ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかif 白兎と雷花の残響・残香   作:青色のラピス

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性懲りもなく初投稿です。


感想、高評価いただけるとありがたいです。


本編
第一話 始まり


「ほあああああっ!?」

 

一匹の兎――否、一人の少年がひたすらに逃げている。

彼を追い立てる者は一匹の怪物――猛牛(ミノタウロス)だった。

全身を分厚い筋肉と毛皮に覆われ、雄牛の頭を持つ生き物は正に怪物(モンスター)と言うべき他ない。

 

「ヴオオオオオオオオッ!!」

 

少年を追い立てるミノタウロスは咆哮を放つ。凄まじい音量の其れは常人ならば鼓膜が破裂しかねないものだった。しかもミノタウロスの咆哮は強制停止(リストレイト)の効果を持つ。

故にミノタウロスは確信していた。目の前にいる人間―――みっともない悲鳴をあげる兎は間違いなく弱者であると。

 

しかしどういう訳か少年は止まらない。

それどころか足取りはしっかりしていき、みっともない悲鳴も同時に消えていった。

やがて、行き止まりを前にして少年は足を止める。

 

「!? ……駄目だ。僕は英雄になるんだ。こんな所で死ぬわけにはいかないッ!」

 

そう言って腰から双剣を抜き、構える。

覚悟を決めたのだろう。顔つきは可愛らしさではなく、精悍さを感じるものとなっている。

そして、吠える。

 

「来い! ミノタウロス! お前を喰って、乗り越えてやる!」

 

「……!」

 

思わずミノタウロスは少年に気圧される。

しかし、ゆっくりと口を歪め、笑った。

何故か血潮が熱く滾り始めた。血潮が熱くなるたび心臓が早鐘を打ち、更に体に熱を回す。

少年は間違いなくミノタウロスにとって格下のはずだ。

かつて下で彼らを殺戮した冒険者たちとは比べ物にならない弱者。

それなのに無いはずの魂は震え、心は飢えを叫ぶ。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

先程の咆哮を超える音量の咆哮を放ち、得物を構える。

 

 

―――しかし、ここで少年と猛牛がぶつかり合うことが無かった。

 

 

一筋の傷が生まれる。

あり得ないとミノタウロスは動揺した。

しかし、彼の動揺などお構いなしに傷は更に増えていき、最後にはバラバラに切り刻まれた。

 

消えゆく意識の中で名も無き猛牛は誓った。

次こそは死闘を、思う存分に冒険をしようと。

そして猛牛の意識は消失していった。

 

一方で少年は目の前の光景から目が離せずにいた。

自分を助けてくれた同業者―――【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに釘付けになっていた。

ミノタウロスの血を全身に被った状態でありながらそれにも気づかない様子で夢中になっていた。

 

「大丈夫、ですか?」

 

「……だっ。」

 

「だ?」

 

「だあああああああああああああああっ!!?」

 

そして様々な感情が爆発した少年は脱兎の如く走って行った。

……呆然とする【剣姫】を残して。

因みに後からやって来た【凶狼(ヴァナルガント)】はその光景を見て爆笑していた。

 

 △▼△

 

「リタさんっ!」

 

管理機関(ギルド)にて寛ぐ一人の冒険者目掛けて少年――ベル・クラネルが突っ込む。

迷宮(ダンジョン)から戻ってきたばかりの彼はミノタウロスの血を被ったままであるため剣士を含めた全員が驚愕するがベルはお構いなしに捲し立てる。

 

「滅茶苦茶に強い金髪金眼、美少女剣士について何か知っていますか!? 知っていますよね!?」

 

「待て待て待てーーーッ! 先ずはシャワーを浴びてこいッ!」

 

流石に荒事に慣れているとはいえ血塗れの少年に質問攻めにされたことのない冒険者は少年の首根っこを掴み、シャワー室へ連行する。

少年が血を洗い流している内に少年の着ていた衣服や胸当ての血を落す。

 

「はぁ……。そういうところはキチンと【ゼウス】なんだなあ……。」

 

冒険者――リタ・ナラティブは仮面の下で溜息を吐く。

元【ゼウス・ファミリア】の彼が思いだすのは数日前、ザルドとアルフィア、そして彼等の主神がいるという田舎へ向かった時のことだった。   

 

 ▼△▼

 

「リタ。あの子の面倒を見てくれんか?」

 

