決して悪趣味ではない、豪奢な部屋。邪神のいつもの客間……久し振りだな。
純白のテーブルクロスをかけた、金縁の漆黒のテーブルを挟んだ向かい側に、座っているのは……誰!?
気配は、邪神何だが……姿が全然違う!
銀色に近い、床まで届く純白のロングドレスの女性。ドレスと同色の、肘まである手袋をしている──それ以上に気になったのが、その顔。
目の部分しか空いていない、白磁のようにツルリとした仮面をしている。目から覗くは、赤い瞳だ──邪神の瞳と、輝く様な長い金髪は、やはり邪神か?
金の装飾が施されている、漆黒のティーカップを女性が口に含み、同じく漆黒の受け皿に置く。
ティーカップに口をつけた一瞬、口開いたな──ずっと、ガン見してくるんだが……何ぞ?
ふと気付くと、女性──いや、邪神の背後に、魔族のデルモアさんが控えていた。
「お久し振りです。デルモアさん……ええと」
「仰りたい事は、分かります……この方は、あるじ様でございます」
ええ……何でこんな姿をしているんだ? まだガン見されているんだが、何ぞ!?
「このお姿は、人界に顕現する時に取る、いわば顕現体でございます」
デルモアさんが、頭を下げた。邪神を、ちらりと見る──微笑んでいる様に見えた。
「なぜ、その姿で……?」
「分かりかねます……あるじ様の、なさいます事なので。お茶をどうぞ」
いつの間にか、目の前にティーカップと受け皿が置いてあった。
デルモアさんが、お茶を入れてくれる。
というか、顕現体の邪神の顔立ち……あれだ。
“その仮面を取って、皆に顔を見せておやり!!” のやつだ。
前世の名作映画。ドラマにも、なったやつだ──まあ、いい……なぜ、その姿で俺の前に現れたのだろうか?
デルモアさんが、すっ、と布に包まれた物を差し出して来た。
「あるじ様よりの贈り物です。どうぞ、お改めを」
む……布を開き、中を確認する──腕輪だ。
鈍く銀色に光る、何の飾りもない腕輪。何の効果があるにせよ、受け取らない選択肢は無いだろうな──「謹んで、頂戴します」
邪神が、微笑んだ様に──見えた……。
目が覚める。ええと……ここは、特別仕立ての馬車の中──ゆったりとした馬車の中で、橫になっていたみたいだ。馬車の中には、誰もいない。
微かな揺れ。潮の香りがする。窓からは日射しが射し込んでいる──身を起こし、一息吐く。
大船の上か……早朝に出発したから、時刻は昼頃になっているだろうか……。
馬車から出る。昼の日射しに照らされる大河がまぶしい。潮の香りが、何とも心地よく感じる。
ルルル……馬車に繋がれている二頭の馬が、顔を寄せて来た。鼻面を撫でてやり、首筋を軽く叩く。
ふんす、と吐く鼻息が少しくすぐったい。
「あ。起きた? もう少しで着くよー」
シェーミィが声をかけてきた。日射しにきらめく大河がまぶしいのか、目を細めている。
「着いたあとの予定は決まっているのか?」
「昼休憩のあと、グランドヒルに向かうんだって。水桶あるから、顔洗うといいよー」
シェーミィが指差す先に、水が張られた桶。
「顔洗ったら、先頭に来てねー」
にひひ、と笑い去っていった。よし、と水桶に向かおうとしたら、ごとり、と何かが懐から落ちた──布に包まれた……鈍い銀色の腕輪だ。
「ハルベルトリバー船着き場に、到着しまーす。揺れるので、お気をつけ下さーい!!」
船員が、乗客に触れ回っている。荷を抱え直す人達や、荷台の積み荷を改めて、積み直す人達。
カリエラ商会の御者さんが、着岸時に馬が驚かないように宥めているが、 二頭の馬は堂々として、ほとんど身動ぎ一つしない──他の馬車は、少し手間取っているな。
やたら足踏みをしている馬や、落ち着きなくキョロキョロしている馬。それに比べて──「えらく落ち着いていますね、この二頭」
引き締まった体格の、初老の御者さん。元兵士で厩係りだったという。名は、ネルソンさん、といったっけ。
「ええ。この二頭は、元軍馬だったんです。引退後は、カリエラ商会長に引き取られましてね。冗談で、私も雇ってくれませんかと頼んだら、私も引き取ってくれましたよ」
