直ぐに訪れる気にならないので、無駄に時間稼ぎするために、露店を覗いたり、ハムとチーズが挟まれた丸パンを買い食いしたりと、無駄な抵抗をしていたら、夜になりそうだったのでギルドに向かう事にした……行きたくねえなあ……。
ここには初めて来ました、という顔でギルドに入る──「なんだ? もう戻って来たのか?」
正面カウンターに鎮座している、“熊殺し”ダルガンデスさんが書類から顔を上げた。
うん、声大きいな。見知った先輩冒険者達に、二度見される──ほらな! こうなるんだよな!!
ここでは何だからな、とダルガンさんが言うと、他の職員に後を任せ、ギルドマスター室に向かう。
「なるほどな。護衛依頼で来た、と。そして街からの移動報告に来たんだな」
ダルガンさんが、書類に書き込み、サインする。
「そういう事です。ジャンさん達は元気ですか?」
「ああ、そういや、あの三人はパーティー結成したぞ……“
おお……中々に強力なパーティーになるだろうな。
「今は少し遠くのダンジョン、というか遺跡だな。そこに遠征中だ」
なるほど、ジャンさん達はここが拠点だから、あまり他所には移らないんだな。
ダルガンさんが、お茶を淹れてくれた。
「おめえが、城塞都市から離れた直ぐあとによ。新人が入って来たんだよ。七名だったかな。最も、その内四名は、何日もしない内に死んじまったがな」
ずす、と茶を啜るダルガンさん。眼に、微かな悲しみが浮かんだ。
「あとの三名は、おめえの様に初級訓練をジャン達から受けたから、そうそう無茶はしねえだろうな」
嬉しそうに笑うダルガンさん。将来有望なのだろうか……。
少し話したあと、ギルドからお暇した。受付嬢三人組に見つかると、面倒な事になるだろうからと、喫茶室の裏口から逃がして貰った──「クレイドル、またな」マーカスさんと少し顔を合わせ、ギルドから出た……。
カリエラさんの定宿で合流だと聞いていたので、早速向かう……何だっけか、“雄山羊と戦槌亭”か……宿通りの少し奥、上級宿らしい。
宿代と飲食費は、全てカリエラさん持ちだそうだ。さすがだな……。
もう夜か……遅れたかも知れないが、まあいいだろ。皆、宿で酒を飲んでいるだろうしな──夜風が心地好く、頬を撫でて行く──
「遅いー遅いよー」
すでに酔っ払っているシェーミィ。宿に着いてカリエラさんの名を出すと、奥の個室に通された。さすが上級宿。何か、飯店という感じだ。
「料理はお任せになっております。他に頼みたいものがあれば、好きに注文して下さい。お飲み物は、どうなさいますか?」
おおう……丁寧だな。さすが上級宿といったところか。
「果実酒の炭酸割りを、お願いします」
かしこまりました、と店員さんが下がって行った。きっちりとした制服姿。上品質の仕立てなのだろうな……。
「持ち込んだミスリルだけどね、想像以上に値打ち物だったわ。値が決まるまで、少し時間がかかるみたい」
カリエラさんが、オウルリバーの炭酸割りを口にする。
「オウルリバーと香草は、直ぐに値が決まったのだけれど、ミスリルの値段は簡単に決まらないみたいなのよ。二、三日待たないと、決まりそうにないわね」
何でも、上質なミスリルが少々変異していたらしく、白銀色のミスリルが青みを帯び──
依頼報酬が跳ね上がったのも、理由の一つだったが。
「このまま、引き継いで護衛をお願い出来ます? 勿論、報酬は引き上げます……お嬢様?」
レンディアが、俺達を見回す──「ええ。引き続き、護衛をするわよ。皆も良いわね?」
否は無い。皆も頷く──カリエラさんが、安心したように息を吐いた。
「報酬は、期待していて頂戴。それと、ミスリルの値段が決まるまでは、自由行動にするわ」
ま、今日は前祝いといきましょうと、カリエラさんが店員を呼ぶ。
宴会を終える頃には、カリエラさんとシェーミィは、ベロベロになっていた。
カリエラさんが廻らぬ舌で、“堅実が基本とはいっても建前よ。そんなものは!”