リタがザルドとアルフィアの治療のために彼らの住む村へ訪れたときだった。

彼の主神ゼウスは開口一番にそう言った。

 

「……待て、ゼウス。何故俺にそれを言う? それに俺の言葉は決まっている。……それくらい分かるだろう?」

 

「アルフィアもヘラも承諾しておる。それにオラリオへ行くことはこの子の意思じゃ。」

 

「……マジ? マジで!? あの二人が!? あの暴君(過保護)たちが!!?」

 

「あっ、待て! 声を抑え「【福音(ゴスペル)】」

 

その瞬間、家が吹き飛び、ゼウスとリタは畑に生き埋めにされた。

因みに外にいたザルドも巻き沿いを食って生き埋めになっている。合唱。

 

「今何時だと思っているんだ?」

 

元々は寝室であった場所から黒いドレスを着た美女――【静寂】のアルフィアが姿を現す。

声色は明らかに怒りを含んだものだった。

 

「……過保護っぷりは変わらずかアルフィア。」

 

「過保護ではない。母親として当たり前のことだ。」

 

夜中に大声を出したことは悪いと思うがゼウスと俺は兎も角としてザルドまで埋めるのは間違っているのでは?とリタは嫌味を言ったつもりだがアルフィアには通じない。

はっきりと言えばいいとも思われるかもしれないが残念ながらLv.9に勝てるかもしれない英雄相手に高々Lv.6の彼は真正面から意見するなど不可能だった。

 

「ところでいきなりどうしたんだ? お前たちはあの忘れ形見を冒険者にするつもりはないって言ってなかったか? それがいきなりどういう風の吹き回しだ。」

 

「……あの子は英雄になりたいそうだ。ならオラリオに行くのが一番だ。」

 

「……後悔しているのか? あの時絶対悪(エレボス)を拒絶したことを。……なら大丈夫だ。あいつらのおかげで嘗てと同じレベルとは言えないが確実に向上している。それに―――」

 

「勘違いするな。これは正真正銘あの子の意思だ。」

 

アルフィアがぴしゃりと言い放つ。

そこに嘘は感じられず、ただ子を想う母の姿のみがあった。

 

「私やザルドが鍛えるのでは限界がある。強くなるなら『神の恩寵(ファルナ)』を刻み、迷宮(ダンジョン)に潜る方が効果的だ。」

 

「……なるほど。……だが良いのか? お前は病が……。」

 

「ああ、病なら治った。」

 

はあ?とリタが間抜けな声を出す。首から下を生き埋めにされている状態が加わってかなり滑稽だ。

 

しかし、リタが間抜けな声を出すのは仕方が無いことだった。

アルフィアは元々不治の病を抱えていた。生来のものであり、アルフィアの妹メーテリアも同じ病を抱えていた。その力は凄まじく、才禍の怪物と謳われたアルフィアをLv.7に留めたほどであり、メーテリアは一人で部屋から出ることはできない程だった。しかもステイタスを刻まれた際に変質し、スキルの一部と化し、正真正銘の不治の病と化した。

 

つまり病が治ったということはスキルを失ったということと同義である。

しかし、スキルを失うという前例はない。

 

「……え、待ってくれ。お前、スキルを失ったのか……?」

 

「いや、違う。ただスキルの悪影響を無効化するスキルを獲得しただけだ。」

 

リタは微妙な表情を浮かべた。

 

「話を戻すがあの子――ベルのことを頼みたい。私達が近くにいればあの子は甘えてしまうし、甘やかしてしまう。……それは、良くない。あの子のためにならない。」

 

「儂からも頼む、リタ。この通りじゃ。」

 

アルフィアとゼウスがリタに頼み込む。

リタは少し考え、ため息と共に答えを出す。

 

「……はあ、分かったよ。主神と【静寂】に頼まれたんじゃあ断れねえよ。」

 

「そうか、すまないな……。……では明日出発する。今日は泊っていくといい。」

 

「……ちょっと待て。明日!? 明日って言ったか、アルフィア!?」

 

しかし、残念ながら彼の質問に対する答えは帰って来なかった。

何時ものことだったがそれでもリタは項垂れた。

少しは期待していたからこそ項垂れていた。

 

因みにザルドとゼウスは同情の目線を送っていた。

しかし、抗議することは無く、いそいそと土から這い出ていく。

この数年で家庭ヒエラルキー下位の男たちはすっかりと調教されていたのだった。

 

