邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第83話 朝陽食堂の衝撃 前世との邂逅

 

 

商店街裏通りの一角に、小さめの食堂がある。二人掛けのテーブルが二つ。九人掛けのコノ字型のカウンター。

詰めて、十四人の小さな店。開店時間は、夜から早朝少しまで。外看板にはただ、“飯処(めしどころ)”の文字。誰が言うとも無く、 “朝陽食堂”と呼ばれている──この店の大将は、東国出身という以外、身の上は分かっていない。鍛え込まれ、引き締まった体に、穏和な顔付き。歳は、四十後半といった所だろう──

 

「こんばんはー、大将ー!」

ガラリ、と引き戸を開き、シェーミイが店に飛び込む。

「なんか、久し振りよね、大将」

「今晩は、大将。丁度、いい時間だな」

シェーミイに続いて、レンディア、グランさんと続く。

「今晩は」

店内の雰囲気は……前世でもよく通った、町食堂の雰囲気に似ている──妙な郷愁を感じた。

 

「おお、“碧水の翼(へきすいのつばさ)”の面々か……うん? 新入りか……今日は応援頼めないな」

俺の顔を見て、苦笑する大将……何ぞ?

「この店ね。食事はメニュー表の定食三種何だけど、頼めば色々作ってくれるのよ。まあ、取り合えず、オウルリバーの炭酸割り頂戴」

「えーとね。果実酒炭酸割り!」

「黒ワインを、頼みます」

おおう、飲むなあ。俺は……よし。

「オウルリバー、ロックで」

「なかなか、いい飲み方知っているな。よし、少し待ってな」

大将は、にやりと笑い、奥に引っ込んでいった。

氷があるのは、魔道具があるって事か……こじんまりした店だが、いい店なんだろうな。

 

ガラリ、と戸が開く。

「邪魔するよ」

スルリ、と入ってきたのはラザロさんだった。

ピシリ、と戸が閉まる。いつの間にか席に着いたラザロさん。

「なんじゃ、お嬢。こういう店にも来るのかい」

「ここはグレイオウル領だもの。あちこち出向くわよ」

「お待ちどう。おや、ラザロさん。黒ワインで?」

酒を俺達の前に置きながら、大将がラザロさんにいう。

「うむ。それと、何か豚肉を使った摘まみを頼む」

「そうだね……豚バラと茸の炒め物はどうですか?」

「悪くないな。バター炒めにしてくれるか」

「あいよ」

再び、奥に引っ込む大将。バター炒めか、うん美味しそうだな。

「バター炒め何て、油っ濃くない?」

レンディアがいう。いやいやと、ラザロさん。

「年寄りはの、油を取らないとな」

黒ワインを口に含みながら、ラザロさんがいう。

「油取らないと、干からびるからねー」

果実酒炭酸割りを、がぶりと呷るシェーミイ。

吹き出しそうになるグランさん。

「やかましいわい。豚肉の油はの、体にいいんじゃよ」

ぐびり、と黒ワインを呷るラザロさん。

 

「今晩は」

ガラ、と戸が開く。入ってきたのは巨漢。ブレイズハンドの、ドルヴィスさんだった。

「おおう。お嬢達かよ……ん? クレイドルもパーティー入りしたのか?」

「ええ、そうよ。すでにいくつか、依頼をこなしているのよ」

ほう。とドルヴィスさん。

「大将、蜂蜜酒頼む。それと、鶏の野菜炒めと厚切りチーズを」

ドルヴィスさんが注文する。なるほどな、大概の注文が出来るというのは、こういう事か──俺達は、何を注文したらいいのか……。

 

「えーとね。小魚の唐揚げと鶏唐揚げ。果実酒炭酸割りお代わり!」

「あいよ。お嬢、オウルリバー炭酸割りな」

「ん。ありがと」

グラスの交換と同時に、大将がレンディアの前に、オウルリバー炭酸割りのグラスを置く。

先に頼んでいた、ソーセージと白菜の酢漬けを摘まむ。

楽しいな。この店。ラザロさんとドルヴィスさんが、何やら武具について話し合っている。

 

