「おい、クレイドル。スティールハンドから伝言だ」
メルデオ商会に出向こうとした際、ダルガンさんに呼び止められた。
何でも、注文していた赤闇の凶殻素材の最終調整をしたいとの事だった。
「それと、鷲の兜を持ってきてくれとも、言ってたな」
「鷲の兜……分かりました。急ぎですかね?」
「いや。特にそういう感じでもなかったな。あそこは、夕暮れには店を閉めるから、それまでに行けばいいだろうな」
今は昼過ぎ。夕方までは時間はあるから……メルデオさんのとこから先にするか。調整にどれくらい時間が掛かるか、分からないしな。
「煙管かい、うん。いくつか揃えているよ。ただ、煙草葉の種類は、それほど無いけどね」
煙管を並べるメルデオさん。おう、色とりどりの煙管。基本の造りは木。煙通しの中間、羅宇。吸い口と、火をつける雁首だっけか? そこは金属製だ。
「一番、重要な部分は吸い口だそうだよ。そこが悪ければ、他が良くても二級品だそうだねえ」
なるほどな……吸い口、かあ……さて?
「まあ、そこらは気にしなくてもいいよ。うちに納めている職人は、一流の職人だからねえ」
メルデオさんがいうなら、確かだな……さて……。
「君には、これが似合うと思うが……どうかな」
おう……メルデオさんが差し出してきた煙管。
雁首、吸い口は黒く鈍い光を放ち、羅宇部分は、白木の頑丈な造りで蔦が彫り込まれている。
「雁首、吸い口は黒銀。羅宇部分は、白木造りで、中々に頑丈だよ。彫金、装飾ともに一流の職人造りさ」
メルデオさんはニコニコと、勧めてきた逸品を 眺めている……よし、ここまでに勧めてきたならば、間違いないだろう。
「じゃあ、それを。あと、煙草葉もいいのを見繕って下さい」
「相変わらず、いい買いっぷりだねえ。吸い方は知っているかい?」
「ええ、ラーディスさんに、教えてもらいました」
へえ~、とメルデオさん。あと、時代劇で。
「じゃあ、煙草葉と煙草盆込みで、銀貨三枚てとこだねえ」
代金を払い、煙管をまじまじと見る。おう、渋いな……派手さはないが、さりげない自己主張が、いいな……これ、永い付き合いになるだろうなあ……。
応接間にクレイドル君を通し、茶を飲みながら、世間話をする。青葉の庭での出来事を、身ぶり手振りで話しているが、中々に無茶をするものだなあ……。
クレイドル君が断りをいれ、早速煙管に葉を詰め、火をつける。生活魔法か……。
吸い口を、舌先でちろりと舐めて口に含むクレイドル君を見る──ぞくり、と背筋が粟立つ……ああ、ダメだ。これ以上見てはいけない──目を逸らす──彼は、魔性だ──形のいい薄紅色の唇。そこから覗いた舌先は、妖艶という言葉さえ、陳腐に過ぎる……まばゆいばかりの金髪に、異様に整った目鼻立ち。白磁の肌──娘には目の毒過ぎる──いや、全く。
ふうぅ~、と煙管を吹かす、クレイドル君。
「いいですね……煙草葉の味なんて分かりませんが、うん。いい味です」
「気に入ってもらって何よりだよ。その煙草葉、‘’
メルデオ商会から出た足で、そのままスティールハンドに向かった。
早速、防具の調整を始めた。胸当てに籠手。そして、兜……。
「いやね、赤闇の凶殻の素材が少々、余ってねえ。その余りで、鷲の兜を凶殻素材で強化しようと思ったんだよう」
ストルムハンドさんの奥さん、スウィンさんがいう。なるほど、兜の強化か。
「フェイスガードと、その周囲全部を張り替えだな。ちいっと、重くなるかもしれねえが、まあ誤差の範囲だな。頑丈さは、お墨付きだぜ」
ストルムハンドさんが、自信満々にいう。
「それと、余った素材を使うんだから、料金は要らねえよ」
「こういう、上質な素材なんて、そうそう扱えないからねえ」
あっはっはっ、と髭を揺らして豪快に笑うドワーフ夫婦。
「よっしゃ、調整終了。多少、余裕というか、遊びが出来ると思うが、軽快性を重視した造りになってるからな」
「兜の仕上がりは、明日の昼前には終らせておくよ。胸鎧と籠手は……三日後てとこだねえ」
「では、お願いします」
頭を下げる俺に、夫妻は豪快に笑って答えてくれた。
さて、用事は皆、済んだ……飲みの時間まではまだある。
う~ん。どうするか……オーガの拳亭には早いし、煮鍋亭は一人では入りにくい気がする……なら鶏源亭だ。うん。あそこの麺料理は、ラーメンに近い、というかその物だからな……鶏モツつけ麺、鶏塩そば、鶏辛そば、煮込みそば──等。
サイドメニューもあるんだよなあ……よし、さっぱりとした鶏そばで、小腹を満たすか……うん。
ねぎ多めの鶏そば。さっぱりとした味の、鶏源亭の基本のそば。するりと腹に入る味。
うん。美味かった……店に断りを入れ、煙管に深風を詰め、火をつけ……ふうっ、と吹かす。
入り口近くの席。外を行き交う人々がよく見える。いうなれば堅気の人達……冒険者稼業に比べれば、まっとうな人達だ。
煙管を吹かすと、煙がふわりと、宙に消えていく……。
「不味かったかなあ……クレイドル君を店先に案内したのは」
鶏源亭の亭主は、少々後悔していた。ここ、城塞都市に店を構えて、数年。評判は上々──常連客の、中堅冒険者のジャンベールさんとミルデアさんが連れて来た客──その顔立ちを見た瞬間、ぞくりとした……最初に目についたのは、唇だった。薄紅色の形のいい唇。そして、白磁の肌──そこ以外からは、目を伏せた。直視は危険だと、心が拒絶した。
そのクレイドル君は、度々この店に通って来てくれている──それはいい、いいのだが……客寄せのためにと、必ず店先に案内したのが、よくなかった──
あの方は今日は来ていないのですか? あの人はいつ来るのですか? 彼が来る日時は決まっているのかね?──明らかに、それなりの身分の人達が、ちょくちょくと、訪ねてくるようになったのだ。
その都度、冒険者稼業は気紛れですので──とやり過ごしていた。
売り上げは確実に上がっている。その理由は明らかだった──ううむ。クレイドル君が、来なくなったなら──考えたくないな……。
「ご馳走さまでした。代は置いときます」
煙管を吸い終えたクレイドルは、颯爽と去って行く。
「あ、ありがとう、ございます! ま、またのお越し、を!!」
誰が接客するかの暗闘を勝ち上がった、女性従業員が(結局は、厳正なる順番決めで決まった。ちなみに、男性従業員も加わった)、うっとりした顔立ちでいう。
「うん。また、来ますね」
振り返り、ニコリと微笑み、答えるクレイドル。茫然自失の従業員。
「は、はい……また、またのお越し、を」
この従業員。終生、クレイドルの笑みを忘れなかったという……。