目が覚めた。相変わらず夜明け前。昨日は少し飲みすぎたかな……頭が少し重い。
窓を開け、外気を入れる──重い頭に、涼しい風が心地いい。よし、魔力制御といくか……。
魔力制御後、シャワーを浴びた。朝早いせいか、誰もいなかった。シャワーも魔道具らしい。
風呂の湯も、魔道具で沸かし、保温しているそうだ……便利だな。シャワー室から出たと同時に、ルーリエちゃんが駆けて来た。
「今日の朝食は、ソーセージとポテトサラダに、玉葱とキャベツのスープだよ。あと、米粥」
「おお、いいね。食べるよ……卵付けて貰えるかな?」
「分かった!」
駆け出して行くルーリエちゃん。相変わらずの超スピードだな……。
「ご馳走さまでした。スープ、とても美味しかったです」
「ふっふっ、自慢じゃないが、奥さんの汁物はそこらの食堂とは、比べ物にはならないよ……そもそもね、僕が──」
しまった。ラルフさんの愛妻家スイッチを入れてしまった。長くなるぞ──
解放される迄に、三杯の茶が必要だった。奥さん自慢をするラルフさんの背中を、ルーリエちゃんが半眼で見つめていた……。
部屋に戻り、“深風”で一服する──苦味と甘味と爽やかさ。ふうっ、一息吐く。
窓の外に流れていく煙を見ながら、このあとの事を考える。ギルドでレンディア達と合流して、話をしようか……コン、と煙草盆に灰を落とす。
朝方のギルドは賑わっていた。割りのいい依頼を早く受けるために、冒険者達が掲示板の前に群れをなしている。
レンディア達は見当たらない。まあ、喫茶室に行くか……。
紅茶風のお茶と、干し果物を頼む。席は店の端。煙管の匂いが、邪魔にならないようにだ。
「ああ、いたわね」
レンディアが来た。席に着き、早速、お茶を頼む……注文を受けた女性店員が、レンディアに対して、露骨に嫌な顔をしていた。何ぞ?
「商人ギルドから、護衛依頼が出ているのよ。受けるかどうかは、グランとシェーミイと相談してからね」
「護衛依頼は冒険者ギルドではなく、商人ギルド?」
「二通りあるのよ。商人の護衛は商人ギルド。それ以外、貴族や市民の護衛は、冒険者ギルド。まあ、厳密に決まっている訳じゃないけどね」
お茶と干し果物が運ばれて来た。ひょい、と干し果物を摘ままれた。素早いな。
「旅馴れた貴族なら、うるさくないのだけれど、そうでない貴族は、ちょっとうるさいのよ」
まあ。そういう、うるさい依頼主は、今後から依頼料が増加されるんだけどね──レンディアの言い分だ。
「おはよー。なあに、早いねー」
「お早う。何か、いい依頼あったか?」
シェーミイとグランさんが来た。
二人、席に着くと、茶と砂糖の焼き菓子を注文した。
運ばれて来た茶を啜り、レンディアが言う。
「商人ギルドからね、護衛依頼を頼まれたのよ。まだ受けてないけど、シェーミイとグランはどう思う? 報酬は、往復で金貨十枚と銀貨五枚よ」
「ふむ、往復で二日くらいか。宿代はどうなっている?」
「ああ、向こう持ちよ。あと、何かしらの襲撃や排除があれば、そのつど報酬追加だって」
「ふーん。悪くないけどねー。クレイドル、護衛依頼受けた事あるー?」
しゅっ、と干し果物を摘まむシェーミイ。速いな、おい。まあいいけど……。
「いや、ない……だから、ちょっと経験しておきたいな」
「ふむ。クレイドルの経験積みがてら、受けてもいいと思うが?」
「そうだねー、私は賛成だよー。所で、依頼主は誰ー?」
茶と砂糖の焼き菓子が運ばれて来た。
「うん? 雇い主はカリエラ商会よ。比較的、新しい商会だけれど、グレイオウル領でも、一、二を争うほどの、お店なのよ」
カリエラ商会の護衛、か。それで目的地はどこなのだろうか?