 △▼△

 

結局翌日リタはアルフィアの義息子――ベル・クラネルと一緒にオラリオへ向かった。

道中の馬車で多くのことを聞き、話した。

 

「へえ、ザルドからは剣、アルフィアからは魔法を教わっていたのか。……大丈夫だったか?」

 

「ははは……。でも、確かに強くなれました。それに英雄になるって言ったのは僕ですし……。あ、後は―――」

 

「後は?」

 

「あ、いえ何でもないです。」

 

「おいおい、気になるじゃないか。言ってみろよ。」

 

「ごめんなさい。これは秘密っていう約束なんです。すみません……。」

 

「ああ、いや。別に謝るなよ。……全く、本当にやりずらいな。」

 

リタは少し頭を抱える。

元【ゼウス・ファミリア】の彼は規格外と無茶苦茶が人型となっただけの生物と冒険をしていた。

そのため超絶残虐破壊衝動女(ヘラ)暴君女王(アルフィア)に育てられたという少年は一体どんな奴に育っているのかと戦々恐々していたが、拍子抜け。

少年は腰が低く、人懐っこい性格だった。

 

(そう言えばゼウス達がよく兎みたいだと言ってたけど、本当だな。深紅(ルベライト)の瞳に白い髪、小柄な体躯とこの性格。兎耳があっても違和感なしときた。……あの二人の良いとこどりだな。)

 

「……あの、どうしたんですか?」

 

「ん? いや別に何もないさ。……少し思い出していただけだ。」

 

「思い出していた……?」

 

「気にしなくていいさ。オジサンの感傷だからね。」

 

そして、馬車に揺られながら数日後、彼等はオラリオに到着した。

特に一悶着もなくオラリオに入ることまでできたが、問題はそこからだった。

 

「まさか全滅とは……。」

 

「…………ぐすっ。」

 

何とベル・クラネル。探索系ファミリア全滅である。

厳密に言えば管理機関(ギルド)に紹介された真面なファミリアだけであるため良し悪しを考えなければまだまだチャンスはある。

 

(まさかここまでとは……。やっぱり見た目が足引っ張ってるなあ……。)

 

リタの眼から見てベル・クラネルという少年は恩恵なしにしては強いというものだった。

オラリオに来る前に鍛錬として何回か模擬戦をしたのだが中々こなれていた。リタが半身を失ったせいもあるが、所々でヒヤリとした場面があった。

 

大剣を持てば軽々と振り回し、双剣ならば俊足を生かしヒットアンドアウェイで翻弄し、距離を取れば魔法で追い詰める。並行詠唱も手馴れており、柔軟かつ堅実に戦うことができるのだ。

しかし、ベル・クラネルという少年はどう見ても可愛い系の外見をした少年。

舐められて当然と言えば当然かもしれなかったが流石に見る目が無いとリタは思った。

 

(最悪、今俺が所属している【アトラス・ファミリア】に……。いや駄目だな、もっと真面な所が良い。流石になぁ……。)

 

「……やっぱり僕なんかが英雄になるって分不相応だったんだ……。」

 

ベル・クラネルは相次ぐ入団拒否で心が折れかけていた。

自信があった訳ではないが流石に、ということだろう。

 

「まあ、今日はここまでにしよう。宿に戻って夕食にしよう。そしてまた明日だ。」

 

「え、そんな悪いですよ! それにお金大丈夫なんですか……?」

 

「ハハハハ、いいから気にするな! 腹いっぱいご飯を食べて明日に備えるぞ!」

 

そう景気よくリタは笑い、ベルと共に宿屋に向かった。

しかし明るい言葉とは裏腹にリタもこの状況が悪いということは人一倍理解していた。

 

その後食事を終え、ベルはすぐに寝てしまった。

疲れと不安がたまっている所にお腹一杯になったのだ。十四歳の少年が眠ってしまうのは仕方ないだろう。

ベルが熟睡したことを確認したリタは一人夜の街を歩いていた。

 

向かう先は【アトラス・ファミリア】の本拠(ホーム)

ファミリアの性質上、多くの情報を集めている。その情報収集力は都市最大派閥の【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】を大きく凌駕する。

 

「ん? ああ、リタか。何処をほっつき歩いていたんだ? 愚者(フェルズ)の奴が探していたぞ?」

 

