「うん?」
ダルガンデスは書類から目を上げた。階下の喧騒が、不意に止んだからだ。こういう場合は、お偉いさんが気まぐれで来た。名の通った高ランクの冒険者が来た──そんなとこだろうな……。
受付連中に任せりゃいい。面倒事なら、誰かしらが呼びに来るだろう……。
ダルガンデス。齢五十を過ぎる、元冒険者。中級Aランクまで到達し、上級まで到達するのは時間の問題という所での引退だった。時代が良くなかったと、人々はいう。ダルガンデス、三十代。油の乗った時期での引退理由は、後進の育成に関わりたいとの事からだった。ダルガンデスが手ずから鍛えた冒険者達の名が界隈で通る頃には、冒険者ギルド本部から、城塞都市の冒険者ギルドマスターの推薦を受けたのが、四十代の時。そして、現在に至る──。
書類に目を戻すと、喚き声が聞こえてきた。 「大丈夫! 直ぐ済むから! 優しくするから!」
なんだ? あの声は……ジェミアか。優しくするからって何だ? 荒くれ連中の喧騒も全く聞こえないし……何が起きてる?
「ちっ、なんだってんだ?」
はあ、とため息を吐きながら椅子から立ち上がると、巨体から開放された特注品の椅子が、ギィと鳴る。
扉からでて、柵から一階、受付カウンター前を見ると……揉めていた。受付嬢二人、ジェミアとリネエラ。その間に挟まれているのは……年齢十六、七くらいの男だった。
身なりは貴族の子弟には見えないが、若い受付嬢が、とち狂うのも分かるくらいの容姿だな。
特に目鼻立ちと、唇の形と色。陶器の様な白い肌……ありゃ、女が放って置かないだろう。しかし、金髪に黒目ってのは何か珍しいな……いや、見惚れている場合じゃねぇな、盛りのついた二人の獣人女どもから、助けてやらねぇと……リネエラがジェミアの腕を叩き落とし、男の腕を掴むと、奥に引きずり込もうとしていた。
「何、騒いでやがる! ジェミア! リネエラ! そいつから離れろ!!」
「「ええ~~」」
「そいつは、俺が話を聞く。兄ちゃん、上がって来な」
「彼に何をするつもりですかギルドマスター。奥様に言いつけますよ」
獅子族のリネエラが、ジト目で見上げてくる。
「女房に、何を、どう、言いつけるんだ。話を聞くだけだって言ったろうが……兄ちゃん、キリねぇから、早く上がって来い」
見目麗しの男が、獣人二人の隙をつき、脱兎の如く階段を駆け上がって来る。
なかなかの素早さだ──ジェミアが掴もうと手を伸ばすが、ギリギリで避けていた。
リネエラが、当たり前のように男の後を追って階段を上がって来ようとしたが、目で制した。
「茶は俺が用意する。てめえらは業務に戻れ」
「何かされそうになったら、大声を出して下さい。直ぐ駆けつけますから」
リネエラが、ぐっと拳を握り言った。
何かって何だよ。バカどもが……。
「新規登録な……うん、歓迎するぜ。軽く説明しとく、来る者拒まずがここの流儀だ。もちろん、犯罪者、指名手配、賞金首でもない限りって前提があるがな……仮の身分証を持ってんなら、一応身は潔白って事になるな」
「はい。ありがとうございます」
頭を下げる男に茶を勧める。そして、少しばかりのやり取りの後、少々聞いておきたい事があった。本来ならば、名前を聞いてそこで終わらせてもいいのだが、こいつに関しては、妙に気になるのだ。少しばかりの身の上話は聞いていた方がいいと判断した……。
「まあ、普通は名前だけで充分なんだ。正直、身の上話ってのは、あまり根掘り葉掘り聞くもんじゃない……とはいえ、話せる事があるのなら多少は聞いておきたいんだが……まあ、無理は言わねえけどな」
見目麗しの男……クレイドルは、少し考える素振りを見せた後、淡々と身の上話を語り始めた。
なかなかに興味深い話だった。住んでいた村は名無き村だという。土地に住まう精霊がかなり強力だったらしく、人が名を付ける事を許さなかったという。土地を治める領主も、代々従っているそうだ。
そしてある時期、土地の精霊が領主の夢枕に立ち、今まで加護を与えていたが、その土地はもう充分に育った。新しき土地に村を作れ──
領主は速断したそうだ。全面的に村の移送に協力するので、精霊に従ってくれないかと。
反対意見は出なかった。育った土地の管理をするための数家族を残し、それ以外の住民は新天地に移る事になった。その際、成人していたクレイドルは、外の世界を見て歩きたいと両親に訴えたと言う……結果、一人立ちを許され、最低限の所持品を持たされて旅立った──
なかなかに面白い話だった。まあ、信じるに値するだろう……よし、まあいいか。だが、この後の話はどうか、な。あの廃村で、スケルトンを倒したって話はなあ……。
「いや、あの廃村は清められているから、アンデットなんか出ねえと聞いてるがなあ……」
クレイドルは、何とも言えない顔で、俺を見つめてきた……。
ちなみにクレイドルの身体的なスペックは、177センチ。77キロのアスリート体型。両利き。て感じです。