すでに夜。上級宿“雄山羊と戦槌亭”に集う碧水の翼。カリエラさんが個室に、俺達を呼んだ。
防音の個室。客のプライベートを守る部屋。風属性持ちの、レンディアが確認済みだ……。
部屋に運ばれているのは、酒と軽食のみ。カリエラさんが、少し震える手で、ワイングラスをしっかりと掴み──ぐうっ、と一気に飲み干した。
ふうぅっ、と息を吐くと……一気に捲し立てる。
「あの変異したミスリル。
グラスにワインを注ぐカリエラさん。落ち着いたのか、震えは止まっている。
遣り手のカリエラさんが、やる気を無くすほどの儲けってどれほどだと、いうのか。
「ちょっと、カリエラさん。自棄にならないで頂戴よ」
レンディアが、カリエラさんの背を擦る。
「ミスリルは確かに貴重だが、希少というほどでもないだろう?」
ゆるり、とグラスを傾けるグランさん。
ギンッ、と凄まじい目付きで、グランさんを睨むカリエラさん……殺気が出てますよ。
場の空気なぞ知らぬ、と言わんばかりに店員を呼ぶためのベルを鳴らす、シェーミイ。まあ、猫だからな……。
「まあ、食事よ食事。話を聞く時間はあるわよカリエラさん」
背を擦る、レンディアの言葉が沁みたのか、しくしくと泣き始めるカリエラさん……相当やられているな。
料理と酒が来た。肉に野菜、果実酒にワインにウィスキーの瓶。炭酸水に、氷──まあ、宴会だ。
変異したミスリルの値……カリエラさんがおかしくなるのも、無理なかった。
その値……金貨五万枚。ええと……一月、親子四人で金貨一、二枚あれば、多少の贅沢と貯えも出来るほどのもの。それが五万枚、か……。
「堅実に稼いでの五万枚と、いきなり入ってきた五万枚とでは、全然違うのよ!」
むふう、と鼻息荒く、ワインを一息に半分飲み干すカリエラさん。目が血走っている──
「堅実。慎重。誠意と謙虚。祖父の代からの教えなのよ! こんな急な実入りは、父とお祖父様の教えに反するわ!!」
がぶり、とワインを干すカリエラさん。飲むなあ……。
やれやれ、とばかりにレンディアと顔を合わせた。グランさんは、困ったようにカリエラさんを見る。
シェーミイは、氷たっぷりのグラスに果実酒を注いでいる。お前、ちょっと空気読め──
ぐだっているカリエラさんを、レンディアとグランさんが個室に運んで行った。
もう少し飲もう、という事になったので、シェーミイと二人で個室に残った。直にレンディアとグランさんも戻って来るだろう。
「会議室の中までは、私達護衛は入れなかったんだけどねー、中々の騒ぎになっていたのよー」
「ふむ。どんな面子が、来ていた?」
「そうねえ。商人ギルドのお偉さんに、鍛冶師が二人ね。メルデオ商会長は来なかったみたい」
果実酒を、ぐっ、と呷るシェーミイ。なるほどな……。
「カリエラさんの叫び声、というか雄叫びが聞こえたんで、部屋に入ろうとしたんだけど、グランに止められたのよねー」
雄叫びて……まあ、そうなるか。総額でそれだけの──待てよ? 総額?
