カリエラさんへの振込みも、完了していた。あとはグレイオウル領に戻るだけ。
夕食後、宿に戻る事に。明日の帰りは、昼食後に出発との事。
皆で、“雄山羊と戦槌亭”に戻る。カリエラさんとネルソンは、正面から。
俺達、武装した冒険者は裏階段から。裏に回ると、係りなのか、宿の制服を着た従業員が案内してくれた。
支配人のカーディスさんが、出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。ご無事なようで、何よりでございます」
丁寧かつ上品に、挨拶をするカーディスさん。態々、裏階段に出迎えてくれたのか……。
「ん。なかなか刺激的だったわよ」
ひらり、と手を振って答える、レンディア。
やはりな、レンディアとカーディスさん。何か関係があるんだろう。昔から、世話になっていると言っていたしな……。
皆を浄化して身綺麗にはなっているが、やはり風呂に入りたい。
「一応、身綺麗にはしているけれども、やっぱりお風呂に入りたいのよ。用意できる?」
「もちろん。用意が済んだなら、直ぐにお呼びします。浴場はカリエラ様御一行の、貸しきりとさせていただきます」
おおう……貸しきりときたか。どういう関係なんだろう……。
優しく微笑む、カーディスさん。やはり、レンディアと何か関係あるんだろうな。
「ん。お願いね」
レンディアに、丁寧に頭を下げるカーディスさん。
そして、やって来た浴場……おお、改めて見ると、広いな……決して華美ではないが、地味ではない。いい具合の装飾。
体を洗い流し、広い湯船に身を浸ける──うおお~……やはり、風呂は良いな。
骨身に沁みるというやつだ。浄化では味わえない喜びだ──「現役時代、鍛練後の一番の楽しみは風呂でしたな」
ネルソンさんが、沁々という。戦なき世とはいえ、その身体には鍛練、対魔物、魔獣の実戦訓練で付いた古傷が刻まれている。いくさにん──というやつだ。
「楽な任務は無かったんでしょうね……」
グランさんが、顔を拭いながらいう。
「まあ、色々ありました。これが兵の仕事か? と思うような任を受けた事もありましたな」
ネルソンさんがいう。歴戦──なんだろうな……ううむ。
「いや……やはり、風呂ですね。浄化とは違う……生き返るとはこういう事ですね」
「ああ……正に。浄化だけでは、な」
男三人で、ゆっくりと湯船に浸かる──
女三人も、同じようなものだろう──
夜明け前に、目が覚める。窓を開けると、今だ陽は出ていない──陽の出、前だ。
魔力制御にいい時間。窓を開け、外気を取り入れる。少し冷たい風が窓から差し込んでくる……。
よし、いつもの魔力制御の時間だ……。
魔力制御後、煙管を燻らせながらぼんやりとする。朝食まで、まだ時間はあるな──
頃合いかと、身支度を整え下に降りる。いつもの、奥側のテーブル席。
着席しているのはネルソンさんだけだ。さすが元軍人、朝早いな……というか、他の面子遅くないか?
多分。騎士のグランさん、シェーミイとカリエラさん。最後にレンディアだろうな……。
「お早うございます。朝食にはまだ早いそうで、お茶しか出せないそうですよ」
「ええ。俺も注文しま──」
いつの間にか、従業員さんが横に来ていたので、お茶を適当に頼む。はい! 直ちに! と駆けて行った……「ご苦労しますな……」
ネルソンさんが、沁々と言った。うん、まあね──邪神だ! 邪神のせいだ!!
そういえばネルソンさん。最初は御者御用達の宿を取っていたが、カリエラさんのたっての要請で、“雄山羊と戦槌亭”に移ったそうだ。相当にごねたらしいが、渋々受け入れたらしい。
ネルソンさんと雑談をしながら、茶を飲む。
ようやく、皆が降りて来た。予想通りの流れだ。黒付くめのグランさんの後から、シェーミイとカリエラさん……レンディア、今だ来ず。
朝食には、まだ早いんだよな。皆と茶を飲みながら待つか……。
「今から、自由行動にします。夕食は、オーガの拳亭にしましょう。店に合流ね」
朝食を終えた時に、カリエラさんが言う。
冒険者ギルドに顔を出し、スティールハンドにも顔を出さないとな──いや、まずメルデオさんの所だ。この世界に来て、一番最初に知り合った人だからな。
メルデオ商会に、足を踏み入れる。おおう、相変わらずの賑わい。市民や冒険者達が、品を物色している。
さて、メルデオさんは──「クレイドルさん!」
胴に衝撃──何ぞ!? と思えば、メルデオさんの娘、メジェナさんだ。
ガシリ、としがみついてくるメジェナさんが、グリグリと頭を擦り付けてくる──猫かな?
