村長夫妻と、子供達に見送られながら、マルパソの村から出立。道すがら、騎乗したウォルキース卿とオルミア嬢が、護衛として合流してきた。
御者のネルソンさんと、その横に座っているグランさんが、話相手になっている。
俺は昨夜の事があるので、馬車の中でフードを降ろし、狸寝入りだ──「ウォルキース卿に、女性に間違えられてるってねえ?……んふふっ」
シェーミイが、カリエラさんと昨夜の事を話している。猫め、ペラペラと!
昼近くになったので、昼食をとるかどうかネルソンさんが、カリエラさんに確認に来た。
「そうね……皆、お腹は空いてる?」
そうでも、ないんだよな……皆はどうだ?
結局、皆空腹ではないので、食事は城塞都市に戻ってからにしようという事になった。お茶をしながらの休憩に決まる──
休憩後、移動。城塞都市が見えてきた辺りで、ウォルキース卿とオルミア嬢と別れる。
さすがに、狸寝入りというわけにはいかないので、ウォルキース卿とオルミア嬢に挨拶をする。
「態々の護衛、ありがとうございました。もうここまで来れば、充分です」
深々と頭を下げるカリエラさん。俺達も頭を下げる……「いや、そう畏まらなくてもいい。助けてもらったのは、我らの方だからな」
さすが貴族の嫡子。威厳あるな……チラチラ、こっちを見る事さえなけりゃなあ……男じゃあ、わしゃあ!!
「また、近い内にお寄り下さい。ハウルメイス家は、あなた方に義理が出来ました……」
ウォルキース卿とオルミア嬢が、カリエラさんとレンディアに挨拶をする。
俺は一歩引いて、距離を取る。また妙な口説き文句をぶちかまされたら、たまったもんじゃないからな……フードを、深く下げる。
「こ、今度、来た時は……て、手合わせ、頼むからね!」
キッ、とした顔付きで、オルミア嬢がいう。顔が赤いですよ、とは言わない。言ったら面倒な事になるだろうからな……。
「庭園にも……案内しよう。クレイドル、殿」
ウォルキース卿が、何か決まり悪そうにいう……今、嬢といいかけたな!?
ウォルキース卿とオルミア嬢と別れた。時刻は昼少し過ぎ。城塞都市には早く着くだろう。
ウォルキース卿とオルミア嬢も、夕刻には屋敷に到着するだろうな……誤解を解くのを忘れたが、まあいいだろう……。
「行きましょうか。夕方前には、城塞都市に着くでしょうね」
カリエラさんがいい、レンディアが頷く。
それほど揺れる事もなく、馬車は静かに進んでいく。相変わらず、いい乗り心地だ……。
ゴトゴトと、静かに揺れる馬車。シェーミイはすでに寝入っている。
さて、俺も本格的に眠たくなってきた……。
静かに寝息を立てている、クレイドル君──女顔ってわけじゃないのにねえ……ウォルキース卿からは、そう見えたのかしら。輝く様な金髪に漆黒の瞳は、珍しいわ……整った目鼻立ちもそうだけど──特に唇。艶のある、薄紅色の唇。
この唇を見つめるのは──危ないわね。レンディア嬢も同じく言っていたわ……とはいえ、目を離すのは、ちょっと難しい──「駄目よ、カリエラさん。引き込まれるわよ」
レンディア嬢が、本を読みながらいう。
「直視したら駄目よ。大袈裟にいうなら、“傾国”よ、これは」
本から目を離し、レンディア嬢がいう。
“傾国の寵童”の逸話を思い出した。
お伽噺の一つ……妖艶な美貌を持つ、美童が国を割った話を思い出した。王と王妃で国を割りかけた話だ。結末は、呆気なかった。
黒付くめの男がやって来て、“傾国の寵童”を灰塵にした。その結果、国が割れる事を防げたという──「まあ、大袈裟だけどね……それより、城塞都市に戻ったらどうするの?」
「そうねえ、一泊してグレイオウル領に戻りましょうか……売却金の振込みも済んでいるでしょうから。まあ、急ぐ事はないわね」
冷静になったカリエラと、レンディアが話し合う。何であれ、グレイオウル領とカリエラ商会の利益に成れば、それで良し──カリエラはそう思った。
それにしても……クレイドル君の寝顔は、眼福よね。魅入られないように、気を付けないと……。
ぐら、と馬車が少し揺れた。その反動で目が覚めた──馬車が止まったと同時に、シェーミイが飛び出したのだろう。
グランさんが、女性陣をエスコートするために開いたままの扉の横に、立っている……騎士足るもの紳士であれ、か。
レンディア、カリエラさんから優美に手を取り、エスコートするグランさん──今、俺にも手を差し伸べようとしたな? グランさん?
