ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかif 白兎と雷花の残響・残香 作:青色のラピス
こんなはずじゃなかったと思いながら一人の冒険者が『
「ま、待て! 待ってくれ! おい、待ってって言ってんだろうが、この豚野郎!!」
後ろから恨み辛みを込めた怒声が鳴り渡るが獣人の男にとってはどうでも良い事だった。
「あ、ああ……! 止めろ、止めろよ、おい、謝るから早く助け――――――
みっともない命乞い。だがそれは聞き取られる事はなく、途中で止められる。
音だけで人が殺せそうな轟音が鳴った。
恐ろしい程の大銀塊が振るわれたのだろう。
恐らく人型の肉塊は数えきれないほどの肉片となり、真っ赤な血液をまき散らしながら爆散した事だろう。
「へっへっへ……! 聞こえねえなぁ、そもそも豚野郎って誰の事だ? まあ、少しは悪いって思ってるぜ、手前等……! だけどお相子さ、お前達だって俺をああしてやろうって思っただろう……!?」
既に仲間であったはずの二人を生贄にし、生きながらえているカヌゥは言い訳をしながら走っている。
逃げ足には自信があり、身体能力に優れた獣人という種族特性もあり、辛うじてカヌゥは危険から遠ざかっていた。
もう少し走り、忌々しい蹄の音が消えた頃になってようやくカヌゥは足を止めた。
溢れ出る汗を拭いながらこれからそうしたものか思案する。
「【フレイヤ・ファミリア】、それも『都市最強』のカーゴを奪えた時には何があるかって心躍らしたが……まさかあんな化物だとはな。まあ、面は割れてねえだろうし、追っても来ない当たり大丈夫だろうな。」
【ソーマ・ファミリア】所属の彼は仲間の死を悼むことなく、地上を目指す。
カヌゥは神酒の虜ではない。カヌゥは金の奴隷だ。
金儲けに腐心し、そのために誰かを虐げることのできる人物だ。
だから長くつるんできた仲間二人の脚を裂いて、囮にする事ができた。
一切の躊躇いも無かった。だから誰よりも速く仲間を陥れ、こうして生き残ったのだ。
「九階層か……ここからならもう大丈夫なはずだ。しっかし、何でモンスターを【猛者】は運んでいたんだ? まあ、でも関係ねぇか。さて、次はどうやって金を稼ぐかね……。」
派閥間抗争のせいか、その大きなカーゴを下ろし美しい
そのカーゴから金の匂いを嗅ぎつけたカヌゥ達はオッタルがカーゴから意識を放した一瞬でそのカーゴを奪って見せたのだ。
放たれた殺気はそれだけで絶命してしまいそうだったが大金の予感を前にしたカヌゥ達には大したものでは無かった。
しかし肝心のカーゴの中身はモンスター。
それも並大抵の冒険者ではどうにもできない程のモンスターだった。
何処かの好事家にでも売り払うのかと思考を巡らすも、既に終わったこと。
直ぐにカヌゥは思考を切り替えて次の金儲けについて思案する。
ゆったりとした足取りで曲がり角を曲がる。
そして、
下顎が外れてしまいそうな程、恐怖している。
もう遅い警鐘が鳴り響き、大脳を震わせる。
腰に佩いている剣を手に取ることすら馬鹿馬鹿しく感じさせる圧倒的な存在感。
「な、何で手前が此処に居るんだァーーーッ!!?」
恐怖で振り切ったカヌゥが懐に潜めていた切り札―――『魔剣』を振り抜く。
『魔剣』は確かに振るわれた。
炎をそのまま固めたようなナイフは劣化した『魔法』を放って見せた。
空間を走る灼熱。
劣化した『魔法』とはいえ、熟達した鍛冶師が作ったのだろう。
下級冒険者の『魔法』が見劣りする程の威力を秘めていた。
「―――ブゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
だが、相手は
次の攻撃をする暇もなく、振るわれる大剣。
冒険者が扱うような武器は力任せに、されど技術を感じさせる扱いで振るわれた。
当然、下級冒険者でしかないカヌゥは一撃で粉砕され、己が死に追いやった者達と同様の末路を辿ったのだ。
「……? ……!」
破裂したような亡骸に、いや亡骸が掴んでいる『魔剣』に興味を抱いたのかその大きな手には小さいナイフを手に取る。
