ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかif 白兎と雷花の残響・残香 作:青色のラピス
黄金に包まれた道の先、ポツンと立つ平屋。
その軒下には目が覚める程の美しさを持つ女が読書をしている。
太陽は天辺に位置し、昼頃だと一目で分かる。
そろそろ昼食にしようかと本を閉じた美女―――アルフィアが椅子から立ち上がると丁度ザルドとゼウスが家に戻って来た。
彼等も昼食のために農作業を中断して戻ってきたのだろう。
因みにだがヘラは旅に出ることが多く、家を空けていることが多い。今日も
「……遅かったな。もう少し遅ければ『魔法』を放っている所だった。」
さらりと恐ろしいことを言うアルフィア。
何度も言われてきた言葉であるがザルドは冷汗を止められない。
この女は撃つ。ためらいなく
そう遠い目をしているとザウスが何か要らないことを思いついたのかアルフィアに披露する。
「―――【
その瞬間、轟音が鳴り響き、家諸共ゼウスが吹き飛ばされる。
食事の前にできた重労働を前にザルドは悟りを開いた顔で受け入れるしかなかった。
この家は何度も吹き飛んでいる。
そのたびにザルドが直しているのだ。
ゼウスは空の星となるため参加することは少ない。
(……まあ、明日には畑に生えているだろう。)
家から離れた物置から大工道具を持ち出し、家を組み立てる。
何度も何度も破壊されるので、作りやすいように工夫を凝らしている。
離れた所にいる村人たちに下手に心配されないためだ。
半刻ほどで家は元通りになり、ザルドが食事の用意を始める。
アルフィアは手伝わない。
昔は―――ベルの母親となってからは少しだけ、本当に少しだけやっていたのだがベルの無邪気な「おじさんのご飯の方が美味しいね。」という言葉にへそを曲げてそれから
―――余談だが、余りにも悔しいのでザルドを超えるまで夜中にこっそり修行している。が、中々越えられないために披露していないだけなのだ。
調理を終え、ザルドが配膳を始める。
しかし、数が合わない。
「……しまった。ゼウスの分だ。ベル、食べるか―――って、ああ……。」
空いている席、その一つを見てザルドは肩を落とす。
よく見ればアルフィアも何処か寂しげだ。
「……今、あいつは何をしているんだろうな?」
「……さあな。案外、お前達みたいに女の尻でも追いかけているんじゃないか?」
「もしそうなったら、ゼウスの
七年。
短いようで長い時間を過ごした。
一人は母親として。
もう一人は父親代わりとして。
お人好しで何処か情けない子供。
どれだけ成長しても保護者達の評価はそれだった。
でも、最後には―――
「「まあ、大丈夫だろう。」」
―――そんな結論で終わる。
「あいつは優しいからな。」
真実だ。困っている人が居たら足を止めてしまう程に。
「ああ、優しい。―――そして、その優しさを誰かに与えることができる。」
真実だ。実際に少年は少女を助けるべく奔走している。
「「その優しさは多くの縁を紡ぎ、きっとベルを導いてくれる。」」
真実だ。オラリオに至るまでにも多くの縁を紡いだ。きっと、これからもそうだろう。
優しい風が走り、黄金が揺れる。
変わらぬ光景。
少年の心と同じ、変わらぬ輝かしさの光景が外に広がっている。
△▼△
大炎奏。
正にそう表現するしかない程の爆炎が
直撃した
それも虫型であるため火を恐れ、リリルカから離れていく。
その合間を縫って少年は一瞬で少女まで近づく。
「リリ! リリ! 大丈夫!?」
「……ベル様……? ……ああ、成程。幻ですか。最後の最後がこんなんて笑えちゃいますね……。」
「? リリ、僕は幻じゃないよ……?」
そう言って少年は
決して上等とは言えないものだが、贅沢に何本も使えば彼女たちの傷を瞬く間に癒してしまう。
今度こそはっきりした目で少年を直視する少女。
まさかの登場人物に動揺を隠しきれず、少年を直視できない。
「……ッ!? ……どうして……来たんですか? リリは、貴方を……。」
「リリ。」
凛とした少年の声。
普段の優柔不断さや何処か残る子供っぽさを感じさせなかった。
思わず顔を上げた少女の瞳に映ったのは精悍な少年の顔だった。
今まで見たことがない少年の顔、いや英雄の顔とも言うべきものに圧倒される少女に少年は言った。
「いつも通り、待ってて。できればこの人もお願い。」
「え……?」
少年からの信頼を込めた台詞にリリルカは驚き、呆けた声が漏れる。