愚者(フェルズ)が? 今日は遅いしまた明日行くさ。……ところでだ、性格が良くて、そこそこのファミリアを率いていて団員の質が真面で問題のない善神を知らないか?」

 

「……そんな優良物件あるわけないだろう。」

 

「だよなあ……。」

 

神々が下界に降臨し、早千年近く。

人類は大抵の神々はロクデナシだということを認識している。

変態爺(ゼウス)でさえ善神と言われることからも察することができる。

 

「……ん、いや待てよ。リタ。ファミリアなしの善神なら一柱心当たりがある。」

 

「本当か?」

 

「ああ、本当だ。確か……ヘスティアだったか? 聞いた話じゃあ相当な善神だそうだぜ。」

 

「ヘスティア!? ヘスティアってあのヘスティアか!? 炉の女神にしてゼウスとヘラの姉! 永遠を司る聖火の処女神!」

 

ヘスティアという言葉を聞いた瞬間リタが興奮する。

普段冷静な所ばっかり見ている団員は驚きながら言葉を紡いでいく。、

 

「お、おう。確かそのヘスティアだったはずだが……。どうしたんだ? まさかこのファミリア抜ける気か?」

 

「違う違う。俺じゃなくて知り合いの子供だ。……で、ヘスティア様の方はどうなんだ?」

 

「知り合いの子供ぉ? ……まあ、いいか。で、ヘスティアか。と言ってもアレだぜ。ただじゃが丸くんの屋台でバイトしているだけだ。しかも金が無いあまり廃教会で生活しているそうだ。ファミリア設立の意欲はあるそうだが……。結構難しいぜ? 最近のファミリア事情を鑑みるに新規参入は難しい。アポロンやイシュタルあたりに難癖付けられて潰されるに決まっている。……全く【ロキ・ファミリア】も【フレイヤ・ファミリア】何やっているんだよ。」

 

「……なるほどな。参考になった。ありがとう。」

 

そう言ってリタは本拠(ホーム)から出て宿屋へ帰る。

帰り道の最中、彼はベル・クラネルについて考えていた。

 

(……結構肩入れしているな、あの子に。……会うつもりはなかったし、さっさと別れるつもりだったのにな。)

 

そう、リタはベル・クラネルと出会うつもりは毛頭なかった。そこには後ろめたさや後悔など様々な理由があるが……。

兎にも角にも関わり合いになる気は毛頭なかったのだ。

 

 ▼△▼

 

翌日、二人は管理機関(ギルド)に訪れ事情を話し、他にもファミリアを紹介してもらった。

受付嬢も全部断られたのは流石に予想外だったらしく、驚いていたが直ぐに表情を直し、またファミリアを紹介した。

ベルは流石に気落ちしていたようだが、一晩寝てある程度持ち直したのか、その瞳には気合で満ち溢れていた。

 

「よし、一旦ここでお別れだ。何処かのファミリアに入団が決まっても夜に宿屋へ報告に来てくれ。」

 

「分かりました! 今日こそ入団できるように頑張ります! リタさんはどうするんですか?」

 

「俺か? これでも冒険者の端くれだからな。迷宮(ダンジョン)で一稼ぎしてくる。」

 

「え、その体で大丈夫なんですか?」

 

「ハハハ! 今の俺でも上層なら単独(ソロ)でも大丈夫だぜ。だから心配するな。」

 

そう幾つか言葉を交わし、彼等はそれぞれの道へ進んだ。

ベル・クラネルは自分の夢を邁進するための場所を探しに。

リタ・ナラティブは愚者(フェルズ)に会うために迷宮へ。

 

 △▼△

 

迷宮(ダンジョン)の中の管理機関(ギルド)でさえ認知していない安全地域(セーフティポイント)にて一人の冒険者と黒ローブに身を包んだ魔術師(メイジ)が向かい合っていた。

 

「よう、愚者(フェルズ)。一体どうしたんだ? 何か緊急事態か?」

 

魔術師(メイジ)の名は愚者(フェルズ)

その正体は創設神ウラノスの使いであり、かつては賢者と讃えられた知られざる偉人だ。

そして今は骨となった波乱万丈な人間である。

 

「一体どうしたはこちらの台詞だ【不死鳥】。一体今まで何をしていた? 仮にもLv.6が予定にない行動をするのは止めてくれないか?」

 

