ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかif 白兎と雷花の残響・残香 作:青色のラピス
『バベル』の前の広場にて一人の男が椅子に座っている。
まだ時間は朝ということもあり、そこまで人が集まってはいない。
しかし、仮面にフード付きのマントという姿はオラリオという都市の中でも特異であり、彼が気づかぬうちに少なくない視線を集めている。
「すみません……! 遅れました!」
何気なしに天を仰いでいると一人、近づく気配を感じた。
視線を落とすとそこには黒いシャツにズボンを着た白い少年―――ベル・クラネルがいた。
「いや、俺が早かっただけだ。―――じゃあ、行こうか。」
彼等二人は踵を同じくして、白亜の塔―――『バベル』へ歩んで行った。
△▼△
「でも、ここで買い物なんてできるんですか? 『バベル』って神様の御住居なんじゃ……。」
「ん? ザルドやアルフィアから聞かなかったか? 確かに『バベル』の上階層は神々―――最上位のファミリアの主神クラスだが―――の住まいだ。たが四階層は【ヘファイストス・ファミリア】のテナントになっているんだ。」
「へ、【ヘファイストス・ファミリア】……!」
ベルは思わず出てきた最高ブランドの名にたじろぐ。
その様子を微笑ましく見てたリタは少し笑みを浮かべてこう言った。
「心配するな。確かに【ヘファイストス】は高級ブランドだが。でも、そんな武具を鍛てるのは『鍛冶』持ちの
性能が上がればその分、値段は跳ね上がるからな、とリタは続ける。
しかし、ベルはその言葉よりも『鍛冶』という言葉に驚愕していた。
『発展アビリティ』。
『
効果も凄まじく状態異常を防ぐ『対異常』は冒険者に必須だとも言われるくらいだ。
そして『鍛冶』はこの都市で一端の鍛治師となるには必須の能力である。
擬似的な魔法を宿す『魔剣』に
どれも『鍛冶』が無ければ作ることの出来ないものだ。
しかしベルが驚愕したのは戦闘を生業としない人達でも昇華を求められるという事実である。
ならば己の目指す場所は一体―――
―――どれ程の高みにあるのだろうか。
『
世界最高の戦力を有するオラリオであっても冒険者の半分はLv.1なのがその証拠だ。
軽く見ていたわけではない。
だが、彼にとっての目標、憧憬は――――
「ベル?」
「ッ! あ、すいません……。ちょっと考え事を……。」
リタの声を聞き、ベルは注意を戻す。
「……ん、いや。気にしなくて良いさ。疲れはキチンと取って置くべきだぜ。」
▼△▼
「うわぁ……。凄い……!」
『バベル』にてベルはショーウインドウに釘付けであった。
ショーウインドウに飾られたものは全て上級冒険者が扱うような一品であり、下級冒険者である少年には遠い存在であったからだ。
(―――って、
そうやってしていると一人の従業員が近づいて来る。
こちらが中々会計に行かないから気を使ったのだろう。
「いらっしゃいませ! お客様!」
―――因みにその従業員は黒髪ツインテールの幼女神である。
―――その名前はヘスティア。最近オラリオにやって来たドマイナー女神だ。
「え、神様! 何してるんですか!?」
だが幾らドマイナーとはいえこの場にいるのは彼女の眷属たる少年。
なので当然、気付かれることになる。
少年の反応、そして存在にに当然、主神も驚くことになった。
「うぇええっ! ベル君!? 何で此処に!? ―――いや、ベル君! 此処は君にはまだ早い! 今すぐ回れ右だ! そして今見たことは忘れるんだ!!」
「何言ってるんですか、神様!? 神様こそなんでバイト増やしてるんですか!? 僕、言ったじゃないですか、強くなったから神様のバイトを減らせるって!」
「う、うるさいぞ、ベル君! これは……あれだ! 主神の矜持というやつなのさ!!」
「そんなの言ったら時給30ヴァリスだったじゃないですか!」
「じゃが丸くんを馬鹿にするなァ!! それにこのバイトは時給800ヴァリスなんだぞーーー!」
言い合いでは埒が開かないと少年は判断し、女神の手を掴む。
「もういいから帰りますよ、神様!」
眷属自慢の身体能力を用いて少年は女神を引きずる。
下界に降り立ち、全知零能と化した目が女神にはどうにも出来ない―――はずだった。
「うぐぐぐぐぐ……!」
「ふんぬあああ……!」
何と吃驚。
超人と化した少年の膂力に女神が抵抗に成功し、均衡状態となっている。
ピタリとも動くことはなく、この緊張は永遠に続くかと思われた。
しかし―――
「おーい、新入り! 何処で油売ってるんだぁー!」
何処からヘスティアを呼ぶ声が響く。
それを聞いたヘスティアはこれ幸いとするりと逃げていく。
「はい、ただいまー! ―――じゃあ、ベル君! ここで見たこと聞いたことは全て忘れるんだよ!」
「神様ぁーーー!? ちょ、早っ……! 待ってくださぁーーーい!」
少年が叫ぶ。
しかし、女神は一目散に逃げていき、少年は肩を落とすしかなかったのであった。
△▼△
「―――もう、神様ったら……!」
怒り心頭な少年は誰が見ても怒っているという様子だった。
そんな様子をリタは微笑ましく思い、フォローを入れる。