横に目をやると一人の男が倒れている。
先程少年が抱えていた人物だ。
それにこの顔には見覚えがあった。
「……まさか、ゲド様……!? ベル様、これは―――?」
少女が思わず声を上げる。
しかし、その場に既に少年はおらず、
少女はその光景を食い入るように見るしかできなかった。
▼△▼
ボンヤリとした意識の中、ゲド・ライッシュは自分のこれまでを思い出す。
彼もベルと同じく夢を持ってオラリオにやって来た。
紙の中にしか存在しない英雄。
そんな存在になる。なれなくとも一人前となって一旗揚げるという細やかながらも確かな夢があった。
(……そうだ、憧れたんだよなぁ……。)
幼年の頃、飽きることなく見ていた英雄譚。
周囲の反対を振り切ってやって来たこのオラリオ。
きらきらと輝いていた。
思い出は勿論、彼自身も。
暗闇の中、ゲドは一人の子供と相対している。
誰何の声が必要ない。
何故なら他ならない自分自身なのだから。
口を開かず、ただ真っ直ぐな視線を持って己は己に訴えている。
その余りにも真っ直ぐな視線に耐え切れず、ゲドは目線をそらし、下を向いて俯いてしまう。
自分がこうしたい訳では無い。
胸を張れるなら、張りたい。
自慢できるのなら、自慢したい。
誇れるのなら、誇りたい。
―――だが、できない。
己が昔夢見た男に、自分はなれていない。
己がなったのは、何処にでもいる小悪党なのだから。
誰かの、何かの『特別』になってなれなかった。
ふと、子供の己の顔を見る。
子供は真っ直ぐに己を―――いや、己の後ろを見ている。
道理で俯いてから視線を感じない訳だ。
視線につられて、その先を彼も見る。
そして、驚愕した。
そこにあるのは一人の少年が無数の
普通なら絶望し、死を待つしかない中で少年は後ろに守るべきものを置きながらも獅子奮迅の戦いぶりだ。
「……俺は守られてんのか。……ハハッ……情けねぇなぁ……。」
見下していた
それも、年下の子供に。
直視しがたい現実を前に、彼は必死に言い訳を続けて自分の心を慰める。
何時ものことだった。
同期に、若手に。追い抜いていったものを上げればキリがない。
一体何時から屈辱を感じなくなったのか?
一体どれ程泥を浴びてから、それを普通だとしていたのか?
長らくしていなかった自問自答。
そうやって立つ竦んでいると、
「―――戦わないの?」
ハッとさせられる。
しかし、直ぐに頭を下ろし、言う。
「戦う必要がねえよ。」
「何で?」
拍を置かずに自分は自分へ問いかける。
「あいつは俺の稼ぎをちょろまかしやがった。だから助ける意味がねえ。……それにそもそも白いガキが何とかするだろ。」
その問いかけに冷たく突き放すゲド。
しかし、子供はこう言葉を続ける。
「―――でも、あの人たち、困っているよ?」
「困ってるって……そんな理由で人助けできる程―――
―――俺はもう子供じゃない。
そう告げようとする前に、子供が言った。
「でも、『英雄』なら、『大人』ならそうするんじゃないの?」
ああ、そうだろう。嘗ての自分自身ならそう言うだろうとゲドは自嘲する。
「……そうだな。ああ、そうだ。確かにそうだ。―――でもな、俺には無理なんだよ。『英雄』にも『大人』にもなれねえんだよ。」
「どうして?」
「どうしてって……見ての通りだよ。俺の今まで十分なほどの説明だろうが。」
中途半端な決意と行動。
流されるしかできない弱い精神。
何時からだろう。
悪いことを悪いと認識できなくなったのは。
弱者を踏みにじることに快楽を覚えたのは。
己が『憧れ』に届かぬと諦観を抱いたのは。
「どうしようもない。どうしようもない奴なんだよ、俺は。変わりようも、変わる意味もねえんだよ。」
「―――何で? 何で失敗したら終わりなの? 『英雄』も『大人』も失敗するのに。」
思わずゲドは頭を上げる。
確かにそうだ。
誰だって失敗していた。
英雄譚に出てくる『英雄』だって、何度も凋落していた。
口うるさく己を躾ける親たちも、下らない失敗でお互い言い合っていた。
「……やり直せるかな、俺。」
そう呟くも、何も返って来ない。
周りを見ても
だけど、もうゲド・ライッシュは下を向かなかった。
△▼△
「【ファイアボルト】!」
雷炎が
魔法を使いながらも足と手を止めずに、怪物たちを切り裂いていく。
倒した数は百を優に超え、三百に至ろうかという時、手に違和感を感じる。
よく見ると
《
(……敵の数は百を切ってる。まだ持っててよ!)
