ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかif 白兎と雷花の残響・残香 作:青色のラピス
次は一週間後を目指します。
早朝、日課を終えた少年は『バベル』に向かっていた。
「―――おや、ベル様。今日は来て下さったんですね。」
『バベル』に備え付けられた椅子の上に少女は座っていた。
フードを深く被り、その小さな体躯では到底背負いきれそうにないバックパックを傍に置いている。
少年の記憶では獣人―――
「うん。昨日はゴメンね。」
「いえ、気にしてませんよ。リリも昨日は忙しかったので。」
「そっか。……ねえリリルカさん。そのベル様っていうの―――」
少年がなにか言おうと口を開く。
しかし、すぐさま少女の言葉がそれを遮る。
「いえ、これは
△▼△
「はああああっ!!」
鉄閃が唸り、
「……本当にお強いですねー、ベル様は。」
「……そうかな、まだまだだよ。リリ。」
結局、少年は少女に押し負け、少年から少女は『リリ』。
少女から少年は『ベル様』という形で落ち着いた。
(……本当に、この人は強い。……それにまだ
少女は少年を見やる。
白い軽鎧に、
武骨な
少女が少年に目を付けた要因たる黒刃はナイフでありながら剣よりも鋭く、強靭であり、彼の
銘無き
ウォーシャドウの指刃と少年の黒刃が交差し、パキンという甲高い音が響く。
見ればウォーシャドウの指刃が黒刃と交差した部分で切断されている。
……本当に凄まじい切れ味だ。そして技だ。
多くの冒険者を見てきた少女だがこのような芸当をして見せたのはこの少年だけである。
(……この調子なら今日もかなりの儲けになりそうです。……また半分、渡してくれるんですかね……。)
そんな調子でダンジョンを探索する二人。
しかし何故か、二人の間には微妙な空気があった。
しかし、そんな空気の中でも二人は息を合わせて、探索をしている。
不思議な関係だった。
お互いに一歩引いていながら、息は誰よりもピッタリあっている。
何よりも歪な関係は一週間程続いた。
「ねえ、ベル君。最近元気ないけど、どうしたの?」
「え……。」
思わぬ指摘に少年はペンを止める。
……本人は気づかぬことだが、ベル・クラネルは隠し事が下手くそである。
取り繕っていてもある程度の付き合いがあれば直ぐに見抜けてしまう程に。
実際、少年が故郷にいた頃、義母や叔父は勿論、村の大人達や先生にもしょっちゅう隠し事を見抜かれていた。
「……その、エイナさん。相談、良いですか?」
何度も目線を下にしながら、たくさん悩んだ少年はポツリと言葉を漏らす。
恐る恐るといった様子にエイナは苦笑し、その問いかけに頷く。
「いいよ、ベル君。―――何たって私は君の担当アドバイザー、だからね。」
▼△▼
リリルカ・アーデはサポーターである。
リリルカ・アーデは
故にリリルカ・アーデが弱者であることは論ずるまでもない事柄だ。
冒険者。
オラリオの地下にある『
新層踏破、難敵撃破、未知開明。
どれもこれも冒険者と切っても切り離せないもの。
人間の魂を刺激し、熱狂の渦に叩き込む。
この輝かしさに心惹かれ、オラリオに来るものは今でも後を絶たない。
―――しかしだからこそ、この都市の闇は深い。
『
更に質の悪いことに余りにも輝きが強すぎてこの醜悪が隠れてしまっていることだ。
ギルド長たるロイマン・マンディールはこれを知れば憤慨し、こう言うだろう。
―――『約束の地』たるオラリオは蛮地ではない!
だが、現実としてリリルカ・アーデはオラリオの闇によって育まれた。
【ソーマ・ファミリア】―――彼女の所属するファミリアの名だ。
酒を司る男神ソーマを主神とする探索系ファミリア、である。
ファミリアの
しかし、そんな所にも一つだけ凄まじい特徴を持つ。
―――その構成員の数だ。
都市最大派閥にも比肩し得る圧倒的な物量を誇る。
ほぼ全員が下級冒険者であるが、それでもこの数は圧巻だ。
ソーマは戦神ではない。軍神でもない。故に戦や武といった荒事を司る神ではない。
美神でもない。ソーマは己が
謀略や狡知、何なら先を見通す瞳も頭も持っていない。ソーマは、器用ではない。
……ソーマは己の全てを曝け出すことしかできないのだ。
ソーマは、酒神だ。
―――だから、己の眷属に
その酒はソーマが作ったものだ。ソーマのみで作ったものだ。
『権能』や『
結果、眷属達は飲まれた。
神酒を口に含み、喉を通した瞬間、彼等の路は定まった。
弱肉強食の理、悪意のぶつかり合い、亡者の嘆き。
底辺と形容するしかない場所が出来上がるのにはそう長くなかった。
リリルカ・アーデの話に戻ろう。
彼女の両親も、
ソーマは己が眷属に求められれば神酒を渡し続けた。
元々【ソーマ・ファミリア】は主神の趣味―――酒造りの為に結成された。
だから毎日のように
神酒を求めるために神意を叶え、神は褒美を与える。
この図式が成り立つ内はまだ平和だった。
しかし、生粋の偏屈神にして変神であるソーマは己の役割を全て団長に投げてしまった。
何を思ったのかは本神にしか分からない。
だが事実として
【ソーマ・ファミリア】団長ザニス・ルストラ。
現在Lv.2の冒険者であり神々から与えられた二つ名は【
彼は俗物であり、小物であり、悪漢である。
当時に存在した複数の団長候補を排除し、
