早朝に目が覚めた。窓を見ると、まだ薄暗い。
よし、魔力制御にいい時間だ。
窓を開くと、秋風が入り込んで来た……心地いいな。ベッドに胡座をかき、深呼吸二度──意識すると、直ぐに魔力が体内をゆっくりと巡っていく──いい感じだ。
陽が、窓から差し込んで来た。時間にして、一時間と少しか? ラーディスさん曰く──集中力は一、二時間が精々、それ以上は無駄。上手く魔力制御が出来るならば、それくらいの時間で充分──よし、充分だ。ベッドから降り、背伸びをする。微かな立ちくらみ。魔力制御が上手くいった証しだろう──お湯を頼んで、それから朝食にしよう。早速、ベルを鳴らす。
湯で顔を洗い、口をすすぐ。さて、今日の予定はどうするか──階下から、微かにざわめきが聞こえる。今日の朝食は何だろうか?
煙草盆を取り出し、一服する。葉煙草を詰め、生活魔法で火をつける──すう、と一吸い。ふう、と煙を吐く。煙が風に舞い、散っていく──
人気の少なくなった頃合い。いつものカウンター席に座る。
「ええと、今日の朝食は何です?」
「うん。鶏皮と青菜の胡麻油炒めと、丸パンにチーズ。あと酢漬け野菜だね」
「それで、お願いします」
いいメニューだな。うん、いいな。胡麻油、あるんだな。料理の幅が広がるぞ──
朝食を終えた後は、暇になる身……さて、どうするか。ギルドで依頼を受ける気分では、ないしな……カリエラ商会とブレイズハンドを冷やかしにでも行くかな……。
着替えて、街に出るとしよう。
昨日のルーリエちゃんの案内は、大まかな観光案内だった。
ぶらぶらと、街歩きでもするか……それとも、露店巡りでもしてみようか──
冷える秋風に、フードを下げる。けして顔を晒したくない訳じゃない。
何となく、中央噴水広場に足が向き、案内板を眺める。
東側が宿通りで、西側が商店通り、と……北側が住宅街で、食材を扱う店もあるのか──「ちょっと、あなた」──露店巡りも悪くないな、屋台がいくつかあったんだよな──「ねえ」──商会では見かけないような、品もある……うおっ!!
フードが勢いよく、後ろに引っ張られた。何ぞ!? 慌てて振り返ると、緑色のケープコートを羽織った女性が仁王立ちをしていた……知らない顔だ。俺と身長は、そう変わらない。
流線形の、藍色の鎧と籠手を身に付けている。革とも、魔物の素材とも分からないが、実用性と華美を両立させている様に見えた。
鎧の前面には、翼を広げた梟の装飾。籠手には、絡まる蔦の装飾……なかなかに凝ったものに見える──少女の面影をまだ残した、銀髪の美人さん。少しつり目気味、濃い青色の瞳。鼻と唇は、端正に整っている。
うん? 今気付いたが、耳の上部が尖っている……「エルフ?」「ちょっと違うわね」被せ気味に言ってきた美人さん。
「ハーフエルフなのよ。ああ、私はレンディアよ、ここの……まあ、いいわ。あなた、クレイドルね。一昨日のギルドマスターとの試合、見てたのよ」
あの試合観てたのか。もうやりたくないな。あんなのは……相当手加減していたろうな。
「あれね。手加減はしたけれど、手は抜かなかったと言ってたわよ」
くりくり、と髪をいじりながら言う銀髪の美人さん、いやレンディアさん。
「それで……何の用です?」
「ふむ。私達は、三人パーティなのだけど、もう一人前衛が欲しいと、思ってるのよ」
「それで……」「そうよ。今のパーティは前衛二人に後衛一人なのよ。私ともう一人は術者でもあるの、あと一人は斥候担当なのよ」
またしても被せ気味に、そして心を読む様に言ってきた。
「術者以外に、純粋な戦士が欲しいのよ。そうすれば、戦術の幅が広がるのよ」
なるほどな、スカウトか……パーティでの行動は充分、経験しているつもりだが──