「……仕方ないだろ。主神と【静寂】直々の依頼があったんだよ。」

 

「……ゼウスとアルフィアからの依頼? ……あの子供が関係しているのか?」

 

「流石、耳が早い。そうさ、彼はベル・クラネル。最強(ゼウス)最恐(ヘラ)の系譜を継ぐ、唯一の子供さ。」

 

リタは愚者(フェルズ)にこれまでの経緯を説明した。

一頻り説明を聞いた愚者(フェルズ)は大層驚いた。驚きすぎて下顎の骨を外しかけていたのはかなりシュールな光景だった。

息を整えて愚者(フェルズ)は口を開く。

 

「事情は理解した。しかし、それでも連絡はしておいてくれ。最近は面倒事が多い。君の力は必要になって来る。」

 

「……【イケロス・ファミリア】に【タナトス・ファミリア】か?」

 

「それらもだが【イシュタル・ファミリア】や【ソーマ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】もだ。というか真面なファミリアを探す方が難しいぞ。」

 

「よりにもよって都市最強派閥は何やっているんだよ……。」

 

 ▼△▼

 

その後、リタは愚者(フェルズ)と幾つか情報を交換し、同時に依頼を受け宿屋に戻った。

戻る途中、いくつかモンスターを討伐し、魔石とドロップアイテムを獲得していく。

数日分の宿代と食事代を稼いだ彼はあっさりと狩りを止め、地上へ向かう。

換金を済ませ、宿屋に到着する頃には日は落ち始め、夕方と呼ばれる時間帯になっていた。

そして件の少年ベル・クラネルは興奮した様子で今日のことを報告する。

 

「リタさん! 僕、やりました! ファミリアに入れたんです! 冒険者になれたんです!」

 

「おお! やったじゃないか! 何処の神のファミリアに入ったんだ?」

 

「はい! 【ヘスティア・ファミリア】です!」

 

リタは凍り付いた。

【ヘスティア・ファミリア】――昨日までは見たことも聞いたこともない正真正銘の新興派閥。

主神こそ善良な神であることは分かっているが現在のオラリオ事情を鑑みるに新しくファミリアを創設しても派閥間の抗争で潰される可能性がある。いや、絶対に潰される。

神々は退屈を紛らわせるために下界に降臨した。派閥抗争など絶好の娯楽だ。

面白半分で抗争が起きるように暗躍し、自分たちの暇を紛らわせるだろう。

 

しかし、リタはベルに何か言うことは出来なかった。

彼自身の嬉しそうな顔もそうだが、下手なファミリアに彼をやる訳にはいかない以上水を差すわけにはいかなかった。

リタはこの数か月間の生活、ゼウスやヘラの話から彼女が生粋の善神ということは理解しているのだ。

 

「おお、そうか! 良かったじゃないか! 冒険者登録は終わらせたのか?」

 

「はい、アドバイザーさんもつけてもらいました! 荷物はもう本拠(ホーム)に運んだので明日からはダンジョンです!」

 

「そうか、頑張れよ!」

 

「はい!」

 

そう言ってお互いに笑い合い、一頻り笑った後彼等は眠った。

冒険者たるもの体調管理はしっかりとしなければならないからだ。

そして翌日、彼は初めて迷宮(ダンジョン)に潜り、正真正銘冒険者と成った。

 

そして時計の針は少しばかり進み、リタの回想は終了する。

そして胸当てや衣服の血を落し終わったころ、丁度ベルも被った血を流し終えたようだ。

一息つき、リタはベルと言葉を交わし始める。

 

「全く、血塗れで戻ってきたと思ったら……。少しは落ち着けよ。今回は偶然俺がいたから良かったが。」

 

「す、すみません……。」

 

「まあ、分かったなら良いさ。それにしても……。確か【ロキ・ファミリア】所属のLv.5の冒険者―――【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインじゃないのか?」

 

「【ロキ・ファミリア】……。それにLv.5、第一級冒険者……!」

 

「ああ、しかも世界最速でLv.2になった世界最速記録(レコードホルダー)。……水を差すようで悪いが相当な高嶺の花だぞ、彼女は。」

 

「う……。……分かっています、それくらい。」

 

「まあ、俺は応援させてもらうよ。何、君は英雄になるんだろう? なら第一級冒険者と恋仲になるなんて容易いだろうさ。」

 