趣味へ没頭するソーマはそんなことを意にも介さないため、彼の悪事は恐ろしい程にスムーズだった。
まず彼が行ったことは褒美の制限―――つまり神酒が全員に行き渡らないようにしたのだ。
具体的には
無論、反対するものはいた。
……それが理性か、それとも正義感か、はたまた欲望によるものかは最早分からないが。
反対者は次の日にでも『処分』された。
時代が時代、それに派閥が派閥だったため、大きな問題にならず、彼等の死は不審死事件としてお茶の間を騒がせただけで終わった。
だが、ザニスにとっては好都合だった。
己が悪行に追い風が吹いているのだから。
そうして底辺は地下へ沈み、地獄と成った。
こうなって困ったのは弱者たちだった。
今まで以上に我武者羅に探索をするが、到底足りえない。
かといってサポーターに転身することもできない。
搾取だけされて、文字通り一文無しになるしかなくなるからだ。
そんな大人二人をリリルカ・アーデは両親とした。
家族らしい会話は無い。記憶もない。
あるのは幼児に物乞いをさせたことだけ。
物心がつく前には分不相応な冒険をして死んだからだ。
リリルカ・アーデが此処まで成長できたのは奇跡と言ってもいいだろう。
無関心な団員に金だけを求める団長。
極めつけは背に宿した『恩恵』。
両親がそうであるから与えられたはた迷惑極まるもの。
そして何とか成長し、齢の頃が十になった頃だった。
彼女は更なる地獄へと叩き落される。
「それでは皆、杯は持ったかね? では乾杯だ。我等の輝かしい未来に、乾杯!」
ザニスが主催したとある酒宴。
そこで全員に杯を配った。
中身は神酒だった。
―――結果は詳しく言うまでもない。
宴が終わる頃にはそこにいる全員が獣に堕ちていた。
ザニスの狙い通りだった。
新入りを囲い込み、自身に隷属させるという下衆な狙いは叶っていた。
―――神酒を、神酒を!
―――一瓶じゃ足りない、一樽でも足りない!
―――金が要るのか? しかしこれでは到底足り得ぬ。
―――ならば『
―――それでも足りない。ならば奪えばいい。
―――奪えないなら盗めばいい。
―――神酒だ、
リリルカ・アーデもその呪縛に囚われた。
だが、いや幸いにも彼女に戦闘の才は無かった。
毎日、槍を持って探索を行うもロクに稼ぐことは出来なかった。
仕方が無いからサポーターに転向した。
誰でもできるサポーターという職業は彼女にとって天職かとも思えた。
―――しかし、世界はそう簡単に彼女に微笑まない。
理由としては十分な程だった。
搾取に謂れなき悪意と暴力。そして逃れられぬ鎖。
神酒と麻薬ではない。
唯、凄まじいまでに『酔わせる』だけだ。
幸いにして神酒を宴から一滴も得ることの出来なかった少女は直ぐに正気を取り戻した。
そして、
何もかもを捨て去って。何もかもを脱ぎ去って。
当てもなく彷徨った果てにとある老夫婦に拾われることになった。
背の『恩恵』がそのままなのは心残りだったが、当時の少女には最早どうでも良いことだった。
地獄のような日々とは真逆の穏やかな日々。
愛情、善意、優しさ……。
今まで味わって来た『闇』とは真逆の『光』。
細やかなものだったかが少女にとっては目が潰れてしまいそうだった。
だが、そんな暖かな日は突如として終わりを告げた。
―――出て行ってくれ……!
少女の脳裏に今でも焼き付く惨状。
力なく横たわる老婆に炎上する花屋。
商品である花々は踏みにじられ、あるべき美しさを損なっている。
そんな場所を生み出した下手人たちは血走った眼で少女を探し、物のついでと言わんばかりに金品を物色している。
拒絶の言葉を受けて絶望する少女がふと、天を見上げた時に見えたのは厭らしく嗤うザニスの姿だった。
―――ああ、私は、コイツから逃げられない。
その瞬間、全てを理解した彼女は古巣へ帰った。
失意と喪失の日々。
嘗ての焼き直しを続けていた時だった。
気紛れに僅かな全財産を用いて『恩恵』の更新を行った。
この頃になると何をするにしても金が必要になり、【ソーマ・ファミリア】の蛮行は止まらなくなっていた。
やることなすことが下らなく、冒険者であるため見逃されているが何時罰則を加えられても不思議ではない程に。
どうせ何も変わっていないだろうと大した期待はしていなかった。
しかし、羊皮紙に記された一文を見て目を大きく見開く。
変身魔法【シンダー・エラ】。
文字通り、自身を自由自在に変化させる魔法だ。
自身のイメージに依存するが低燃費で扱える代物。
最初は何に使えるのかと落胆した。
しかし、少し考えて―――ニヤリと嗤った。
そこにはもう、無垢な子供の貌は無かった。
―――翌日、冒険者パーティーが一つ全滅した。
下手人は
少女のタガは外れた。
今までの彼女はサンドバックだった。
散々に呪いを浴びたサンドバックだ。
極東にて『付喪神』というものがある。
長い間、強力な感情を受け続けたものは魂を宿すという考え方だ。
良い感情を受ければ恩を返し、悪い感情を受ければ仇を返す。
リリルカ・アーデは最早それだった。
タガの外れた少女にあったなけなしの良心は無くなった。
今までの恨みに自身の隠していた願望の為だけに動く
……きっと彼女は否定するだろう。
しかし、だがしかし。
どう見ても、どう考えても悪意を揺り籠に、獣畜に育まれた少女は紛れもない獣に成っていたのだ。