「他の仲間にも紹介するから、そこで加入するかどうか、決めたらいいわよ」
何で、こうも心を読むような事を言うのか。
「昼に、引き合わせてくれませんか」
「ん……じゃあ、昼食ついでに顔を合わせるわよ……淡水の庭亭でもいいけど、商店通りの端に、“湖畔の庵亭”という店があるのよ。そこにしましょう。炭火焼きが絶品なのよ」
おおう、炭火焼きか。いいな、今から楽しみになってきた……。
「他の面子に、話してくるわ。昼近くになったら、ギルドに来るといいわよ」
さっ、と身を翻して広場から去って行った。
風の様な人だな……一人残された俺。さて、どうするか。昼食の約束をしたからな、屋台での買い食いは無しになった。
まあ、いい。何か、露店でいい掘り出し物が有るかもしれないな……マイ箸のように。
商店通りに並ぶ、多数の露店。賑わい良く、活気に満ちている。賑わいの中を、衛兵達が通りを行き来している。治安の良さが伺えた。
おおう。肉と野菜の串焼きの店がある……美味そうだ──いや、駄目だな。昼の炭火焼きが待っている。
うろついていると、箸を買った露店が目に入った。
何となく近付き、改めて雑多に置いている品物を見る。ほんと、雑貨て感じだな、まるで駄菓子屋みたいだな──好きな雰囲気だ。
「お。アンタ、箸を買っていった人だね」
スカーフ巻きの初老の人。長い間売れ残っていた箸を買った、俺の事を覚えていてくれた。
少し話をする。世間話から、商売の事。仕入れのルートや気苦労等──グレイオウル領での商売は、月に二週間らしい。明日には、すぐ近くのギルラド領に移動するそうだ。
「ギルラド領に行くなら、四季の庭園を見学するのを、お勧めするよ。あそこを観ないのは、損だね」
四季の庭園。覇王公、晩年の別荘だったという。覇王公の代から、現在まで続く庭園だそうだ。庭園を任されるのは、国から給金が出るほどの役職らしい。
なるほどな、ギルラド領の四季の庭園か。覚えておこう──「そういえば、煙草葉ありますか?」
「煙草かい? ああ、あるよ。ちょっと珍しくてね、西国の煙草なんだけど」
がさごそと足下の箱を探り、袋を取り出す親爺さん。
「私は煙草はやらないけどね、吸う時は濃い味だけど煙を吐く時には、爽やかな味わいと、香りになるらしいね。“
ほう、深風とは違った味わいか。買い、だな。
「二袋あるけど、まとめ買いするなら……銅八枚でいいよ」
「買います」
即決。いいと思ったのは、即買いに限る。釣りは取っておいて下さいと、銀一枚で払う。
「おう、相変わらす払いっぷりいいな」
少し話をした後、店から離れる。
「兄さん、縁が合ったらまた会おうや。帝国領内を廻ってるからな」
ではまた、と手を振って別れた。いずれ、また……。
昼近くには、ちょっと時間はあるが……冒険者ギルドでお茶でも飲みながら、時間潰すか。
ギルドの喫茶室。煙管を吸うので、端のテーブル席に着く。煙管の香りが、茶の香りの邪魔になると思ったからだ──それが杞憂だと言われるのは、後の事だった──煙草盆を置き、“西砂”を煙管に詰め、生活魔法で火をつける……すっ、と一吸い。
おお……確かに、濃厚な香りが口内に広がる。
ふうっ、と吐く……爽やかな香りが、口内に広がっていく。
美味いな。深風とは全く違う味わい……うん、いいな。深風もこの西砂も、個性ある味わい。
「あの、ご注文、き、決まりました、か?」
若い女性の店員さんが、何かもじもじしながら、用を聞きに来た……ええと、冷たい香草茶と塩の焼き菓子かな。
「香草茶を冷やしで。あと塩の焼き菓子お願いします」
「ひ、ひゃい! 少々、お待ち、ください!」
顔を真っ赤に染めた店員さんが、厨房に駆け込んで行った……何ぞ!?
