鶏源亭から出る頃には、夕方過ぎになっていた。訓練所に戻ると、ジャンさん達も戻っていた。
「おう、戻ったか。まず、一服しな」
テーブルに着くと、マーカスさんがお茶を入れてくれた。
「飲みに行くんだろ? 俺も一緒させてもらうぜ」
すすっ、と茶を啜る。マーカスさん。
「場所は、オーガ亭でいいか? あそこにボトル入れているのを思い出した」
「ボトル? オウルリバーですか?」
「おう、十年物だがな。酒場じゃ、それくらいしか、揃えられないんだよな」
ジャンさんに答える、マーカスさん。
「ラーディスから、二十年物貰ったはいいが、あれはそう簡単には、開けられねえ」
「二十年物……直売所でも、予約制の代物か」
ううむ、とミルデアさんが唸る。酒好きだな……皆。
「そろそろ、行きますか。混む前にテーブル取っておきましょう」
レンケインさんが、腰を上げた。
「おう、先に行ってな。片付けてから、向かうぜ」
マーカスさんが、茶碗と焼き菓子の皿を片し始めた。
「俺も、一服して向かいますよ」
購入したばかりの煙草盆を出し、煙管に深風を詰める──ぽっ、と生活魔法で火をつけ、ゆったりと、吹かす……微かな苦味の中に確かな甘味。
ラーディスさんが、魔力制御に役立つといった意味が、分かる……ふうぅ~。うん、いい味だ。
「なんだ。おめえ、煙管なんか吹かしやがって。いい趣味してんな」
「生活魔法、なかなか使いこなしているね。煙管とは、また……」
マーカスさんとレンケインさんに言われた。
何ぞ?
オーガの拳亭。相変わらずの賑わい。この店のいい所は、誰でも受け入れる事だろうな。
泊まり客関係無く、料理と酒を、振る舞う。値も悪くない。賑わうのも当然だ……ミランダさんにやられた事は、忘れたが……。
「クレイドル君、ここ城塞都市には三つのダンジョンが有る。その内二つ、静寂の祠と青葉の庭は済んだ。あと一ヶ所、石壁の砦という場所があるんだ」
黒ワインを口に含みながら、レンケインさんがいう。
「そこは相当に古い場所でね。覇王公の時代からある砦だけど、今は」
くいっ、と黒ワインを呷り、続ける。
「武装スケルトンの巣窟なんだ。前に、説明したと思うけれど、武装スケルトンは、生前の戦闘能力を引き継いでいる。あそこの連中は、並の相手じゃない。昔の軍事拠点や、大戦があった場所に現れる武装スケルトンは、軍規を今だに覚えているんだ」
「要するにあれだ。軍規、連携が取れている奴等だ……手強いぞ。十人単位の、小隊並の強さを保っている」
レンケインさんに次いで、ジャンさんがいう。
「もうちっと補足してやるぜ。覇王公の時代からの戦闘能力を引き継いでいるんだ……つまり、歴戦の兵士の実力を保っているってこった」
マーカスさんが、楽しそうにいった。
「はいは~い、料理お待たせ~」
ミランダさんが、従業員を従えてやって来た。
豚肉と野菜煮込み。鶏のトマト煮込み。青菜のゴマ油炒め。香辛料まぶしの揚げジャガイモ。
「料理は、まだ来るからね~お酒の追加は、もうちょっと先にしましょうね~」
よいしょっ、とばかりにミランダさんが席に着いた。
「おい、ミランダ。俺のボトル出してくれや」
「わ~かっているわよ~。もう言いつけているわ~」
マーカスさんと、ミランダさんのやり取り。
煙管に葉を詰め、火をつける……酒が来るまでまだ、間がある。一服するには時間はあるからな。
「ああ~クレイドル君。なるべく、煙管控えてくれないかしら~」
店内禁煙てやつか……仕方ない。なら外で……。
「あ~違うの、違うの。ほら、回り見て」
ミランダさんが小声でいう。回り……?
周囲の客が、ささっ、と目線を逸らす様に顔を背ける……何ぞ?!
「まあ、仕方ないな少年。その唇は罪作りだからな」
青菜のゴマ油炒めを、モシャモシャ食べながらいうミルデアさん。この人、野菜好きなんだよな。
「むう……せっかく、火をつけたので、外で吸ってきます」
詰めた葉は、戻せないからな……邪神のせいだな。邪神め!!
オーガの拳亭の軒下、出入り口近くのベンチに腰掛け、行き交う人々を見るともなく、見る。
時間は夜になったばかり。夕闇の時間だ。
ぱっぱっ、と煙管を吹かす……苦味と甘さの爽やかさ──美味い、といってもいいんだろうな。
ぷかり、と煙を宙に浮かす。落ち着くな……。
ぼんやりと、軒先で煙管を吹かすクレイドル。
通りすがりの人々の内、何人かが、ちらりとクレイドルに目をやり、オーガの拳亭に入って行くのを、クレイドルは気付いていなかった……結果、オーガの拳亭が満員御礼になるのは、ある意味、必然だった。
「明日、石壁の砦に出向きたいんだがな? どう思う?」
ぐびり、とエールを呷るジャンさん。ちょっと酔いが回ってないか?
「あそこは、中級レベルの場所だ。地上一階、地下二階の場所だが、マーカスさんのいった通り、手強い。集団戦闘に長けている兵士達だよ」
「軍規が整った兵士は強い。証明されているからな。どうだ? 行って見ないか?」
レンケインさんとミルデアさんがいう。
集団戦闘……連携の取れた集団との戦闘に、慣れておく事も、大事だな……うむ。
「行きましょう。連携の取れた相手への、戦闘経験は積んでおきたいですからね」
経験、大事。柑橘酒炭酸割りが、美味い。
「よし……俺も参加させて貰おうか。久しぶりに、実戦経験させてもらうぜ」
クイッ、とウィスキーのショットグラスを呷るマーカスさん。
「ええ~私の台詞よ~それは~」
ミランダさんが、エールをがぶりと、呷る。
マーカスさん、ミランダさんともに酒のお代わりをする。
追加の料理が来た。ほどよく焦げ目の付いたソーセージとチーズの盛り合わせ。豚肉と根菜の煮物。塩鶏皮と白菜の炒め物……肉と野菜のバランス、いいな。酒が進むメニューだ。
炭酸割りを頼む。パリッとした皮のソーセージが、美味い。
「石壁の砦に行きましょう。戦闘経験はいくら積んでも、いいでしょうから」
俺も、少し酔いが回ったかな……? まあ、いい……うん、炭酸割り、美味い。
一服するかね……手早く煙管に葉を詰め、火をつけ、吸い口に唇を付ける。そして、ゆったりと吸う……。
「明日の昼過ぎに、しませんか。兜の強化を頼んでいるんですよ。その頃には、仕上がるらしいですので」
煙管に唇を付ける。吸い口の口触りが、なんともいえない感触……職人技の造りか……。
何か騒いでるが、どうという事もないだろう。
煙管を吹かし、炭酸割りを飲む。美味い料理に美味い酒。うん、いい時間だ……。