商店街裏通りの一角に、小さめの食堂がある。二人掛けのテーブルが二つ。九人掛けのコノ字型のカウンター。
詰めて、十四人の小さな店。開店時間は、夜から早朝少しまで。外看板にはただ、“
「こんばんはー、大将ー!」
ガラリ、と引き戸を開き、シェーミイが店に飛び込む。
「なんか、久し振りよね、大将」
「今晩は、大将。丁度、いい時間だな」
シェーミイに続いて、レンディア、グランさんと続く。
「今晩は」
店内の雰囲気は……前世でもよく通った、町食堂の雰囲気に似ている──妙な郷愁を感じた。
「おお、“
俺の顔を見て、苦笑する大将……何ぞ?
「この店ね。食事はメニュー表の定食三種何だけど、頼めば色々作ってくれるのよ。まあ、取り合えず、オウルリバーの炭酸割り頂戴」
「えーとね。果実酒炭酸割り!」
「黒ワインを、頼みます」
おおう、飲むなあ。俺は……よし。
「オウルリバー、ロックで」
「なかなか、いい飲み方知っているな。よし、少し待ってな」
大将は、にやりと笑い、奥に引っ込んでいった。
氷があるのは、魔道具があるって事か……こじんまりした店だが、いい店なんだろうな。
ガラリ、と戸が開く。
「邪魔するよ」
スルリ、と入ってきたのはラザロさんだった。
ピシリ、と戸が閉まる。いつの間にか席に着いたラザロさん。
「なんじゃ、お嬢。こういう店にも来るのかい」
「ここはグレイオウル領だもの。あちこち出向くわよ」
「お待ちどう。おや、ラザロさん。黒ワインで?」
酒を俺達の前に置きながら、大将がラザロさんにいう。
「うむ。それと、何か豚肉を使った摘まみを頼む」
「そうだね……豚バラと茸の炒め物はどうですか?」
「悪くないな。バター炒めにしてくれるか」
「あいよ」
再び、奥に引っ込む大将。バター炒めか、うん美味しそうだな。
「バター炒め何て、油っ濃くない?」
レンディアがいう。いやいやと、ラザロさん。
「年寄りはの、油を取らないとな」
黒ワインを口に含みながら、ラザロさんがいう。
「油取らないと、干からびるからねー」
果実酒炭酸割りを、がぶりと呷るシェーミイ。
吹き出しそうになるグランさん。
「やかましいわい。豚肉の油はの、体にいいんじゃよ」
ぐびり、と黒ワインを呷るラザロさん。
「今晩は」
ガラ、と戸が開く。入ってきたのは巨漢。ブレイズハンドの、ドルヴィスさんだった。
「おおう。お嬢達かよ……ん? クレイドルもパーティー入りしたのか?」
「ええ、そうよ。すでにいくつか、依頼をこなしているのよ」
ほう。とドルヴィスさん。
「大将、蜂蜜酒頼む。それと、鶏の野菜炒めと厚切りチーズを」
ドルヴィスさんが注文する。なるほどな、大概の注文が出来るというのは、こういう事か──俺達は、何を注文したらいいのか……。
「えーとね。小魚の唐揚げと鶏唐揚げ。果実酒炭酸割りお代わり!」
「あいよ。お嬢、オウルリバー炭酸割りな」
「ん。ありがと」
グラスの交換と同時に、大将がレンディアの前に、オウルリバー炭酸割りのグラスを置く。
先に頼んでいた、ソーセージと白菜の酢漬けを摘まむ。
楽しいな。この店。ラザロさんとドルヴィスさんが、何やら武具について話し合っている。
いい喧騒だな。夜が過ぎれば、さらに人が集うんだろうな。
ちびり、とオウルリバーのロックに口をつける。うん、ほどよく冷えた酒が美味い……。
「今晩は~。大将、鶏定とエールね。あと、大根の漬物、お願い」
水商売風の女性が入って来た。厚化粧ではなく、涼しげな薄化粧。高級店勤めな感じだ……。
あいよ、と大将が答える。
何か食事を頼もうかな……ううむ。腹は減ってはいないんだよな。
飲むなら、何か腹に入れた方がいいんだが、シェーミイとレンディアが、摘まみを頼んでいるんだよなあ。
さて、何を……ワサビの何かを、頼むか? 大概の注文は出来ると聞いていたからな。
「はいよ、鶏定に大根の漬物ね」
飯、鶏肉野菜炒め、ニンジンとジャガイモの汁。大根の漬物……完璧な定食だ。
その側には、ジョッキのエール。水商売風の女性は、エールを手に取ると、ぐうっ、と呷り、一息つくと、鶏定食に手をつける。
大将は、その様子を穏やかな笑みで見つめている。
色々な客がやって来た。大概は、定食を食べ、軽く一杯飲んで帰っていった。
残っているのは、酒と食事を楽しむ人達だ。まあ、俺達もそうなんだが──
ラザロさんは、ちびちびと黒ワインを楽しみながら、ベーコンとチーズを摘まんでいる。
「大将、果実酒炭酸割り、お願いします。あと……ワサビ料理、何か出来ますか?」
「はいよ、果実酒炭酸割りね……って、山葵料理……うちは、その、山葵置いて無いんだ……」
店の雰囲気が、凍った。ええ……何だこの雰囲気。
「山葵料理は、出来ないって事なのね、大将……」
レンディアがいう。ワサビは、領内でもそれほど出回っていないと聞いていたからな……。
「まあ、残念ね。クレイドル、仕方ないわよ」
とは言ってもなあ……大概の料理が出来るのに、出来ない物があるというのは、キツいだろうなあ……大将、申し訳ない──
出来ない──理不尽な注文を、作りたくないといってはね除けた事は、何度かあるが、出来ないといった事は今までなかった。
山葵かあ。あれを好んで注文する客は、今まで無かったからなあ。参った……。
「果実酒炭酸割りをお願いします……それと、豚を使った汁物出来ますか?」
「あ、ああ。分かった。任せな」
我に帰った様に言い、厨房に戻る大将。何か、すいません……。
「出来ん、とはな。初めて聞いたわい」
黒ワインを、ちびり、とやるラザロさん。
「あんたは客じゃない。作りたくないねって、突っぱねるのは見た事あるけどな」
厚切りチーズを口に放り込むドルヴィスさん。
突っぱねる、か……なんかそういう所、ありそうだな、あの大将。
「ねえ、君。山葵好きなの?」
エールをワインに代えた、水商売風の女性が話しかけて来た。酔っているのか、顔が赤い。
綺麗な近所のお姉さんて感じの人だ。
「好きです。マリネと一緒に食べると、酒が進みますよ」
「マリネと一緒に、のう」
ラザロさんが、物珍しげに言う。
「はいよ、お待ち」
ゴトリと、目の前に置かれたどんぶり鉢──「おおう」
思わず、声が出た。これ、豚汁だな……ぶつ切りの一口大の豚肉、ジャガイモ、ニンジン、コンニャク……コンニャクあるのか!
一口、啜る──味噌だ。これ!
ここは箸の出番だな。まずは、豚肉を一口。
美味い……下味充分。ジャガイモ、ニンジン、コンニャクともに、美味い。というか、味噌があるのに驚かされた──「美味しいです」
「そりゃ、良かった。あと、これは店のおごりだ」
差し出されたのは、果実酒炭酸割り。
「ありがとうございます」
「大将、俺にもその汁物くれないか」
ドルヴィスさんが、豚汁を覗きながらいう。
「人数分あるよ。食べる人?」
大将の言葉に、皆が声を挙げた。味噌美味いからね。味噌か……この店だけかな?