「いや。だから、その紹介状を……」
「紹介状は、ギルドマスター宛のものです。他人に渡す事は、出来ません。だいたい……冒険者証を偽造の疑いあり、とはどういう事です。偽造の罰則くらい、知っていますよ」
「だから、そういう冒険者証を見た事がないと……」
「城塞都市に問い合わせたらいいでしょう! それが面倒なら、ここのギルドマスターに面通しさせて下さい!!」
面倒な事になった……顔を見せぬ、鷲を模した兜の冒険者が身分証として差し出した冒険者証。
カードも、名前とクラスの刻印も、異常無し──問題は、名前の左右に刻印された片羽。見た事が無い──紹介状を預けて欲しいといっても、全く聞かない。ギルドマスターにのみ、渡すといって聞かない──どうしたものか……。
ドアを激しくノックされた。んん? と書類から顔を上げる。
入りな、と声をかける。鼻息荒く、受付嬢が入ってきた……妙な予感がする。
「衛兵が、是非ともギルドマスターに来てもらいたいとの事だそうです」
面倒な事に、なりそうだねえ……全く。
「一服してから、行くよ。衛兵なんぞ、待たせときな」
煙草盆を引き寄せ、葉を詰めて火をつける。
朱色の煙管を咥え、ぱっぱっ、と吸い、ゆっくりと、煙を吐き出す──穏やかな薫りが、部屋に漂う。
グレイオウル領のギルドマスター。元中級Aクラスの、“熱砂の双剣”リンベル──
紫がかった長い黒髪を高く纏め上げている。髪の色と褐色の肌は、西国出身を証明していた。歳は、五十前。
真っ直ぐ通った鼻筋と、強い光りを宿す瞳は、断固たる意思を伺わせている。
衛兵と揉める、冒険者ねえ……紹介状持っているって事は、痛い腹探られるのが、嫌って訳じゃ無さそうだし……そろそろ陽も暮れるし、会ってみようじゃないか。
ふうっ、と煙を吐き、煙草盆に灰を落とす。
受付前で待っていた衛兵に声をかけ、早速門に向かう。話は道すがら聞く事にする。
「で、何を揉めてんだい?」
若い衛兵に訪ねる。古参は居なかったのかねえ……若いのは、融通利かないから……。
「冒険者証が、見た事無いものだったんです」
「見た事無い? どんな物だったんだい?」
見た事無い冒険者証? 見当つかないね。偽造の罪は、相当に重いよ……。
「それが……名前の左右に、片羽の刻印がされているんです。我々では、どうも判断がつかないんです……」
はあ、とため息一つ。舌打ちしたい気分を、グッ、と抑え、リンベルは衛兵にいう。
「片羽の刻印はね、初級訓練を修了したっていう証明何だよ」
それが、二つ。一ヶ月の訓練を、二ヶ月やったって事だろうねえ……出来の悪い、新人の訓練期間を延長する事も、無いではないけど……羽、二つねえ……。
門の前。問題の冒険者は、と……多分、あれだ。こちらに背を向け、岩に腰掛けて煙管を吸っている、濃い灰色のマントに黒い兜。
「奴が、そうかい?」
衛兵に尋ねる。はい、そうです、と妙に緊張感を含んだ声で答える──ふうん、変に緊張してるねえ──詰所の様子を見ると、皆、若い。古参が居ないと、こんなもんかね……。
「いいよ。私が話聞いてくるから、待ってな」
付いてこようとする衛兵を、手で制止する。
丸腰である事に、気付いた……帯剣して来れば良かったと、思ってしまう。
黒兜に近付く──隙が、無い──いや、何故そう思ったのか……ふ~、と黒兜が煙を吐く。
鼻が働いた。この香り、深風か……コン、と煙草盆に灰を落とす音。
黒兜が振り向く。鷲の頭部を模した、フェイスガード付きの兜──煙管を吸うために、フェイスガードが、ほんの少し引き上げられている──薄紅色の、形のいい唇が見えた。
ぞくり、と身が震え、鳥肌が立つ。こんな感覚は初めてだ……「ええと、何の用でしょう?」
黒兜、黒鷲の兜がいう。男とも女ともつかない声。いや、少年期から青年期に移行する際の、声音、といった方がいいか……?