そう言ってリタがベルを揶揄うとベルは顔を赤く染めた。

変態爺(ゼウス)に育てられたこの少年は来歴に合わず初心なのだ。

 

「よし、君の冒険者になったお祝いだ! 今日は俺がご飯を奢ってあげよう!」

 

「あ、すみません……。今日は他の人から誘われていて……。本当にすみません……。」

 

「おいおい、謝るなよ。何だ、女の子か?」

 

「う、うえっ!? ち、違いますよ!」

 

「……君は本当に分かりやすいな。まあ、それで良いさ。」

 

ベルの慌てる様子を見てリタは微笑む。

 

「はっはっは! ならお邪魔虫は退散するとしよう。……ベル、またな。」

 

「はい、リタさん。また()()!」

 

そう言ってベルは駆け出し、装備を置きに本拠(ホーム)へ向かう。とある給仕の少女との約束のために。

一方、リタも夕食を取るべくレストランへ向かう。

足取りは真逆、向かう方向もまた同じ。

 

―――なのに奇しくも二人の最終的な目的地は『豊穣の女主人』だった。

 

 ▼△▼

 

「……まさか、ここまで一緒とはな……。」

 

「ははは……。」

 

リタとベルは苦笑する。

店の前で再会した時はリタは別の店にしようとしたがどういう訳かベルと約束した少女――シル・フローヴァに捕まり、同じテーブルを囲むことになった。

 

そしてメニューを見てベルが凍り付いた。

さもありなん。この『豊穣の女主人』はウエイターの美人さと料理や酒の絶品さで有名だが同時にかなり高価なことでも有名なのだ。

材料一つ一つをこだわっているからと店主は言うがそれでも高いだろうと言ってしまう位には多店舗と比べ高価なのだ。

 

「ベル、気にしなくて良いぜ。奢ってやるよ。」

 

リタがそう言うとベルは満面の笑みを浮かべる。

リタもベルの笑顔に釣られて頬を歪める。

 

結局ベルが注文したのはサラダとパスタだけだった。

しかし、その選択は正しいものだった。

 

―――何せ量が多いのだ。具体的には普通の食事の倍は盛られている。

 

山のように盛られたパスタとサラダを見てベルの顔はかなり引きつっていった。

彼は決して小食ではなく成長期の男子らしく相応の量を食べる。

だが、それでも山のように盛られた料理など見たこともない。

コロコロと顔色を変えていたが、やがて意を決したのだろう。

いただきますと一言言った後、山盛りのパスタと格闘を始める。

余程美味しかったのだろうか、目を輝かせ次々と口へ詰め込んでいく。

 

「ふふっ。喜んでくれて何よりです。ベルさん。」

 

二人が食事に舌鼓を打っていると薄鈍色の給仕の少女がやって来る。

可憐な風貌をしており、神や人を問わず虜にしてきたのだろうということが感じ取れた。

だが、リタはどうしてか言いようのない違和感を感じていた。

 

(……やはりこの感じ、何処かで……?)

 

「あ、シルさん! 今日はありがとうございます!」

 

二人とも給仕の少女――シルに気づく。

ベルは朗らかに彼女にお礼を言うが何故かリタは初めてあった時からの違和感を拭えずにいた。

しかし、それを顔に出すことなくリタは純粋な疑問を彼女に投げかける。

 

「……あーー、所でシルちゃん、だっけ? 何か俺に用があるのかい?」

 

「はい! リタ・ナラティブさん。ベルさんについて教えてくれませんか?」

 

そしてその疑問への返答は二人にとって予想外のものだった。

 

「うえっ!?」

 

「え、ベルについて? ……でも、俺あんまり知らないぜ。友人から頼まれたってだけだし。まだ一週間くらいしか付き合いが無いぜ?」

 

「はい、良いですよ。此処(オラリオ)に来るまでにベルさんは何をしていたのかを。……ベルさんは恥ずかしがって教えてくれなさそうですから。」

 

「まあ、確かにな……。分かった。教えてやるよ。」

 

そうリタが言うとシル・フローヴァは嬉しそうに微笑む。

その笑顔に一瞬ベルは見とれるが、かつての生活で培われた直観に導きに従い、リタの口を塞ごうと動く。

しかし、リタはベルの動きを理解していたかのようにひらりと避けてしまう。

 

