「それほど疲れてもないけど、小休止にしましょうよ」
広場には誰もいない。結構広い。百メートル四方の、小型ホールという感じか。
広場奥に、六階へと降りる階段が、見える。あの下が地獄かな?
「クレイドルー、魔道コンロ出してー」
お茶の時間だな。シェーミイがバッグから、ビスケットに干し果物を取り出す。
「さて、さっきも言ったけれど、ここから先は未知数よ。兄上から聞いた話だと、六階以降はかなり広くなっているらしいのよ。え~と、通路横幅、十メートルほどで天井は見えず。少なくとも、通路に罠は見かけなかったが、油断禁物。それと、小部屋には魔物が潜んでいる可能性あり。入る際には、生命探知、魔力探知の使用を推奨との事、ね」
おお、ラーディスさん情報か。小部屋……確か、魔物が潜んでいる小部屋には、宝箱が安置されている可能性が有り。だったか──
「お湯沸いたよー、お茶にしよ~」
シェーミイが、ティーポットに茶葉を入れ、湯を、静かに注ぐ──雑な手並みに見えるが、意外と茶を入れるの、上手何だよな……。
「レンディア、六階に降りる前に大いなる父君に、加護を願いたい」
グランさんがいう。そうか、暗黒神の加護か。対悪魔には、かなり効果的だろうな……。
「ん、お願いよ。対悪魔に心強いわ」
任せてくれ、と嬉しそうにいうグランさん。
──この世に有らざるべき
憎悪を巻き散らす 世の敵に抗い撃退する力をお与え下さい
我と我らが友に 大いなる父君の加護を──
剣を胸元に掲げ、頭を垂れる俺達に向けての、グランさんの祈り。
体感は……うお、何だこれ。一瞬、体が痺れた──〈んふふっ。“兄上”の加護もしっくりきたみたいね~〉──邪神の声。何だ!? 兄上って!?
「よし……済んだ。大いなる父君は、私の頼みを聞き届けてくれた。実感は感じないだろうが、大丈夫だ」
グランさんが、剣を納める。
「さて。暗黒神の加護を得て、万全でしょうけど、実際に六階を見なければ分からないわね」
うむ、とグランさんが頷く。シェーミイが、いつも通り、斥候を引き受けた。
「ふん。準備万端ね。さあて……ここから先は、地獄かしらね」
ふふん、と鼻唄を歌う様に言いながら、レンディアが帯剣する。おう、様になっているな……。
「グランさん、暗黒神の加護はどれくらい続くんですか?」
単純な疑問。普通の身体強化は、一、二分程度らしいが、神の加護は?
「うん? 私が、大いなる父君に感謝を告げれば、そこで加護は終わる。急に途切れる事などないぞ……大いなる父君の慈悲は寛大だ。信仰有る無し関係無く──」
「もう、いいわ。さて……降りましょうか。地獄へ」
緑のケープを締め直すレンディア。
レンディアの言った様に、広い。ジャンさん達に連れられ、いくつかのダンジョンを巡ったが、どことも違う。
黒壁回廊とはよくいったものだな。黒一色──不思議なのは、見渡す限り黒なのに、暗く感じないという事。全体が、ほの暗く輝いているというか……「どうも、気に入らないな」
グランさんが、ふん、と鼻を鳴らす。
「グラン、“闇明け”使ってみて」
レンディアの指示に、グランさんが頷き、宙に印を描き──手で払う仕草をした。トロルの洞窟の時より、少し手間を掛けているな……。
周囲の視界が、大きく開けた。
「なるほど、こうなるのね……」
感心したように、レンディアが頷く。はえ~と、周囲を見回すシェーミイ。
「少し強めにしてみたが、思ったより効果的だな……私を中心にして、約半径十メートルほどかな」
「どれくらい持つの?」
「うむ。私が、解除するまでだ。それと、“闇明け”使用中でも、他の術は行使出来る」
グランさんとレンディアの会話。
「なるほどね……グラン、シェーミイ、先行して。“闇明け”で開けたといっても、まだ前方は暗いわ。斥候はしないで、二人で前方を警戒。私とクレイドルは、後方を警戒するわ」
フェイスガードを引き上げ、深呼吸一つ。
