邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第59話 観光の約束 念願のワサビ

食事処、淡水の庭──ラルフさんに教えてもらった食事処。湖面を跳ねる魚の看板が、いい味出している。

ラルフさんがいうには、観光客向けではなく、地元民が通う老舗だという。

「観光客向けの店はね、全部がそうじゃないけど、値段高めで、味はそれなりってとこが多いんだよな」

 

ギルドでの試し合いが済み、宿に戻った。

リンベルさんとの試合は、三分経過の引き分けに終わった──それに対しては、物言いは付かなかった。

軽い自己紹介を、ギルド内の冒険者達と職員に伝えた──普通はそんな事しないんだろうが、城塞都市のギルドの紹介状持ちだという事で、そういう運びになったのだ。

今から飲みに行こうとなったが、断った。腹が、減っていたし、疲れていたからな──

 

宿に戻り、着替えると、ラルフさんにお勧めの食事処を尋ねた。その際、ラルフさんの娘さんが「街を案内しましょうか!?」と迫って来たが、「もう夕方だからね。明日、頼むよ」と、やんわりと断った。

「きっとですよ!」

むふう、と鼻息荒く言ってきた。ラルフさんが苦笑しながら、頭を下げる。

ラルフさんの娘さん。名をルーリエというそうだ。歳は十三、宿の看板娘だ。三つ編みの黒髪に、くりくりとした、大きな瞳に可愛らしい顔立ち。

「じゃあ、その淡水の庭に行って来ます」

「うん、決して損はないよ。オウルバスの塩煮、貝類のシチュー。これは、特にお勧めの一品だね」

オウルバスの塩煮。貝類のシチュー……覚えたぞ。

 

 

カウンター席に通され、水を出される──グレイオウル領の水は美味いと聞いていたな。

一口、飲む……聞いていた以上だな、これは。水の精霊の加護は伊達じゃないか……そうだ、注文だ。

「すいません、注文お願いします」

マントのフード、上げたままだった。フードを下げる。

注文を取りに来た店員さんに、早速、オウルバスの塩煮と貝類のシチューを、頼む……あと柑橘酒炭酸割りを……返事、なし。魔女?

「あ、ああはい! オウルバス塩煮と貝類のシチュー、に、柑橘酒炭酸割り、ですね!」

「……はい、お願いします」

 

 

塩と香辛料を混ぜ合わせた、魚の煮汁の煮込み。引き締まった身は崩れる事なく、食べごたえがあり美味かった。

オウルバスという名から、ブラックバスを想像したのだが、ヒラメっぽい形だった。半身だったが、なかなかの大きさで、充分食べごたえがあった。

貝類のシチューも、当然美味かった。まさしく具沢山のシチュー。色々な種類の貝。蜆、アサリ、ホタテに似た貝のシチュー。たっぷりの玉葱が一緒に煮込まれていた。

濃い味付けだが、それが貝類の味を引き立てていた。煮込まれていたが、玉葱の歯触りは残っていて、濃い味に爽やかさをもたらしていた。

貝類のほどよい歯ごたえと、玉葱の歯触りが良いバランスだった。酢漬け野菜も当然、出てきた。刻まれた香草がまぶされた白菜。酢と香草って合うんだな。

 

柑橘酒炭酸割り……美味い……何だこれ。

酒が名産品と聞いてはいたが、今まで飲んだ酒とは、全く違う。今まで飲んだ酒は馬の小便だ! とまではいかないが(その表現が嫌いだ)明らかに違う。酒もそうだけど、炭酸水もひと味違う。

他の酒が不味い訳じゃない。ここ、グレイオウル領の酒と水が、別格なのだろう……ぐっ、と飲み干す。ウィスキーも試すか。メニューを見る。

「すいません。オウルリバー──ストレートでお願いします。あと……川エビの塩揚げと貝の甘煮下さい」

オウルリバーは炭酸割りで頼もうと思ったが、ストレートにした。酒の肴メニューの、川エビの塩揚げと貝の甘煮が気になったので頼む。

 

ショットグラスにチェイサーの水。グラスをちびり、と飲む。するりと喉を流れて行く──間をおいて、胃から薫りが上がってきた。

ふう、と一息付く──凄いな、これは。単純に美味いとは言えない。ただ、凄い。

明日、醸造所で一本買ってこよう。チェイサーを飲む。

「お待ちどうさまでした! 川エビ塩揚げと貝甘煮です!」

さっきとは違う、店員さん。ちょっとソバカスの残っている女の子。可愛い系のショートカットの金髪。二十前くらいか。

「ああ、ありがとう。煙管、吸っていいですか?」

「どうぞ! 他にご注文ありますか?」

ニコニコ笑う、ソバカスショートカット。

「いや、もう大丈夫です」

肩掛けのバッグから煙草盆を取り出し、煙草を詰め、生活魔法で火をつける。

吸い口を咥え、ぱっ、と煙を吸い込み、ゆっくりと吐く──煙が、宙に流れて行く。

いつにもまして、美味い気がする。酒のお蔭だろうか──おっと、まずは貝の甘煮を一口。煮詰められた、小振りの貝の身。くにくにとした歯ごたえとともに、甘辛な味が口に広がる。