「なあ、持ち込んだミスリル総額でだよな?」
「違うよ。
グビリ、と杯を干すシェーミイ。
「他のミスリルと合わせて……六万何千枚だとかだったかなー。グレイオウル領のミスリルは質がいいんだって」
空けた杯に無造作に氷を入れ、果実酒を注ぐシェーミイ。ほんと自由だなこいつ……一つの塊が金貨五万枚か。
俺も叫びたくなった……まあ、いい。料理が冷めないうちに食べないとな。
バターで炒めた玉葱の上に乗せられた、ほどよく焦げ目の付いた厚みのあるポークソテー。きれいに切り分けられている。
取り皿に取り、さっそく口に運ぶ。塩味のソース。美味い。何だろうな、食堂とはやはり違うな。
シェーミイは、炙り鶏の野菜盛りを、パクついている。野菜食べるんだな、と何となく思った。
さっきから気になっていた、俵型の狐色の揚げ物──濃い色のソースがかかっている。もしかしたら……あ、これメンチカツだ。安物の肉臭さは無く、いい香りだ。油もいい、さすが上宿。
いつの間にか、ポークソテーは無くなっていた。玉葱も……猫族、玉葱大丈夫何だな。
「おい、待て。一人で食うな」
炙り鶏の野菜盛りを、平らげんとするシェーミイを止める。
「えー、また頼めばいいでしょ。カリエラさんの払いだし。あ、お酒頼まないと」
ベルを鳴らすシェーミイ。ほんと、自由だな、猫族は……。
「はー、もう大変だったわ。宥めるのに時間かかって」
オウルリバーをグラス半分に注ぎ、一気に呷るレンディア。おいおい、そんな飲み方でいいのかよ──はあ~、と強く息を吐くレンディア。
グランさんは、ワイングラスに黒ワインを注ぎ、上品な仕草でグラスを傾けた。
「カリエラさんは、明日、半日は起き上がれないだろう。相当荒れてたからな」
「金額が金額だから、今日明日で振り込まれる事にはならないわよ。あと二、三日は自由行動になるかもね」
レンディアが、オウルリバーを炭酸水で割る。
酒と、追加の料理が運び込まれた。肉、野菜様々。夜っぴての、宴会になるんだろうな……まあ、いい。よし、飲んで食べようか。
不意に、レンディアが向き合ってきた。普通の雰囲気ではない。何ぞ? と思い、レンディアに向き合う。
「クレイドル。今現在、あなたは初級のCランク。私達は中級のDランク。ゆくゆくは、あなたも中級にならないといけないのよ。だからね、あなたのランク上げのための、依頼を受けようと思ってるのよ……どう?」
どうも何も、そうするのが当然だろうな……。
「皆が、そう思っているなら受けるよ。いずれにしろ、クラスとランクは上げないと、自由に振る舞えないからな」
前から思ってたんだよな。中級に上がらないと、レンディア達と対等に依頼を受けられない事に。いずれ言おうと思っていたので、丁度いいタイミングだ。
「話が早いわね。いいわ、ランク上げの近道は、まず討伐に、簡単ではない、採取に採掘かしらね」
「何にしろ、カリエラさんはしばらく動けないだろう。一応、断りを入れるが、パーティーを組んでの行動は許可されると思う」
丁寧に、切り分けられた鶏の照り焼きと、付け合わせの温野菜を、取り皿に分けてくれるグランさん。
グラスに氷を入れ、オウルリバーを注ぐレンディア。ウィスキーのロックか。俺もそうするかな……。
目が覚めた。窓の外は仄かに明るくなっている──夜明け、少し前か。魔力制御にはベストな時間。
窓を開けて、外気を取り入れる。冬も近いか……よし、魔力制御の後に一服といこう。
魔力制御後の一服を終え、頼んだお湯で、顔と体を拭った。浄化だけだと、何か物足りないんだよな。とはいえ、シャワーや浴場は面倒だ。
少し覗いて見たが、シャワールームと浴場は、さすが上宿といってもいいほどの広さで、なかなかに凝った内装だった。一度は体験してもいいだろうな……グランさんを誘ってみるか。
一階の端のテーブル席に着く。朝食は皆で取る事に決めていた。まだ早いのか、客はまばら。
カウンター席は、皆空いている。厨房の喧騒が聞こえてくるが、それほど騒々しくない──「あの……お客様?」
制服姿の店員さんに声を掛けられた。ベージュ色の高級感のある、パンツスーツ姿の女性。二十歳ちょっとくらいか。清楚な雰囲気の美人さんだ。
「朝食には、少し早いのです、が……お茶ならば、ご提供出来ます。いかが、でしょう?」
確かにな。食事には早いか。他の客も、お茶を飲んでるな。だったら──「お茶を、お任せでお願いします」
「は、はい! 少々、お待ち、ください!!」
顔を真っ赤にした店員さんが、脱兎の如く駆けて行った。何ぞ?
ふと視線を感じると、シェーミイがいた。
「また、女の人。オトしたの?」
ジト目のシェーミイ。何て事言いやがる!
「誤解だ!」
はいはい、と席に着くシェーミイ。昨日の大酒を、微塵も感じさせない雰囲気だ。
階段から、グランさんとレンディアが降りてくるのが見えた。カリエラさんの姿はない。
まだ、ダウン状態何だろうな……。