ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかif 白兎と雷花の残響・残香 作:青色のラピス
次回更新ももう少しかかると思いますのでお待ちいただければ幸いです。
翌日、少年と少女が出会う。
静謐な空気の中、静かな視線が交差する。
「おはよう、リリ。」
「おはようございます、ベル様。」
真っ直ぐな視線と何処か諦観を含めた視線がぶつかる。
「じゃあ、行こっか。」
「ええ、行きましょうか。」
会話は程々に『
一人は愚直なほどに前を、もう一人は俯いて地面を見ながら。
彼等にとって長い一日が、始まる。
△▼△
「ベル様、今日は十階層まで行きませんか?」
何時も通り七階層を探索していると少女は急にそう言った。
「……十階層を?」
少女の問いかけに少年は少し悩み―――首肯する。
「……うん、分かった。でも初めて行く階層だからリリも気を付けてね。」
目的地には直ぐについた。
常に濃霧で覆われた階層。
この階層に訪れた冒険者達は口をそろえてこう言う。
―――『
『
そして今まで出現したモンスターに加え、オークを始めとする大型級という強敵が出現する。
分厚い皮膚に大柄な体躯、その体に見合った強力を有する
紛れもない強敵であり、複数出現するため
―――しかし、それはあくまで通常なら、の話である。
「はああああああッ!」
黒閃が輝き、オークの皮膚を断つ。
大剣でも切断に労するであろう剛皮に皮膚に負けず劣らず硬い筋肉を切り裂いた。
(―――いける! 僕は十階層でも通じる!)
下級冒険者が何れ当たるであろう壁を前に少年は確かな手ごたえを感じる。
自身の成長を実績を持って確信したベルは更に加速する。
「ヴォオオオオオオオオ!?」
圧倒的なスピードで翻弄されるオークは唯吼えることしかできず、なす術もない。
それでも持ち前のタフさで踏み切り、剛腕を振るう。
だが少年を捉えるには鋭さが足りず、遭えなく空を切る。
少年の猛攻は止まらず、オークの傷が加速度的に増え―――倒れる。
断末魔を上げさせる暇すら与えない圧勝だった。
しかし、少年は勝利の余韻に浸る暇など与えられず次戦を強要される。
オークが一匹、いや二匹……違う三匹……。
(いや待て! 幾ら何でも多すぎる! ……まさか、『
最悪の展開に少年は一瞬だけ顔を歪ませるが、直ぐに表情を正す。
頭を振り、周囲の状況を掴もうと頭を働かせる。
悪化しつつある状況を正確に捉えようと足を止めてしまう。
―――だから此処で少年は『一手』遅れた。
オークたちが無造作に近くにある老木に手を伸ばし―――引き抜く。
引き抜かれた瞬間、枯れ木は一本の
それを見て少年の脳裏には幾つかの単語が浮かんだ。
―――『
『
怪力を誇るオークに対しての
相性は語るまでもなく―――そして、戦闘力も。
「ヴォオオオオオオッッ!!」
オークが吠え、少年目掛けて襲い掛かる。
一匹だけではなく、複数からなる大型級の物量攻撃。
これまでにない猛攻に思わず少年は劣勢に立たされる。
少しづつ冷静さを剥ぎ取られ、焦りと共に動きを悪くしていく。
(……そういえば援護がない……! ―――まさか!!)