「レンディア、目的地はどこなんだ?」
「ああ、近いわよ。ハルベルトリバー経由で、グランドヒルよ」
グランさんの質問に、レンディアが答える。
グランドヒル? え、ここグレイオウル領に来て、何日もたっていないぞ。見られたら、絶対に、二度見されるよな?
もう、戻って来た? と二度見されるのが、眼に見えるんだが?
「出発は、明日の朝。大河を渡れば、半日早く着くのよ」
「さすが、カリエラ商会。馬車用の大船を仕立てるか」
「大船あまり揺れないから、いいんだよー」
茶を飲み、焼き菓子を摘まむ。休暇だからなのか、皆のんびりしている……待てよ、半日少しで着くのなら……泊まりにはならないよな?
「ちょっと聞きたいんだが、泊まりにはならないよな?」
「船ならば、昼頃に着くはずだ。休憩するくらいだろうな」
グランさんがいう。休憩かあ……。
「ハルベルトリバーはね、グレイオウルとは違った魚介類が楽しめるのよー」
海の幸と湖の幸が、両方楽しめるんだよな。
まあ、食堂は色々あるからな──
「そういえば、護衛対象は商会長のカリエラさんよ。何でも先輩筋にあたる、メルデオ商会長に会いに行くのも、用事の一つ何だって」
お茶のおかわりを頼み、砂糖の炒り豆を注文するレンディアさん。
「食事休憩するなら、多分、鎚矛の大河亭になるだろうねー」
「あそこのマリネと煮魚は、逸品と聞いている」
いかにも楽しみそうにいう、シェーミイとグランさん──
「ぶふっ!!」
茶を吹いてしまった。メイナーラさんの涙目と涙声が思い出される……。
「さて、商人ギルドに依頼の返事をしてくるわよ。その帰りに、昼食といきましょうよ」
「うむ……魚介類が続いたからな。鶏源亭に行かないか」
うん? グレイオウル領にも、鶏源亭があるのか……チェーン店?
「そーだねー。冬が来る前に、おろし鶏そば食べたい!」
「そうね。寒くなったら、つけそば終わるから、その前に食べておきましょうよ」
「私は、鶏皮山葵おろしそばが食べたいな」
グランドヒルにいた時には、冷たいそば食べなかったな。よし、試そうか。鶏皮山葵おろしとは何ぞ? ううむ、気になる……。
商人ギルドで依頼を受けた足で、カリエラ商会に出向いた。それを聞いたカリエラさんは、妙にテンションが上がり、宴会を開こうとしたが、レンディアが冷静に止めた。
カリエラさんの、“お嬢様が、直々に護衛を受けてくれるとは、何という光栄な事でしょう!”との発言は少し気になったが、まあ碧水の翼は、名の通ったパーティーらしいからな。
そういえば、三人が中級なのは知っているが、ランクは知らないな。後で聞いてみるか──
鶏源亭での食事中、それぞれのランクはDと聞いた。知り合ったのは、それぞれ中級に上がった頃だったという。何でも三人とも、ほとんど単独でそこまで上がったそうだ……何か凄いな。
鶏皮山葵おろしそばは、美味かった。ワサビを追加で頼み、ワサビの量が倍になったそばを、食べた。濃い鶏出汁が、何とも美味かった──
レンディアに、ほんとに山葵好きなのね、と呆れられた。美味いからね、仕方ないね。
ちなみにグランさんからは、やり過ぎじゃないか? と呆れられ、シェーミイからは、山葵臭いと言われた──ワサビが好きで、何が悪いか。
昼食後、中古品を扱う店に案内してもらった。古びた看板には、“ラザロ中古品店”と殴り書きがされている。
場所は、商店通りの路地裏の一軒家の商店。店の中は、多種多様の武具が飾られている。
意外というか、武具は値段と質ごとに、整然と並べられていて、雑多な感じは一切無い。
老舗らしい、渋くゴツいカウンターの向こうに座るのは、鶴の様に痩せた老人。読んでいた本から顔を上げた。
「ほう、久しぶりだな。お嬢には用の無い店だと思うがね?」
偏屈そうな顔に、微かに笑みが浮かんでいる。
レンディアとは、前々からの知り合いっぽいな……じろり、と老人が睨んできた。何ぞ?
