ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかif 白兎と雷花の残響・残香   作:青色のラピス

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第十六話 だって彼はベル・クラネルだから

リリルカ・アーデはひたすらに逃げる。

 

幼き頃より迷宮(ダンジョン)を転げ回った経験は無駄ではなく、最短かつ最適な経路(ルート)をすぐさま弾き出す。

 

逃げながら彼女は考える。

自分は何をしているのか、と。

 

少年と目が遭った。

頭は良くないかもしれないが勘が良い少年だ。

自分を追いかけた冒険者に聞いた話と自分が見た光景を結びつけるだろう。

 

そうなればリリルカは終わりだ。

彼女の夢は潰えるだろう。

 

―――本当に? 彼がそんなことをするとでも?

 

彼女の心がそう問いかける。

何時もなら直ぐに否定するであろう言葉。

 

でも、今回は違う。

否定できずに、口ごもってしまう。

 

正直な所、オークの群れ程度では彼を殺せるとは考えていない。

実際、今の少年ならば倒すことはできずとも逃げることくらいならできる。

 

……リリルカも混乱していた。

自分が何をしたいのか、何をするべきなのかが分かっていなかった。

 

「……リリはベル様が羨ましいです……! 何でもできる貴方が! 愛された貴方が!」

 

紛れもない本音。

そして悲しい程の事実。

 

リリルカは弱い。

ゴブリンを一撃で葬れない程に。

 

―――少年は強い。巨大蟻(キラーアント)を群れで葬れるほどに。

 

リリルカは愛されたことがない。

主神はおろか、血の繋がった両親にさえも。

 

―――少年は愛されている。些細な仕草で分かる。

 

死んでほしい程妬ましく、消えたくなる程惨めだった。

 

……でも、それだけじゃあなかった。

 

それだけでは無かったはずだ。

 

「……ッ!」

 

直視したくなくて、眩しすぎて。

彼女は必死に目を背けて走る。

 

……【シンダー・エラ】の効果が消えていることすら気が付かずに走る。

 

普段ならしない油断、それが命取りとなった。

 

「―――見つけたぞ、クソパルゥムが!」

 

不意に凄まじい怒号が聞こえた。

聞こえたと同時に腹に凄まじい衝撃が走る。

 

小さな体躯と貧弱な能力値(アビリティ)では耐えることなぞできず、容易く吹き飛ばされる。

衝撃は腹筋を貫通し、腸にまで影響を与える。

体の中身を揺らされた少女は力なく、倒れて咳き込む。

 

そんな様子に男は少しだけ留飲を下げるが、それでも足りぬと言わんばかりに少女を踏みつける。

 

「オラッ! クソガキ、サポーターのくせして舐めやがって!」

 

肩で息をするほど暴行を加えた冒険者は、蹲り呻き声しか出さないリリルカを見てようやく手を止めた。

そうして彼女が落としたバックパックに手を伸ばし、物色を始める。

 

「チッ……。しけてやがる。何もねえじゃねぇか……いや待てよ、このナイフ……。」

 

物色する手を止めて一本のナイフに男は釘付けになる。

まるで宝石か何かをそのまま削り出した原始的な形状(フォルム)

色は赤。燃え盛る炎を色だ。

 

そして一番特異なのは刀身に宿る『()()』だ。

 

……『魔力』を宿す武器なぞ一つしかない。

 

「―――『魔剣』かよ……! ……ハハハハハハハ!!! おい、マジかよ! お前、『魔剣』盗んでいたのかよ! ……あの時、お前に剣を預けなくて正解だったなあ……!」

 

男は狂喜する。

当然だ。

 

下級冒険者の彼にとって『魔剣』は到底手の届かぬモノ。

それを手に入るとなればこうなるのも当然だろう。

 

「―――おオ、どうですか? ゲドの旦那ぁ。」

 

ニヤニヤと嗤う犬人(シアンスロープ)を先頭に何人かの男たちが入って来る。

何とかその一団を見たリリルカは直ぐに彼等の正体を理解した。

 

「……カヌゥ様……。」

 

そして彼等の目的も理解した。

そして自分を暴行した冒険者―――ゲドを心底憐れんだ。

ああ、この人も駄目だろう、と。

 

