邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第55話 旅立ち グレイオウル領へ

 

 

飲み過ぎの影響は、ほぼ無い。いつも通り、早朝に目が覚めた。

歯を磨き、顔を洗う──そういえば、メルデオさんに城塞都市から出る際には、顔を出してくれと言われていたな……魔力制御には、いい時間だ──魔力制御に慣れれば、早朝には目覚めると聞いていたが、その通りだな……。

 

陽が上がるには、まだ少し時間はある。よし──地面に座り込み、自分の魔力を認識して、その魔力が体内を巡る様に意識する──血が、全身に巡る感覚と同時に、魔力が体全体に流れる感覚──うん、いいぞ。

魔力を巡回させ、体の隅々に行き渡らせる──

 

 

朝食後、皆と茶の時間。これからの事を話す。

「出るのは、いつ頃だ?」

茶を啜るダルガンさんに、答える。

「昼過ぎには、出発するつもりです」

「その時間だと……夕方には、中継地の村に着くだろうね。そこで一泊して、翌朝出発になるだろうから、グレイオウル領に着くのは、夕方くらいだろうねえ」

カップに茶を注ぎ、こちらに差し出してくる。

頭を下げ、カップを手に取り啜る。いい塩梅の温さ……美味い。ほんのりとした薫りが、鼻に抜けて行く──

「グレイオウル領は、三分の一が湖になっている領地だ。特産品はウィスキーと果物の発泡酒だな」

カップを啜りながら、ミルデアさんがいう。

「あとは、湖から獲れる魚介類の料理だな。森の恵みも、なかなかのものだ」

ジャンさんが、焼き菓子をパリッ、と噛る。

「ミスリル鉱山も有名だね。それと、ダンジョンも二つあったっけか」

砂糖まぶしの炒り豆を、ポリポリ噛るレンケインさん。

昼まで、まだ時間はあった。挨拶回りをする事にします、と断りをいれ席を立つ。

 

 

メルデオ商会の応接室で、メルデオさんと向き合う。部屋に、良質の茶葉の薫りが仄かに漂う。

ゆっくりと、茶を啜る。美味しいな……。

「そうかい、昼過ぎにね。まあ、グレイオウル領は、だいたい一日少しの距離だからね。遠く離れる訳じゃないね……これが、約束の紹介状だよ。あと、祝いの品の携帯型の魔道コンロだよ」

メルデオさんのサインとともに、商会印が押印された封筒を受け取る。おお、魔道コンロまで……微笑むメルデオさんに礼をいう。

 

「クレイドル様!!」

接客中の客を放って、メルデオさんの娘。メジェナさんが、すっ飛んで来る。

腹に思いきり、頭突きをかましてきた。ぐうっ、と思わず呻く──従業員と同じ服装なので、全く気付かなかった。

このまま抱き付こうとするメジェナさんを、ゆっくり引き剥がすメルデオさん。

「メジェナ、落ち着きなさい……クレイドル君。何か入り用なものがあれば、何でも言ってくれ」

肌着類は最近、新調したしな……ああ、そうだ、煙草葉と香水だ。

「深風の補充をお願いします。あと、薔薇姫の香水ありますか?」

「あります! 他にも、良い香水ありますよ!!」

メジェナさん、声でかいな。他の客が、何事かと注目してるんですが?

深風の補充と香水の合計、銀貨七枚となったが、メルデオさんは、餞別だといって受け取ってくれなかった。

商会から出る時に、メジェナさんにしがみつかれ、閉口した。

「クレイドル様、必ず、戻って来てくださいね!!」

「メジェナ、いい加減にしなさい……クレイドル君。君なら、何処に行っても大丈夫だろう。体にだけは、気をつけるんだよ」

涙目のメジェナさんを引き剥がしながら、メルデオさんがいう。

では、と頭を下げ、商会を後にした。

 

 

スティールハンドは、なかなかの賑わいだ。

顔馴染みの先輩達が、武具の修理や調整のために、従業員とやり取りをしている。

「おう。クレイドルじゃないか!!」

ストルムハンドさんの声。革手袋をエプロンのポケットに突っ込んでいる。

「昼過ぎには、グレイオウル領に出向く事になったので、挨拶をと」

「わざわざ、ありがとよ……ああ、そうだ。グレイオウル領にいる弟弟子に、紹介状書くから、ちっと待ちな。ブレイズハンドって店だ」

 

 

ストルムハンドさんの紹介状。グレイオウル領にいる弟弟子は、魔族だそうだ。中央大陸から海を越えた、北東に位置する大陸。

魔都の大陸──魔族の都──魔族は基本、大陸から出ないが、もちろん、例外はある。

そういった魔族は、同胞から変わり者と見られるらしい。

「ま、そんなとこだ。あまり褒めたかねえが、鍛冶師としての腕前は、俺と女房に勝るとも劣らずってとこだなあ」

わっははは、と豪快に笑う。スウィンさんに宜しく、と告げ、スティールハンドをあとにする。

ミランダさんのとこにも、行っておくか?……時刻は、まだ昼にもなっていないからな。

 

 

オーガの拳亭に、入っていく。時間が時間なので、だいぶ空いている……「すいません。ミランダさん、お願いしたいんですが」

店員さんに声をかける。ひゃっ、と年頃の女性店員が、一瞬固まる……ええと?

