レンケインさんの石礫が、蠢く薔薇姫を撃ち叩き、ジャンさんの旋刃が薔薇姫を切り裂く──ミルデアさんが短槍を投げつけ、一体を貫いた。
それに遅れ、手斧を投げる──命中。
ミルデアさんが、手斧が突きたった薔薇姫を、抜き打ちで斬った。新調の青の剣だ。
水飛沫が舞い、薔薇姫の頭部がずり落ちる。
残った二体。一体を、俺が盾で殴り付け、袈裟斬りに斬り払う。
ほぼ同時に、ミルデアさんが、短槍で貫かれた薔薇姫に止めを刺した……短期決戦。十秒少しで決着。
短期戦だからといって、薔薇姫が弱いという訳では無く、もたつくと他の魔物や魔獣を呼び出すのだそうだ……異世界知識で教えてくれなかったな! 邪神め!!
「花弁は、なるべく縁に触れず、丁寧に引っ張るんだ。傷付けずに引き抜けば、なかなかの値で売れるよ」
レンケインさんは、花弁を指で摘まみ、引き抜く。道具を使うと傷みやすくなるそうだ。
ジャンさんとミルデアさんは、根を回収している。
「根の先端を、傷付けなければいいんだ」
ミルデアさんは、豪快に、根元を千切るようにむしっている。それでいいらしい。
素材の回収後、休憩となった。魔道コンロで湯の準備をする。広げた布の上に皿を並べ、干し果物とビスケット。スープではなく、お茶にする。
レンケインさんとジャンさんは、回収した素材の選別をしている。ミルデアさんは斥候に行った。
「花園近くまで行ってみたが、蝶がいた。かなり大きかったぞ。うん」
目を細めながら、温めの茶を啜るミルデアさん。
「蝶というと……
ジャンさんが、補助に回る? どういう事だ?
おう、異世界知識発動──幻痺の黒羽。シャドウフライ。外敵に対して幻惑、麻痺性の鱗粉を撒き散らす。効果は、一時的なもの。単体ならば危険度は高くないが、他の魔物と出現した場合には、幻惑と麻痺の効果は危険なものとなる。素材は、羽根と触角──なるほどな。撒き散らす鱗粉対策に風属性で散らす、か……。
「鱗粉は確かに厄介ではあるが、ジャンの風属性で押し返せるからな。ジャン、頼めるか?」
「任せろ。俺とレンケインは補助、ミルデアとクレイドルが、黒羽を仕留めろ……意見は?」
「意見、というより、質問なんですが」
「うん? 構わんぞ。何だ?」
ミルデアさんが花園と言ったが、蝶以外に……。
「蝶以外の、魔物が出現する可能性は?」
「あるには、ある。だが、幻痺の黒羽は花園の主といってもいい存在だからな。外敵は……ああ、そういえば……ミルデア、黒羽以外には何の気配も無かったんだな?」
「ああ、そうだ。外敵が来るとすれば……蟷螂だ、な。そいつの出現も、視野に入れておこう。黒羽を始末すると、現れる可能性が高くなる」
花園は、ここの魔物、魔獣からは狩り場として見られているらしい。狩り場を、独占している主が居なくなれば……。
「いいとこ、気付いたな。よし、速やかに黒羽を始末。その後は、状況次第で行動を決めるか」
前衛、俺とミルデアさん。ジャンさんとレンケインさんは、補助に回る事になった。
「釘を刺すつもりは無いが、少年。暴走はするなよ」
と、ミルデアさん。蝶は大丈夫です。どっちかというと、蝶は好きですよ。と言うと引かれた。何ぞ?!
少し行くと、花園が見えてきた。庭園、とも言える。人の手が入っているはずも無いにも関わらず、妙に整っている。これが青葉の庭の由縁か。
花園の中央、ばさりばさりと羽ばたく大物が見えた──幻痺の黒羽。でっかいな……羽根を広げたなら、横幅百五十は越えている。全長は八十センチほど、か……滞空しながら、花の蜜を吸っている花園の主。こちらには、全く気付いていない。
主の余裕なのか……? 小声で、ジャンさんが囁くようにいう。
「先制だ。俺が風を起こしたら、かかれ。鱗粉を逆流させて、こちらには来ないようにする。口は閉じておけよ、クレイドル。鱗粉吸い込んだら、面倒な事になる」
頷き、鷲の兜のフェイスガードを引き下ろす。すうっと、ミルデアさんが息を整える。
「向こうが気付く前に手斧を投げろ。当たろうが外れようが、関係無い。どうあれ、先制が大事だからな」
なるほどな。先制大事……よし……死ねっ!!
スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)の柄に手をかけ、走る──「あ、おいっ!」「またかっ! 少年っ!」「鱗粉、吸わないように気をつけろっ! クレイドル君!」
呼び掛ける声。うん。分かりました。それより、目の前の虫けらを、殺さないと──死ねっ!!
手斧を投げ付ける。ふわりと、避けられた。
予想通り──スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)を抜き撃ちで、斬りつける。
ざりっ、とした手応え。片羽根を切り裂く感触だった。
バランスを崩した蝶が地に落ちる。もがく蝶の頭部を、踏む──ぐじり、と気味の悪い感触。
本当に……虫は……気持ち悪い、ものな。
その後。叱られた──分かってはいるんだけどなあ……虫め、虫が!!
幻痺の黒羽の、素材を回収。片羽根と触角二つに、魔石。羽根と触角は、魔術の触媒になるそうだ。魔石の属性は、風。
「新しい主がやって来るまで、そう時間は無い。蟷螂が来るか、でなければ……」
「甲虫の可能性もありますね……どっちにしろ、強敵ですよ」
ジャンさんとレンケインさんが、俺を横目で見ながら言う──むむむ……。
ここで帰還する。という、選択肢。そして、新たにやって来る花園の主を、待ち受けて討伐する。という選択肢──ミルデアさんが、斥候から戻って来て、言った。
「蟷螂だ。花園の主が消えたのが、分かったんだろう。間もなく、来るぞ」
ジャンさんが少し考え、言った。
「よし……仕留めよう……クレイドル、今までのようにはいかないぞ。蟷螂は、ここの生態系のトップクラスだ。抑えて連携を取れ。いいな」
「分かりました……やります。ただ、少し後ろに下がってもいいですか? 冷静に状況を観たいんです……」
虫を見た瞬間、カッとならない方法は一つ、距離を取って、状況を観る事だろうから……。
「いいだろう。ひとまず、俺とミルデアが前に出る。レンケイン、クレイドルを抑えろ。戦闘が始まったら補助を。状況を観て、クレイドルを放せ……いいな、クレイドル。冷静になれ」
「分かりました。クレイドル君、僕の側から離れるな……いいかい、離れたら駄目だからね。蟷螂討伐は、死人が出てもおかしくないほど、難度が高いからね」
がっしりと、マントの裾を掴まれる。むむむ、仕方ない──何時でも、手斧を引き抜けるようにしておく。
蟷螂かあ……ここの世界でも、純粋な肉食なんだろうな──