「いや、結構しけてやがったぜ。……でも見ろよ、この『魔剣』をよお!」

 

カヌゥとリリルカが呼んだ男にゲドは『魔剣』を自慢する。

一瞬だけカヌゥは訝しむような顔を見せるが、直ぐにニヤついた表情に戻し、言った。

 

「そうですか。―――じゃあ、その『魔剣』置いてって貰いますぜ。」

 

その台詞に当然、ゲドは目を丸くする。

何か悪い冗談だと思いながらカヌゥ達に近づいていく。

 

「おいおい、何言ってんだよ。予め決めてただろ? 早い者勝ちだって。」

 

「いや、そういうのはいいでさ。そんなに強欲ならこれも寄越すんで勘弁してくれませんかね?」

 

そう言って()()を投げる。

カヌゥだけではなく、後ろにいた男たちも次々を同じ何かを投げる。

 

ゲドは何だとその何かに目を向けて―――恐怖に顔を引き連らせる。

 

それは巨大蟻(キラーアント)の上半身だった。

まだ生きているのか、ビクビクと痙攣している。

 

「手前ッ! 正気かあああああああああ!!?」

 

「へえ、正気ですよ。……正直な所、袋にして強引に奪おうとも考えたんですが、どう考えてもゲドの旦那の方が強いんでね。だからこうさせて貰いました。」

 

ゲドはその言葉にますます顔を引きつらせる。

 

しかしその間にも巨大蟻(キラーアント)はフェロモンを放出している。

その証拠に彼等がいる広間(ルーム)へ通る通路にたくさんの巨大蟻(キラーアント)が現れ、余りの多さで犇めき合っている。

 

ここまでくると幾ら見慣れた冒険者であっても不快感が表情に現れる程に。

 

「クソったれがあああああああああ!!」

 

『魔剣』を投げ捨たと思うとゲドは一目散に走って行く。

向かう先は一番巨大蟻(キラーアント)が少なそうな道だ。

 

しかし残念なことに直ぐに絶叫が響く。

続けざまに固いものと固いものがぶつかる音が聞こえ始める。

長いようで短い戦闘音は直ぐに消え去る。

 

しかし、それは他人ごとではない。

広間(ルーム)にも次々と巨大蟻(キラーアント)が現れる。

 

「おい、幾ら何でもやべえぞ!」

 

「カヌゥ、早くしろよ! 巨大蟻(キラーアント)に喰われるなんて冗談じゃねえ!」

 

「わーってるよ、少し待ってろ。―――おい、リリルカ。助けに来てやったぜ?」

 

そこ意地の悪い顔でリリルカを見下ろすカヌゥ。

何とか少女は上半身を起こすが、何を思ったのかカヌゥは彼女の腕を掴む。

 

そして問う。

 

「なあ、お前の金は何処にある?」

 

「何を言っているのですか? ゲド様が言った通り、リリには何も……ッ!?」

 

そう答えた瞬間、少女の顔は苦悶に歪む。

カヌゥが少女の腕を真逆の方向に曲げているからだ。

 

「おい、嘘をつくんじゃねーぞ。お前が退団資金を集めているなんて皆分かってんだよ。……何処だ? 何処にため込んでいる?」

 

「あ……ッ! うう……ッ!」

 

男は尋問を続ける。

少女の声に耳を貸すことはなく、唯ギラついた己の欲望に従って。

 

少女は絶対に言うまいと歯を食い縛る。

そんな様子を見て男の嗜虐心は更に刺激され、更なる苦痛を呼ぶことになる。

 

―――根負けしたのはリリルカの方だった。

 

「? 何だ、これ。鍵か?」

 

少女が投げたものを拾い、男は目を細める。

同時に少女の腕を開放する。

苦痛から解放された少女はまだ残る痛みに悶絶しながら、口を開く。

 

「ノームの貸金庫の鍵です……。稼いだ金は『ノームの宝石』にして、保管しています……。」

 

地精霊(ノーム)の宝石』。

これを聞いて男の顔は喜色に歪む。

 