「私は、ここグレイオウル領のギルドマスター、リンベルさ。それで、あんたは?」
「ああ、俺はクレイドルといいます。それと、これはダルガンさんの紹介状です」
封筒を渡して来る。ダルガンデスのサインとギルド印。間違いないだろう。
クレイドルの容姿に、見惚れそうになるのをこらえる。
「まあ、いいさ。ギルドに行くよ。そこで改めて話をしようじゃないか」
はい、分かりました。とクレイドル。
「ここからは、私が預かるからね。何か聞きたい事があるんなら、ギルドに来な……いいね?」
衛兵達に、宣言するリンベル。それに、異を唱える衛兵は、居なかった。
夕暮れを過ぎ、もう夜になろうとしている。夜になる前に、領内に入れて良かった。
「ギルドで話を聞く前に、宿を取ってきた方がいいね」
「中宿を取りたいんですが、いいとこありますかね?」
クレイドルの質問に、少し考え、リンベルが答える。
「そうさねえ……灰月亭がいいだろうねえ。一泊、銀貨一枚に銅貨二枚てとこだね。纏めて泊まるなら、多少の割り引きはあるよ」
なるほど、灰月亭か……そうと決まれば、宿を取らないとな──「すぐ、行きます。場所はどこです?」
「中央噴水広場の、東側の宿通りだ……満月の看板が、目印──」
「東側、宿通りですね。すぐ、取って来ます」
言うがいなや、クレイドルが脱兎の如く、駆け出して行った──
噴水広場の、東側の通りを歩く。すぐに看板が見えた──灰色の満月の看板。灰月亭。
飛び込むように、カウンターに向かう。
「宿を取りたいんです。一人部屋でお願いしたいんですが、大丈夫ですかね?」
「お、おう。一人部屋だね。一泊、銀貨一枚に銅貨二枚。食事は、朝、昼、夕、どちらか一食込み。追加料金で食事は出来る……どうだい?」
宿の亭主がいう。クレイドルは即座に決めた。
「決めます。一週間で、お願いします」
「一週間、か。なら、銀八枚に銅四枚だけど、銀貨八枚でいいよ。週区切りの宿泊なら、割り引きがあるんだ」
「よろしく、お願いします。俺は、クレイドルといいます」
クレイドルは、銀貨を支払う。
「部屋に案内させよう。ちょっと待ってくれ」
亭主がベルを鳴らすと、すぐ従業員が来た。
二階奥の一人部屋。まあまあのスペース。暖色系の壁紙なので、殺風景とは感じない。
家具はタンス、テーブル、椅子二脚。ベッド、その他──ドアの側には、従業員を呼ぶためのベルが備え付けられている。
従業員によると、一階奥にあるシャワーと風呂場は、基本いつでも使えるが、風呂場は深夜十二時まで、シャワーは二十四時間、使用可との事だ。
少ないと思ったが、従業員に心付け、チップとして、銅貨五枚を受け取ってもらった。
顔を赤くして、礼をいう従業員の少女。十三、四歳ぐらいだろうか?
「何か、御用が、あればその、何時でもベルを鳴らして、く、下さいね」
もじもじしながら言い終えると、どたどた、と慌てた様子で出ていった。何ぞ?