心の中で武器に叱咤をして、剣閃を繰り出す。
そして、見えてしまった。
以上に発達した顎で少女達に襲い掛からんとする
「――――――ッッ!!!」
『強化種』だとか、罠だとかあらゆることを置き去りにして少年は
限界を超越した脚力はあり得ない結果を運ぶ。
Lv.1ならどう足掻いても届かない距離は一瞬にして消滅する。
そしてそのままバラバラに切り刻み、仕留める。
「ハァ、ハァ……ッ!!」
しかし、幾度となく超えた限界に己の体が悲鳴を上げる。
筋肉が壊れ、健は千切れかけ、肺の酸素補給が間に合わずに細胞が死滅する。
『恩恵』を受け、超人と化した少年の肉体をもってしても流石に一瞬の停止を余儀なくされる。
「シャアアアアアアアアアアアッッ!!!」
人類の天敵たる
少女の絶叫。少年が迎撃せんとするがどう考えても
―――たった一人を除いて。
「―――何してんだ、ガキぃッッ!!!」
長剣が翻り、
その瞬間、二人の双眸が驚愕に見開かれる。
ゲドだ。ゲド・ライッシュが
「俺が一体何年ここらを走り回ったと思ってる! 俺が一体幾らコイツ等を殺してきたと思ってやがる! 舐めんじゃねえよ!」
男が吠え、
それを見て少年が負けじと怪物の群れへ切り込んでいく。
残った怪物たちが殲滅されるまでさほど時間を要することは無かった。
▼△▼
灰に魔石、
ベル・クラネル。
リリルカ・アーデ。
ゲド・ライッシュ。
年も所属も世代も違う彼等は気まずそうにしている。
あれだけの死闘を乗り越え、絆のようなものは確かに生まれたがそれ以上にその直前のイザコザで何処か気まずいのだ。
何を言おうかお互いに迷っているとゲドが覚悟と共に口を開いた。
「……おい、
「は、はいっ!」
いきなり呼ばれたリリルカは驚き、身構えるが特に何か来ることもない。
不思議に思うが、それ以上に次の出来事に驚愕する。
「俺は謝らねぇからな! ―――だけど、お前も謝るんじゃねえ!」
実質的なお相子宣言。
今の今までと態度が違う彼に少女が目を白黒させていると男は少年の方へ向き、こうも宣言した。
「後、ガキ! 手前には、負けねえからな!! ……後、助けたこと感謝してるぜ。」
「―――え!?」
まさか自分の方へ来るとは思わず少年が面食らう。
そうして二人が呆けている間に男はそそくさと走っていった。
……静寂は場を支配する。
そしてリリルカが口を開いた。
「……何で、ベル様はリリを助けたんですか?」
「……? 何でって言われても……リリだから?」
ベルの気の抜けた回答。
それに気がふれたのか急にリリルカの感情が爆発する。
「何ですか、その理由は! リリがリリだから助けたんですか!? まさか、見ず知らずの人間全員助けてていくつもりですか!? そう言えばゲド様も助けていらっしゃいましたしね! それにリリがベル様にした仕打ちを覚えているんですか!? リリが今までやって来たことだって分かっているんでしょう!? 何ですか馬鹿なんですか!? 『愚者』なんですか!? それともなれやしない『英雄』を夢見てるなんて言うつもりですか!? 何で、何でリリを助けるんですかぁ……!?」
今まで封じていた感情が切り崩され、一気に溢れ出る。
最初から最後まで八つ当たりでしかない言葉の羅列。
それでも少年は困った顔で少女の言葉を受け止める。
そしてようやく止まった所で少年は少女を受け止めながらこう言った。
「……よく言われたよ。お義母さんにもお爺ちゃんにも、皆に。―――でも僕は貫くって決めたんだ。だって僕は
一拍置いて続ける。
「それにそんなに難しいことじゃないよ。僕はリリを助けたいって思ったから助けたんだ。……自己満足だけど君に笑って欲しいから、僕は君を助けたんだよ。だから教えてリリ。僕は頭がよくないから、どうして欲しいか教えて欲しいな。」
リリルカは限界を迎えて少年の胸で涙を流す。
泣きつかれ、眠ってしまった彼女を背負い家に帰るまで、少しの時間を要したのは言うまでもないだろう。
△▼△
―――十階層。
濃霧に支配された階層にて。
アイズ・ヴァレンシュタインは驚愕で双眸を染めていた。
そして、ヒューマンであるはずの彼が
そしてその人物が自分が会いたいと思っていた白い少年であったことだ。
アイズ・ヴァレンシュタインは強さを追い求める少女だ。
自身の
少年の後を追おうと足を向けて―――反転した。
「……誰?」
第一級冒険者の研ぎ澄まされた直感が何もない空間への警鐘を鳴らす。
その空間からは何も見えない。
強いて言うならば晴れることのない濃霧のみ。
しかし―――
「―――いやはや、見事だ。私の存在をこんなにも簡単に見破るとは。」
―――空間が揺らぎ、黒衣に身を包む人物が現れる。
その声は脳内に響くような独特さを持ち、全身を覆うローブは素肌の一切を見せていない。
男か女。果ては種族すら知ることのできない人物はアイズの警戒を他所に淡々と話し始める。
「簡潔に言おう、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。君に『
少し書き溜めるので更新はストップです。
再開は五月初めを目指します。