「まあまあ、そんなに怒ることないじゃないか。どんな理由にせよ働くってのは良いことだ。それも神が、だぞ。」
「……でも、折角神様を楽にさせてあげられるのに……。」
リタの台詞を聞いても少年の不満そうな顔は変化しない。
年相応のふくれっ面だ。
(成程……。多分だが自分の善意を裏切られたって感じか? 贅沢な悩みだなぁ……。
「……まあ、訳くらいは話して欲しかったかもだな。―――でも、人付き合いなんてそんなのものだろう? 少し落ち着いたらゆっくり話し合えばいいよ。」
話し終えると同時にリタは足を止め、テナントの中に入る。
「よし、ついたぞ。」
その言葉を受けてベルもその後ろに続く。
室内は薄暗い。そして所狭しと武具が陳列されている。
しかし、下の階のような綺麗に置かれておらず、適当さや乱雑さが隠れもしていない。
「此処が君の目当ての場所―――
▼△▼
薄暗い室内の中、少年は様々な武具を手に取る。
求めるものは防具。
しかし、己の戦闘スタイルの都合から重いものは避けねばならない。
つまり、
探し始めて一時間程経った時だった。
一つの箱を前にして少年が立ち止まる。
中に詰められていたのは白い軽鎧だった。
興味をそそられた少年が一つの
そしてその瞬間、思わず目を大きく見開く。
軽かったのだ、余りにも。
材料は鋼鉄。それは間違いない。
少年は武具の目利きは叔父から腐るほど教えられているため、希少素材でなければ直ぐに見抜けるからだ。
「―――それでも、凄く軽い……!」
箱に張られている値札を見ると、ギリギリ予算内。
(製作者は……『ヴェルフ・クロッゾ』……。他に作品があったら見てみたいな……。)
「そういえばこの鎧、どんな名前――――――うぇっ!?」
《
こんなにも良い鎧がどうして売れ残っていたのかを少年は十全に理解した。
少し、いやかなりの葛藤と共にレジへ持って行った。
途中何度も足が止まり、振り向いたのは言うまでもないが。
△▼△
「―――お、もう決めたのか。どんなものにしたんだ?」
レジ前にやって来たベルを見てリタはそう問いかける。
少年は抱えている箱を下ろし、中から胸当てを取り出す。
それを受け取ったリタは少し驚く。
「へえ、結構いいやつじゃないか。……俺のアドバイスはいらなさそうだな。他には?」
「予算がこれで一杯になっちゃったんでまたにしようと思います。じゃあ、お会計に行ってきますね。」
そう言って、商品の精算を始める少年。
そして男は彼の言葉を聞いて、持ってきたものが無駄にならなかったことにホッと溜息をついた。
精算を終え、『バベル』から出た当たりでリタがベルに声をかける。
「―――ほい、これ。俺達からの
そう言って手渡されたのは
鈍い鉄色をして、装飾はないが性能は確かなものだった。
「君の戦闘スタイルからしてもこれくらいはあった方が良いだろう?」
「え、でもこんな高価そうなもの受け取れませんよ。」
少年は困惑し、受け取ったものを返そうとする。
しかし、男は少年の動きをひらりと躱す。
「気にしなくてもいいよ。俺達を助けると思って、な?」
そこまで言われては断るのは逆に失礼だろうと少年は思った。
「分かりました。これらは有り難く使わせてもらいます。」
その後は会話が少なくなり、ゆっくりと帰路につく。
決して険悪とかそういうわけではなく、穏やかさからくるものだった。
「……あ、そうだ。リタさん、この前はありがとうございました。」
「この前……? ―――ああ、一緒にご飯食べたときか。別にいいよ。奢るつもりだったしね。」
「そんな……。流石に貰いすぎですね、僕。何も返せないのに……。」
少年が下を向く。
まるで何か見えない重荷を背負っているようにも見える。
「気にしなくていいさ。……寧ろ、お礼を言いたいのは俺の方なんだがな。―――うおっと。危ないな。」
ぽつりとリタが呟こうとした時、眼前に誰かが通り過ぎる。
かなりのスピードが出ており、危うくぶつかりそうだった。
「子供か、
「おーーーいっ! そいつ、泥棒だあっ!! 捕まえろーーーッ!」
男の声が響くも、もう遅く、目当ての人物は其処から離れてしまっていた。
「あー……クソッ……! あの糞
「……そういえば泥棒だと言っていたが……何か盗まれたのか?」
小柄な人物を追って来た男はベルとリタの近くで止まる。
泥棒という穏やかでない言葉に引っかかりを覚えたリタは男に尋ねる。
それを聞いた男は堰を切ったように話し始める。
「ああ……俺はあの
「……成程な、それは災難だったな。被害は稼ぎだけか?」
「ああ……それだけだ。おい、
そう言って男は不満さを隠すことなく都市の雑踏へ消えていく。
「……リタさん。あの人……。」
「……ああ、相当辛く当たったんだろうな。そのサポーターに。……全く、この都市で
「……。」
「まあ、君も気を付けろよ。対人関係なんて鏡と同じだ。君が誠意を尽くせば誠意で、悪意であれば悪意で返って来る。……まあ、君には関係ない話か……。」
しかし、少年の顔は優れなかった。
件の泥棒が通り抜けた一瞬、彼の瞳に映ったあの栗色は間違いなく―――
―――昨日、出会った彼女と同じものだったから。