そして玩具で遊ぶ子供のようにその『魔剣』を振るう。
生み出された灼熱は
「……ふむ。」
そしてその一連を見ていた武人は何かを考えるように腕を組んでいた。
△▼△
「うわ……! あちゃー……。お気に入りだったんだけどなァ……。」
午前中でバイトが終わりの日。
日々の疲れを癒すべく、お気に入りの茶器で紅茶を淹れてゆったりとした時間を過ごしていたヘスティア。
そんな中、カップの取っ手に当たる部分が壊れたのだ。
元来品質の良くない中古品、経年劣化で仕方が無いと思いながら何か嫌な予感が拭えない。
漠然とした不安と格闘していると不意に己の眷属が帰って来ていた。
「あ、神様。お疲れ様です。僕の
「袋……? ああ、もしかしたらこれかい?」
ヘスティアが近くにあった袋を手渡す。
袋の中には
そんな大切なものを忘れるなんて珍しいとヘスティアは思った。
それと同時に再び不安が首を現れる。
「珍しいね、ベル君が探索に使う物を忘れるなんて。」
「ははは……。リリに言われなかったら危なかった所です。じゃあ、行きますね。」
「―――待ってくれ、ベル君!」
不安が勝ったヘスティアがベルを呼び止める。
普段からは予想もできない勢いの強さに吃驚したベルは肩を揺らす。
思った以上のリアクションにバツを悪くしたヘスティアは申し訳なさそうに少年の手を取り、引っ張る。
「そういえば最近、『ステイタス』の更新をしていなかっただろう? 直ぐに終わらせるし、やっていかないかい? いや、やっておこう! やっておくべきだよ!」
有無を言わせぬ物言いで少年を
そして彼が得た『
時間は要さず、一瞬で更新は終わる。
ベル・クラネル
【ヘスティア・ファミリア】
ヒューマン
Lv.1
《基本アビリティ》
力:A895→S982
耐久:B781→SSS1325
器用:B763→SS1204
敏捷:SS1042→SSS1411
魔力:B751→S901
《スキル》
【
・『
・『
・『
・『
・『
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【
・アビリティ魔力に高い補正。
・ステイタスに記されていない魔法使用時に発展アビリティ魔導が限定発現。補正効果はLvに依存する。
・ステイタスに記されていない魔法使用時に
《魔法》
【ファイアボルト】
・詠唱の必要がなく、魔法名のみで発動可能な速攻魔法。
そして出力された結果はまたしても異常だった。
思わぬ、いや予想以上の結果に硬直するヘスティア。
「あの、神様。リリを待たせてるので……。」
「ん、ああ! サポーター君を待たせるのはいけないな! もういいよ、ベル君!」
「はい、行ってきます!」
そう言って少年が
「……もう驚きすぎて羊皮紙に書き写すのも忘れちゃったや。」
▼△▼
忘れ物を取り、ダンジョンに潜っているベルとリリルカの
何時も通り十階層周辺で探索をしようと進んでいるが、二人ともどうしようもない程の違和感を感じていた。
いや、強制的に違和感を押し付けられていた。
「……モンスターがいない。」
五階層までは普通に出現していたモンスターがそれ以降は全く出会わなくなっていた。
現在は九階層だが、その九階層では一匹も出会っていない。
「ええ。数が多少少ないのはあり得ますが……此処まで遭遇しないとなると不気味ですね。どうしますか?」
此処での判断は戻るか、進むかの判断だった。
少年は思案する。
アドバイザーの言葉に従うなら、引くべきだ。
冒険者の言葉に従うべきなら、進むべきだ。
「―――進もう。進まなきゃいけない気がするんだ。」
吸い込まれるように先を見据える少年。
ならば少女が口を挟む事はない。
「ベル様がそう言うなら、行きましょう。リリを覚悟を決めます。」
何があるのかは分からない。
だが言葉にできない感覚を胸に少年は進むと決めた。
そして一歩進んだ瞬間、空気が変わったと少年は思った。
まるであそこが分水嶺だと言わんばかりに。
此処からは『未知』が広がっているという証明を提示するように。
―――見せてみなさい?
