ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかif 白兎と雷花の残響・残香   作:青色のラピス

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第三十二話 間違い

「……結局、足止めは叶わなかったか。止められぬ我が身の不覚、呪うぞ。」

 

「だが、却って此方の方がいいかもしれん。」

 

「手を跳ね除けろ。独力で事を成せ。泥を浴び、その屈辱を跳ね返せ。これは試練である。」

 

「お前が『英雄』を目指すというのなら――――――女神の寵愛に、答えて見せろ。」

 

 △▼△

 

ヨルドは思い出す。

激走の中、幻肢痛と記憶の楔に苦しみながら走馬灯のように駆け巡るあの日の記憶を。

 

負けた。

 

完膚なきまでに負けた。

 

竜鱗を剥がし、その下にある肉を斬り裂き、川ができる程の流血をさせた。

爪牙を砕き、翼膜を穿ち、喉を潰して吐炎(ブレス)を奪った。

 

しかしそれをするためだけに多くの仲間が死んだ。

いけ好かない女神の眷属も死んだ。

『英雄』二人を欠いただけでこのザマかと己等を嘲笑しながら戦い続けたが先に限界を迎えたのは人類の方だった。

 

死屍累々の屍山血河。

壊れた武器防具の破片に折れて破れ、火の粉に撒かれた団旗は墓標の様。

全員が最低でもLv.4、第二級冒険者以上で最高でLv.9という神時代最強戦力は【黒竜】の前に敗れ去ったのだ。

 

敗れた、蹂躙された。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

敗北は幾度となく経験している。

泥の不条理と屈辱は身を以て理解している。

そしてそれが永久ではない事も。

誇りは回復できるし、勝利は奪い返せるのだ。

 

だけど、失ったらそれまでのものがあるなんて誰も知らなかったのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

気が付けばそれに耐えきれず、都市から逃げ出してしまった。

 

責任から逃れ、責務も果たさずに。

 

そんな自分が希望(こども)と出会った。

死んだクソ野郎の子供だった。

寄りによってな派閥と相手の間に拵えて、凄まじい時期に発覚した家族だ。

 

立派に幸せに育っていた。

でも、それは不足の幸福だと知っている。

本来いるべき人物が大勢欠けている。

そして得るはずの物も同時に欠落してしまっている。

 

だから会いたく無かった。でも会ってしまった。

 

その子供の夢を聞いた時、俺はどうするべきだったのかと未だに彼は自問する。

 

しかし、どうあれ彼がそうしたいというならば助力をするべきだとも思っている。

 

「―――今度こそ、失わせないさ……!」

 

何度かも分からない決意と共に地下を疾駆する。

目をそらしていた真実まで、あと少し。

 

 ▼△▼

 

猛牛(ミノタウロス)

半人半牛の怪物(モンスター)

迷宮(ダンジョン)』の『中層』に出現し、その領域内において最強に存在であり、推定Lv.2強の扱いを受ける魔物だ。

分厚い毛皮は熱気や冷気といった属性に耐性を持ち、頑強な筋肉はドワーフや獣人を容易く凌ぐ程の身体能力(スペック)を担保する。

白兵戦だけ見るならLv.3に到達した第二級冒険者でなければ安全が確保されない強敵だ。

 

だから。

そう、だから―――

 

 

 

 

 

―――間違っても、Lv.1の下級冒険者が挑む相手ではないはずなのだ。

 

 

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

「―――ッ!」

 

()()()()()()()()今にも朽ち果てそうな大銀塊を振るう怪物。

その一撃を少年は紙一重で避ける。

軽鎧は鉄屑と化し、左腕に装備していた小円盾(ライトバックラー)は用途を満たせないため投擲具として使い捨てられている。

片手剣(ショートソード)とロングナイフの二刀流で必死な足さばきを以て雄牛の猛攻を凌いでいる。

 

「そこだっ!」

 

そして防御と回避に徹するだけでは勝利を得れない事は明白であり、隙をついて攻撃する。

少年、ベル・クラネルが装備している二振りはどれも名品と言えずとも下級冒険者の装備にしては上等だが、上級冒険者でも切断に労する筋肉を断つには足りなかった。

それを技量で補おうにも少年のそれでは到底足り得ず、表皮を削るだけに留まる。

 

「ヴォオオオ……!」

 

オマケにこの猛牛(ミノタウロス)はやけに理知的だ。

少年に隙を与え、しっぺ返しを受けるとすぐさま修正する。

隙を一つづつ殺し、同時に少年の活路を潰していく。

 

大振りだけではなく、突きやガードなど確かな技巧は本能のままに振る舞う怪物らしくない。

そしてその特異さが少年の焦燥に火をつける。

元来有している能力だけでもお手上げなのに更なる要素が加わり、絶望でしかない。

 

「ヴォオオオオオオッッ!!」

 

両手で大剣を握り、大上段から振り下ろされる。

地面に着弾した刃は土煙を上げ、少年の視界を奪う。

とはいえ、猛牛(ミノタウロス)の巨体を全て覆い隠すには到底足り得ない。

 

だが、問題はない。

()()()()()()()()。己が次手を隠す事は出来ている。

故に少年の意識の集中は途切れ、予測の思考が乱れる。

そして思考の乱れは動きの鈍化につながる。

 

「しまっ―――!」

 

雄牛の強撃が少年を打ち据える。

軽鎧が薄氷の様に砕かれ、戦衣(バトルクロス)も紙屑の様に破かれた。

そしてその下に隠されている白い素肌が斬り裂かれる。

『恩恵』による強化を受けていても、大ダメージは逃れらない。

 

「……うぅ……っ!」

 

暴風に撒かれた薄紙の様に少年の体躯は吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられる。

赤い血を零しながら、地面に倒れるベル。

 

骨が折れたのか、疲労が限界にまで達したのか身体が思う様に動いていない。

それに猛牛(ミノタウロス)は少年への執念を未だに途切れさせていない。

視界がはっきりしないがゆっくりと近づく重い足音からそれは確かだった。

 

(立て、立て、立てよッ!! さっさと立てよ、僕の身体ッ!!)

