさん曰く、ラーディスさんに対してへの罵詈雑言はそれはもう、酷かったらしい……。

 

 

ジャンさんが言うには、リネエラさん、ジェミアさん、サイミアさんの受付嬢三人組からは、かなりの罵詈雑言がぶちまけられたそうだ……。

 

──異常者 腐れ術者 死ね 路地裏気をつけろ 月夜の晩ばかりじゃない 異常加虐者 死ね 悪魔の生まれ変わり 性倒錯野郎 帝都の恥 死ね 陰険変態魔導士 くたばれ 呪われろ 魔術至上主義のイカれ野郎 死ね血を吐いて死ね──等。

 

おおう……酷いな、さすが受付嬢、酷い。というか、サイミアさん、女性だったんだな。いつもズボン姿だから分からなかった……何か、申し訳ない……。

ラーディスさんは、何ら気にする事なく、受付嬢三人組に煙管の煙を吹き付けて撃退したそうだ。

 

 

お茶の時間。のんびりとした雰囲気。

さざ波の洞窟から回収した品の一つ、水属性の腕輪は、ラーディスさんが高値で買いとってくれた。

赤闇の甲殻素材で、俺の防具をスティールハンドで造ってもらう事に決まる。

「いいんですか?」

「もちろんだ。それくらいの装備を身に付けるに相応な実力は、充分あると俺達は見ている」

砂糖まぶしの焼き菓子を摘まみながら、ジャンさんが言う。この人、振る舞い上品だよな……。

「今日にでも、素材を持ち込んで体のサイズを、スティールハンドで合わせないか?」

温めのお茶を、旨そうに啜るミルデアさん。

「そうですね。ハルベルトリバーでの実入りは予想以上でしたから、僕は籠手を新しくします」

砂糖の焼き菓子を摘まむ、レンケインさん。

防具の新調か……楽しみだ。

 

 

「クレイドル君。帝都に来たら何時でも私を訪ねて来るといい。宮廷か、冒険者ギルドにいるからな。衛兵には、ちゃんと伝えておく」

「はい。必ず」

スティールハンドに行く前に、ラーディスさんとメイギスさんを見送る。

ジャンさん達は、先にスティールハンドに出向いた。自分一人で見送るつもりだったのだが、なぜか受付嬢三人組が、遠巻きにこちらを伺っている……仕事しろよ。ダルガンさんに怒られるぞ……。

「帝都行き、そろそろ出ま~す!」

御者が、客を呼んでいる。なかなか、大きな馬車だ。帝都行きに相応しい、立派で大きな馬車になるんだろう。

「ではな、クレイドル君。魔力制御は一日一回は、済ませろよ。魔力はいくらあっても、いいからな。それと、生活魔法と浄化は機会があればいつでも使うといい。練度を上げれば、かなり役立つ様になるぞ」

ラーディスさんとメイギスさんが、背を向け去って行く。その背に、頭を下げた……。

「ああ……そうだ。クレイドル君」

ラーディスさんが戻って来た。何ぞ? 笑っている? そのまま、俺の顔を覗きこむ様に、耳元で囁いてきた……冷たい息。

「クレイドル……穏やかなる時も、安らかなる時もあるだろうが……基本、お前のこれからは、波瀾に満ちるだろう……生まれがそうさせる。転生者……邪神の子……〈映像〉で、女王と謁見させられただろう? お前は、深淵の女王とも多少の縁が繋がった。まあ、悪い事にはならないだろうが……邪神と深淵の女王の、悪運と強運の加護が、お前にあらん事を……」

ラーディスさんが、すっ、と離れる。

「帝都に来たら顔を見せに来い。面白い連中を紹介してやろう……ではな!」

先程の、冷たい囁き声とは違う、快活な声。

「必ず、顔を見せます!」

改めて、ラーディスさんを見送った。

帝都か……必ず、近い内に。

 

ラーディスさんと別れ、スティールハンドに出向こうとした際に、受付嬢三人組に絡まれた。

──何を言われたのか 何かされたのか そうだったら正直に言った方がいい──面倒事、残していったなあ、ラーディスさん……。

 

 

スティールハンドに出向くのに、少し時間がかかった。執拗に絡んでくる受付嬢は、馬車乗り場にやって来たダルガンさんに連行されていった。

サイミアさんは首根っこを引っ掴まれて、ダラリと大人しくなっていた。猫族も、こうなるんだな……。

 

 

「うん? 妙に遅かったな。何かあったか?」

「ああ……それがですね……」

ミルデアさんに答える。無論、ラーディスさんの話の内容は、ある程度ぼかす。

 

「まったく、どうしようもないな」

苦笑の内に笑うジャンさん。ホント、しょうもないですよ。

「よし、やっと主役が来たかい。ここに来な、サイズ合わせをするよ」

ビシリ、とメジャーを伸ばすストルムハンドの奥さん、スウィトフィン。スウィンさんだ。

「素材からは、胸当てと籠手を造るに充分さね。ねぇ、アンタ?」

「おう充分だ。悪魔素材を扱うのは久し振りだなあ。障気抜きも、綺麗に出来ているしなあ。さすが、魔導卿だ」

夫妻は、何か浮き浮きしている。楽しそうだな……。

「さぁ、来な。サイズを測るよ」

ビシリ、とメジャーを伸ばすスウィンさん。

 

仕上がりは、五日ほどと決まった。障気抜きが綺麗に済んでいるので、その期間で仕上がるのだという。

料金は、ギルドから出るというので驚いた。

何でも、初級訓練の卒業祝いとして、武具いずれかが贈られるらしく、前祝いとの事らしい。

 

「五日か。それまで、どうする? 訓練と平行して、何か依頼でも受けるか?」

「それは、いいですね。ああ、僕はクレイドル君に解除ツールの使い方を指南します」

ジャンさんとレンケインさん。依頼に、解除ツールの使い方。何の不足も無い、喜んで受けたい。

「少年。ここでの訓練が済み、正式に冒険者となったらどうする? このまま、ここを拠点にするのもいいだろうが、他領へ出向いて見聞を広げるのを勧めるが?」

「ああ。それなら、すぐに帝都ではなく、帝都領の何処かと、考えていますが」

ここから、一番近い帝都領は……グレイオウル領になるんだったか。ラーディスさんの実家があるとこだな。

「ふむ。まあ、直ぐに決める事じゃないな。もう夕飯の時間だ。夕飯がてら、オーガの拳亭に飲みに行こう」

ミルデアさんがいう。拳亭か……まあ、いいか。

「マーカスさんに、夕食の準備はいいと伝えていますからね。オーガ亭に行きましょう」

 

 

久し振りのオーガの拳亭だ。ミランダさんにされた仕打ちはもう忘れた。というか、ラーディスさんにされた仕打ちの方が、だいぶ……つらかったからなあ。

まあ、人徳の違いだろう。ムキムキオネェと魔導卿との……うん? 仕打ちから考えたら……。

 

 

「あら~クレイドル君! お久ねえ~お姉さん、寂しかったわ~!」

赤を基調とした、深いスリットが入っている白縁の肩だしの服。相変わらずの格好。うん、通常運転らしいな。

「あ、はい。柑橘酒の炭酸割り下さい」

「何か……冷たくない?」

「揚げジャガイモと厚切りベーコン、鳥と青菜の炒めもの……ああと、エール二つ」

ジャンさんが、メニューを見ながら言う。

「僕は黒ワイン下さい。それとチーズ盛合せ、お願いします」

「私は特に……いや、野菜煮込みもだ」

「ねえ。みんな、何か妙に冷たくない?」

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