「うう~……クレイドルさん! クレイドルさん!!」
さらに強く、グリグリと頭を押し付けてくるメジェナさん。店内が、騒がしくなってくる──メルデオさん、早く戻って来てくれ!!
メルデオ商会の福会長、マルネさんが猫化したメジェナさんを、丁寧に引き剥がしてくれた。
「フウッ、シャアッ!!」
荒ぶる猫と化したメジェナさんを、小脇に抱えたマルネさんが、「少しお待ち下さい。直に会長は戻って来ます。応接室で、お待ちを」
猫族のマルネさんが、丁寧に言ってくれた。
灰色の毛並み。油断ない目付きと引き締まった体格は、何とも獣族らしい……パンツスーツ姿が、冒険者ギルドのサイミアさんと被る。
じたばたするメジェナさんを小脇に抱えたままのマルネさんは、一礼すると、応接室に案内してくれた。
応接室に通され、茶を出される。
「会長は、間もなく、来ます……何か御用があれば……」
もじもじとする、従業員さん……何ぞ?
「いえ……特には、ありません。用があれば呼びますので」
は、はひ! と顔を真っ赤にした従業員さんが出て行った……。
質素だが上品なカップに口を付ける──うん、ほどよい熱さだ。微かな甘みのある、紅茶っぽいな。
お茶を一杯飲まないうちに、メルデオさんがやって来た。人間性が戻ったメジェナさんも一緒だ。立ち上がり、礼をする。
「あ~、いいよいいよ。そんな他人行儀な」
手を振りながら、着席を促すメルデオさん。この気さくな感じ、心地良いな……。
「すいません。特に用という事は無いんです。戻って来たので、少し挨拶をしたかったんですよ」
「カリエラの護衛で、来ているんだろう? 聞いたよ、
お茶を啜りながら、メルデオさんがいう。
「聞いたんだけど、トロル退治もしたんだって?」
「トロル退治?! そのお話、聞きたいです!!」
メジェナさんが、食いついて来た……確か、トロル退治は絵本にもなっていたよな──ちらりと、メルデオさんの顔を見る。
何か、嬉しそうな顔……シェーミイほどに上手く話せるかどうか──というか、いつの間にかマルネさんも来ていた。
邪神の加護が、発動するか?
発動しなかった──シェーミイほどではないが、トロル退治の顛末を何とか話終えた──まあ、喜んでくれたようで良かった……途中興奮したメジェナさんが、再び猛き猫に成りかけたが、マルネさんが静めた──それと、トロルの寝床から、ギルラド卿がウォーキンス卿に送った短剣を回収して、ウォルキース卿に返還した事も伝えた。
「なるほど……そこの二家は、関係が深いからね。クレイドル君、君達はその二家になかなかの義理を作ったかも知れないよ」
「ウォーキンス子爵の奥方にも、似たような事を言われました」
マルネさんが、お茶を入れ換えてくれた。どうぞ、と俺達に勧めてくる。
「貴族に義理を作るのは、良し悪しだけど、帝国内においては、嫌な事にはならないだろうね」
淹れたての茶を啜りながら、メルデオさんがいう。
貴族というのは、しち面倒な存在だと思っていたが、帝国内ではそうでも無いのか──
「考えてみなよ。覇王公は奴隷上がりだよ。そこから将軍、さらには王座を簒奪。奴隷上がりの簒奪王。帝国の人間なら、皆知っているからね」
その臣下もまた、同様な経歴だそうだ……。
「貴族の義理を、厄介事と思わないでもいいという事ですかね?」
茶を啜る。まあ、帝国内の貴族は気安く、市民との距離が相当に近い事らしいからな……。
「まあ、そうだね。とはいえ、繋がりが出来たって事は、覚えていた方がいいよ」
……ううむ。まあレンディアもいるし、そういう事になったらなったで、頼るか──
「あ、あの! クレイドルさん、時間ありますか? 美味しいケーキとお茶を出してくれる、お店があるんですよ!!」
おおう……畳み込んでくるな。メジェナさん。今、時間は昼前。
集合時間は夕方……時間はあるが──メルデオさんは、微笑んでいる。
「夕方までは、大丈夫ですよ」
そう答えると、メルデオさんが笑った。
メジェナさんお薦めの茶店。落ち着いた雰囲気の、いい店だ──女性客が中心なのが気になったが。
メジェナさんのお任せで注文をした。チラチラと、こちらを伺う女性客の視線は無視する。
茶店から出たメジェナさんは、俺の手を繋ぎ、ご機嫌だ。うん──周囲の目が気になる。
メジェナさんと何とか別れ(ごねて大変だった)、メルデオ商会から離れた。
まだ、昼前か……ケーキセットを食べたばかりだからな。腹は減ってない。
レンディアとシェーミイは、冒険者ギルド。グランさんは、暗黒神の支殿に出向いている。
さて……俺は、どうするかな。