 

「はーっ……! はーッ……! う、うぐあうあああああああああああああッ!!」

 

立ち上がる。満身創痍としか表現できない状態でありながら。

何故かなど考えず、立ち上がらなければという強迫観念じみた想いに突き動かされて。

 

苦しみで満ちた表情に今にも倒れそうな体躯。

傷だらけの武器と壊れて意味を失った防具。

だけど戦意は、心だけは無事だ。

 

胸の奥に秘められた想いを糧に、それだけを寄る辺にして少年は戦意を燃やすのだ。

 

「グオオオォォォ……!」

 

そしてそれを見て嬉しそうに喉を鳴らすミノタウロス。

圧倒的弱者である少年に到底向けるようなものではない。

いやそもそも怪物(モンスター)らしから行為ではあったが少年は気にしない。

 

ナイフと短剣(ショートソード)を構える。

雄牛もまた大剣を振り上げた。

そして、吼える

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――はずだった。

 

「―――間に合ったか。間に合って、くれたか……!」

 

満身創痍の乱入者が二人の前に割って入ったからだ。

 

 ▼△▼

 

「……リタ、さん……?」

 

「ああ、リタさんだ。」

 

満身創痍だった。

少年に負けず劣らずの程に。

それでも上位冒険者の意地なのかそれを感じさせない気風を放っている。

 

「よく頑張ったな。」

 

男が少年に顔を向ける。

顔を覆い隠していた仮面は何処かで落とされてきたのかついていない。

そのせいで何時も隠れていた素顔が露になり、醜い左半分が初めて少年に瞳に映った。

 

……凄まじいものだった。

 

どす黒く変色し、焼け爛れている。

原型という形こそ保ってはいるがそれだけだった。

 

瞳は白濁しており、緋色であったことが右目が無ければ分からない程に。

鼻は焼き焦げて、塞がりそうになっている。

溶けた頬の皮膚は口腔を露出させている。

 

「後は任せておけ……あれくらい、一撃で粉砕してやる……!」

 

今まで少年には見せたことのない戦意を放ち、緋色の大剣を握っている。

激戦のせいなのか義手と義足の動きはぎこちない。

だがそれがどうしたと言わんばかりの戦意と存在感だ。

 

リタが現れ、少年の気が抜ける。

思わず腰が抜け、へたり込みそうになる。

だが寸での所で踏み止まる。

 

「―――リタさん、待って下さい!」

 

大きな声だった。

小柄で優しい、小動物みたいな少年からは出て来ないような、大声だ。

 

「……ベル?」

 

「あれは……僕の獲物です!」

 

「あれ……あれがか。あの、猛牛(ミノタウロス)が?」

 

言葉は無く、ただ頷くベル・クラネル。

 

既に身を守る鎧は無く、血みどろで特徴(シンボル)である白髪が赤色交じりになっている。

武器は大型級を断ち切るには心許ない。

そして何よりも少年自体が未熟だった。

 

(そうだ。到底この子じゃあどうにもできない。無駄死になるだけだ。)

 

―――なのにどうしてか男の身体は動かない。

 

少年が歩みを再開する。

 

一歩、また一歩とおぼつかない足取りでゆっくりと進んでいる。

 

モンスターも動かない。

まるで何かを待っているかの様に。

 

待っているものは明らかだ。

 

ベル・クラネル。

白い髪をした少年だ。

 

何故かは分からないがリタは、いやヨルドはそんな気がしていた。

 

「―――待て、ベル。」

 

やっと男の身体が動く。

己を越えていこうとする少年の肩を掴み、引き留める。

深紅(ルベライト)の瞳を緋色の瞳が射抜いた。

 

「勝てるか?」

 

「勝ちます。」

 

即答だった。

揺らぎは無い。

何時も通りの真っ直ぐさを伴った回答だった。

そしてその瞳の奥には確かに『光』と『炎』を感じた。

 

煌々と燃え盛り、輝く何かをヨルドは感じ取ったのだ。

嘗て誰かに感じとり、心奪われた『英雄』を。

 

ならば何も言うことは無いかと、男は一歩下がった。

 

「……成程な、アルフィア。そういうことか。本当に連れてくるだけで良かったのか。」

 

「リタさん……?」

 

「いやなに、独り言さ。……ベル、頑張れよ。君にとって初めての『冒険』だぜ。」

 

そう言って背中を押すヨルド。

そして少年の返答は決まっている。

 

「―――はい!」

 

(君はもう『英雄』だったんだな。『英雄候補』なんかじゃあない、本当の『英雄』。)

 

ボロボロなのが嘘みたいに少年は元気に答えた。

 

そして猛牛(ミノタウロス)へ向かう。

 

少年の接近を感じ取った雄牛もまた少年へ近づいていく。

口角を歪め、全身の筋肉を隆起させ、恐ろしいまでの戦意を漲らせて。

 

「はあああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

咆哮が重なり、彼等の意思が闘争を呼ぶ。

 

『決闘』が再開する。

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