「ちょ、止めて下さいよ! リタさん!」

 

「ハハハハ! 安心しろ! 少しばかり聞いた君の恥ずかしい話を垂れ流すだけだ!」

 

「全く安心できないですよぉ!」

 

そう言って彼等は笑った。

そう楽しく食事や会話に花を咲かせていた時だった。

不意にリタが頭を扉の方へ向けた。

 

「……この店にしては空きがあると思ったらそういうことか……。」

 

「リタさん? どうしたんですか?」

 

「いや、なんでもないさ。ところでシルちゃん、今日は団体でも来るのか?」

 

「よく分かりましたね。はい! 今日はとあるファミリアがいらっしゃるんです。そこの主神様がこの店を気に入って下さって遠征の打ち上げ等でよく利用してくださるんです。」

 

「へえー。そうなんですか。一体何処のファミリア何ですか?」

 

「ふふっ、見てのお楽しみです。」

 

「ご予約の団体様がご来店だニャー!」

 

猫人(キャットピープル)独特の語尾を付けたウェイターの少女が予約団体の来店を知らせる。

そして一拍置いて団体が店内に入る。

その団体が入ってきた瞬間、店内は誰もが息を飲み、一瞬静寂に包まれた。

入店した団体の名は【ロキ・ファミリア】。

現オラリオ最大派閥。多くの冒険者の羨望と嫉妬を集める英雄候補の軍団。

そしてベル・クラネルの想い人の所属派閥でもある。

 

 △▼△

 

【ロキ・ファミリア】が入店した瞬間、彼らに注目が集まった。

彼らの活躍に耳を傾ける者、彼らから目線を離さぬ者など反応は様々であった。

ベルも想いを向けるアイズ・ヴァレンシュタインへチラチラと目線を向けている。(因みにシルは凄みのある笑顔でベルを見つめており、気温が少し下がったが誰も気づかない振りをした。)

 

そうしているとふと、狼人(ウェアウルフ)の青年――ベート・ローガが口を開いた。

 

「なあ、アイズ! そろそろ例のあの話皆にお披露目してやろうぜ!」

 

「あの話?」

 

話しを振られたアイズは困惑した表情をベートに向ける。

酒に酔っているのか顔色は赤く、言葉は軽い。

 

「あれだって! 帰る途中で何匹か逃したミノタウロス! 最後の一匹、お前が五階層で始末したろ?」

 

「……!」

 

ベートの言葉にベルが反応する。

顔を俯け、悔しそうに歯を食いしばる。

しかし、その状況は仕方が無いといえば仕方が無いのだ。

幾ら鍛えられているとはいえベル・クラネルはLv.1。推定Lv.2強のミノタウロス相手には分が悪い。

逃げの一手は間違えていない。

 

実際に他の客達は皆、狼人の青年の難癖に対して不快な表情をしていた。

常識で考えて、彼の発言は己の派閥の失態を棚に上げたものである上に、生まれながらの強者種族に生まれた故の傲慢から出たものだからだ。

 

だけど、ベル・クラネルはそう思えなかった。

自信の夢に想い、約束を考えれば自分が情けなくて仕方が無かった。

オラリオに来て思いあがっていた自分が恥ずかしくて仕方なかった。

そんな少年の様子に気付くはずのない狼人(ウェアウルフ)は容赦なく、そして傲慢にも少年を詰る。

 

「いかにも駆け出しのひょろくせえガキが逃げたミノタウロスに追い詰められてよ! そいつアイズが細切れにしたくっせー牛の血を浴びて、真っ赤なトマトみてえになっちまったんだよ! それでだぜ? そのトマト野郎、叫びながらどっかに行っちまって、うちのお姫様、助けた相手に逃げらえてやんの! ハハハっ! 情けねえったらないぜ!」

 

「止めろベート。猛牛(ミノタウロス)が上の階層へ逃げたのは我々の落ち度だ。それを笑うとは恥を知れ。」

 

「ああッ!? ゴミをゴミと言って何が悪い!?」

 

ハイエルフの魔導師が強めの語気で青年を窘めるも反省する素振りを見せず、苛立ちを交えた声で反論する。

そして周囲のことなどお構いなしに少年を詰り続ける。

周囲の客はその様子を見て、件の少年への憐憫の情を強めていく。

 

「……っ!」

 