最悪の事態を想像し、少年の顔が青く染まる。
「リリ! リリ!! 何処にいるの!?」
少年が大声で叫ぶ。
オークの攻撃に反撃することなく、ひたすらに少女の安否だけに精神を費やす。
しかし、無情にも答えが返って来ることは無く、ただモンスターの咆哮のみが階層に響く。
咆哮の跡には間髪入れずに加わる怪物の攻撃。
少年の窮地は、まだ終わりそうにない。
▼△▼
エイナ・チュールは頭を抱えていた。
原因は己の担当冒険者―――ベル・クラネル。
彼が明かしたサポーターについてだった。
彼女は思い出す。
少年との会話の内容を―――
「……ベル君。正直に言わせてもらうね。―――そのサポーターと今すぐにでも、縁を切るべきだと思う。」
少年が自分の知り得ること全てを話した後、彼女はそう言った。
少年はこうなることは予想していた。
しかしそれでも、少年は彼女の言葉を受けて目を伏せてしまった。
彼女は少年がどのような人物であるのか適格に把握していた。
人柄は純朴で穏やか。
冒険者には似つかわしくない程のお人好し。
そんな彼の
「……ベル君、此処だけの話だけどね。そのサポーター―――リリルカ氏は【ソーマ・ファミリア】なんだよね?」
「はい、リリはそう言ってました。」
「……ベル君。君が魔石を換金するときさ。職員と言い合う冒険者を見たことない?」
エイナの質問の意図を理解できないが少年は首を縦に振る。
よく見た光景だった。
少しでも儲けを多く得たい気持ちは少年にだって理解できる。
しかし、彼等の振る舞いは幾ら何でもやり過ぎだとも思っていた。
「彼等全員、【ソーマ・ファミリア】所属なの。」
「―――」
少年が思わず絶句する。
しかし少年の脳内には彼女が彼等と同じような人間だとは思えなかった。
だが、エイナの口はまだ閉まらない。
「それだけじゃないの。……世間に出回っていないだけで【ソーマ・ファミリア】を起こした事件は結構あるし……中には収監、実刑判決が出た場合もあるの。」
察しの悪い少年でも理解した。
収監に実刑。
つまり【ソーマ・ファミリア】は犯罪者を出したことがあるということだ。
「……そしてこれはあくまで推測なんだけど……リリルカ氏個人も【ソーマ・ファミリア】」っていう事項を抜きにしても危険な人物だと思うの。」
エイナは少年から聞いた情報と自信が今まで知り得た話から推測し、その結果を少年に伝えていく。
「最近、下級冒険者たちからね、盗難の被害に遭ったっていう知らせが寄せられてるの。……犯人たちの種族はバラバラ。でも一つだけ共通していることは―――皆、
「ねえ、ベル君。君が優しいことは知ってる。……でも、彼女は、リリルカ氏は―――君が手を差し出すに足る相手なのかな?」
エイナ・チュールは決して意地悪で言っている訳では無い。
冒険者はどう言い繕っても『弱肉強食』の理で動いている。
極論だが言ってしまえば―――敗者や弱者は『悪』でしかないのだ。
よって少年の価値観からなる当たり前の『善』という基準は冒険者に適用することは危うい。
その『善』はあくまで一般的な場合のものなのだから。
少し顔を合わせて、会話するだけでも分かる少年の善性。
恐らく、リリルカ・アーデもそれを知っているだろうとエイナは目星を付けていた。
顔を下に向けた少年はゆっくりと顔を上げる。
迷いのある表情だ。
唇は震え、自分がどうしたいのかまるで分かっていないことが見て取れる。
それでも少年は口を開き、小さな声で呟いた。
「……それでも、僕は―――」
▼△▼
早朝、エイナは『バベル』の前にいた。
昨日の件もあり少年に無茶をしないよう釘を指すためだ。
しかし朝早く来たというのに少年の姿が見当たらない。
しかも就業時間も近づいており長い時間を捜索に時間を使えない。
どうするか悩んでいるとふと一人の少女が目に入る。
風にたなびく金色の髪。
過激ともとれる
腰には一本の
まるで一つの絵画と見紛うほどの光景だった。
まるで女神かと見紛うほどの美貌を持つ少女はアイズ・ヴァレンシュタイン。
【剣姫】の二つ名を持つ【ロキ・ファミリア】の幹部であり、少年の想い人でもある。
エイナが目を向けると同時に向こうもエイナの存在に気が付いたのかゆっくりと近寄る。
「ヴァレンシュタイン氏。おはようございます。これから
「……おはようございます。」
片や
片や都市最大派閥の幹部。
普通なら関わり合いにならないような間柄だ。
