「さて。お前らをそれなりに鍛えたつもりだ。リーネとシェリナは、走り込みでバテにくくなったし、ジョシュは剣と盾の使い方が、まあまあ様になってきた」
訓練場の食堂、朝食後のお茶の時間──マーカスさんの淹れてくれたお茶は、美味しい。味だけでなく、薫りも全部。
温くもなく、熱くもない。マーカスさん曰く、『茶によって、淹れかた変えられる様になって、やっと……半人前何だぜ』との事だ。
「ここに来た当初と違って、お前らはまあまあになったという事だ。それでだな」
すうっ、とお茶を啜るミルデアさん。
「丁度いい相手を選び、実戦訓練といくか」
「うん。いい頃合いだね。訓練の成果は、実戦で証明できるからね。採取と採掘の野外訓練は、その後にしようか」
ポリポリと、砂糖の炒り豆を口にする。レンケインさん。
「心配するな。俺が補佐する、といっても見届けるだけだからな」
ジャンさんが、茶のお代わりをマーカスさんに頼んだ。
「それで、どうする……? お前ら次第だぞ」
マーカスさんが、笑う。
やります、と答えたのはジョシュだった。
ジョシュは、ミルデアさんとジャンさんに鍛えられ、体付きもここに来た時より、少し大きくなっていた。
私もシェリナも、体力に自信がついている──けれど、実戦という言葉と意味に、体が震えた。
「ま、早い内に経験しておくべきだな……殺し合いをな」
ミルデアさんが、砂糖の炒り豆を口にする。ジョシュとシェリナの顔が、少し白くなった。
「手頃な依頼を受けてやるよ。オークやコボルトが、手頃だろうが……」
ジャンさんが、炒り豆に手を伸ばす。
昼前に、レンケインさんが依頼を受けたと報告に来た。ミルデアさんが、依頼書を見る──
「昆虫系……
「さっさと、討伐しないと増えるな」
「増えたら面倒だ。街道に溢れたら、厄介だぞ。少ない内に討伐しないとな」
ミルデアさんとジャンさんが、依頼書を確認する。
「リーネ。最初の実戦にしては結構、厳しいかもね。蟻は堅いよ。シェリナの水属性も、蟻には通じにくい。攻撃ではなく、搦め手を考えないとね」
レンケインさんの助言──搦め手、とシェリナが呟いた。
「打撃だな。刃物は通りにくい、棒術に長けるリーネが叩き、ジョシュが隙を見て、甲殻の隙間を素早く攻撃するのが、いいかもな」
「蟻の弱点は、首と背中の中間。そこが心臓だね。そこを突けば、即死させられるよ……まあ、簡単じゃないだろうけどね」
ミルデアさんとレンケインさんが、助言をしてくれた。
「昼食前には出向くか。距離はここから、そう遠くない。依頼書によると、東側の街道から外れた林の近く。蟻の巣穴を発見する事が出来たら、報告してほしいとの事だ……まあ、プレートアントの斥候隊の始末が、最優先事項だな」
ジャンさんが、炒り豆を口に含んだ──
街道から外れた林の前に、蠢いている姿が見える──近付くにつれ、四体の巨大な蟻が蠢いているのが見えた。
「まだ、こっちに気付いてないな。どうする? 新人達」
ジャンさんが、声を潜めるように囁く。
改めて、蟻を見る──大きい。百センチは越えているだろうか。
正直、気持ち悪い。ガサリガサリと蠢きながら、触角を左右に動かしている巨大蟻──不安になり、思わずジャンさんを見る……「リーネ。リーダーはお前だろ? お前が仲間をまとめないでどうする?」
そう……か。うん、私がリーダーと決まっていたのだ──「シェリナ、四体足止めできる?」
「うん……やるわ。でも、三体が限度よ」
「充分よ。ジョシュ、シェリナが足止め出来たら、先頭の蟻を攻撃して引き付けて。私が、橫から叩くから。シェリナ、後方の三体を止めて」
「う、うん。任せて」
「先頭は、俺が叩き潰すよ。それから、一気に蹴散らそう」
頼もしい。うん……「行きましょ。でかくても蟻は、蟻よ」
「酸を吐かれる前に、近付いて叩け。こんなのに手こずるなよ……訓練の日々、思い出せ」
ジャンさんの声に、私達は頷いた。
地は 泥になり その上にあるもの 沈ませる──シェリナの詠唱。
大蟻が、後方の三体がズブリと泥に沈んだ。