いい喧騒だな。夜が過ぎれば、さらに人が集うんだろうな。

ちびり、とオウルリバーのロックに口をつける。うん、ほどよく冷えた酒が美味い……。

 

 

「今晩は~。大将、鶏定とエールね。あと、大根の漬物、お願い」

水商売風の女性が入って来た。厚化粧ではなく、涼しげな薄化粧。高級店勤めな感じだ……。

あいよ、と大将が答える。

何か食事を頼もうかな……ううむ。腹は減ってはいないんだよな。

飲むなら、何か腹に入れた方がいいんだが、シェーミイとレンディアが、摘まみを頼んでいるんだよなあ。

さて、何を……ワサビの何かを、頼むか? 大概の注文は出来ると聞いていたからな。

 

「はいよ、鶏定に大根の漬物ね」

飯、鶏肉野菜炒め、ニンジンとジャガイモの汁。大根の漬物……完璧な定食だ。

その側には、ジョッキのエール。水商売風の女性は、エールを手に取ると、ぐうっ、と呷り、一息つくと、鶏定食に手をつける。

大将は、その様子を穏やかな笑みで見つめている。

 

色々な客がやって来た。大概は、定食を食べ、軽く一杯飲んで帰っていった。

残っているのは、酒と食事を楽しむ人達だ。まあ、俺達もそうなんだが──

ラザロさんは、ちびちびと黒ワインを楽しみながら、ベーコンとチーズを摘まんでいる。

 

「大将、果実酒炭酸割り、お願いします。あと……ワサビ料理、何か出来ますか?」

「はいよ、果実酒炭酸割りね……って、山葵料理……うちは、その、山葵置いて無いんだ……」

店の雰囲気が、凍った。ええ……何だこの雰囲気。

「山葵料理は、出来ないって事なのね、大将……」

レンディアがいう。ワサビは、領内でもそれほど出回っていないと聞いていたからな……。

「まあ、残念ね。クレイドル、仕方ないわよ」

とは言ってもなあ……大概の料理が出来るのに、出来ない物があるというのは、キツいだろうなあ……大将、申し訳ない──

 

出来ない──理不尽な注文を、作りたくないといってはね除けた事は、何度かあるが、出来ないといった事は今までなかった。

山葵かあ。あれを好んで注文する客は、今まで無かったからなあ。参った……。

 

「果実酒炭酸割りをお願いします……それと、豚を使った汁物出来ますか?」

「あ、ああ。分かった。任せな」

我に帰った様に言い、厨房に戻る大将。何か、すいません……。

「出来ん、とはな。初めて聞いたわい」

黒ワインを、ちびり、とやるラザロさん。

「あんたは客じゃない。作りたくないねって、突っぱねるのは見た事あるけどな」

厚切りチーズを口に放り込むドルヴィスさん。

突っぱねる、か……なんかそういう所、ありそうだな、あの大将。

 

「ねえ、君。山葵好きなの?」

エールをワインに代えた、水商売風の女性が話しかけて来た。酔っているのか、顔が赤い。

綺麗な近所のお姉さんて感じの人だ。

「好きです。マリネと一緒に食べると、酒が進みますよ」

「マリネと一緒に、のう」

ラザロさんが、物珍しげに言う。

「はいよ、お待ち」

ゴトリと、目の前に置かれたどんぶり鉢──「おおう」

思わず、声が出た。これ、豚汁だな……ぶつ切りの一口大の豚肉、ジャガイモ、ニンジン、コンニャク……コンニャクあるのか!

一口、啜る──味噌だ。これ!

ここは箸の出番だな。まずは、豚肉を一口。

美味い……下味充分。ジャガイモ、ニンジン、コンニャクともに、美味い。というか、味噌があるのに驚かされた──「美味しいです」

 

「そりゃ、良かった。あと、これは店のおごりだ」

差し出されたのは、果実酒炭酸割り。

「ありがとうございます」

 

「大将、俺にもその汁物くれないか」

ドルヴィスさんが、豚汁を覗きながらいう。

「人数分あるよ。食べる人?」

大将の言葉に、皆が声を挙げた。味噌美味いからね。味噌か……この店だけかな?

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