カリエラさんのいう通り、夕刻前に到着。ネルソンさんは早速、厩舎に向かって行く。あとから夕食を一緒にすると約束した。
「カリエラさん、宿に戻る前に冒険者ギルドに寄って行くわ」
「ええ。私もメルデオ先輩に、顔合わせに行くわ。その後、商人ギルドね」
食事は宿ではなく、ミランダさんの“オーガの拳亭”に決まった。昼を取らなかった分、それなりに腹は減っている。美味い物を安く腹一杯となると、オーガの拳亭が第一候補だ。それに、あの店は気安く、気楽なんだよな。
「個室空いてたら、いいけどなー」
先導するシェーミイ。ネルソンさんも、気楽なオーガの拳亭での食事を、楽しみにしている様子だ。
シェーミイが、オーガの拳亭で人数分が収まる個室を取った。ネルソンさんがカリエラさんの護衛を引き受け、メルデオ商会に向かって行く。
「さ、冒険者ギルドに、帰還とトロル討伐の報告に行くわよ」
「おう、ご帰還かい。トロル討伐だったな……首尾は聞くまでもねえか」
トロルの討伐証明、歯と両手首をトレーに出すレンディア。
「よし……確かに確認したぜ。素材は買い取り受け付けに持っていく。レンディア、依頼書出せ」
依頼書の、ウィルギア村長とウォルキース卿のサインを確認したダルガンさんが頷き、サインする。
これにて、依頼完了だ──
「あと、ピックホッパー討伐の報酬と、鉱石採取の報酬もあるからな。ちょっと部屋に来な」
ダルガンさんが、のそりと立つ。
ピックホッパー討伐報酬。参加者一人辺り、金貨十枚。大盤振る舞い──というほどでは無いらしい。ピックホッパーを放っておいたら、村々に多大な損害を受ける。
速やかに、討伐出来た事に対しての対価としては、妥当な値だという。
領地を守るのに、ケチケチする領主は同僚、領民からどんな目で見られるか、という事らしい。
「鉱石採取の報酬だがな、金に銅。なかなかの良質な鉱石だそうだ……換算で、金貨二十に銀貨五枚だ……交渉する、か?」
「いいえ。これでいいわ」
「ふむ……よし、これで終了だ。書類手続きは済ませておく。ご苦労だったな。振込みは、パーティー名義でいいんだな」
受付嬢三人組が、早くもレンディアに絡んできたが、適当にいなすレンディア。
「クレイドルがハウルメイス領で、嫡子のウォルキース卿にね……」
含みを持たせた物言いで、受付嬢に言う。
むふう、と三人組が鼻息荒くレンディアに詰め寄る──嫌な感じだな……レンディア、何を言う気だ、おい……。
「ま、あれよ。ウォルキース卿が、クレイドルを女性だと勘違いしてるのよ。誤解を解く機会が無くてね」
言いやがった……よりにもよって、三人組に。
「女性、と間違えられ……うぐっ」
サイミアさんが、鼻を抑える……何ぞ!?
「それ、は……男装の麗人と勘違いされている、という事よね……!」
ジェミアさんが、やけに真面目な表情をしている。
「ロマンスよ……これは。劇に勝る、ロマンスになるわ!!」
リネエラさんが叫ぶ。獅子族の咆哮に、その場にいた冒険者達が、ビクリと身を竦ませる。
「何、騒いでやがる!?」
ダルガンさんが、二階から降りてくるのは必然だった……。