ジョシュが、狼狽える先頭の蟻の頭部を、盾で殴り付けると同時に橫に回り込み、蟻の首を切り落とす──まず、一体。
残る三体。私は橫に回り込み、目の前の蟻を──棒で、思いきり叩く──ミシリ、とした手応え。
任せろ。とばかりに、ジョシュが叩き伏せられた蟻の首筋を、刺し貫く。レンケインさんから聞いていた急所だ──今だ泥から脱け出せない大蟻を、また一体、ジョシュが狙い済ました一撃で、急所を刺し貫き、仕止めた。
最後の一体を、シェリナの放った水の刃がまとわりつき、切り裂く──表面を浅く裂いただけだが、それでも効いた。
私は、横殴りに蟻の頭部を叩く。怯んだ蟻の頭部をジョシュが切り落とした──
ぺたり、とシェリナが地に座り込む、息が荒い。疲労というより、魔力の消費によるものだろう。
「たった二回の魔術行使で、なぜと思っているだろ?」
ジャンさんの質問に頷くシェリナ。まだ息が荒い。
「実戦の緊張感による、集中力の乱れ。そのせいで、魔力消費量が増えたんだ……ほら、食べろ」
ジャンさんが、シェリナに干し果物の入った紙袋を渡す。礼をいい受け取ると、早速、口に入れるシェリナ。
甘味が沁みたのだろう。ふう、とシェリナが一息ついた。
「よし、休憩してろ。巣穴の確認は俺がしてくる。ジョシュ、周囲の警戒を怠るなよ」
「は、はい。任せて下さい……お気を付けて」
ジャンさんは手を振って答え。あっという間に、林の奥へと去っていった……。
「今になって、震えてきたよ……」
震える手で、ロングソードの手入れをしようとしているジョシュを止める。
「危ないわよ。干し果物食べて」
ふう、と息を吐き、ジョシュが干し果物に手を伸ばす。
魔力不足から回復したシェリナが、呟く。
「私、杖持とうかしら。へたり込むのは、カッコ悪いし」
「支えの為にか? 杖は、魔術行使の補助に使う物じゃないのか?」
ジョシュの疑問に、シェリナが答える。
「うん。そうなんだけど、中位以上の魔術師じゃないと、あまり意味無いらしいの」
そういうものか、といい。ジョシュが水筒に手を伸ばす。
戻って来たジャンさん。蟻の巣穴が確認出来たので、これで依頼は完了との事だ。
撤収前に、倒した斥候の蟻四体から、魔石と素材の回収をする事になった。
「知識としては知っているだろうが、素材回収を見た事無いだろう? よく見てろ」
ジャンさんが、斥候蟻の死骸を引っくり返す。
グランドヒルに無事、帰還した。私達は、それなりに疲労していたけれど、妙に気持ちが昂っていた。
回収した素材は、土属性の魔石(魔力量小)に、触覚と牙顎──ジャンさん曰く、触覚は魔術の触媒。牙額は、矢じり等に使われるとの事。
依頼報酬と素材売却の収入は、皆、私達のものになるそうだ──いや。それは、という私達にジャンさんがいう。
「お前らが、体張って稼いだものだ。貰っておけ……あと、パーティー共通の貯金をしていたほうがいいな。受付けで聞けば、教えてくれるからな」
パーティー貯金。何かあった時に使う、共通の財産──うん。そこまで考えるのが、リーダーの役割なのだろう──「俺が、貯金係りになるよ」
ジョシュが、かって出た。うん、それでいいと思う。シェリナが頷いている。
「依頼達成の報告ついでに、素材売却の手続きをするからな。その時に、パーティー口座を作ればいい。ジョシュ、行こうか」
ジョシュとジャンさんが、受付けに向かっていった……「喫茶室で、待ってようか」
うん、とシェリナ。疲れているのか、ちょっと甘い物が欲しいのよね。
ジョシュが伝えてきた、諸々の報酬額。金貨六枚に銅貨八枚だという……金貨何て、見た事ない──怖くなって、全額パーティー口座に入れようとしたけれど、ジョシュが、きちんと分配して端数、もしくは任意の額を、口座に入金しようといったので、任せる事にした。
ギルドで作った通帳を私達に確認させ、「俺が預かるって事でいいんだな?」とジョシュがいった。私とシェリナは了解する。
改めて、パーティーを組む事が出来たんだな、と私達は思った──