明るく笑うネルソンさん。二頭を撫でる手は優しい──
カリエラ商会の馬車は、最後に出た。何しろ大きいのだ。馬も馬車も──六人掛けの余裕ある空間で、荷台も広い。
馬も馬車も他のに比べて、一回り以上はあるので、最初に出たら船が揺れ、最悪他の馬が怯えてしまうそうだ──元軍馬の威圧感も、影響しているらしい……。
メルデオ商会との取り引き品は、グレイオウル領特産のミスリルと、銘酒オウルリバーの十年物の二ダース。そして香草二樽だそうだ……。
最後に着岸したカリエラ商会の馬車が、ようやく地に足を着ける。やっとか、と言わんばかりに二頭の馬が、足踏みをしている。
「会長。厩舎でこいつら、休ませておきます」
「ええ、お願い。昼休憩終わったら、グランドヒルに向かうからね」
了解しました、とネルソンさんが軍馬二頭を引いていく。
「昼食は……そうね、鎚矛の大河亭にしましょうか。そこの魚料理は、逸品なのよ」
うん。知っている──海草入りの酢漬け野菜。赤身と白身に、玉葱をたっぷりとまぶしたマリネ。煮魚の料理……帝都領内で、一、二を競う料理らしい。
「しっかり食べて、グランドヒルに行きましょう。ここの料理は、グレイオウルとは違った味わいがあるわ」
カリエラさんが、注文を取る──「クレイドル様!」
ああ、うん……予想はついていた。メイナーラさんが、すがり付かんばかりに迫って来た。
「グランドヒルから出るなら、せめて一言でも仰ってくれれば……!」
「申し訳ありません……でも、大丈夫です。頼りになる仲間がいます。メイナーラさん、どうか心配しないで下さい……」
くっ、とメイナーラさんの手を握る──あああっ! 邪神の加護が発動した!! 無い事無い事しやがって!!
涙ぐむメイナーラさんを、何とか説き伏せ(この時は自力。加護は発動せず)、食事を済ませた。その間中、メイナーラさんは俺の側を離れなかった──
「……年増殺しなの?」
食後、昼間から酒をかっくらっているシェーミィに言われた──違う! 違うんだ!! と主張しても、分かってもらえないんだろうな!!
「いや……メイナーラさんには、世話になった事があって──」
「なあ、クレイドル。女性問題には、気を付けろ……自分の容姿を、自覚するべきだぞ……」
グランさんが、ジト目で忠告してきた……何ぞ!?
カリエラさんとレンディアは、笑いを噛み殺している様な表情をしている──笑え、笑えよ!!
昼食後の休憩が終わり、さて出発だ──という所に、メイナーラさんが馬車乗り場に、駈けて来た──ええ……何だよ……。
「クレイドル様! いつでも戻って来ていいのですよ!!」
馬車乗り場で叫ぶメイナーラさん。カリエラさんとレンディアは、顔を伏せて震えている。
笑え、笑えよ!! グランさんとシェーミィのジト目を、強く感じた──
「メイナーラさん! お世話になりました!! また、いつか!!」
馬車に乗り際、半ばやけになりながら、メイナーラさんに声をかける……返事無し。
妙な予感を感じ、メイナーラさんを見ると……涙目で両手を合わせ、祈る様に俺を見ていた。
ええ……周囲の目があるんだけどなぁ!!
夕方少し過ぎ、グランドヒルに到着。厩舎に向かうネルソンさんと別れた。
「私は商人ギルドに行くけど、あなた達はどうする?」
「まあ、護衛だから着いて行ってもいいけど。四人も要らないわよね」
カリエラさんとレンディアの話。治安いいし、護衛必要としないと思うんだが。
「道中の護衛が主だからな。都市内は必要ないと思うが、二人付いてもいいだろうな」
グランさんの意見。俺が行こうか……。
「そういえば、冒険者ギルドに到着報告しとくー?」
シェーミィがいう。街から街に移動したなら、ギルドに任意で報告するんだっけか……正直、行きたく無──
「そうね。一応、報告しておきましょうよ。クレイドル行って来て」
無情にも、我らがリーダー、レンディア嬢が指令を出してきた。
商人ギルドには、レンディアとグランさんが着いて行く事となり、シェーミィはカリエラさんの定宿に、到着報告に向かって行った……行けばいいんだろ。何度見される事になるか……。