「ラザロさん。彼はね、新入りなのよ」
「初めまして、クレイドルといいます。今後とも宜しくお願いします」
「ふん。その腰のショートソード、見せて見ろ」
ああ、そうか。スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)を睨んでいたのか……腰から外し、ラザロさんに渡す。
すらりと鞘から抜くと、まじまじと抜き身を見つめる、ラザロさん──「ラザロさんね。“鑑定”持ちなのよ」
レンディアがいう。鑑定持ちか……なるほどな。そう聞くと、店の品が何か特別な物に見えてくる──「おい。これを何処で手に入れたかは、聞かんぞ……この剣には、先がある。ちょっと耳を貸せ」
ラザロさんが、カウンターから顔を寄せて来ると同時に俺の耳を引っ張る。何ぞ!?
「これは“呪物”だ。こんな物身に付けて平然としているお前さんが何者かは知らんが、呪物という事は仲間には秘密にしておけ」
「……効果は、何ですか?」
「知らん。鑑定したが、呪物という事しか見えんわ」
ええ……にべもない。それ、邪神から貰ったんですよ。ぶへへ。何て言える訳無いしな。
「先があるといったが、これは成長するぞ……ごくごく希にある……魔剣だな。これは」
なるほどな、ろくな物じゃなかったか……邪神か! 邪神め!!
「これは手放せんぞ。捨てようと思うても、無理じゃな」
鞘に納め、スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)を返してくれた。
「まあ、いいわ。精々、店を冷やかしていけ」
振り返ると、レンディアが微笑んでいた。
「ラザロさんに気に入られたようね。あんまり無い事なのよ」
「お嬢、そいつは曲者だぞ。上手く使ってみるんだな」
曲者かあ……再び、本に目を戻すラザロさん。
「ラザロさん。これくーださい」
店内を巡っていたシェーミイが、全長二十センチほどの、小振りの直刀五本をカウンターに置いた……投げナイフだな。
「ああ、銀貨一枚だな」
ちら、と紐でまとめられた直刀を見て、ラザロさんが言った。一本、銅貨二枚か。
「ラザロさん、この“灯火の札”の持続時間は、どれぐらいだ?」
「ふむ。半日は持つな。買うなら、銅貨五枚だな」
シェーミイもグランさんも、直ぐに払った。安いんだろうな。
「あらあら、お嬢様。お久し振りですねえ」
店の奥から、老婦人といった感じの人が出てきた。ラザロさんと同年代らしい、愛嬌と上品さを備えた感じの人だ。
「ラーナさん、お元気そうで何よりですね」
「ええ、お陰様で。お父上からは、度々贈り物を頂いていますよ」
あっはっは、と笑い合うレンディアと老婦人。
ラザロさんは苦笑している。仲良いな三人とも。
「新しい仲間を紹介しておくわ。クレイドルよ。この人は、ラザロさんの奥さんで、ラーナさんよ」
「初めまして。クレイドルといいます」
まじまじと、ラーナさんに見詰められた……。
「はあ~、これは凄いわねえ。三十若かったら、おかしくなっていたかもねえ」
うふふ、と上品に笑うラーナさん……。
改めて、店内を見回す。整然と並ぶ武具に、その他の雑貨。中古品といえども、皆、丁寧に手入れがされているのが分かる。
なるほどな、持ち込まれた武具や、雑貨は鑑定の末、店に並ぶのか──
「親父さん、買い取り頼む」
一括りにまとめられた武具を、冒険者達が持ち込んで来た。
「ふむ。見せて見ろ……ふうん」
カウンターに広げられた、武具に装飾品……一つ一つを、鑑定し始めるラザロさん。
「お嬢様とお仲間様達に、お茶を差し上げたいと思います。どうぞ、奥に」
ラーナさんが、奥に案内してくれる。
「ラーナ。お嬢達を、もてなしてやってくれ」
持ち込まれた品を鑑定しながらの、ラザロさんの声が聞こえた。