普段着の上から、マントを羽織る。剣は持たず、手斧を腰の後ろに差す。
窓の外を見ると、すでに夜になっていた。
(ちょっと、遅くなったか)
宿の亭主に、ちょっと出掛けますと声をかけ、ギルドに向かう。
外に出ると、少し肌寒く感じた。秋も終わりかけなんだろう──フードを深目に被る。
ギルドに入って早々に、ギルドマスターの部屋に通された。
武骨なテーブルを挟み、革張りのソファーにリンベルさんと相対する。リンベルさんの隣には、副ギルドマスターの、バルドルさん。
艶のある黒髪を丁寧に、後ろに撫で付けている。褐色の肌。彫りの深い顔立ち。中々の二枚目だ──体格は、ダルガンさんとマーカスさんにも劣らない──「紹介状は読ませてもらいました。ジャンベール、レンケイン、ミルデア、通り名持ちのベテランに鍛えられ、さらには、かの魔導卿からも指導を受けた事……ふうむ」
聞く者を落ち着かせるような、よく通る声。
「経歴も、中々のものですね。対悪魔、対アンデットも経験している。初級の一つ飛びで、Cランクから始まるのも、頷けます」
さっきから話しているのは、バルドルさん。
リンベルさんは、ぷかり、と朱色の煙管を吹かしている。吸い口、雁口は黒。羅宇部は朱色、漆塗りだろうか……高級そうだな。
「クレイドル君、疑うつもりは無いのですが、少し実力を見せてくれませんか?」
まあ、そうだろうな。紹介状に書いてある事を鵜呑みにしないのは、当然だ──
「分かりました。ただ、明日にしてくれませんか? 夕食がまだなので」
目を丸くして俺を見る、バルドルさん。
コン、と煙管の灰を煙草盆に落とす、リンベルさん。くっふふふ、と嬉しそうに笑う……何ぞ?
「どんな、試しかも分からないのに、二つ返事で受けるとはねえ。なるほど、ダルガンとマーカスが推薦するだけは、あるねえ」
あっははは、何とも楽しそうに笑う、リンベルさん。こほん、と咳払いをするバルドルさん。
「試しは、試合でよろしいですか? ギルドマスター」
「クレイドル、どうだい? 単純に、試合の方が他の連中に、分かりやすいだろうからねえ」
なるほどな、荒くれ連中には分かりやすいだろうな……。
「俺は構いません」
「分かったよ。適当な奴を、選んでやるよ……バルドル、職員呼んできな。改めて、クレイドルの、冒険者証の更新をするよ」
はい、と返事一つ。バルドルさんは部屋を出ていった。
「おっと、茶を入れなきゃねえ……酒の方がいいかい?」
「お任せ、します」
ニヤリ、と笑うリンベルさん。話せるねえ、と言いながら、キャビネットから酒瓶とグラス二つを取り出し、引き出しからは紙袋。
酒瓶のラベルは……オウルリバー、十五年。これって結構、高いのでは? リンベルさんが紙袋を裂くと、ふわり、と香辛料の香りがした。
その中身は……湿り気を残した、赤茶色の干し肉のような物──ビーフジャーキーか!
目の前に置かれたグラスに、オウルリバーが注がれる。琥珀色。香りは正にウィスキー。
「色んな飲み方があるがね、先ずはそのままがいいねえ。いい酒は、割らない方がいいのさ」
グラスに注いだ酒を、一息で半分飲むリンベルさん。
「喉ごしは柔らかいんだけど、胃から上がって来る香りが、なかなかに刺激的なんだよねえ」
はあ~、と息を吐くリンベルさん。続いて、俺もグラスに口をつけ、くぃっ、と半分を飲む──旨い。上がって来る香りが刺激となって、口に広がる──オウルリバー、いいな。リンベルさんが、ビーフジャーキーを摘まむ。
「やっぱり、美味いねえ。クレイドル、これはね、旅には向かない干し肉さ。普通の干し肉ほど保存は利かない、単純な酒のつまみさね」
つまみにしては、安くないけどね。とリンベルさん。俺もビーフジャーキーを噛る……ああ、これだ。何か懐かしい味。ちょっとばかり、湿っているのが美味いんだよな。塩も香辛料もほどよく効いている──酒が進むなあ。
何故か酒盛りをしている俺達を見て、職員を連れてきたバルドルさんに呆れられたのは、当然の事だった──