「――――――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
そして超弩級の『未知』が少年を襲う。
△▼△
一人の男が疾駆している。
第二級冒険者では決してあり得ない速度。
普段ならば正体が明かされぬように注意し、自身の力を隠しているリタであるがこの時ばかりは全速力であった。
体内で燃え盛る『聖火』で身体能力を超強化し、音速に次ぐ速度でダンジョン内を爆走する。
嫌な予感がした。
そして知らされたオッタルが中層から上層に留まっているという情報。
普段なら何も感じなかった。
だがベルが女神フレイヤに目を付けられたと知り、研ぎ澄まされた警鐘が痛い程に鳴り響いたのだ。
すぐさま緋色の大剣を背負い、爆走したのだ。
都市の上ではまだ自制していたがダンジョン内なら関係はない。
立ちふさがる障害を撃砕し、あり得ない速度で少年との距離を殺していく。
だから、その武人と出会うのは時間の問題でしかなかった。
「―――待て、ヨルド。」
男を呼び止めたのは鉄錆色の
鎧など装備せず、背嚢と大銀塊のみを肩に背負っている。
到底迷宮探索をする者には見えないが、これが『都市最強』たる所以なのだろう。
「何だ、猪。用がないなら先に行かせろ。」
オッタルの呼びかけに一度は止まるも、再び進行の意思を見せるリタ。
だがオッタルはそれを再び阻む。
リタの動く方向に向かって動き、彼の動きを牽制する。
「俺は待てと言った。その意味が理解できないお前では無いはずだ、ヨルド。」
「……スマンが学のない冒険者でね。はっきり言ってくれなきゃ分からんのさ。」
「長きに渡る因縁を断つ。お前を留める理由には足りないか?」
オッタルが戦意を漲らせ、その意志を大剣を構えることで証明する。
眼前の猪人との対決が避けられないと悟るリタ、いやヨルド。
ならば焼き潰し、先を進むべきかと決意を固め、彼も大剣を構える。
「一つ聞かせろ、あの子に何をけしかけるつもりだ?」
「―――
「そうか。―――ならその残念なおつむごと丸焼きになれクソガキ!!」
心臓に手を重ねて
膨大な魔力がうねりを見せ、『詠唱』が始まる。
そしてそれをただただ眺めるオッタルではない。
大銀塊を振り上げ、
「【聖火は落ち、我が身は
だが相対するのはヨルド。
【ゼウス・ファミリア】の第一級冒険者。
オッタルの猛攻を防ぎながら、あるいは反撃と共に歌を奏でていく。
「【故に我は死なずの朱雀、灰と炎を循環する紅蓮の鳳凰。】」
新たに発現させたのではなく、数十年に渡り唱えた『詠唱』。
彼が許された唯一の『魔法』。
ならば不発はあり得ず、決まっている結果へ一直線だった。
「【加速せよ魂の鼓動、その鼓動を共有するは心の臓。】」
嵐のような攻防と同時に唱えられる妖精にして精霊の歌。
一節が進むごとに体内の魔力が暴れ、鼓動が加速する。
そして最後の一節、暴れ狂う魔力を装填し、『魔法』が完成する。
「【励起せよ