邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第58話 戦場剣 三分の密度

 

 

ギルドマスター、リンベル。ロングソードを両腰に下げている──訓練用だよな?

「あんた、得物は?」

「訓練用の武器を貸してもらおうと──それ、真剣ですか?」

「ダメかい? 何なら、訓練用にしようか?」

ニヤリと笑い、腰の剣を叩くリンベルさん。

なる程な、もう試しは始まっているのか──ならば……。

「構いませんよ。訓練用の武器を選ばせて下さい」

「……クレイドル君、こちらへ」

バルドルさんに、倉庫に案内される。

 

様々な武器があるが……バトルアクスは無いな。さて? 盾とショートソードか……いっその事──バスタードソードか、あれ。百三十センチ程の長さ。手に取ってみる。うん、二、三キロってとこか。二、三回振ってみる。まあ、こんなとこか……バトルアクスとは多少、手応えが違うが、まあ物は試しだ。

「クレイドル君、いつもの得物は、バスタードソードなのですか?」

「いいえ。いつもは盾とショートソード、バトルアクスです」

ウォームアップついでに、振る。横に払い。袈裟斬りに振り下ろす。下から突き上げる……うん、いい感じだな。よし、まあいいだろう。

「お待たせしました。行きましょうか」

 

慣れぬ武器を選択した、クレイドル君。ギルドマスターが真剣を持ち出したというのに、顔色一つ変えなかった。

紹介状にあった、“冷静に無茶”をするというのが、これか? ギルドマスターの最初の試し、真剣を使用する発言を、さらりと流した──面白いな、彼は。

ギルドマスターが気に入りそうな人材だ。さて、どういう試合になるか……。

 

リンベルに向き合うクレイドル。見物の冒険者達のざわめきが、訓練場に満ちている。

心地よい喧騒が、二人を包む──バルドルが、ギルドマスターと新入りの試合のルールを伝える──時間は三分。

倒れるか降参で決着。多少の傷は自分が治癒する──ギルドマスターは真剣。新入りのクレイドルは、訓練用のバスタードソード。

不公平と思うかも知れないが、両名とも承知の上の事。だから、この試し合いは対等の勝負だ──バルドルの声に、見物客の冒険者達がざわめく。

「では、始めますか……始め!!」

すっ、と下がるバルドル。三分ですからね……と独り言のように言った。

 

改めて、リンベルさんの姿を見る──鋼で補強された紅の革鎧。肩、脇、首はしっかりと守られている。鉄鋲で補強された、肘まである革の籠手。

多分、現役時代の装備だな……良く手入れされているんだろうな……両剣も。

リンベルさんが、二剣を抜き構える。左手は前に付き出すように構え、右手は、一直線に天に構える。正面、頭上の構え……どんな攻撃か来るか分からない……まあ、いいか。分からない事は考える必要は、無い──

 

クレイドルは、バスタードソードを肩に担ぐ様に構える──肩構えの型。同時に、身を低くする──片膝が地面に付くほどに、前のめりになる。

リンベルとの距離は、五メートル程。互いに動かない。リンベルは構えたまま、じりじりと間合いを詰め始める──クレイドルは動かない。

見物の冒険者達は、声一つ上げない。リンベルとクレイドルの間に満ちる緊張感に、息を飲んでいる──ぐうっ、とさらに前屈みになるクレイドル。

 

クレイドルの取った前傾姿勢。リンベル、バルドルともに見覚えがあった──二十年も前、“戦場剣”と名の通った上級の冒険者が、魔物の集団暴走に対して、ただ一人で向かっていき、殲滅した時の事が思い起こされていた──リンベルとバルドルは思う。まさか、な……。

 

リンベルは眉をしかめる。極端に、身を低くするこの構えは、自分の構えとは、相性が悪い。幸い、クレイドルは全く動かない。

構えを変える隙があるか、どうか──半歩、引く……じりっ、とクレイドルが半歩詰めて来た。

ちっ、と胸の内で舌打ちをするリンベル。だが、その顔には笑みが浮かんでいる。

 

ふうっ、と息を吐きリンベルが構えを変えた。

剣を交差して、中段よりやや下に構える──さあどうだね? まだその構えを続けるかい?