しかし、数日前にエイナが【ロキ・ファミリア】を訪れておりその際に面識を持ったのだ。
エイナに近づくアイズは何処か憂いを帯びていた。
前回、偶然にも顔を合わせた際も似たような表情をしており、【人形姫】とも形容される彼女にしては珍しいなとエイナは思った。
「……あの。一つ、聞きたいことがあるんですけど……。」
「? はい、どうされましたか?」
「初対面の人と仲良くなるにはどうしたらいいですか……?」
因みにだがアイズはあの夜、
少年に過失がある訳では無く、寧ろ自分達にあると思っていたからだ。
しかしそんなことなんて知らないエイナは目を点にするばかり。
そしてまさか相手が自分の担当冒険者だとも思いもせず無難な回答を返すことしかできない。
そうして二人が微妙な空気を醸し出していても時間は過ぎていく。
「……で―――――――だ。」
「…………った。それで――――。」
「………―――――あ。」
囁くような小さい声。
しかし話していたのは声に似つかわしくない荒くれの男たち。
エイナを襲う理由のない不安感。
やがて心の中で一つの決心をした彼女はアイズに一つの頼みごとをする。
「無礼を承知で申し上げます、ヴァレンシュタイン氏。どうか、ベル・クラネル―――私の担当冒険者を助けてはくれませんか?」
△▼△
迫りくる無数のオーク。
どの個体も武装しており、更に濃霧が視界を阻み、少年は劣勢に立たされていた。
得意の俊足も足の踏み場が無ければ意味を成さず、ひたすらに攻撃を受け流している。
棍棒を
回転で出来た勢いそのままに襲い掛かるオークを一撃で両断する。
右手に握る《ヘスティア・ナイフ》も左手に持つ
肩で息をしながら必死に頭を振る。
リリルカを探しているのだ。
しかし幾ら頭を振っても彼女は見当たらない。
痕跡一つ見つけられないのだ。
―――ふと、少年が足元に違和感を覚えた。
ぐにゃりという柔らかいものを踏んだ感覚がした。
普段踏みしめる固い地面のものでは無かった。
少年が一瞬だけ目を地面に落とす。
ほんの一瞬、僅かな隙間に少年の目に入ったのはとある
名は忘れた。
しかし効果はしっかりと記憶している。
腐肉の形状をしたこれの効果は―――
当然、
周囲に冒険者はいない。
―――ならば当然に誰がやったのかは簡単に推察できる。
「―――やっと気づきましたか、ベル様。」
リリルカだ。
少年とこの一週間冒険を共にした少女の声が、確かに聞こえた。
少し離れた高台に、彼女は立っていた。
声は極めて平坦でまるで感情を感じられない。
目深に被ったフードがその無感情さを更に掻き立てており、不気味さが生まれている。
「リリ!? 無事だったの!?」
「……本当に能天気ですね。少しは分かっているじゃないんですか?」
リリルカの台詞に少年は脳内に疑問が溢れる。
しかしその疑問がこの場で解消されることは無かった。
「まあいいです。ベル様。これでさようならです。……二度と会うことはありません。」
リリルカが踵を返す。
思わず少年が大声で彼女の真意を問いただそうとする。
しかし距離は離れており、声も、手も届かない。
ならば近づけばよいのだが、無数に迫るオークに阻まれる。
「……ッ! クソォッ!」
普段は使わない荒々しい語気と共にオークを切り捨てる。
しかし一体程度ではこの波を凌ぐことは出来ない。
絶体絶命。この文字が少年の頭を過る。
「……周りには誰もいない。魔力に余裕はある……。」
精神を落ち着けるべく、自身の状態把握に努める。
はっと、一息つく。
状況は把握できていない。
でも、少年にとってすることは変わらない。
「―――先生、使います。」
少年は一つの決断を下す。
強力すぎてそれを見た誰もが、簡単に使うなと厳命した程の大魔法を使うことを。
「【清浄なる祈り、祝福されし生誕、我、既に満ち足りて】」
少年が魔力を練り上げ、詠唱を始める。
「【決断の憂い、愛の嘆き、嘗ての無念。―――ならばそれを拭うことこそ我が使命】」
奇しくもその詠唱は彼の義母と非常に似通っていた。
歌が一節、一節と進むたびに足元に純白の『魔法陣』が輝いていく。
「【黒の
まるで祈る様に。
まるで誓うように少年は歌う。
「【黄金に愛されし我が旅路よ、
そして少年は解き放つ。
彼に許された二つの魔法。
その一番目を。
「【代償は不要】【唯、この誓いと決意と共に】」
「―――【エンヴィ・アンジェラス】!」
その瞬間、聖鐘が響いた。