さて、この先は、何が待ち受けているやら……邪神の含み笑いが、聞こえた気がした。
黒壁に、黒く広い通路。上が見えない天井。広いんだが……嫌な圧迫感があるな。
先を行く、グランさんとシェーミイ。シェーミイは、少し斜め後方。短弓に、矢を二本つがえている。
俺達との距離は、五メートルほど。
「このまま、真っ直ぐかな?」
「そうね、ただ広くなっただけらしいわよ……と」
レンディアが、立ち止まった。何ぞ?と前を見る──
この気配……若手の頃に、何度も経験したものだ──“嘆きの荒野”。アンデッドの巣窟。遥か昔、覇王公ミルゼリッツが多くの狂信者、奴隷商、腐敗しきった神聖教の司祭と神官達等を、多数処断し、その遺体を破棄した場所。
その数、数万とも数十万とも云われている。
覇王公の歴史の、血生臭い話の一つだ。
暗黒騎士団のみならず、神聖騎士団も若手の騎士と神官は必ず“嘆きの荒野”に向かい、対アンデッドの研修を受ける──それは、それとしてだ。
前方からの気配は……四つ。これは……。
「シェーミイ、レンディア達に報告頼む。アンデッド、四体。私に任せてくれと、伝えてくれ」
シェーミイが、ん、と頷き、素早く音もなく、後方に下がって行く……呪縛の内に、この世に繋ぎ止められている遺体を、解放しないとな。
アンデッドの気配が強く漂ってきた……。
「アンデッド、四体だそうだよ……多分、初級のパーティーだねー」
口調とは裏腹に、しかめ面のシェーミイ。
「ん。ここは、グランに任せましょうよ」
「大いなる父君の加護、か……」
俺達は、カイトシールドを構え、ブロードソードを引き抜くグランさんの背を見る──
カチャリ、ジャリ、と引きずる音が聞こえてきた。腐敗臭は薄いが、アンデッド特有の瘴気が漂って来る……姿を現す、四体のアンデッド。
ボロボロの姿だ。安物の防具に、欠け刃のロングソード。四人共に、似たような姿。
確か、“猛き剣”とか言っていたらしいな──無謀の代償は命……か。
にじり寄ってくる、四体のアンデッド。腐敗は進んでいないので、顔立ちが分かる。
十代半ばか? まあいい……呪縛を、解こうか──魂、いずこかに行けども その体は今だ囚われの身 呪縛は速やかに解かれ その身は灰塵と化す 灰は灰に 塵は塵に 大地に還る時が来た──
「大いなる父君よ……どうか、かの者達にも慈悲の御心を」
グランの、暗黒神への祈り。涼しげな風が、回廊を吹き抜けて行った──
グランさんの祈り……“
暗黒騎士、神聖騎士と神官、司祭の技術だ。
アンデッドを浄呪する手段。強力なアンデッドほど、経験と信仰心が必要らしい。
グランさんの祈りとともに、爽やかな風が過ぎ去って行く。そして、ガシャリと金属音──“猛き剣”の成れの果てが、崩れ落ちた音だ……。
ボロボロの装備品からは、灰とも塵とも云えないものが溢れていた。
「はあ……さて、回収しましょうか」
レンディアがため息混じりに言った……冒険者証の回収か……。
四名の冒険者証を回収。四名共に初級のD。多分、初級者訓練は受けていない可能性高いな……。
「持ち物は、放って置きましょう。直に回廊に分解されるわよ。グラン、シェーミイ、先行お願いよ。部屋を見付けたら、止まって」
レンディアの指示で、二人は先を行く。
「六階からの小部屋は、調べるのか?」
五階までにも、いくつか小部屋はあったが、皆スルーしたんだよな。
レンディアいわく、大した物は無いだろうし、荷物は増やさない方がいいから、との事だった。
確かにな、基本、奥の方が良いものが出やすい傾向にあるというからな……。
「小部屋の隅にでも、ラミナ草が生えているかも知れないからね」
そうだった。ラミナ草採取が、第一目標だったな。
先行しているシェーミイが、こちらに手を振っているのが見えた。
「ふん。何か見付けたのかしらね」
急ぎ、シェーミイ達に合流する事となった。