その瞬間、少年は席を立ち、走り去っていく。

目端には涙を溜め、歯を食いしばり、叫び声一つ上げずに駆けていく。

脚が早いこともあり瞬く間に二人の視界から消えてしまった。

 

「ベルさん!?」

 

「まあ、こうなるわな……。――ったく後輩の躾位やっておけよズッコケ三人組……。」

 

そう言うとリタはスプーンを片手、もう片手には大皿を持ち、食事を再開する。

 

「って、リタさんは何しているんですか!?」

 

「何って、注文した料理を残すなんてマナー違反だろう。これを食べたら追いに行くさ。」

 

そう言ってリタはあっという間にテーブルの上にあった料理と酒を平らげる。

食べ終わると直ぐに財布を取り出し、食事代分の金貨をテーブルの上に置く。

 

「御馳走様。じゃあな、シルちゃん。」

 

「大丈夫なんですか? ベルさんが何処に行ったか分かるんですか?」

 

シルは心配そうにリタへ問いかける。

しかし、リタはさも当然と、これ以外ないだろうと言わんばかりにあっけらかんと正答を口にする。

 

「決まっている。迷宮(ダンジョン)さ。何せ彼は()()()だからね。」

 

 ▼△▼

 

リタの台詞通りベルはダンジョンの中だった。

一応装備していたナイフ一本でモンスター相手に大立ち回りをしている。

ゴブリンとコボルトの爪牙を砕き、鉄拳で破砕する。

ダンジョン・リザードとフロッグシューターのトリッキーな攻撃を躱し、ナイフで切り刻む。

ウォーシャドウの斬撃を防ぎ、脚で蹴り砕く。

ニードルラビットの突進を受け止め、角をへし折り、その角で胴体を貫く。

複数種のモンスターが群れを成して襲い掛かってきたならば、魔法で全て塵に変えた。

 

我武者羅に、無茶苦茶に。自分を追い込むように少年は戦っていた。

しかし、ただ自棄で戦っているのではなかった。

少なくともリタにはそう見えた。殻を破ろうと藻掻いているように見えた。

 

保護者から離れ、一人ぼっちの無力な少年はこのオラリオに来て僅か一週間足らずで成長しようとしていた。

無論、まだまだ英雄には程遠く、英雄候補にすらその指先は届いていない。

しかし、少年は一歩を踏み出した。小さな、しかし確実な邪魔など許されぬ尊きもの。

少なくともリタにはそう見えた。

 

その後、少年は流石に疲労が溜まったのか膝をつき、倒れる。

後ろで隠れて一部始終を見ていたリタはベルのものとへ駆け、地面につく前に彼を抱きとめる。

 

「全く、無茶をしすぎだ。悔しいのは分かるがな。」

 

「……すみません。」

 

弱弱しい声でベルが謝罪する。

それを聞いたリタはベルを背負い、片手で上手く支えながら迷宮(ダンジョン)の出口に向かう。

 

バベルから出たころには太陽が昇り始め二人を照らしていた。

どうやら相当な時間を過ごしていたらしい。

ゆっくり歩を進め、彼のファミリア――【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)へ向かう。

 

「っ! ベル君!? というか君は誰だい!?」

 

【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)――廃教会の前で主神であるヘスティアが二人を目に入れた瞬間、驚愕の声を出す。早朝という時間帯もあり近所迷惑と罵られ得る行為だが彼女の心情を思えば仕方が無いだろう。

流石に大声で起きたのだろう。ベルが弱弱しく動き、瞼を開ける。

 

「神、様……。」

 

「ベル君! 血だらけじゃないか! 大丈夫かい!?」

 

「神様、リタさん……。僕は強く、なりたいです……!」

 

少年は朦朧とする意識の中ではっきりと言い切った。

自信の願いのために、欲動のために強くなりたいと。

ヘスティアは呆気にとられ、少し驚いた表情をするが直ぐに表情を引き締める。

リタもまた、仮面の下で苦笑いを浮かべながら彼のこれからに思いをはせた。

そして同時に少しの欲が出た。この少年を見守りたいという欲が。

 

「……うん。分かったよ、ベル君。」

 

一方で女神は微笑んだ。

そして同時に彼女もまた決心する。

主神としてこの少年の物語を綴り、見守ろうと。

 

―――此処に一人の少年と女神の神と眷属の物語(ファミリア・ミィス)が、始まった。

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