完全に出来上がり、捲し立てるカリエラさん。
何時もの、芯が強く、強かな商人の姿は最早、無い。
思いもかけない、儲けが入って来る事への欲望で、ギラついた眼をした欲深な商人がここにいた……。
部屋はそれぞれ、一部屋ずつ取られていた。上級宿の一人部屋か……値段は、どれくらいするのだろう……ベロベロになったシェーミィとカリエラさんを、グランさんが担いで運んで行った。
早朝。カリエラさんと共に、食卓を囲む。
玉葱と白菜のスープ。鶏と白菜の炒め物に、丸パンにチーズと酢漬け野菜……うん、いい朝食だが──酒が残り、淀んだ目のカリエラさん。目が開ききっていない、シェーミィ──あんなにガブガブ飲むからだよ……。
ミスリルの値が付くまでは、自由行動にしようとの事になった。治安面は何の問題は無いが、万一、という事もある。
変質したミスリルの値は、並みじゃないらしい。そのため護衛は必要だと、レンディアが判断した。結果、勘の効くシェーミィと、臨機応変が効くグランさんとで、カリエラさんを護衛する事に決まった。カリエラさんは、ミスリルの事で、商工会議所に出向くそうだ。
「さて。二人になったけど、どうしましょうか?」
う~ん……観光って事は無いだろうな。俺よりも、城塞都市の事を知っているだろうし──「観光は必要ないわよ。大概の場所は知っているからね……そうねえ、適当に商店街を冷やかすか、何か適当に依頼でも受ける?」
商店街の冷やかしと、適当に依頼を受ける事は同列なのか……妙に、底がしれないな。
「カリエラさんの会議所での用は、長引くかな?」
「そうねえ……値が決まるまで二、三日かかりそうと言っていたし、今日明日では終わらないと思うわよ……冒険者ギルドに行きましょうよ。いい依頼有るかも知れないし、久し振りにギルドマスターに、顔を見せたいわ」
緑色のケープコートを翻し、冒険者ギルドに向かうレンディア。
クレイドルはその背を見ながら、高貴というのは、こんな感じなのかね。と思った──レンディアが、実際に高貴の出自だという事を知るのは、もう少し後の事になる。
「ねえ、何で私睨まれているの?」
リネエラさんとジェミアさんが、カウンター前に仁王立ちになり、レンディアを見つめている。
カウンター奥では、サイミアさんが、能面の表情でこちらを見つめていた……。
ダルガンさんがいないのが、マズい──睨み合うレンディアと、リネエラさんにジェミアさん──何だこの状況?
「何してんだ、お前ら?」
喫茶室から、エプロン姿のマーカスさんが出てきた。呆れた様な顔で、リネエラさんとジェミアさんを見る、マーカスさん。
「何もしてないわよ。ギルドに入ったら、これよ」
肩を竦めるレンディア。獣人受付嬢三人の威圧感に、全く動じていない。
「おお? 久し振りだな、お嬢。グレイオウル領からか?」
「そうなのよ。カリエラ商会の護衛でね」
フム、とマーカスさん。受付嬢三人を叱咤する──「さっさと業務に戻りな! 冒険者、威圧してんじゃねぇ!! ほれ、戻りな。仕事しろ」
「しかし、ですね……何処の馬の骨とも知らない女ですよ……! クレイドル君と一緒にいる理由が、分かりません!」
おう、食い付くねえ、リネエラさん。それにレンディアが、やれやれと答える──「あのね、クレイドルは、私のパーティーの一員なのよ」
肩を竦めながら、レンディアがいった。
ぐぬぬ、とリネエラさんが少し引いた。あとね、私とクレイドル二人のパーティーじゃないのよ。あと二人いるのよ──レンディアが、冷静に説明する──むう、とジェミアさんが渋々、といった感じで納得した様だ。
能面サイミアさんも、今は顔をしかめている。
まあ、説得完了でいいのかな?──いいんだよな……「年増好きじゃなかったのか……」
誰だ?! 聞いたぞ!!
マーカスさんに誘われ、喫茶室に来た。茶葉と焼き菓子の香りが、何とも心地いい──先ほどの、理不尽な絡みを忘れる事が出来る。
「ええとねえ……レーズンケーキのクリーム乗せに香草茶、下さい」
クリーム乗せと来たか。俺はシンプルに……。
「果実水と、塩炒り豆下さい」
「おう……ちっと待ちな」
注文を取ったマーカスさんが、厨房に引っ込んでいく──マーカスさんがいて、助かった──
「お茶が済んだら、何かいい依頼が無いか、見てみましょうか……」
すすっ、とレンディアが茶を啜る。先ほどの面倒事など無かったかのように、冷静な雰囲気のレンディア。
「採取、採掘……そんなとこか?」
塩炒り豆を含む。果実水の甘さが中和され、爽やかな後味が口に拡がる──うん、いいな。