 

二剣の構え──マーカスさんから聞いたな。二剣の交差の構えは、全方位に対してのものだと。

肩構えの型は崩さない──ぐうっ、と地面すれすれの前傾姿勢をとる。

すうっ、とリンベルさんが構えそのままに、間を詰めて来た──地を這う様に、駆け出す。

リンベルさんが、二剣で挟み込む様に、剣を振り降ろして来る──二剣が交差する瞬間を狙い、少し下がり、バスタードソードを跳ね上げる──ギィッイン、鋼が擦れ合う音。リンベルさんが、ふわり、と後方に跳んだ。

 

攻撃を受けると同時に飛び上がり、バスタードソードの衝撃を逃がす──訓練用の武器とはいえ、重量は真剣と同じ。まともに受ければ、剣が折れてもおかしくない。現役時の剣ならば、逆に、叩き斬れるけどね──しかし、器用な真似するもんだ。肩構えから、剣を跳ね上げるなんてね、足腰しっかり鍛え上げてなきゃ、出来ない動きだよ──さて、次はあんたの番だよ──

 

再び、肩構えに戻る──さて、どうしたものか。下段の剣を、あんな形で防がれるとは思わなかった。避けるか、受け流される。いずれかと思った。マーカスさん曰く──二剣の防御手段は基本、二つ。捌く、受け流す、重い攻撃、真っ向から受けるのはマズイからな。とはいえ例外はあるがなあ──マーカスさん、例外がいましたよ。

 

 

動かない二人。ギルドマスターの顔には笑みが浮かんでいる。フェイスガードを下げているクレイドル君の表情は、見えない──まさか、三分過ぎるのを待っているのか……いや、違うな。

クレイドル君は、じりじりと間合いを詰め始めている。ギルドマスターは交差の構えのまま、微動だにしない。

 

クレイドルが、肩構えのまま大きく跳躍した。リンベル目掛け、バスタードソードを振り下ろす。

リンベルが、交差構えを解くと同時に、左足を後方に引き、半身になりながら、双剣でバスタードソードの横腹を挟み込み、捻る様に回す──クレイドルの手から、バスタードソードが勢いよく(・・・)離れ、宙を舞った──巻き払い上げ──二剣の熟達者の技だ。見物の冒険者達から、どよめきが起こる。

 

──いや凄えもん見た。 あんな事出来るんだな。 まだ現役でやれるよ。 さすが、“熱砂の双剣”──

 

冒険者達の称賛の声……だが、リンベルとバルドルの顔には、驚きが浮かんでいる。

(巻き払い上げを知っていた……!?)

クレイドルの手から、勢いよくバスタードソードが離れていったのは当然だ。剣を挟まれた瞬間に、自分から放り投げたのだ──リンベルが呆気に取られた隙に、クレイドルがマントの紐を緩めたのを、リンベルとバルドルは気付かなかった。

 

ガラン、バスタードソードが落ちる音に、リンベルが我に帰った瞬間、視界が防がれた。クレイドルがマントを放り投げたのだ。

一瞬の隙さえ見せなければ、そんな手は食わなかっただろう──反射的に、後ろに跳び下がる。

どん、と軽くない衝撃が腹を打った。マントがハラリと、地面に落ちた。

 

やられた。巻き払い上げを知っていたのかい。

どこかで見たんだね……“精妙剣”(マーカス)から習ったかい!? 油断も隙も無いねえ! だったら──

 

「三分、経過。それまで」

手元の懐中時計を見ながら、バルドルが告げる。静かだか、よく通る声が訓練場に響く。

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