「ミランダさんを……」

「ひゃいっ! お、お待ち下さいっ!!」

ガクガクと、内股でぎこちなく奥に向かっていく店員さん……何か、妙な罪悪感を感じてしまう……何ぞ?

 

「あら~昨日言っていた通り、グレイオウル領に移動するのね~。もう聞いているかもしれないけれど、とにかく、お酒と魚介類の料理は、絶対に楽しむべきよ~あと、オウルレイクは見るべきよ~朝、夕、夜の湖は、なんともロマンチックだからねえ~」

ウットリとするおネエは、無視する事にする。

「では、失礼します。いずれ、また」

別れの挨拶を済ませ、オーガの拳亭を辞す。

「ま、グレイオウル領とは、簡単に行き来出来るからね~何時でも、戻ってらっしゃい」

バチリ、と圧のあるウィンクをするミランダさん。

うん。挨拶巡りは、こんなとこか……あ、受付嬢三人組は……ダルガンさんに任せよう。取りあえず、ギルドに戻るか。

 

 

 

昼食──豚肉、白菜、ジャガイモ、ニンジンの煮物──味付けは甘辛。これ、肉じゃがだ。

しらたきがあれば完璧なんだけどな──米に、あっさり味の玉葱と薄切りベーコンのスープと、青菜の酢漬け。うん、美味い。

肉じゃが定食て感じだな──マーカスさんの食事も、ある意味、食べ納めか……。

 

 

「おいおい、辛気臭い面するんじゃねえよ。ただ、グレイオウル領に移動するだけだぜ? その気になれば、すぐ戻って来れるからよ」

マーカスさんが笑う。まあ、そうなんだけど……城塞都市に、愛着はあるんだよなあ……。

 

 

馬車乗り場。各領地に行く馬車が多く、停留している。中々の喧騒が、心地いいな。

身分様々な人達──旅装姿。行商人。上質の衣服を纏った紳士淑女──裕福そうな人達が乗る馬車と、そうでない人達の馬車は、見ただけで分かる。さて、グレイオウル領行きは、と──

 

「クレイドル君。懐に余裕あるんだから、ちょっといい馬車、選んだ方がいいよ」

「移動の快適さは、相当変わるぞ。安馬車は、大げさにいうと、舌噛みそうになるからな」

見送りに来てくれている、レンケインさんとジャンさん。

ミルデアさん、マーカスさん、ダルガンさんは来ていない。三人は、受付嬢三人組の防波堤になっているはずだ。

リネエラさん達からは、罵声を浴びせられた──逃げるのか 私達を捨てるんですね 年増か年増がいいのか 卑怯者 責任取ってくれないんですか──無茶苦茶だった。涙目で喚くジェミアさんにリネエラさん。サイミアさんは、能面の表情でじっ、と俺を見つめていた。

俺、悪くないよな? 近々、グレイオウル領に行くと、前から言っていたけど?

ギルドから出ようとした矢先、リネエラさんが掴みかからんと、迫ってきたのをミルデアさんが押し止めた。

その時の罵声も酷かった──邪魔する気か鱗女め 私は獅子族だ 獣人の上に立つ者だ それを邪魔するか──ほんと、酷かった。それに対するミルデアさんも──黙れデカブツ猫 発情雌が みっともない 恥をしれ恥を──うん……酷かった。

泥沼キャットファイトが始まる前に、そっ、とギルドから抜け出した。

 

 

「グレイオウル領行き、間もなく出ま~す」

一際大きな馬車の御者が、周囲を見回しながらいう。

「クレイドル、あの御者は知っている。メルデオ商会と昵懇にしている御者だ」

「うん。あの馬車はいいものだよ。お薦めだね」

ジャンさんとレンケインさんの進言。よし決めるか。

もたついていたら、リネエラさん達が、防波堤を突破してくるかもしれないからな。

 

 

二人お薦めの馬車に決めた。六人乗りの、二頭引きの馬車。何とも、立派なものだ……馬が顔を寄せてくる。その鼻面に触れた……ルルル、と静かな唸り声。

「お客さん、手荷物以外は荷台に乗せてくれ。もう、直に出発するからね」

バトルアクス、ラウンドシールドを荷台に乗せた。あとは、身に付ける。

“旅の間、防具はね、身に付けていた方がいいよ。いざという時のため、というより、重量に馴れるためだねえ”

レンケインさんの言葉が、胸に浮かぶ。

馬車に乗り込む前に、ジャンさんとレンケインさんに挨拶をする──「また、いつか」

おう、と答える二人。軽く頭を下げ、馬車に乗り込み、扉を閉める──座席に身を持たせかけ、目を閉じる。

(また、いつか……)クレイドルは、外を見る事はなかった。

 

(またな、クレイドル)

馬車に乗り込むクレイドルを見届けたジャンとレンケインは、振り返る事なく、ギルドに戻って行った。

 




これで、第一部、完。てとこです。
かといって、何が変わる事はないですが。今後ともヨロシク、お願いします──
Ψ(`∀´)Ψケケケ
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