これ、酒が進むな。うん、いいぞ──ショットグラスをちびり、とやる。

続けて、小指大の川エビの塩揚げを摘まむ。さくりとした口触り。微かな肉の歯触り。

貝の甘煮、川エビの塩揚げといい──何ともたまらない肴じゃないか。

ショットグラスを空け、柑橘酒炭酸割りを頼む。

「はい! 直ぐにお持ちします!」

うん? 金髪ショートカットは、ずっと側にいたのか? 今更ながらに気付いた──

 

 

「ちょっと! 何張り付こうとしてるのよ! 順番でしょ!」

最初に、クレイドルの接客をした店員が喚く。

長い黒髪の、整った顔立ちの女性。落ち着いた雰囲気の二十半ばの美人。酔客のあしらいに長けたベテランの店員なのだが──初顔の客に、少々おかしくなっていた──

「いいじゃないですか! ベテランは、おじさん連中の相手をしていればいいんですよ! 年増らしくね!」

金髪ショートカットは、憎々しげに、黒髪美人に言い放った。

「この餓鬼! 色気づきやがって!」

金髪ショートカットに掴みかからんとする、黒髪美人。

「いい加減に、しろよ。客の、迷惑になる」

ドスの効いた、獣の唸り声にも似た声で、静かに告げる淡水の庭の店長──フィルダン。スキンヘッドの巨漢。筋骨逞しい浅黒い肌は歴戦の風貌を匂わせている。

「で、でも」

「でもも、なにもねえ。客は対等に相手しろい……まあ、お前らの気持ちも分からんでもないがな」

厨房越しに、離れたテーブルに座る初見の客を見る──酒の肴を摘まみながら、ゆったりと煙管を吹かしている客。

ありゃ何だ? あの容貌、女連中がおかしくなるのも無理ねえな……いや、男も同じかもな──

気をしっかり持たねえと、引きずり込まれてもおかしかねえ──「注文は、柑橘炭酸割りだな。俺が持っていく。お前らは、他の客を接客しろ」

二人の罵声を背に受けながら、フィルダンは注文の品を持ってクレイドルの元に向かう。

 

フィルダンさんに他に肴のお勧めありますかと聞いたならば、小魚の辛煮と山葵葉の刻み漬けとの事だった──ワサビ! 参ったな。すっかり失念していた!

「山葵葉の刻み漬け、お願いします! あとオウルリバーの炭酸割りを下さい」

「お、おう。先に言っとくが、葉を山葵に漬け込んだやつだから、中々に辛いぞ?」

「構いません」

待ってな、とフィルダンさんは厨房に戻って行く。ワサビか、ラルフさんの宿でも出すかな?

 

山葵葉の刻み漬け。塩ダレに漬けているんだな……葉のシャキシャキ具合がいい──うおぉぉ、来た。後頭部にツンと来た。これぞ、ワサビだ。塩ダレの味も、いい。

オウルリバー炭酸割りを飲む。おおお……炭酸が、ワサビの辛さを刺激する。山葵葉の刻み漬け、いいな。うん、美味い。やはり、ワサビはいいものだ……。

 

「よっぽど、気に入ったんだな……」

フィルダンは、厨房のカウンター越しに、山葵葉漬けを、速いペースで涙目になりながらパクついているクレイドルを、やや呆れながら見ている。しかし、山葵が真価を発揮するには、あるソースが必要と、グレイオウル伯の長男。ラーディスの若が言っていたな──醤油、とか言っていたか。

 

東国の調味料だとか。帝都で生産されてはいるが、まだ少ないとか。製造法をもっと広めるべきと言っていたな。あと……味噌というのもあるらしく、醤油と味噌が大量に生産出来るようになれば、間違いなくこの大陸の料理は変わる、と。

ちと、大袈裟に聞こえたが、魔導卿の言った事だから、嘘じゃねえだろう。

「生産量が増えたら、グレイオウルで流行らせる」

と宣言してたっけな……楽しみにしとくか。

 

そんな事を考えてたら、またクレイドルが山葵葉漬けと酒を頼んでいた。好きだねえ……。




基本、ワサビは醤油に混ぜる派です。
醤油皿がドロドロになるほど、美味しくなります。
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