喫茶室の亭主、ロザンナ。油断ならない鋭い顔付き、引き締まった立ち姿の女性。四十代前半といった所だろうか。紫混じりの黒髪は、西国生まれを示している。
ロザンナは、端の席に着き、煙管を吹かしている男──クレイドルを見る。
リンベルの言った通りだね。ありゃ、何だい?
二枚目なんて言葉では、到底片付けられる様な御面相じゃないよ、あれは──店の女連中が、いかれちまった……注文を取ってきた店員を叱咤して、我に帰らせたくらいだ。
誰が注文の品を持っていくかで、揉め始めたので、一喝して大人しくさせた──はあ、全く……「私が行くよ。あの客とは、ちっと話してみたいからねえ」
冷たい香草茶と塩焼き菓子を、盆に乗せ運ぶ。
直々に客の接客なんて、随分久し振りだねえ……女連中の、背後からの罵声は無視する。
「お待ちどうさん」
不意の声。全く気付かなかった……コン、と煙草盆に灰を落とす。
「ありがとうございます」
エプロン姿の、眼光鋭い、引き締まった体の女性が立っていた。髪の色が、リンベルさんと似ているな……。
「あたしはロザンナ、ここの女将をやってんのさ。いい煙草盆だね。ちょいと、借りるよ」
向かいの席に座るロザンナさん。手前に煙草盆を引き、エプロンから煙管と煙草葉を取り出し、葉を詰める。
パチン、と指を鳴らし、煙管に火をつけた。
生活魔法だ……すうっと一口吸い、ぷかり、と美味そうに煙を吹いた。微かな甘い香りが、宙に漂う──「早く飲みな、温くなるよ」
香草茶の冷たさが、爽やかに喉を降りていく。
「あたしもね、あの試し合い観させてもらったけどね、いや中々に血が騒いだよ」
んっふっふ、と楽しそうに笑うロザンナさん。
「ロザンナさんは、元冒険者だったんですか?」
焼き菓子を食べる。塩がいい塩梅だ。
「ああ、そうだよ。十年前に、リンベルとバルドルでパーティ組んでたのさ。ギルド本部から、リンベルにグレイオウル領のギルドマスターにならないかと、打診があったのさ。それを切っ掛けに、あたしらも引退を決めたのさ」
ぷかり、と煙を吐くロザンナさん。
「あれ。ここに来てたの」
銀髪のハーフエルフ。レンディアさんだ。
背後に二人。一人は、長髪を丁寧に纏め上げている二枚目の、がっしりとした体格の男性。美丈夫といった雰囲気。衣服は上下ともに黒色。ブーツも黒。黒ずくめの男だ。ただ、肌の色は、血色の良さそうな肌色。
整った顔立ちは、貴族然とした雰囲気を醸し出している。目が合った。何か、驚いた顔をしている。何ぞ?
もう一人は、猫族の女性。というにはちと、若いかな……茶色の瞳。細身ですばしっこそうな体付き。明るい栗色の、短めの三つ編みを二つ、両肩から下げている。
男性とは、真逆の服装。赤、青、黄の多色。派手だ。キョトキョトと、落ち着きない……。
「あ、この人ね。えらく艶っぽくて、まともに顔見たら、えらい事になるって人は」
ビシリ、と俺を指差してきた。止めないか、人を指差すのは。
「止めろ。無礼だ」黒づくめの美丈夫が、指差す腕を下げさせる。
「ここに来ていたなら、話は早いわ。この二人が、パーティメンバーなのよ」
レンディアさんがいう。黒づくめの美丈夫が会釈をする。猫族の娘が、ニコニコしながら握手を求めてきたので、応じる。
「まあ、そういう事よ。自己紹介は、湖畔の庵亭でしましょうよ」
明るく笑う、レンディアさん。
「若い者同士、仲良くやんな」
んっふっふ、と笑う。ロザンナさん。
「私達のパーティ名はね、
レンディアさんがいう。
「ま、クレイドル君。湖畔の庵亭で話そう」
美丈夫さんが言った。
「炭焼きがねえ、ホントに美味しいのよ!」
猫族がはしゃぐ。賑やかなパーティになりそうだな……。
ロザンナは、笑みを浮かべて若手達を見ていた。