地精霊(ノーム)』とは小柄なドワーフとも言うべき姿をした『精霊』の一種だ。

外見の通り、技工に優れているのは勿論、美しい宝石を生み出す能力を持っている。

この能力で生み出された宝石は非常に高価であり、例え小さな欠片であっても抱えきれない程の金貨に変わってしまう程だ。

 

男は鍵を懐に仕舞い、少女を掴む。

 

「カヌゥ様、何を……?」

 

「なあ、リリルカ。―――お前は何だ?」

 

少女は男の質問の意図が理解できず、頭に疑問が走る。

自分は『サポーター』だ。

強いて他に言うならば『盗賊』、ということくらいだろう。

 

「お前は『搾取される存在(サポーター)』だろう? だから俺達が逃げる時間を稼いでくれや。」

 

そのままカヌゥは少女の小さな体躯を投げ飛ばす。

何度か地面にぶつかり、ようやく止まったかと思うと少女の周りには無数の巨大蟻(キラーアント)

 

「……は、はは。」

 

思わず彼女の口から力ない笑いが零れる。

周囲の巨大蟻(キラーアント)はギチギチとその顎をぶつけ、触覚を小刻みに揺らしながら近づく。

 

(ああ、成程。因果応報ってやつですか。)

 

しかしどうして。

リリルカは不思議なほど、平然としていた。

 

「……そりゃあ、リリだって自分のやって来たことが悪いことなんて承知ですよ……。」

 

儲けのちょろまかしに貴重品の窃盗。

余りに自分へ害をなすもの血の報復を行ったことも少なくない。

 

―――でも理不尽ではないか、とも思う。

 

「何でリリは弱いんですか……? 何でリリは一人なんですか……!?」

 

少女の嘆きがぽつり、ぽつりと零れる。

同時に彼女の記憶が不意に蘇っていく。

 

 △▼△

 

『世界の中心』と謳われるオラリオといえど治安の悪い場所は存在する。

そしてそのような場所には相応の施設がある。

 

盗品を堂々と売りさばくことなぞできやしないのでリリルカは『ノームの万事屋』という裏町の質屋を通っていた。

店主は地精霊(ノーム)らしいが、裏町の住民らしく取引相手のことを詮索することも無く淡々と事を進めるため少女にとって都合が良かった。

 

ある時のこと、普段『変身』した状態で質屋に行く少女だがその日は『精神力(マインド)』の都合で自分の正体を晒したまま店に入った。

 

取引を終え、貯まって来た儲けを何処に隠そうか思案していたところ、店主が口を開いた。

 

「お嬢ちゃん、()()()此処を利用しとるじゃろう。値引きしてやるから此処の金庫を貸そうかの?」

 

少女の肩が跳ね、思わず店主の方を振り返る。

店主は先程少女から買い取った物品をじっと見ている。

 

そしてこうも言った。

 

「……人からものを盗むな、とは言わん。人を傷つけるな、とも言わん。―――でも相手はしっかりと見極めるべきじゃ。そうしなければ本当に地に底まで落ちてしまうからのう。」

 

その日からだろう。

少女と老人の奇妙な縁が生まれたのわ。

 

 ▼△▼

 

思い出したのは老人の言葉。

自分に何かとお節介を焼き、自分も焼いた間柄の人。

 

そう言えばそんなこともあったなと思い返しながら、その言葉は無意味であったとも思う。

実際、彼女が出会う冒険者達はほとんどが絵に描いたような奴等だった。

 

……そも、他派閥と一党(パーティー)を組むような奴等が真面なはずがある訳がない。

 

それでも少年は彼女に優しかった。

当然のように彼女に手を差し伸べていた。

きっと無意識に、自分が受けてきたものを返すように少女に温もりを分けていたのだろう。

 

(―――ああ、そうでした。ベル様は優しくしてくれましたね。リリは自分の手で、幸せを捨ててしまったんですね……。)

 

何て悪。

何て許しがたい蛮行にして愚行。

 

きっと己には文字通り二度と手に入らないのだろう。

生まれ変わり、『リリルカ・アーデ』でなくなった自分でもきっと。

 

でも、成程。

確かに、一度切りだが、自分の手で捨て去ってしまったのならばそうなるのだろう。

 

だから―――

 

「リリーーーーーーーーーッッ!!」

 

―――この声はきっと幻聴なのだろう、と少女は思った。

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